第6話 初夏の遠足

 遠足当日は快晴だった。

 各クラスごとバスで移動し、北関東にあるレジャーランドに向かった。

 そこは広大な敷地が広がり、アスレチック場もあれば動物園やトリックアート美術館もある。


 グループ分けをして一緒になった女子メンバー四人と一緒に月子は動物園に行くことにした。

 もしも時間があればトリックアート美術館も覗いてみたいとは思っていたが、それは口には出さなかった。

 男子グループは殆どがアスレチック場に向かったらしく、動物園内にかいの姿は見かけなかった。


 キリンやシマウマが映りこむようにみんなで写真を撮っていると、温室から賑やかな一団が出てきた。見るとその中に快の彼女、万里まりが居た。

 万里とその友人たちは、まるでファッション雑誌から出てきたかのように、お洒落で洗練されている。

 スカーフの巻き方もカジュアルながらも品があって思わず見惚れてしまった。万里は背も高いので華やかな存在感もある。


 万里は月子に気づくと笑顔をやめ、服装をチェックするかのように足先まで見たのが月子には分かった。

 そのあとは視線を逸らし、友人たちとひそひそ話をしながら通り過ぎていった。


 自分のことを言われているのかもしれない──そう思うと緊張で頬が熱くなる。

「上原ちゃん、どうしたの? ライオンエリアに行こうよ」と、声を掛けられて、自分がリュックのショルダーストラップを強く握りしめていたことに気づいた。


 しばらく気分は落ち込んでいたが、動物園内のレストランで遅めの昼食をとる頃には気持ちも切り替えられていた。

 どうやっても万里に敵うわけはないのだ。気にしないのが一番だ。

 こちらが快を好きだと言わない限り、これ以上の攻撃はないだろう。快とはあくまでクラスメイトとして会話をしているのだから。

 そこさえしっかり線引きしておけばいい。


 食後のジュースを飲みながら次に行くところを悩んでいると、

「もう動物園は観終わった?」と、快の声が聞こえた。振り返ると、快たちのグループが近づいてきて、月子たちのグループに話しかけてきたのだった。


「あ、うん。あとはふれあい広場に行くかどうか迷っていたところ」

「これからみんなでトリックアート美術館に行かねぇ? 写真もたくさん撮れて楽しかったって、さっき五組のやつらが言ってた」

 五組ということは、とおるに聞いたのかなと月子は思った。


「じゃあ、そっち行ってみようか」「楽しそう」と、月子のメンバーも頷いていたので、皆でトリックアート美術館に向かうことにした。


 自然と快が月子の隣を歩く。

 快はベージュのパーカーに黒いジーンズ。シンプルなスタイルなのに着こなしが自然でお洒落に見える。制服姿の快が隣を歩くのとは違い、なんだか気恥ずかしかった。


「今日はカメラ持ってきたの?」

 月子が聞くと、快は斜めがけしたミニショルダーから小さなカメラを出した。

「コンデジだけどね。デジイチはダメだって先生に言われたから。ま、そこそこの写真は撮れるだろ」

 コンデジとは言え、月子が持っているものよりは遥かに機能も性能も良さそうだ。


 トリックアート美術館は、月子にとっては初めての美術館。目の錯覚を利用した仕掛けが面白くて、いつの間にかみんなで夢中になっていた。


「こっちに立つと足が長く見えるぜー」

「ほら、こっちは頭が倍!」

 まるで子供のようにはしゃぎながら楽しんでいる様子を快は楽しそうに撮っていた。


 ふと見れば、普段はおとなしめの月子が笑顔で作品の前に立ち、クラスメイトとポーズを取っている。快にはそれが新鮮だった。何枚もシャッターを切る。


 被写体になることは滅多にない快だが、他のメンバーがカメラを向けたので、月子たちと並んで撮ってもらった。


「こういう美術館も楽しいな」

 快が声を掛けると、月子は大きく頷いて

「楽しいね。まさかゴッホの『アルルの寝室』のベッドで寝そべることが出来るなんて思わなかった」と笑顔を見せた。


 共有アルバムを作って、そこに撮った写真はアップすると快が提言した。皆が撮った写真もアップすれば楽しいアルバムになるだろう。

 快が撮った写真を見るのが月子は楽しみだった。


 集合時間が近づいてきたので、皆で駐車場まで向かう途中、

「見せたい写真もあるから、上原さんのメアドかSNSのアカウント教えてくれないか?」と、快が言ってきた。


「あ、どっちでもいいよ。えっと……」

 リュックからスマホを出しながら、月子の心臓は早鐘を打っていた。

 快と連絡先を交換するなんて──いいんだろうか。この私が──


 スマホのメッセージ画面に快からのメッセージが届く。

「やあ」と書かれたその二文字が、初のメッセージだ。

「オッケー、これで大丈夫だ」

 月子のスマホ画面を確認して、快は満足そうな顔をした。


「今回はコンデジで撮ったスナップ写真だろ。上原さんにはデジイチで撮った写真も観てもらいたいからさ」

「観せてくれるの? それはすごい楽しみ」

「家に帰ったら送るよ」

「ありがとう」


 どんな写真を撮っているのか気になっていたので、この申し出は嬉しかった。

 帰りのバスは各路線の駅に停車してくれた。月子はJRの駅でバスを降りた。快も同じだ。


「上原さんは何線?」

「新都心線」

「そっか、オレは山戸線。じゃあ夜にでも写真送る」

「うん。待ってるね。ばいばい」


 こんなやりとりをする日が来るなんて、スクールバスで声を聞いているだけの頃には想像もしていなかった。心が弾んで音譜が軽快に跳ねているようだった。


 快は透がバスを降りてきたのを見つけたので声を掛けた。透が傍に来て

「上原さんは?」と聞いてきた。

「ん? 新都心線だって言って帰ったよ。なんで?」

 透は肩をすくめて小声で

「女って怖いなー」と溜息交じりに言う。


「なにが?」

「オレさ、動物園で万里まりたちが上原さんのこと悪く言ってるの聞いちゃったんだよね」

「万里が?」

「そ。カイに近づこうとしてて生意気だとか、子供っぽいカッコで可愛くないとかさ。あの言い方はちょっとどうかと思うぞ。

 おまえの彼女って、あんな性格悪かったんだな」


「──オレ、あいつと別れたいな」

「で、上原さんにいくのか?」

「そういうわけじゃないけど。趣味の話をしてるだけなのに、あいつがあれこれ言ってくるのは正直むかつく。オレの写真なんて興味ないくせに」

「そうだなー。でも万里と別れて上原さんと仲良く喋っていたら、それはそれで上原さんは万里に苛められそうな気がするな。万里のことだから、カイが上原さんと付き合ったって思い込むだろうし」


「確かにな──上原さん、そういうメンタルは弱そうだもんなぁ。せっかく写真のことなんかも話せそうな子が現れたのに、避けられそうだ」

「お前がホントに万里と別れる気なら、いっそこうしちゃったら? ちょっと嘘をつくことになるけど、たいした問題じゃないと思うし」


 透は快に耳打ちした。

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