異世界転生した巫女ですが祈ることしか出来ません   ドワーフ編 第四話 「今度は、なんだ!」


    1


 時間は、少しだけさかのぼる。

 巫女装束をまとった少女と、ずんぐりむっくりした体型の俗にドワーフと呼ばれる妖精が二名、宇宙船ボーリンの中にある小型艇ユミルの格納庫の片隅に揃っていた。

 巫女装束の少女の名は、卑ノ女。

 ドワーフの名は、ヘーデルという。

 ヘーデルは、珍しく軍服では無く、作業着を着ている。

 ヘーデルとラビットS402と言う名のスクーターの部品を丁寧に洗浄している。

 卑ノ女はその傍らで、彼の作業の様子を眺めていた。

 とても楽しそうに見える。

 その後ろ姿を見ながら卑ノ女は、ずっと抱いていた疑問を問いかけた。

「ねぇ、ヘーデル」

「なんじゃ?」

「この軍艦って女性のドワーフを見かけないけど、なんで?」

 そう、明らかに見ない。というか、居ないのでは無いか? と疑いたくなるレベルで見かけなかった。

 一瞬、ヘーデルの手が止まる。

 そして、顔を上げた。

「のう、わしらがエルフと事を構える気が無いというのは、前に話したと思うが、理由は分かるか?」

 その言葉はいつもよりも重い。そう感じるのは卑ノ女の気のせいでは無い。

「勝ち目が無いから、それ以外にも理由が?」

「わしらは、滅びゆく妖精じゃからじゃよ」

 そう言われて、考える。

 自分の質問から、この話題。つまり……。

「女性がいないってこと?」

「ドワーフの男女比は七対三じゃ。今、正確に比率を測ったならば、八対二まで落ちとるかもしれん」

 卑ノ女は、絶句した。

「まるっきり女性が生まれんわけでもないが、なぜか、生まれるのは男ばかりじゃ。理由も分からん。その研究も行われとるし、遺伝子をくまなく調べても原因不明じゃ。じゃからこのまま自然に任せるしか無い。そう決めるしか無かった」

「………」

 なんと言えば良いのか、卑ノ女には言葉が無かった。

「わしらの行き着く先は、滅びしか無い。だからこそ、エルフに本音を言わせてもらいたいが、もう、ほっといてくれ! と思っとる」

「遺伝子操作はしないの?」

「するわけが無かろう。そんな愚かな行為。わしらドワーフは自然に生まれ、誇りと共に滅ぶ。それがわしらの総意だ。このまま滅ぶとするならば、それが定めなのだろうよ」

 断言したヘーデルの顔は、ドワーフらしい力強さを感じさせた。

 その間も手は止まっていない。

 小さなパーツの一つ一つを丁寧に洗浄し、ゆっくり組み直している。

「進化の終着点は死だ。ドワーフという妖精も限界が来ておるということだう」

 この話を聞いて、卑ノ女は納得することがあった。

 なぜドワーフの王が狂気にかられたのか。

 自らの種族の行く末を知り、どうせ滅ぶならば共に……。

 そう考えたのでは無いだろうか?

 そこでふと気になったことがある。

「ねぇ、ヘーデル」

「なんじゃ?」

「エルフに時空破壊攻撃をしかけることを思いついたのは先代王よね? じゃあ、今の王は……」

 卑ノ女の言葉をそこまで聞いたヘーデルの手が不意に止まる。

「すまんな、狂気に狩られた王……正確には、先々代王……と言った方が良いな」

「?」

「先代王は、女王。名をゲルセミ……」

 ヘーデルは、そこでなにかを懐かしむように、胸元のペンダント。

 ペンダントトップの七色に輝く宝石を優しく握りしめた。

「ゲルセミ・エッダ・オーケンシールドと言った。とても強く、優しく、誰からも慕われておった偉大な女王だった」

「そのゲルセミさんは……」

「病気でな……今は幼王がその後を継いでおる。じゃが、まだ幼いが故にな……」

 ヘーデルは、そっと天を仰いだ。

「ドワーフも色々あるのね」

「エルフという存在があるおかげで、ドワーフは一つに纏まっておると言うのが……」

 ゆっくりとペンダントを握る力を緩める。

 ヘーデルの手からペンダントがこぼれ落ちた。

「もしエルフがいなかったら?」

「余り考えたくも無いが……ドワーフは割れて内部分裂しておったじゃろうなぁ……」

 溜息交じりにヘーデルは、呟く。

 ゆっくりと、卑ノ女に視線を向ける。

「お前さんの種族……人間と言ったか? おぬしらはどうじゃ?」

「あたしたちの世界ねぇ……」

 卑ノ女は、天井を見上げると、僅かに考え込む。

 そして、溜息と共に吐き出した。

「バカばっかりよ……」

 この一言は、懐かしむような、それでいてあざけるような、複雑な心境を顕しきった声だった。

「自制心の無い大国が一つあってね。そこがもう、暴走しまくり。その結果あたしが生まれる前にとても大きな戦争が起きたわ。世界が二つに分かれる大戦争。その結果、世界はボロボロ。今は幾分復興してきてはいるけど、星にしがみつくのもやっとの状態よ」

「お前さんの方も、穏やかじゃないな。別の天体、宇宙には出れんのか?」

 卑ノ女は、視線を落とすと笑う。

「あたしが生まれる前。ギリギリ星系内の衛星間航行ができるレベルの技術力があったんだけどさ……」

「戦争で失われた……か?」

「違うわ、スペースデブリって分かる?」

「なんじゃそりゃ?」

「あたしたちの星では、惑星の重力圏を抜けるために、固形燃料を消費して宇宙船を打ち上げるのね。初期の宇宙開発の段階では、きっとあなた達も同じ事をしてたと思うんだけど………。その際ね。宇宙に、衛星軌道上に細かいゴミ、デブリを落とすの。惑星の大気圏に落ちて摩擦熱で燃え尽きれば良いんだけど……。大半は重力にとらわれて星の周りを高速で飛び続けるのよ。惑星の持つ重力に振り回されながら」

 そこまで卑ノ女が言うとヘーデルは頷いた。

「なるほど……細かい破片でもとんでもないエネルギィをもつな」

「アホな国がね。第四次世界大戦末期に、まぁ、宇宙にゴミをばらまくこと、ばらまくこと……ロケットを打ち上げようにもデブリにやられて新たなデブリを生むだけって……もうね……まぁ、あと数世代分は持つでしょうけどね。宇宙への退路も断たれた状態よ。だから小さな小さな汚染された星の中でゆっくり滅びに向かって歩んでるわ。人口も戦争でかなり減ったしねぇ、ほんっと! バカばっか!」

「重力や慣性制御を利用して、デブリを集められんか? もしくは空間を……いや、その段階までいっとらんのか……」

 ヘーデルはそこまで言うと、言葉を飲み込んだ。

「じゃあ、お前さんは戦争が嫌いか?」

「ヘーデルも嫌いでしょ」

 そう、きっぱりと言い切る卑ノ女。

 即座に返されて、ヘーデル苦笑い。

「軍人にそれを言うか?」

「貴方が、軍人だからよ」

 しばらくの沈黙。

 とても深い沈黙。

「お前さんは、わしらを恨んでおらんのか?」

「あたしを攻撃したこと? エルフを大量虐殺したこと?」

 ヘーデルは、頷いた。

「エルフの遺族の方々は、きっとあなた達を殺したいほど憎んでいるでしょうね」

「その罰は受ける」

 ヘーデルは、きっぱりと言い切る。

 この妖精は、柔軟なのに、どこまでも誠実で、とても堅物だ。

 間違いなく、絶対に逃げない。

「ダメよ。貴方にはやるべき事がある」

「だから、なんで、お前さんは……」

 ヘーデルの言葉を遮るように、卑ノ女は続ける。

「エルフの命令でした攻撃……それの罪は誰が受けるべきなの?」

 ヘーデルは、嘘をついていない。

 彼女は、確信していた。

 そこまで、考えて深い溜息を漏らす。

「あたし、なにしてるんだろうねぇ、ホント」

 ヘーデルは、卑ノ女の言葉からなにかを見抜いたのか、ラビットの洗浄が済んだパーツを組みながら問いかける。

「お前さん自身、なにがしたい? 還りたいのか? 地球とやらに」

「わかんない」

 そう答えた卑ノ女の言葉は、紛れもなく本心に違いないだろう。

 ゆっくりと、ヘーデルが組み直している、ラビットのハンドルに手を伸ばし、触れる。

「正直さ、強引に、この世界に連れてこられて、エルフの言うままに巫女やってさ、自分のしたいことがなにもわかんないのよね。還りたいのかすらも……」

「エルフは、お前さんを元の世界に還すと約束しているのじゃろう」

「巫女を一定期間やって、次の巫女が決まったら入れ替わりで還してくれるって言ってるわ」

「信じるのか?」

 ヘーデルは、手を動かしながらも卑ノ女を捉えている。

「信じられると思う?」

「だが、選択肢は無い」

「そういうこと」

 エルフも一枚岩で無いと言うことが、ドワーフの船に乗って分かった。

 アメノトリフネの船団をエルフの王が攻撃するように仕向けている。

 なぜ?

 わざわざドワーフに?

 内部で分裂している?

 少なくとも、アメノトリフネで出会ったエルフは、自分たちの船が和平使節団だと言うことを信じて疑っていなかった。

「余計に分からなくなってきたわ」

 やりたいことは、まだ見えない。

 託宣の仕組み。

 エルフのしていることの矛盾。

 そして、巫女としての役目。

 そもそも、巫女ってなに?

 今の自分はエルフの船にいるわけではなく、ドワーフの船に乗っていて……。

 巫女でも無く、ただの漂流者でしかない

 いや、実家の神社では巫女をしていたから本職、学生。家業、巫女だったので厳密に巫女と言ってもいいわけで……。

 あ~! もう! わけわかんなくなってきた!

 卑ノ女が、頭をブンブンと振っているのをいぶかしんだのか。

「どうした?」とヘーデルが問いかけてくる。

「ごめん、何でも無い」

 ヘーデルは卑ノ女に問いかけつつも手はこまめに動かして、ラビットを元に形に戻して行く。

「しかし、面白い作りをしているのぅ。かなり経年劣化が進んでおるが……細かく良い機械じゃ。まぁ、宇宙を走るような機能はまるでないが……」

「あれはエルフのおかげよ。うん。これに関しては、あたしもそうとしか言えない」

「エルフ……か……。お前さんを異界から喚んだ……」

 ヘーデルは、一瞬考える。

 そして、顔を向ける。

「お前さん、このままどうする?」

「太陽系には帰れないしもんねぇ。この先のこと考えないわけにも行かないのよね」

 笑って答えた卑ノ女に、ヘーデルは真顔で言う。

「お前さん、ドワーフにつかんか」

「えっ?」

 ヘーデルの提案。

 視線を合わせる。

「今すぐ、答えを出す必要は無い。じゃが、考えておいてくれ……」

「まって、まって! あたしに、そんな価値は無いよ」

「お前さん、自分を過小評価しすぎじゃ」

 ヘーデルは、真顔で言っていた。

「え~! そんなわけないよ」

 思わず、笑ってしまう。

 だが、ヘーデルは、卑ノ女の笑いをかき消すぐらい大きくカラカラと笑い出す。空間が震えるぐらいの大声で続ける。

「戦艦の主砲に立ち向かう度胸、迷わずエルフの攻撃艇と戦う勇気、敵の真意を捉えようとする戦略眼。普通の戦闘妖精ですらそこまでやれんわ。上級士官ですら躊躇うようなことを数々こなしておいて、なぁ~にを言うか! お前さんは」

 ひとしきり笑った後、ヘーデルは、柔らかい表情を作る。

 卑ノ女は、一瞬黙り込んだ。

 確かに自分のしたことを端から見たらそうなるのだろう。

 でも、自分は?

 死を意識してドワーフに立ち向かった。

 流れの巫女になる覚悟もできていた。

 なのに、これからどこに行くのかまるで先が見えていない。


 漂流者のまま……。


 ヘーデルに視線を向ける。

「考えとく……」

「良い返事期待しとるぞ」

 ヘーデルは、そう言うとラビットに向き直った。


    * * *


 一人のエルフが、指をふった。

 汚物でまみれた身体を丁寧に、隅々まで洗浄した身体。

 新しい身体を満足げに動かすと、ゆっくりと服を着る。

 頭の隅、微かに不快な感覚がまだあるが、それもやがては消えるだろう。

 深呼吸を一つ、目を閉じて意識を落とす。

 アメノトリフネの一室から、遠く離れた宇宙に停泊している二隻の攻撃艇につながる。

 状況をチェック。

 周囲の安全は確保されている。それを認識してから、コダカヒコとコマユミをサーチ開始。

「コマユミはともかく、コダカヒコの方があまり、よくないな……」

 思ったよりも深く破損している為、自動修復中。だが、完全とは言いがたい。

「これ、本当に俺がやったのか? 無能にも程があるぜ……いや、前の持ち主か……無能にもほどがあるな。良くもまぁ身体を消されなかったもんだ。どうしたものかね」

 修復を優先するか、この状況で襲撃するか。

 コダカヒコで攻撃するのは難しい状況と言って良いだろう。

 アメノトリフネに戻せば、一瞬での修復も可能だが、大量の情報素子リソースを補給しようものなら、間違いなくウンディーネに一瞬で気付かれる。

 そこから芋づる式にたどり着かれる可能性もある。

「そうなったら少しやっかいなことになるよな……」

 時間をかけゆっくり修復するなら、ごまかしようもあるが一度も大量に使用するのはリスクが大きすぎる。

 コダカヒコは、現状コマユミのリソースで修復しているような状況に過ぎない。

「そうなると、コマユミでやるとするか……」

 この前のようなミスはしない。

 二隻同時にドワーフを攻める。

 コダカヒコでの攻撃はほぼ不可能。

 攻撃以外の補助的な使い方しかできない。

 ドワーフには、コマユミの存在は知られている。

 だが、コダカヒコがここまで破損していることだけは、バレていないだろう。

 見せるだけでも、十分脅威を与えるはずだ。

「なんとでもやりようはあるか……」

 自分が操るのは、コマユミ。

 コダカヒコ、派手な陽動に使わせてもらうとするか?

 いや、いざとなったら、ドワーフの船にぶつけて爆破しても良い。

「さて、ドワーフの船をさがすとしますか……」

 男は慎重だった。

 自分が動き出せば、妖精達が見ていることを知っていた。

 だからこそ、確実に、楽しませる。

 それが自分の仕事。

 そして、唯一の生き残る道だと知っていたから……。

 頭の片隅で、何者かが必死に壁を叩いている。

 それはノイズとなって、常に刺激する。

 うるさい、と言いかけてやめた。

 男はあえて無視をして作業を続ける。

 まずは、コマユミを完全に支配下に置く。

 それが最優先事項。


    * * *


「お前さん、本気か?」

 ドワーフのブリーフィングルームで副長のホッヘが艦長のヘーデルと向き合っている。

「なにがだ?」

 書記の席には、電惻員である高級士官のフンバルトが座っている。

 彼は、自ら志願してブリーフィングに参加を申し出ていた。

「あの異星生物を我々の陣営に引き込むことに決まっておるだろう! ドワーフでも! ましてや妖精でも無いエルフ陣営にいた得体の知れない生命体だぞ」

 ホッヘの語気は荒かった。

 今にも机に両手を叩きつけかねない勢いだ。

「小官も素直に賛同できかねます」

 フンバルトが珍しく異を唱えた。

「確かに、ユミルの戦闘ログを見る限り、あの行動力、決断力には目を見張るものがあった。だが、得体が知れなさすぎる。お前さん、肩入れしすぎじゃ無いか?」

 ホッヘは、さらに語気を荒くして続けた。

「余り、考えたくないのですが、艦長はあの巫女とやらに、たぶらかされているのでは無いですか?」

 トレットも柔らかい言葉ではあるが、しっかりと釘を刺しに来る。

「そうじゃない。わしらでは元の世界に還してやることはできん」

「同情か?」

 鋭い眼差しだ。

 ヘーデルは、フンバルトとホッヘをゆっくり見てから続けた。

「わしらだけで、勝てるのか?」

 ヘーデルの言葉に、フンバルトとホッヘは、首をかしげた。

「どういう意味でしょう?」

「言葉通りの意味だ。入れ込んでおるように見えるのは否定せん。だが、わしと巫女との会話のログは全ておぬしらに公開している通りだ。あの娘の知見は役に立つと思うのは自分だけか?」

 そう言われると考えはじめる。

 確かに鋭い観察力があり、行動力もある。彼女が有能なのは間違いないだろう。

「ドワーフの思考のベクトルだけでは、限界が来るのは目に見えている」

「だから、違う視点が欲しいと?」

 ヘーデルは、深く頷いた。

「その通りだ」

「しかし!」とフンバルトが声を荒げる。

 副長のホッヘは、副長としてあえての反対意見を述べている。だが、フンバルトは違うことをヘーデルはしっかりと見抜いていた。

「貴官の考えはなんだ? なにをそこまでおびえている」

「小官が、おびえている、ですか? 無礼です! 発言を撤回してください」

「目を見れば分かる。ずっと泳いどるじゃろ。副長と違って対照的すぎる」

 ヘーデルは、強く言う。

「そもそも、なぜ、わざわざブリーフィングに志願した?」

 僅かに、フンバルトの目が逃げる。ヘーデルがそれを見逃すはずも無かった。

「なにが小官をそこまでおびえさせる? たかが異星生物がそこまで怖いか?」

「違います!」

 拳を握りしめ、思わずうつむいていた。

「貴官の考えをはっきりと言え。でないと意見として聞き入れることができん」

 ヘーデルは、冷静にしかも淡々と言う。

 フンバルトは、顔と声を上げた。

「あの異星生物がいる限り、また、エルフに襲われる可能性があるからです。あの、小型戦闘艇……なんなんですか……あれは……あんなのとまともに戦って……我々は、勝てるのですか……」

「貴官は、なにをいっとるか!」

 ホッヘは、思わず感情的になりかける。

 だが、ヘーデルは落ち着いたまま続けた。

「なぜ、エルフが彼女を狙ったと言い切れる?」

「はっ?」

「だから、なぜ、エルフが彼女“だけ”を狙ったと言い切れる? その判断材料は? 情報のソースはどこにある?」

「だって、それは! そんな!」

 少し錯乱したような声を上げる。

「少し頭を冷やせ。あの異星生物では無く、我々を狙った可能性もある。常識で考えたらその可能性の方が高い」

「そんなこことありえな……」

 少しだけ呆れるように割り込んで言う。

「我々ドワーフとエルフは敵対関係にあると言うことを忘れたのか。そもそも、エルフはあの卑ノ女ごと我々を消そうとした。その事実から目を背けるな」

 ヘーデルに言い切られ、さらに目を反らした。

 ホッヘは、口元に手を当てると、溜息を隠した。

“なんじゃ、初陣に良くある病気か……”

 フンバルトの気持ちが、まるで分からなくも無い。

 あの時、自分たちは反撃もなにもできず、ただ殺されそうになった。

 敵はこの宇宙のどこかにいて、また攻撃をしかけてくる。

 そう考えたら、恐怖するのも仕方が無い。

「しかし……」

「フンバルト。よく考えろ。攻撃対象は彼女だけでは無い、我々もだ。もしかしたら、我々を消すのが主目的で、彼女は“ついで”の可能性もあることぐらい、普段の貴官なら理解できるだろう」

 ホッヘは、優しくなだめる。

 上官二名に言われて、フンバルトはゆっくりとヘーデルに顔を合わせ視線を向けた。

「彼女一人、宇宙に放り出したところで、事態はなにも変わらん。少し頭を冷やせ」

 ヘーデルは、そう言うと退席するように手を振った。

 しかし、フンバルトは動こうとせず、さらに問う。

 まだ、彼自身、納得できてない様子がありありと見て取れた。

「エルフと敵対してるのは理解しています。しかし、なぜこの船をわざわざ与えてあの船団を攻撃するように指示を出したエルフが我々を攻撃する必要があるのですか」

「口封じ、証拠隠滅」

 ホッヘが、きっぱりと言い切った。

「副長は、どちらの味方なのですか」

「わしは、敵も味方も無い。お前さん、なにか勘違いしとらんか? 今の会話は、あの異星生物をドワーフに引き込むか否かの話をしとるのであって、彼女を追い出すことでは無い。艦長がお前さんの相手をせんのは、お前さんの言葉がただの感情論だからだ」

「っ……」

「だから、艦長は、少し頭を冷やせと言っとるんだ。普段のお前さんならこれぐらいの意見はすぐ出せたろう」

 フンバルトは、口を閉じ再びうつむいた。

「副長の言うとおりだ。理性的な意見なら、わしも聞き入れることができる。だが、感情論はダメだ。分かったか。意見があるなら聞く。だが、納得できる意見を言うことだ」

 フンバルトは、きびすを返すとそのままブリーフィングルームを退室した。

 ホッヘは、溜息を漏らす。

「あいつ、あんな様子で大丈夫かのう……」

「落ち着けば、それなりに動けるだろうよ。少しでも早く冷静になってもらわんと皆が困ることになる」

「しかし、問題ばかりだな……エルフ共は、また来ると思うか?」

「来るだろうな……。あの時、唐突に現れた、もう一隻。あれは飾りでは無いだろうよ。まぁ、その為の備えのためにしっかりしてもらわんと困る。まぁ、あの調子だと、どこまで役に立つかは、分からんがな」

 ヘーデルは、本国への報告書に意識を通していた。

 ホッヘは、フンバルトの出ていたドアに視線を向け、やや呆れ気味に呟いた。

「確かに、あれと比べたら、あの異星生物の方が肝はすわっとるな」

「あれらにはもっと成長してもらわんと困るんだがな……」

 ヘーデルがそう答えたのを聞いて、ホッヘはハタと手を打った。

「まさか、あの異星生物を当て馬にするつもりか」

「まぁ、それもあるかな」

 ヘーデルは、好々爺然と笑った。

 どこまでも、食えない奴だとホッヘは考えながら天井を見上げた。


    2


 卑ノ女は、寝台の上で寝返りを打った。

「どこへ……」

 天井を見上げていた。

 エルフの元にいけるわけでも、他の星に行けるわけでもない。

 選択肢は、元々無い……。

「どうするべきなのかしらね」

 卑ノ女は、ゆっくりと身体を起こす。

 ヘーデルは、自分に選ばせてくれた。

 選択肢が無いことを分かっていながら。

 断ったところで、おそらくなにも変わらないことも分かっている。

 ゆっくりと身体を起こした。

 この狭い独房にも慣れてきた。

 独房と言いつつも、この部屋から自由に出て行く権利ももらえたし、艦内もある程度なら移動しても良くなった。

 ただ、卑ノ女は、妖精文字が読めないし、下手に出歩いて迷ったら困るので、行く場所はもっぱらスクーターのラビットの置いてあるユミルの格納庫だった。

 ゆっくりとラビットの側に歩いて行く。

 ヘーデルが、ドワーフの科学力でレストアしてくれたラビットS402。

 地球から持ってきた荷物。

 ラビット、ヘルメット、ゴーグル、祓い串、祝詞教本、財布、自宅の鍵、そして巫女装束、これぐらい。たまたまとは言え全てを持ってドワーフの軍艦に乗ることになったのは良かったのか悪かったのか……。

「そういえば、アメノトリフネから持ち出したものって何も無いのよね……」

 改めて、その事実に気がつく。

 どうでも良いことなのだが。 

 ハンドルに手を伸ばして、軽くアクセルを回す。

 エンジンはかけていないから動くことは無い。

 これに乗って走りたい。

 走らせたい。

 なにも考えずに……。

 全身で風を感じたい。

「でも、ドワーフの船の中じゃ、無理か……。その点だけは、エルフの船の方が良かったわね」

 しみじみと、呟きながら、ラビットのハンドルから手を離した。

 それから、ゆっくりと視線を上げ、頭上にあるユミルを眺める。

 「すごいものねぇ……」

 この大きな船体を眺めている。

 外から見る限り分からないが、ほぼ、修復は済んでいる。非常時には再び出撃できる。

 大きな修復用の機械を使うので無く、船体に仕込んであるマイクロマシンで修復された船体は新品のような輝きを見せていた。

 対照的に、自分の乗るラビットはドワーフの手によって修理された。

 ヘーデルはどこか楽しそうにこのバイクをいじっていたのが印象的だった。

 そのとき、不意に。

「卑ノ女!」

 聞き慣れた声が、卑ノ女の背中を叩く。

「トレットさん?」

 ドワーフの情報士官。卑ノ女は、彼の名前を呼びながら振り返る。

 視線の先には、エルフのモーザと、彼女の歩幅に合わせて必死に大股で歩くドワーフの若い士官トレットが並んでいた。

「モーザが、卑ノ女に用があるそうだ」

「モーザが?」

 そういえば、彼女とはユミルで戦った後、ろくに顔を合わせていなかった。

 どんな子なのか、話をしていないから、分からなかった。

 その彼女が自分に用事があるという。

 良い気分転換になるかもしれないと考えていると、モーザは大きく声を上げた。

「たいしたことじゃ無いわ。翻訳機のテストの兼ね合い。サンプリングで貴女と少し話がしたいだけ」

 ゆるやかな足取りで、歩み寄ってくるのが見えた。

 モーザは、軽くトレットに話しかけている。

 するとトレットは、なにやら慌てた様子でモーザの傍らを離れきびすを返すと走り出した。

「???」

 どうしたのだろうか?

 トレットとモーザの様子から見て、なにやらトレットが忘れ物をしたようだ。

 モーザの表情がややぎこちないような気がしたのは、卑ノ女の気のせいだろうか?

 彼女がすぐ側まで歩み寄ってくる。

「それで、どうしたの?」

「ええ、巫女様、少しだけ、お話をしましょう」

 モーザは、はやる気持ちを抑えながら右手に力を込めた。


    * * *


 シルフとウンディーネと言うエルフがいる。

 シルフは、和平船団アメノトリフネのトップセキュリティ。

 ウンディーネは、アメノトリフネのトップエンジニア。

 アメノトリフネに所属する四大妖精と呼ばれる実力者たちだ。

 彼女たちは、ムメカゴメという名の船に乗っていた。

 ドワーフの軍艦にとらわれている巫女を救出するために。

 彼女たちは、少し焦っていた。

 ドワーフの中に、エルフの難民が収容されている。

 彼女達は卑ノ女の救出のことだけを考えていれば良かった。

 だが……。

 彼女たちは、選択を迫られていた。

 卑ノ女を助けた後、このエルフの難民を見捨てるのか。

 救うのか……。

「まだですか?」

 シルフは、いらだちを覚えながら、ウンディーネを急かす。

「だから、同時に作業してるんだから、無理言うにゃ! あんただってクラックできるんだから、手伝え!」

「わたしは最悪の事態に備えないといけないから無理です」

 シルフの顔には、緊張が走っている。

 普段見せたことの無い顔。

 しばらく見つめ合う。そして、溜息。

 ウンディーネは、シルフの覚悟が分かっていた。

 だから、それを止めたかった。

 巫女の変わりなどいくらでもいる。

 たかが、一人の巫女のために、なぜそこまで。

「巫女のために命をかける必要があるのか?」

「だから、ここまできたんです」

 シルフは、表情を変えないまま即答する。

 舌打ち。

「優先順位を変える。まずは、解析は後回しにするからにぇ」

 ウンディーネは、ドワーフと並んで歩くエルフのモニタを優先しはじめた。

 ムメカゴメは、船をありとあらゆるセンサから隠し、工学的にも姿が見えなくなる遮蔽モードのまま、僅かにドワーフの軍艦に近づいて行く。

 ウンディーネの額に汗が浮かんだ。

 遮蔽状態とは言え、あまりに近づきすぎるとドワーフの軍艦に気取られる。

 相手は、軍艦だ。

 ウンディーネは、クラックをしかけているから分かる。

 あの船は、常に周囲を警戒している。

「間違いない。あの船は戦闘状態にある……。でも、なぜ? どこの誰があの船を襲う理由がある? ドワーフは、誰と戦ってる?」

 ウンディーネは、疑問を口にしながら、慎重に、バレないように軍艦の中を探る。

 移動している若い女性のエルフ。

 その隣には、ドワーフの軍人。

 ドワーフのセンサを中継してエルフの持つデバイスにアクセス。

 識別番号を取得。

 痕跡をごまかしながらも、アクセスを続ける。

 ウンディーネがアメノトリフネ有数のエンジニアだというのもあるが、このドワーフが乗っている軍艦がエルフの船だと言うのが大きいだろう。

 ただし、この船はかなり前の世代の物。しかも中を走る制御プログラムは比較的新しい。

 それが、よりウンディーネを困惑させた。

 ドワーフがエルフの技術を使っている?

 そもそも、エルフに軍艦?

 どうして、こんな物が……。

 ウンディーネは、混乱を隠せなかった。

 その謎を探りたくて仕方が無かった。

 だが、今は……。

 優先しなければいけないことがある。歯を食いしばり、意識を集中する。

「モーザ……」

「モーザ?」

「今、ドワーフの隣にいるエルフの名前。識別コードは取った。バックドアからデバイスへのアクセスをはじめるにょ。まずは彼女のデバイスから音声を盗るから……」

 ウンディーネは、ドワーフの船がエルフのシステムを使っていることに感謝しつつ、作業を続ける。

「確かに、それならドワーフのカメラを使うより、確実ですね」

「艦内の目を盗まない限り、何が起きてるか詳細はわかんにゃいけどね」

 ウンディーネの口元が笑う。

「捕まえたにょ。音声、解放するよ」

 リアルタイムでモーザの言葉が拾われる。

 音声が、シルフとウンディーネの両名に届く。

 ウンディーネは、さらに目を盗むべく、作業を開始する。

 モーザのデバイスのおかげで、船内の座標は拾える。

「モーザの前に……誰かいる? えっ、ドワーフじゃ無い?」

「この声は、巫女様?」

 シルフは、身を乗り出すと息をのむ。

「目を盗むから待ってて!」

 ウンディーネの思考がさらに加速した。

 語尾から、にょが消える。

 あの軍艦はなんなんだ?

 あのエルフは、どうして自由に動ける? ドワーフに拘束されていない?

 ドワーフは、冷酷非道な妖精じゃ無かったのか?

 ウンディーネの持っている常識、価値観のそれが調べる度に崩壊して行く。

 こんな事あり得ない。

 これはあの巫女がやったの?

「なんなの……なんなのよ……」

 ウンディーネは、焦らずにはいられなかった。

 だが、常に冷静であれと、エンジニアとしての矜恃が彼女の精神崩壊を押しとどめていた。

 情報が欲しい。

 少しでも情報が欲しい。

 そんなウンディーネの混乱をよそに、シルフは真剣な眼差しで拳を握りしめた。

「巫女様、必ず貴女を助け出します……」

 いつだって、エルフを守るために身体を張り続ける卑ノ女。

 こんな巫女は初めてだった。

 巫女なのに、憎い、恨めしいはずの巫女なのに。

 卑ノ女だけは、違った。

 だから、だからこそ、救い出す。

 必ず……もう、離さない。


    * * *


「どうしたの?」

 卑ノ女は、柔らかい笑みを浮かべながら、モーザを受け入れる。

 モーザは、ユミルの格納庫の中を後ろ手でなにかを握りしめながら、ゆっくりとした足取りで近づいて行く。

 その眼差しは、どこか殺気立っているようにも見えた。

 露骨過ぎる、隠さない敵意がそこにあった。

 誰でも分かるほどの強い意志が見て取れる。

 思い詰めたような眼差し。

 退路の無い、強い決意があからさまに見て取れた。

 モーザは、終始無言のまま。

 ただ、近づいて行く。

 自分でも驚くぐらい冷静だった。

 感情は高ぶっているにも関わらず、巫女までの距離を測っている自分がいて、今すぐ襲いかかりたいのに、それをしたら、まだ、逃げられると判断している。

「どうやら、楽しい話じゃないみたいね」

 巫女は、逃げなかった。

 むしろ、自分と話を続ける意思を見せる。

 コイツは、今から自分がなにをするのか、分かってるのだろうか?

 いや、ちょうど良い、このまま……。

「お父さん、お母さん……仇は……仇は取るよ……」

 ボソリと、口の中で、口の中だけで小さく呟く。

 いや、巫女に聞かれても良い。

 この距離なら、逃がさない。

 もう、逃がさない。見ててね。

 足を止める。

 巫女が、口を開いた。

「“わたし”が憎いみたいね」

 卑ノ女は、冷静な眼差しでモーザを受け入れる。

「そうよ。あんたが……あんたが……お父さんと、お母さんを、死なせたんだ!」

 卑ノ女には、思い当たることが、一つだけあった。

 たった一つだけ、あった。

 ドワーフが撃った船団。そして、反物質反応炉が暴発した船団。

「ねぇ、モーザ……教えてくれる」

「なにを!」

 卑ノ女は、確信を持った疑問を口にする。

「モーザのお父さんとお母さんは、チチブノクニミヤツコに乗っていたのね」

 強く、顔を上げる。

 目から、涙があふれていた。

 あふれる思いを隠すこと無く、全て爆発させる。

「そうよ! 一度救っておいて! あたしたちに夢を見させておいて! どうして見捨てたのよ!」

 格納庫の中に満ちる激しい感情。強い憎悪。

 今、ここにいるのはモーザと卑ノ女だけ。

 モーザは、鋭くとがったペンダントトップを取り出す。

 短い切っ先、先端が鋭い光を放つ。

 強く、強く握りしめる。

 激しい凹凸のあるそれはモーザの掌に食い込んだ。

 それを卑ノ女にまっすぐに向ける。

 掌からは、血が滴って床に落ちる。

 ああ、これで刺すつもりなのだと卑ノ女はモーザを見つめている。

 卑ノ女は、信じられないほど、自分が落ち着いているのを自覚していた。

「もう少し教えて欲しいことがあるの」

 彼女の中に元々あった疑問。シルフ達は尋ねても教えてくれなかった疑問。たぶん、モーザなら答えてくれるはず。


    * * *


「ウンディーネ……転送は、できますか」

 剣呑な空気を察した、シルフはウンディーネに提案する。

「そんなことしたら、絶対にバレる……」

 ウンディーネは、卑ノ女とモーザの会話を聞きながら、焦っていた。

 まさか……こんな事態が起こるなんて、予想もしていなかった。

 エルフのテロリスト。アウトローは、どこにでもいることをシルフ自身、身をもって知っている。

 だが、アウトローはどこにでもいるのでは無い。

 ただのエルフが、アウトローになるのだと……。

「なんで、気がつかなかった……どうして、忘れていた……」

 卑ノ女とモーザの会話がヒートアップしていくのを横耳で聞きながら、シルフは焦る。


    * * *


「先代の巫女達は、エルフになにをしたの?」

 ずっと知りたかったこと。

 卑ノ女が尋ねた瞬間、モーザの顔が歪んだ。

「はっ!」

「わたしは、なにも知らないの。聞いても教えてくれないのよ。だからずっと知りたかった。予想はできたけど、予想は事実じゃ無いのよ」

 モーザは、思わず歯を食いしばる。その目が怒りの炎で真っ赤に染まる。

「時間稼ぎのつもり?」

「まさか……それだったら、とっくに逃げてるわ。ただ、知りたいのよ。異界から喚び出された巫女がいままでエルフ達になにをしてきたのか、それも知らないで死にたくないだけ」

 卑ノ女の眼差しはどこか冷めている。

 モーザは、思い切り感情を爆発させた。

「巫女は、託宣で、いつもいつもいつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも! エルフを殺してきた! 殺してきたのよ!」

 肩をふるわせながらも、銀色に染まる突先を向け、モーザは叫んでいる。

「やっぱり、そうなんだ」

「元々アメノトリフネの船団には元々千億もの同胞が乗っていた……それが、それが、百億まで減って、あんたのせいで、さらに減った……その中には! その中には! あたしのお父さんと、お母さんもいたのよ!」

「はぁ! 千億ぅ! そんなにいたの!」

 思わず素に戻るほどの大声。

 どんだけ、減ってんのよ……。

 そりゃ、巫女憎しで、エルフのアウトロー達がテロも起こすわ。

「なんで、あたしだけ助かるのよ! どうせなら、あの時、一緒に死んでいた方が、まだましだった!」

 さらに続く、モーザの叫び。卑ノ女は、その言葉で我に返る。

「あんたに理解できる? いつも、託宣が降りる度に死を迫られるあたしたちの恐怖が! いつもビクビクおびえながら生きる生活が!」

 モーザは、涙ながらに口角から泡を飛ばしながら続ける。

「わかんないでしょう!」

 モーザの怒りは、両親の死が理由なだけで無い。

 今までの巫女のツケ。

「ごめんね……」

「あやまるなぁ! あんたは巫女なんだ! あやまるな!」

 掌にさらに力を込める。

 血が強く、大きく音を立てて滴る。

「ところが、あんたは違った。違ったのよ……。あたしたちを死なせない選択を選んだ! 一度だけなら、偶然もあり得た。たまたまだって、思えた。偶然だって、自分に言い聞かせることもできた!」

 涙が、モーザの目からあふれて、散った。

 それが生まれたばかりの血の池に落ちて溶けて行く。

「でも、あんたは、あんただけは違った! 巫女なのに! 巫女のくせに! 身体を張って、あたしたちを守ろうとした! 命をかけて、あたしたちの盾になった! だから、だから、だから……お父さんも、お母さんも、あんたを信じようって! 信じたいって!」

 モーザの手が、強く、大きく、揺れる。

「なのに! なのに!」

 モーザは、泣きながら叫び続けていた。

 その目は、卑ノ女を見つめている。

「ごめんね……」

 あの時、自分はケルピーとイシュカがいなかったら、動けなかった。

 初めから、自分に選択肢を与えられていたら、なにかが変わったのだろうか?

 なにかできたのだろうか?

 分からない。あの時、託宣は無かった。

 仮に託宣があったとしても、自分には決定権は持たされていなかった。

 それがあの時、受けていた罰なのだから。

 でも、それは、言い訳だ。

 そう、エルフ達にとって、そんなの言い訳にしかならない。

「あやまるなぁ! お父さんとお母さんは、あんたのせいで、死んだんだ! 二度と還ってこないんだ!」

 モーザは、腰だめにペンダントを構えると全力で走り出す。

「だから! 死んで!」

 まっすぐ、ただ、まっしぐらに卑ノ女に向かってゆく。

 しかし、卑ノ女は動かなかった。

 逃げようともしなかった。


    * * *


 ドワーフの軍艦ボーリンの艦橋が、にわかに騒がしくなっていた。

 電惻員のフンバルトが、微弱な、それは小鳥の羽が大気を揺らすほど微かな次元震動を捉えたからだ。

「艦長!」

 電惻員のフンバルトが声を大声を上げる。

「どうした」

「五次元空間に反応あります」

「総員、戦闘配置。ボーリン、エネルギィ障壁最大出力」


    * * *


 格納庫の中に激しいアラームで満ちる。


    * * *


 だが、モーザの動きは止まらなかった。


    3


 シルフはウンディーネに問う。

「シルフ、転送は可能なんですか」

「できる。この距離ならできる……できるけど!」

 ウンディーネが判断に迷っていると、ムメカゴメがエルフ船籍の反応をキャッチした。

「エルフの船のフレンドリコード? なんで、二隻も?」

 どうして、こんなタイミングで……。

「ウンディーネ、後の事は任せます!」

「あっ! ちょっ、待て!」

 思わず、ウンディーネは止めようとする。

 だが、シルフは自分で、ムメカゴメの転送装置を起動すると、ウンディーネが捉えた座標に跳ぶ。

 隣にいたシルフの姿が消える。

 呼応するようにワープアウトして飛び込んでくる二隻のエルフの船。

 同時に次元砲を発射する。

「ムメカゴメ!」

 ウンディーネは、遮蔽を解くとフルスピードでドワーフの船の前に飛び出し、防護障壁を張った。

 それは本来なら、ドワーフの軍艦を一撃で吹き飛ばすほどの威力があった。

 そしてボーリンの障壁では完全に防ぎきることは不可能に違いない。

 だが、ムメカゴメは違った。

 空間を切り裂くほどの振動波を完全に拡散し、散らし、ボーリンを守り切る。

 ウンディーネは、船橋で大声を上げていた。

「あたし、一体なにしてんのよ!」

 ウンディーネは、理屈では分かっていた。

 ここでドワーフの船を守らなければ、シルフが死んでしまうと言うことを……。

「あたしは、穴蔵を守ったんじゃ無い! シルフを! エルフを守ったんだ!」

 そう自分に言い聞かせるように、正体不明のエルフ船籍にアクセスを開始した。

 

    * * *


 情報士官のトレットは、ユミルの格納庫にいた。

 翻訳機の予備デバイスを手にして、戻ってきたとき、モーザの糾弾は既に始まっていた。

 卑ノ女とモーザを遠くで見つめているしか無かった。

 割り込もうにも、モーザの言葉がそれをさせなかった。

 どう、あの二人の間に入れば良いのか、分からなかったのもあるが、モーザの気迫に気圧されてしまっていたのもある。

 だが、艦内に警報が鳴り響いて、ようやく我に返る。

「モーザ! 敵襲だ!」

 そう言いながら、走り出す。

 だが、この距離で、届くか?

 トレットは、自分のふがいなさを嘆かずにいられなかった。


    * * *


 遠くで、ドワーフの青年の声が聞こえたような気がしたが、卑ノ女は、それを気にしなかった。

 まっすぐに飛び込んでくるモーザを冷静に見つめている。

 彼女は、逃げるつもりは無かった。

 今更、慌てても意味が無い。

 逃げるつもりなら、そもそも彼女と話をしなかっただろう。

 だからといって、死ぬつもりも無い。

 二律背反した気持ちが、卑ノ女の心を支配している。

 ただ、可能なら、もっと彼女と話をしたかった。

 聞きたいことがあった。


 だけど……。


 それもかなわない。

 だんだんと、迫ってくるモーザ。


 卑ノ女は、それを受け入れるように、立ち尽くすのでは無く、しっかりと立っていた。

 そのとき……。

 目の前の中空に、光があふれ出す。

 卑ノ女の頭よりも高い位置。

 なに? とばかりに見上げる。

 集まって行く。

 固まって行く。

 それはゆっくり、しかも明確に、卑ノ女の見知っているエルフの姿を象る。

 少しだけ露出の高いボディースーツ。

 そして、腰に浮かぶスカート。

 踊るように刎ねる二つの銀色の髪の束。

 流れるような仕草で、右腕を振ると、腰に浮かんでいるスカートがそれに従う。

 躍り込むように、飛び込んでくるモーザに立ち向かう後ろ姿。

 久しぶりに見る姿。

 卑ノ女は、それが誰なのかすぐ分かった。

 思わず彼女の名前を呼ぶ。

「シルフ?」

 まるで疾風、流れるようにモーザに向かって躍りかかる姿に、シルフがなにをしようとしているのか、一瞬で理解。

 だから、モーザに向かって駆けだしていた。

 自分でも、こんなとっさに身体が動かせるのかと、思うほどに……。

 思わず叫んでいた。 

「シルフ、だめぇえええ!」

 心から叫んでいた。

「ころすなぁああああああ!」

 シルフのスカートがモーザを切り裂くよりも早く――

 卑ノ女の身体が激しく揺れる。

 モーザを強く抱きしめ、共に激しく床に倒れ込む――

 

    * * *


 ボーリンの艦橋は驚きに包まれている。

 いきなり現れた敵性艦の攻撃をこれまた突如現れた謎の船が防いだ事に……。

 フンバルトは、状況を理解できないままに、スクリーンを見ていた。

「一体、何が起きている!」

 艦橋にいた副長のホッヘが、思わず声を上げていた。

 完全に、ドワーフ達の理解を超える状況。

 だが、ただ一名の妖精だけが――

「まずは、落ち着け、三隻の様子をしっかりモニタしろ。防壁を維持しつつ主砲発射用意。基本動作を忘れるな! 可能なら隙を見て次元跳躍! この戦闘宙域を離脱する」

 ヘーデルは、どっしりと艦長席に腰を据えていた。

「逃げるか?」

「その選択肢も視野に入れろ。生き残ることが我々最大の使命だ」

 ヘーデルは、まっすぐモニタを見つめていると――

「艦長! 緊急事態です」

 情報士官トレットから、割り込みのメッセージが届いた。

「今度は、なんだ」

 いらだちを隠して、ヘーデルが口を開くと、さらにトレットの悲痛な報告が艦橋に響いた。

「巫女が、卑ノ女が! ユミルの格納庫でモーザに刺されました!」

「なんだと……」

 動揺を飲み込みはしたが。

「まったく、なんでこんな時に立て続けに……」

 さすがのヘーデルも、心から、ぼやかずにいられなかった。



   異世界転生した巫女ですが祈ることしか出来ません

   第二部 ドワーフ編  第四話「今度は、なんだ」了


     予告


 巫女を恨むのはお門違いじゃ無いか?

 あんたが憎むべきは、わしじゃろう?


 過去の巫女がしてきたことは、わしにはわからん。

 だが、こいつは、お前達を救ってきたはずだ。



  次回 異世界転生した巫女ですが祈ることしかできません

  第二部 ドワーフ編 最終話「信じてる」へつづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生した巫女ですが祈ることしかできません「期待すんな!」 黒田百年 @kuroda100

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ