異世界転生した巫女ですが祈ることしか出来ません  「情報交換しない?」


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「ね~、これ見てよ」

「なんですか?」

「あんたに頼まれてた、巫女の部屋のアクセスログ解析したんだけど、こりゃすごいわ。隠す気も無いみたい」

 アメノトリフネのブリーフィングルーム。

 眼鏡型のデバイスをつけたエルフ、ウンディーネがシルフと情報共有した。

 シルフは、顔をしかめる。

「常若の国から? なぜ? 一体誰が……。それが巫女様のプロテクトを破壊したのですか?」

「いや、まだわかんない。これのなにがやばいって、王城からのアクセスだって事だよ」

「まさか王族の強制権?」

「そゆこと」

 ウンディーネは、茶化しながら答える。

 そしてすぐに顔をしかめて続ける。

「ただね。ま~だ、他になんかあんのよ。こっちはうまく消してるから、手こずりそうなんだけどさ~。誰かがアタイのプロテクトを壊した。そう、これはアタイに対しての挑戦状ってわけよ……。楽しくなってきたわ」

 狂気じみた声を上げながら、ウンディーネは笑う。

 思わずシルフがドン引きするレベルでだ。

「いや、そっちも大事ですが、巫女様の救出の方を優先してくださいね」

「わーってる、わーってるって! いやぁ、ひっさびさの難敵だわ。楽しくなってきた~!」

 これは確実に別の方向に情熱を向けてるとシルフは思ったが、卑ノ女奪還に自分たちがどう動くべきかその方針を決められていない自分にも責任があるため強く言えない状況である。

 とにかく、ムメカゴメでドワーフの元へ行く。

 だが、武装も無しでドワーフの軍艦とどうやり合う?

 せめて、巫女と連絡が取れれば、色々とやりようがあるのに……。


 このとき、シルフ達は知らなかった。

 ドワーフ達は、可能な限りエルフを救助していたこと。

 生きている五十三名ものエルフ達がドワーフの軍艦にいるという事実を。


「あー、それとさ」

 シルフが考え込んでいると、ウンディーネが続ける。

「はい?」

「なんか、この船の中でキナ臭い動きがあったよ」

「きな臭い?」

「アメノトリフネを構成する重力素子とリソースが、すっこしだけ減ってんの。隠蔽してるつもりだろうけど、バレバレなんだよ。へったくそな工作してさ」

「どういうことです?」

「だいたい、ウツボブネ二隻分。どこかの誰かが、勝手に使ってるね。逆に、なんもしない方がスルーされてたのにさぁ。ヘタに工作するからバレるんだって」

 ウンディーネの眼鏡のレンズが光を反射して輝いた。

 ちなみに、彼女がかけている眼鏡。それはこの世界で、ただのファッションとして使用するか、デバイスとして使用するかの二択。

 それでも今時、眼鏡をかけるのはレア中のレアとも言えた。しかも彼女は、好んで眼鏡をかけている。そして眼鏡を馬鹿にしたエルフは、いろいろな意味でボコボコにされるので要注意である。


    * * *


「さぁ~て、わざわざ気付くように仕向けたんだ。少しは楽しませてくれよ」

 男は、いやらしく笑う。

 本来ならコンピュータにコダカヒコを操船させ、それをモニタするだけで良かった。

 それをしたら確実に、最初の一撃で終わっていたに違いない。

 だが、それをしないでダイレクトリンクをつないで、わざわざ遠隔操作しているのは、彼自身が、暇つぶしをしていて、しかも楽しんでいるためだ。

 別に、指を動かすでもないし、コンソールを操作するでも無い。

 補助脳につなぎ、直接思考で起動している。

 ただ、それだとさすがにコマユミとコダカヒコ二隻同時に動かすことは出来ない。

 故に、コマユミは待機状態で停船させていた。

 非常時には、自動で援護に入るよう指示は出しているが、おそらく必要ないと男は思っていた。

 それぐらいドワーフの軍艦ボーリンとの性能差がある。

 絶対に負けるはずの無い一方的に嬲る行為。

 日常に退屈していた男にとって、これはただの娯楽でしか無かった。

「ドワーフはどう動く?」


    * * *


 ドワーフの軍艦、ボーリン。

 モーザは、その床の上に倒れていた。

 一瞬だけ、見慣れない床を目にして自分がどこにいるのか把握できなかった。

 自分は、どこにいる?

 そう意識することで、思考がゆっくりと回復してくるのが分かる。

 全身に衝撃が走る際、なにかが守ってくれたのが分かった。

 たぶん、それはエルフの船に装備されている、宇宙船から船外に投げ出されたときに張られる緊急用のバリアなのだろう。

 ただ、モーザが乗船していたチチブノクミミヤツコの船団は、旧式の船ため、最新鋭のアメノトリフネが張るバリアと比べ出力が弱い。

 そのため卑ノ女の様に完全に守り切るには至らなかった。

 虚ろな意識の中、巫女の声が響いてくる。

「……い。だから、この攻撃をしかけてきたのはアメノトリフネと関係が無いわ。もし、あなた達ドワーフが攻撃してきたとき、これと同じ攻撃手段を持っていたら、使ってたわよ! なんで、あなた達に反撃せず、ただ逃げ惑っていたと思うの……」

 悲痛な叫び。だが、モーザには忌々しく聞こえる。

「あなた達が、あの時、あたしを攻撃目標に切り替えたのは、無辜の民を、無抵抗の妖精を撃ちたくなかったからでしょう! だから、お願い! あたしを外に出して!」

 まさかドワーフを助けるつもり?

 なんなのよ、この巫女は……。

 エルフを救えなかったくせに……。

「だれが! 誰が! 小娘の命を! そんな小さな命を犠牲にしてまで、生き残ろうとするか! 誇り高きドワーフをバカにするな! ブリッジ! 防御障壁最大出力……」

 命を犠牲?

 わたしたちを攻撃しておいて……なにを偉そうに……。

 巫女は、殺さなきゃ駄目だ。

 そう、巫女がいるからエルフが死ぬんだ。

 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す! 絶対に殺す!

 その為には、起きなきゃ……。

 まだ、しびれる腕に力を入れる。

 動く。

 うん、動ける……。

 今なら、きっと……。

 わたしに気付いてない。巫女を……殺すんだ……。

 凶器にも似たペンダントトップを握りしめる。

 これで、巫女を背中から突き刺せば、今なら。

 その後、どうなろうと知ったことじゃない。

 モーザが、こっそり動こうとしたとき、身体があっさりと浮き上がるのを感じた。

「動けるようだな」

「大丈夫? あなたは無事のようね。モーザさん」

 助け上げられて、思わず言葉を失う。

 目の前には、ヘーデルと巫女がいた。

「な……なん……」

 わたしが起きてることに気付いてるわけ?

 思わず、言葉を失っていると。

「そりゃ、うめき声がして、指が動いたから、起きてるってわかるわよ。あなたはエルフだから助かったんでしょう」

「なんで、考えてることがわかるのよ……」

「気付いてないの? あなた口に出してるわよ」

 卑ノ女は、サラリと言ってのけると、続けた。

 思わずハッとする。もしかしたらあの呪詛の言葉も口に出していた?

 モーザは、額に汗が流れるのを感じるが、卑ノ女はそんな彼女を無視して問いかける。

「あなた、オペレーターね?」

「えっ?」

「ドワーフの船の操船は出来る」

 モーザは、尋ねられた言葉の意味を一瞬理解できなかった。

「わっ、わかんないよ……」

 なぜ、わたしが……。

「他に動ける妖精がおらん、手伝ってもらうぞ、ブリッジ! ユミルの起動は?」

 ヘーデルは、よろめきながら壁に背を預けて、声を上げる。

『後は、ユミルの艦橋から火を入れれば、すぐに出られます』

 ヘーデルは、両足を踏ん張りつつ身体を支えながら、天井を見上げた。

「よし、艦長命令だ。ここにいる妖精二名と、異星生命体一名をユミルの戦闘艦橋に強制転移」

『クリアランスレベル5を確認。五次元座標確認、転移します』

 ブリッジからの回答。

 手際の良さから見るに、既に準備はしていたのだろう。

 同時に、モーザの視界が揺らぐのを感じた。

「ちょ! あたしは……」

 モーザは「やるとは言ってない!」と叫びたかったが、その声はかき消される。

 全身が、一度バラバラにされ、目的の場所で再構築される。

 狭い艦橋。

 エルフの転移に比べて、なんと荒々しい。

 目眩、気持ちが悪くなり、体勢を崩して、椅子に手をかけた。

 経口摂取したモノを口から吐き出したくなるほどだった。

「うっ、ぐっ……」

 胃がムカムカする。

 何度か、呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻そうとする。

「相変わらず……この転移というのは……」

 ぐったりとヘーデルは、艦長席に腰掛けていた。

 そこに転移されたのだろう。

 モーザは、目の前にコンソールがあるのを自覚。

 深呼吸して、無理矢理落ち着きを取り戻すと、軽く周囲を見る。

 隣の席に巫女が座っていた。

 が、不思議なことに彼女だけ、ケロッとしていた。

「なんで……あんただけ……なんともないのよ……」

 思わず悪意を込めて問いかけてしまう。

「ん~? 長距離バスとかの車酔いに比べたら、全然なんてこと無いんだけど」

「「長距離バス? なにそれ?「なんじゃそりゃ?」」

 ヘーデルとモーザは初めて聞いた単語に、首を陰る。

「後で説明するわ……、とにかく、これで戦えるのね?」

 卑ノ女は、真剣な顔で言う。

 だが、彼女は理解していた。自分は、なにもすることがないと言うこと。

 しかし、乗らなければならない。

 乗って、艦外に出なければいけない。

 間違いなく、標的は自分に移るはずだ。

 敵の正体は不明。おそらくはエルフのアウトローに違いない。

 他に自分を狙う存在が、他にいるようにも思えない。

 にしても、なぜ、アウトローは自分を狙うのか?

 もう、アメノトリフネには乗っていない。

 わざわざドワーフの船を探してまで殺しに来る?

 エルフだけで無く、ドワーフまで死なせるわけにはいかない。

「情報が欲しい……」

 分からないことが増える一方だ。

 自分がアメノトリフネからいなくなったら、新しい巫女を喚ぶだけだと思っていた。

 なのに、こうして命を狙われている。どうして、自分の命を狙う必要がある?

 つまり、どこにいても命を狙われると言うこと。

 理由も分からず殺されるなんて、まっぴら御免だ。

 卑ノ女は、席に座り思考を巡らせていると、ヘーデルの声が聞こえる。

「ユミル、発進シークエンスを開始。ボーリンの反物質反応炉とコネクト。ユミルの反物質炉を起動しろ」

 同時に、ブリッジから悲鳴のような声が返ってくる。

『反応炉起動しま……外部から高エネルギィ反応! 直撃します!』

「障壁最大! 転移反射を使え!」

 ヘーデルの指示。

 外で何が起きているのかまるで分からない。

 聞いたことのない単語。

 同時に、艦が激しく揺れた。

 外からの攻撃が直撃したらしい。

 それだけは、エネルギィ衝撃波による振動で分かる。 

『バリア出力、40まで低下! 次が来たら撃沈します!』

「深宇宙探査! 攻撃が来た方位から敵の位置を索敵しろ!」

「撃たれた方位と反対の方を調べて! いつまでも同じ方角にいるなんて間抜けのすることよ!」

 卑ノ女は思わず声を上げた。

 昔読んだSF小説では、定番すぎるパターン。

「わかっとる!」

 ヘーデルが怒気と共に叫んでいた。

 卑ノ女は、思わず口元を歪めて笑うと、腰を上げたまま、モーザの方に視線を向ける。

「モーザ、動ける?」

 コンソール(操作盤)に両手を置きながら、うつむいたままのモーザ。

 彼女は、自分の補助脳にアクセスしていた。

 そして驚愕する。

「なんで……ドワーフの船なのに、エルフのシステムで動いてるのよ……」

 自分の中にある知識、自分が乗っていた船団チチブノクニミヤツコの操船マニュアルとユミルのそれは、ほぼ一致していることに驚きを隠せなかった。

 多少の変更は見られるが、基本的な操船は、同じ。

 これなら自分でも最低限の操艦は出来る。

 ただし、補助脳の中に情報、知識があるだけ。

 実際に操った経験はない。

 そして、自分の中には、経験も知識も無い。全て補助脳の中。

 それでなんとかなる? やるしかない。

 補助脳にアクセス。

 古びた情報を引き出す。

 自分の中の落ちてくる知識を頼りに動かしはじめる。

 コンソール盤が光る。

 どうして、どうして、自分はこの船を動かそうとしているの?

 なんで?

 モーザは、自分でも分からないままに起動シークエンスを進める。

 艦内環境チェック、操作系統確認、操艦、動力、通信、全ての系統のテスト操作。

 それらをしながら反応炉の安定させはじめていた。

 船の中にエネルギィが満ちる。機関に火が入る。

 眠っていたユミルは、ゆっくりと、確実に目を覚ましはじめる。

『ユミルの反応炉、起動。火がつきました。動きます。補助電源接続カット、ボーリンの反物質反応炉との接続カットします』

「敵の位置の索敵は?」

『不明』

「亜空間アクティブソナーを放て」

『それだとこちらの位置まで……』

「もうバレとるじゃろうが! なにを隠す必要がある!」

 ヘーデルは、自分の目の前にモニタを出した。

 かろうじて、腕は動く。

 自分で行動が出来たなら、エルフになぞ操艦させる必要が無かったのに……。

 内心、ぼやきながら、ソナーの反射を見る。

「方位、9―3―2……距離300ベノムか……最初のポイント5―3―1から移動したな……。主砲を撃ったからには、今すぐには動けまい。そのまま敵艦の共同をモニタ。逐次こちらに情報を回せ!」

 ヘーデルは、深呼吸一つしてから、声を上げた。

「モーザ! 方位、9―3―2に向け、微速前進、爆雷セーフティ解除!」

「ちょっ! ちょっとまってよ! 格納庫の隔壁が閉じたままじゃない! 開けなさいよ!」

 パニック気味のモーザ。

「隔壁なんぞ意味がない。そのまま自動で宇宙に射出される! エルフの船も同じじゃろうが?」

“ドワーフは、自分たちの船がエルフのそれと同じという認識で話してる?”

 卑ノ女は、ヘーデルの言葉に疑問を抱く。

「それに爆雷のセーフティってファイヤコントロールでしょ! 火気管制なんてやったことないよ!」

 ヘーデルは、モーザの言葉に舌打ちをして返すと自分の身体を軽く確認する。

 両腕は、動く。だが、小刻みに腕は震えている。

 改めて、拳を握りしめる。

 しびれもだいぶ抜けてきた。

 激しい運動は無理、細かい作業は厳しいが、大雑把な作業なら可能だろう。

 身体の芯には、先ほどのダメージが残っていることを自覚していた。

 操艦と火気管制を同時にこなすのは無理かもしれないが、どちらかなら出来るだろう。

 気を抜いたら、意識が飛びそうになる。

 堪えながら、必死に兵装を起動する。

「そっちは、わしがやる。とにかく、ユミルを外に出せ! このままだと、反撃する暇もなくやられるぞ!」

 ヘーデルの「やられる」その言葉の意味を噛み締め、艦を動かしはじめた。

 それは自分が「殺される」と言うこと。

 そうだ。死にたくない。

 なぜ?

 巫女を「殺せる」のなら、その後どうなろうと知ったはずではないのに……。

 どうして、死にたくないの?

 分からない、分からない……。自分の心と問答を薦めている。

 ユミルがゆっくりと前に動き出す。

「とにかく、前に進めば良いのね」

 自分は、ドワーフの指示に従って戦闘艦を動かしている。

「索敵した敵の真後にショートワープする。一気に叩くぞ!」

 卑ノ女は、コンソールに手を触れないように椅子に深く腰掛け、手を組む。

 あたかも、その姿は祈りを捧げるようにも見える。

 しかし、それは祈りではない。

 思考。

 記憶の旅。

“敵が使ってるのは、もしかして多次元迷彩? シルフが言ってた。ほんらい船が使うものだって……。もしも……あれがシルフに教わった防御障壁なら直接叩くのは危険かもしれない”

「ねぇ……へ……」

 卑ノ女は、そう言いかけて迷う。

 いや、ヘーデルは戦闘プロだから、自分が口出ししなくても、分かっているはず。

 素人の自分が意見をすることは、プロの邪魔になるのでは無いか?

 いや、役に立つ意見なら、きっとヘーデルは聞いてくれる。

 それは本能的に理解していた。

 彼は、頭が切れる。

 だが、今は戦いの素人が口を挟むべきじゃない。

「見ておれ、目にもの見せてくれる……」

 ヘーデルは、まだしびれが残る腕で爆雷発射準備を進めていた。

 闘志を燃やしている。

 モーザは、それに煽られるように、ユミルを一気に動かした。

「いくよ!」

 ボーリンの格納庫の隔壁に触れた瞬間、艦が一度激しく揺れた。

 目の前のモニタが星に包まれる。

 コンソールを通じ、モーザの脳内に必要な情報が流れ込んでくる。

 明確に宇宙に出たのが分かる。

 自分の意思でこの戦闘艦を操ることが出来る。

 このまま逃げることだって出来る。

 出来るのに……。

 流されるままにドワーフの言葉に従っている。

 戦闘艦ユミルは、戦闘速度を維持したまま一気に宇宙に飛び出す。

 敵の背後に一気にショートジャンプする。

 だが、目の前には何も無い無の空間。

 ヘーデルは、照準を合わせると攻撃を開始した。

「敵、亜空間に補足! 爆雷投下!」

 叫ぶと兵装を一気に解放する。

 それと同時にユミルの船体が衝撃波に飲まれて揺れる。

 艦橋を駆け抜けるエネルギィ。

 ヘーデル、モーザ、卑ノ女の三名の身体が激しく揺れた。 


    2


 少し前、卑ノ女がアウトローに襲われた後の出来事。

 卑ノ女の記憶の旅。 

「そんなことを聞いても意味が無いですよ」

 思わずシルフは溜息を漏らした。

 卑ノ女がアウトローに襲われた後の話だ。

「巫女様はわたしが守るのですから」

 卑ノ女は、正座を崩してあぐらをかく。

「あんたが、常に側にいるとは限らないでしょうが。あんたは用がなければここに来ないんだから」

 そう言われると言い返せなかった。事実シルフは仕事が忙しいというのもあるが、あえて卑ノ女が住まう部屋に来るのを避けていた。

 もしかしたら、その事実を悟られていたのかもしれない。

「だから、さっさと迷彩の破り方を教える!」

 卑ノ女は、強く促した。

「次元迷彩は、空間を歪ませるもので本来なら戦艦や船が使うものですし、簡単には破れません」

「でも、あんたあっさり破ってたじゃん」

「経験の賜物です」

 別段、自慢げに答えたでも無く、普通の表情だ。

「異次元の壁がありますから、普通の攻撃じゃ無理です。空間を抜くぐらいの威力が必要になりますから」

「でも、あっさり、倒してたじゃない」

「それは、スカートですからね。他じゃ無理です」

 シルフは、軽く右手を挙げると、腰の辺りに浮いているスカートが釣られて動く。

「特殊な武器なんだ。あんたが戦ってるところ初めて見たけど」

「怖かったですか?」

 はかない笑みを顔に浮かべ、卑ノ女を見つめる。

「別に……。それよりさ、あたしには、あんたが泣いてるように見えたわ」

 シルフは、卑ノ女にそう言われ、思わず目を反らした。

「だから止めたかった。あのまま、あんたが同族を殺すところなんて見たくなかったしね。でっ、話の続きだけど、普通の手段じゃ破れないの?」

「だから……まぁ、いいです」

 なおも食い下がるように尋ねてくる卑ノ女に半ば呆れつつも、

「ええ、次元刀でもないかぎり無理です。もしくは空間をねじ曲げるほどの高出力のエネルギィで貫くか、空間そのものをに穴を開けて直接攻撃するしかありません。どれをとっても正確な座標を的確につかないと難しいでしょうね。分かりましたか? 意味が無いと言った理由が」

 顔を背けたまま、シルフは続けた。

 卑ノ女は、軽く溜息を漏らすと、「こりゃ無理だわ」と素直に納得した。

「で、座標とかはどうやって特定してるの?」

「だから、なんで話を続けるんですか!」

 この後、卑ノ女が納得するまでシルフを質問攻めにしたのは言うまでも無い。


    * * *


 ヘーデルが彼が初めて艦長となった時、星間航行中に起きた事故。

 激しく揺れる船体。

 ヘーデルは、とっさにゲルセミを腕の中に庇っていた。

 すさまじい衝撃に老朽艦は悲鳴を上げる。

 ヘーデルは庇った王族の姫であるゲルセミが無事であることを確認すると身体を起こし険しい顔をした。

 船の中には警報が走る。

 部下は無事か? 船の状況はどうなっている?

 なぜ爆発が起きた?

 状況が分からないまま、艦橋に行こうとする。

 そんなヘーデルの後ろには、ゲルセミがついてきている。

「ついてくるな」とつっけんどんに言う。

 すぐ後には、ヘーデルよりやや小さいぐらいの身体。

 頬髭を左右に分けて結いその先端にはかわいらしいリボンをつけている。

 ドワーフの女性の特徴だ。

 ドワーフ総人口の男女比は、7対3である。

 ドワーフにとって女性は、文字通り命を賭して守るべき存在だった。

 だからこそ、危ない橋を渡らせるわけにはいかない。

「危ないからついてきてはいかん!」

 思わず怒鳴りつけていた。

 しかしゲルセミはまったく動じない。むしろ柔らかく笑っていた。

「ほら、そんな顔をするから、貴公はいつも誤解されるのですよ。わたしは大丈夫です。とにかく急ぎましょう」

「だから、ついてくるなと言っている!」

 向き合って、本気で怒鳴りつける。

 ヘーデルにとって彼女はまぶしすぎた。女性は守るべきもの、しかも王族。

 彼女に危ない橋を渡らせるわけには行かない。

 思わず睨み付けてしまう。そのとき――

「!」

 ゲルセミが、そっと掌を伸ばしてくる。

 柔らかく頬を撫でる。

 額から流れた血が、痛々しい。

 船の中で絶え間なく爆発は続いている。

「ついていきますよ。貴公のことです。わたくしや部下を助けるために自分を犠牲にするつもりだったのでしょう?」

 見抜かれて、言葉を失う。

「生きて帰りますよ。貴公もです。部下を助けるために命を捨てるなんて、このわたくしゲルセミ・エッダ・オーケンシールドの名にかけて許しません! いいですね」

 そう言った彼女の首元には、虹色に輝くペンダント。

 いつも目に飛び込んでくるのは王族である証。ドワーフの至宝、虹の宝石オーケーン。

 それは平民と貴族の隔たり。

 忌々しい。

 強大な壁が目の前にある。

 なぜ、彼女が、こんな古びた船に乗っている。

 王族の船があるというのに。

 それはまだいい、なぜ、彼女は自分の側にいる?

 ヘーデルは、なにも言わずにきびすを返し大股で歩き出す。

 ゲルセミも、遅れない速度でヘーデルの後に従う。

 もしかしなくても、死ぬかもしれない。

 自分の命に代えても、部下だけは、この船に乗り合わせた乗員の命だけは救うつもりだった。しかし姫に完全に見抜かれていた。

 だが、忌々しい姫は生きろという。

 ならば、生きる。

 生きて帰る。

 生きて帰る……。

 そう、生きて還るんだ。

 ボンヤリと考えながら、ヘーデルは理解していた。

 ゲルセミは、神の御許に召された。だから、もういない。これは夢だ。

“ああっ……なぜ、今頃……”

 いつまでも色あせない記憶。

 うつらうつらとしていると……。

 激しく、力強く揺れた。

「ヘーデル!」

 これは爆発の振動ではない。

「…………! 起きて!」

 あからさまな誰かが……。


    * * *


「ヘーデル! 起きなさい!」

 目の前にいるのは、ゲルセミでは無い。

 妖精ですら無く、ニンゲンと言う異星生命体……。

 狭い艦橋。

 狭いな……。

 ヘーデルは意識を取り戻して、なぜあの夢を見たのか納得した。

 ユミルの艦橋は、昔、艦長を務めていたスヴェルの艦橋と似ている。

 ゲルセミと共に生き残った船と……。

 もうろうとする意識。

 いや、どうして、自分はまたスヴェルに乗って……いや、ここはユミ……。

 そこまで考えると、一瞬で覚醒した。

「何が起きた!」

「あんたが、攻撃すると同時に、敵から反撃を受けた。バリアの出力は、一撃で60まで低下! とりあえず舵をランダムにきって敵の追撃を躱してる。あんたが目を覚ますまで1ブメンの間逃げ回ってる」

 モーザは、いらだちを交えながら操舵を続けている。

 次の瞬間、細かい衝撃が幾重にも重なりユミルの船体を襲う。

「くっ!」

 モーザは、うめき声を上げながら、コンソールを操作し、ユミルを動かしている。

「敵の攻撃は、断続的に続いてる。わたしはこの船を動かすので精一杯だから、反撃するなら早くして!」

 モーザの叫び声は悲鳴にも似ていた。

「そこの役立たずの巫女は、なんにも使えないんだから!」

 いらだち、感情がこもりきった声で、モーザは脳内で展開されている星図を確認している。素人丸出しの操艦。

 だが、直撃は避けていた。

「役立たずね……」

 そう言われて思わずひとりごちた。

 そう、自分がここに乗っているのを知っているかのように攻撃は、ボーリンでなくユミルに移っている。

 脅威としてみるなら戦艦であるボーリンの方が遙かに高いのに……。

“実際、あたしがこの船に乗ってもやることは何も無い……”

 だが、囮としての役割を果たせるならそれは意味がある。

「動ける?」

「なにがどうした?」

「ヘーデルが、爆雷投下と同時に、ユミルに反撃があって、その衝撃でアナタが床に投げ出されてそのまま気絶。モーザが追撃を受ける前にユミルを操艦して逃げ回ってる。あなたが目を覚ますまで1ブメンかかったわ」

 ユミルが激しく揺れた。

「くっ!」モーザは思わずうめく。

 同時に、出力を上げ加速、蛇行を開始する。

「そのあと、こうして細かい攻撃を受けてバリアを削ってるみたいね。大きな攻撃は、ボーリンを狙った一撃と、こっちの不意打ちを返してきた攻撃だけ。様子を見てるのか後でデカいのを撃つつもりなのか、敵の真摯は分からない」

 自分で、言って僅かに引っかかる。

 ボーリンを撃った一撃と、ユミルの攻撃に対する反撃までに、たいして時間がかかっていない。

 ボーリンが撃たれてからすぐにユミルは出撃したはずだ。

 連続で、ポンポン大きな攻撃が出来るなら、なぜ今それをしない?

 自分の感じた疑問は蛇足だと思ったからその説明はしない。

 卑ノ女は、ヘーデルにゆっくり手を伸ばして身体を起こそうとする。

 ヘーデルは、思わずその手を祓いかけ……止めた。

 素直に受け取り身体を起こした。

 その途中、卑ノ女は、ヘーデルの胸元に不似合いな程かわいらしい虹色のペンダントを見つけ思わず手を止める。

「どうした?」

 卑ノ女の視線に気がついたのか、ペンダントを服の中に隠す。

「現状、かなりやばいわよ。反撃の手立てはある?」

「今、考える……」

 ヘーデルは、ぶっきらぼうに答え、身体を完全に起こすと、席につく。

 微かに身体が震えている。やはりパラライザーのダメージが抜けきっていない。

 まだ、意識を失うか?

 いや、戦うんだ。生き残るために。

 みんなで生きて還るために。

 まったく! ゲルセミのヤツめ!

 彼女の言葉が、今もヘーデルの心を。

 まるで呪いのように今も縛り続けている。

 深呼吸を一つ。

「最大船速! 状況をはかりつつ距離を取る。ランダム航行で射線を取らせるな! ボーリン、わたしが合図したら再度、亜空間ソナーを放て! 敵の現在位置を探るぞ」


    * * *


 細かい砲撃が断続的に続く。

 その度に、ユミルの船体が揺れた。

「防壁出力30を切るわよ! 早く反撃してぇ!」

 モーザは、悲鳴を上げる。

 それに応じるように、ヘーデルは砲門を開く。

 同時に反撃を受ける。

 まるで防御障壁を解いた瞬間を知っているかのようなタイミング。

 ユミルの船体にダメージが蓄積する。

「ええい! 小型艦でドッグファイトとか、なにをしとるんじゃ、まったく!」

 ヘーデルが声を上げる。

 艦橋は、二名の妖精の声が響いている。

 攻撃を受けソナーを放ち、姿の見えない敵艦の位置を探り反撃を撃つ。

 その繰り返し。二名の妖精は、せわしなく操舵、攻撃をしている。

 ただ一人。卑ノ女だけは、手を組んだまま、声を上げない。

 考える。

 考え続けていた。

 その結果、卑ノ女は気付いていた。

 敵艦の攻撃は、二種類あると言うことに。

 通常のバリアを削る為の攻撃。

 攻撃するために一瞬バリアを解いた時に来る攻撃。

 敵は実際ダメージを受けた様子が無いと言うこと。


 一番大事なことは、大きな一撃が無いと言うこと。


 どうして、撃たないの?

 小さな攻撃を繰り返し、嬲りものにして楽しんでいる?

 向こうは、いつでも、殺せる?

 もしかしたら、ここにいない……?

 その考えは、自ら否定する。

 いいえ、それはない。

 遠隔攻撃が可能なら、こんな攻撃はしないはず……。

 楽しんでるのは、間違いない。

 間違いない。

 だけど……違和感がそこにある。

 まだ、それが分からない。

 自分に出来ることは、一つ。

 祈ること。

 これまでそうしてきた。

 だけど、祈るには、まだ早い。 

 考えて、考えて、考えて、考えて、考え抜いて、祈るのはその後。

 これは、あたしのエゴだとしても……。

 巫女として、出来ることをする。


    * * *


「飽きてきたなぁ……」

 エルフの男は、ゆっくりと伸びをした。

 アメノトリフネの中の自室。

 期待していたことは何も起きない。

 ドワーフとの戦いも正直期待していたほどでは無かった。

 技術差、性能差、全てにおいてエルフの方が上だった。

 これなら機械に任せた方が良かったか?

 いや、それだと一瞬で終わっただろう。

 退屈しのぎになると思っていたが、たいして楽しめなかった。

 だが、こんな簡単なことで、自分の命が保証されるのなら、安いものだ。

「エネルギィのチャージもすんだな。そろそろ、終わりにするか。主砲発射準備」

 男はつまらなさそうに、吐き出した。


    * * *


 また、バリアの上から攻撃を受ける。

 攻撃手段は、エネルギィ弾。

 敵の姿は見えないが、攻撃されれば位置を特定できる。

 それに応じるようにヘーデルが反撃。

 攻撃するために一瞬だけ防壁を解除。

 同タイミングで、さらに敵の追撃を受け船体がダメージを受ける。

 艦橋に衝撃が走る。

「もういい加減にしてよ! あなた戦闘のプロなんでしょ! 船体に直接ダメージが通ってもう飛べなくなるわよ!」

 艦橋にアラームが鳴り響いている。

 何よりも手が欲しい。

 ヘーデルは、前で手を組んで座ってる“なにもしていない”少女を見ると声を上げた。

「ヒノメ! 消火活動を!」

「ごめん、無理」

 速攻で返す。

「ええい!」「役立たず!」

 二名の妖精が罵声を上げる。

 だが、どうしようも無い。

 卑ノ女の目に前にあるコンソールをどう操作するのか知らない。

 そもそも、何と書いてあるのか読めない。

 極めつけは、自分の座っている席がなにをするための場所なのかすら分からない。

 卑ノ女が溜息をついたとき、敵艦からの攻撃。

 バリアの上からの攻撃。

 揺れる。

「まただ……まるでこっちの攻撃を誘ってるの?」

 誘う?

 そう、誘っている?

「これでも食ら……」

 ヘーデルが、反撃しようとした瞬間――

「ヘーデル、待って!」

 思わず反射的に声を上げていた。

「なんじゃ! 今忙しい!」

 ヘーデルが思わず手を止め声を上げる。

「だから、反撃を待って!」

「邪魔をするな!」

 と言いつつ、砲門を開く。反撃のタイミングがずれる。

 ヘーデルが反撃したと同時に、ユミルの船体に衝撃が走った。

「船体に直撃! 後少しでも当たったら航行不能になるよ!」

 モーザが現状を悲鳴混じりに叫ぶ。

 若干の時間差。

「やっぱり! シルフに聞いた次元迷彩の特徴と一致する……。ヘーデル答えて!」

「なにを!」

「ソナー反応は重力変動も観測できるのよね?」

「当たり前じゃ」

「ソナーを撃つ度に、大きな重力変動はあった?」

「ユミルとすぐ背後を追ってきてる敵の船だけじゃ」

「サイズは? 追撃している距離も教えて」

「ユミルとほぼ同等、距離は、つかず離れず50ブメン」

 卑ノ女は、顔をしかめて考える。

 大きな一撃は無い小さな誘いの攻撃だけ。

「こんな質問にどんな意味がある!」

 卑ノ女は、黙った。

 さらに考える。

「敵が大きな攻撃をするとしたら、熱源は生まれるわよね?」

「だから、なにを当たり前のことを、先ほどから聞いておる!」

「答えなさい!」

「当たり前じゃ!」

 思考を巡らせる。

「シルフに教わった通り……背後にいるのは、ダミー? それとも……。いや、それは無いわ。絶対に……動いたら、空間に影が出来る……いくらエルフといえど物理現象からは逃げられない」

 わたしの宇宙と妖精の宇宙も同じ……。

 そう、同じなんだ……。

「糸口が見えた! ヘーデル! 反撃するよ!」

 卑ノ女は、力強く言う。

「おっ、おう……」

 何が起きたのか理解できてないヘーデルは卑ノ女の力強い言葉に素直に頷いてしまう。

「いいっ、説明するわよ」


    3


 手短に、卑ノ女は説明をする。

「これぐらい出来るわよね? いいえ、出来ないなんて言わせない」

 今まで、断続的だった攻撃が、雨のように絶え間なく降り注ぐ。

 どこに逃げても的確に、正確に、撃ってくる。

 艦橋のアラームは、なおも激しくなる。

「あと、10! このまま攻撃を受け続けると、もうもたないよ! こんな船! 乗るんじゃ無かった~」

 モーザの発言は、完全に悲鳴。

 完全に障壁を削りに来ている。

 ユミルは、亀のように身を固め反撃を止めるしか無い。

 とどめを刺すつもりで敵は動いている。

 完全に時間の問題だと言うことが解る。

 留めの一撃が来る。

 反撃の一瞬。

 卑ノ女の眼差しは力強い。

 この小娘は……とんでもない事を要求しおる。

 ヘーデルは理解していた彼女の作戦に乗るしか無いと言うことに。

 だが、卑ノ女の提案は、賭けだ。

 乗り損ねたら終わる。

 ヘーデルの額に汗が一つ流れる。

 信じて良いのか?

 本当に効果があるのか?

 目の前の少女は、とんでもないタマだ。

 それは解っていた。

 理解しているつもりだった。


 だが……。


 これほどまでか……。

「あなたが言ったのよ。生き残るって! 嘘をつく気じゃ無いでしょうね」

 卑ノ女は、あの時と同じで、目を反らさない。

 たぶん、この中で、一番腹をくくっている。

 ユミルの艦橋の中をアラームは絶え間なく駆け巡る。

 時間はどんどん減っている。

「ええい! くそぅ! ボーリン、ブリッジ! わしの声が聞こえるか! 聞こえたら、返事だ!」

 ヘーデルは声を上げながら最後に悩む。

 失敗したら……。

 完全に終わる……。

 終わる。

 そうしたら死ぬしかない。

 そのことを理解していた。

 だが、この策が失敗したら彼女も自分たちと共に死ぬ。

 そう、彼女は自分の命ごと天秤に乗せている。

「早く返事をせんか!」

 ヘーデルは、コンソールを操作、メッセージを手短に作成する。

 ユミルから送る情報は短い一文だけ。

 作る手間も一瞬で終わる。

「こちらボーリン。艦長どうしました?」

「今から暗号文を送る! 受信しろ!」

 同時に、ユミルが激しく激しく揺れた。

 防御障壁が割れる。

「障壁消滅! もうダメぇ!」

 モーザの悲鳴が、響く。

 ヘーデルも卑ノ女も聞き慣れていたから、完全に無視した。


    * * *


「障壁が割れたか、これで終わりだ」

 コダカヒコは、浮遊したまま主砲に力を込める。


    * * *


“方位5―3―1、5000ベノムの空間に熱源反応を探せ。熱源を感知次第、主砲を最大最強出力で発射せよ”

 ヘーデルの暗号文は、たったこれだけだった。

「何も無い座標だぞ! 今までの座標はなんだったんだよ!」

 ユミルが攻撃される度に、ソナーで索敵。

 敵は、その都度座標を変えていた。

 そして、そのポイントに攻撃を行いその度に反撃を受けていた。

 間違いなく、存在しない座標に微弱すぎる熱源反応。

「何も無い可能性は?」

「高いけど、変更は無理だ……」

 信じられないと言った声がボーリンのブリッジから上がる。

 二人残されたオペレーターの一人は、ヘーデルの指示に従っていた。

「責任重大だな……」

「熱源感知と同時にって、一度しか出来ないんじゃ……」

 ドワーフ達は、文字通り一発勝負を挑むことになる。

「お前、火気管制やったことあるのかよ?」

「訓練でしか無いよ……だけど……」

「座標の同調はこっちでする。だから、敵に気取られるな」

「最大最強出力って、この状態だとアキュムレーターのエネルギィを全解放するって意味だぞ。本気なのかよ……それをしたらこの艦はバリアも張れなくなるし、結果浮いてるだけしか出来なくなるぞ」

「艦長の指示だ。やるしか無い……」

 ドワーフ達は、息をのむと、熱源を探し始める。


    * * *


 卑ノ女は、確かに賭けを行っていた。

 シルフに聞いた知識を全て活用した上での賭け。

 多分、このユミルがまともな状態であったとしても、やることは同じだっただろう。

 エルフの船が相手だとしたら、まともに戦って勝てる相手じゃ無い。

 そう、手段はこれしか無かったはず。

 一度きりしか使えない手段。

 失敗したら、次は無い。

“問題は……この一撃が時空間を破る程の出力を出せるかどうか……”

 卑ノ女は、手を組んだ。

 だが、目は閉じない。

 祈るにはまだ早い。

「モーザ。ヘーデルが合図したら直線飛行。方位は、9―3―1 指示が出るまで現状を維持して!」

 卑ノ女は、ユミルに乗ってから、初めてモーザに指示を出す。

 これは出る直前に戦艦ボーリンが敵影を捉えたポイント。

 間違いなく、ダミーだ。

 しかも、ボーリンに主砲を放つよう指示した座標とはまるで違う。

 卑ノ女は、組んだ手に、指に力を込める。

「逃がさないためには……」

 だが、祈らない。

「自らを囮にするしか無い」

 神への祈りは、誰かのため。

 自分の為に祈るのでは無い。

 巫女は、自分以外の誰かの思いを神に届けるのが努め。


 それが、祈り。


 ヘーデルは、卑ノ女の背中を軽く見てから声を上げる。

「ボーリン! 敵を感知したらこちらに報告! これより、作戦を開始する」

 コンソールに手を置き、兵装をチェック。

 まだ、爆雷は残っている。やれる。まだユミルは戦える。

「モーザ! 最大船速で方位9-3-1に向け直進。最短距離で向かえ! 最後の一撃はユミルで決める!」

「どうなってもしらないからね!」

 モーザは、ヘーデルの指示に従う。

 反物質炉を最大に燃焼させ加速。

 敵に狙い易くさせるためランダム蛇行航行を中止。

 一直線に向かう。 


    * * *


「なんだ? 今までの蛇行をやめた?」

 不思議そうにユミルを眺める。

 ランダム航行をされたところで、たいしたことは無かった。

 予測して打ち抜くだけの話で、事実一発も無駄撃ちをせず全ての攻撃を当てきったワケで。

「無駄な努力をやめた……にしてもあの方位は、最初に騙した座標じゃないか……」

 くっくと男は笑い声を漏らす。

「破れかぶれの特攻か、無様だな」

 そう呟きはしたものの、あの巫女が乗っていることを想定するとなにかしでかすかもしれない。

 そこまで考えて止める。

“ここまでろくに反撃らしい動きは見せてこなかった。巫女がいてもなにも出来ないだろう。そう、あんな戦闘艦一隻でなにが出来る。笑ってしまうほど、弱い”

 文字通り敵にもならなかった。

 次元防壁を破ることの出来ない武装。

 どちらにせよ無駄なあがきだ。

 コダカヒコなら、どんな攻撃も空間を歪め即座に叩き返すことが出来る。

 そして、いつでも主砲は撃てる状態にあって、こちらは負けは無い。

 そう、どう足掻いても巫女とドワーフに勝てる見込みは無い。

 退屈しのぎの最後。僅かに見せる最後の抵抗。

 見当違いの座標に向けて爆走するドワーフの船。

 男はいつでも殺せると言う余裕から、笑ったままドワーフの艦を眺めていた。

 コダカヒコから狙いやすい方位に向けて加速を開始している。

 撃たれるために向かってきている?

 嘘の座標に?

 あの小型艦に障壁はもはや無い。

 主砲を撃てば、終わる。

「最後の悪あがきのつもりか? けど、遅かったなあ」


    * * *


「熱源感知! 主砲発射します!」

 戦艦ボーリンから入電が入る。

 同時に、ユミルの艦首上方より強大なエネルギィの塊が降ってくる。

 ヘーデルは、声を上げる。

「モーザ! 方位5-4-1に転進! 最悪軸をずらして、艦首を熱源に向けるだけで良い! 直撃だけはなんとしても避けろ!」

「出来なかったら?」

「直撃して死ぬだけじゃ!」

「おー! ばー! かー!」

 ユミルは艦首を上方向にあげると同時に重力制御移動、それだけでは軸をずらすエネルギーが足りず、サイドスラスターを全力噴射。

 現状使用可能な全ての動力を使っていた。

 急激なGがユミルの船体を襲う。

 ギシギシと鈍い音が響く。

 艦橋も激しく揺れる。

 卑ノ女は、ヘーデルとモーザのやりとりを聞きながら、正面のモニタから目を反らさずにいた。

 落ちてくる。

 降ってくる。

 不可視のエネルギィの塊。

 不思議な強い圧力を感じる。

 間一髪!

 モーザの操艦が間に合う。

 ユミルは、真横をかすめる。

 エネルギィの本流にさらされ、今まで以上に激しく揺れる。

 装甲板が一部持っていかれたが、航行は可能。

「オーバーブースを使え! 壁を閉ざされる前に最大出力で爆雷の射程内に入れ!」

 ヘーデルが叫ぶ。

「オーバーブースってなによ!」

 モーザの補助脳の中には、存在しない機能。ヘーデルがなおも叫ぶ。

「セーフティはこっちで解除した、コンソールの赤いボタンを押せ!」

 モーザは言われるままに押すと、ユミルの反動推進エンジンに火が入る。

 全ての推進剤を使い、追加の加速を行う。

 文字通りの爆発的加速。

 三名はシートに身体を押さえつけられる。

「こっ、こんなの……操舵できないじゃないのぉ……」

 ギシギシとユミルの船体は悲鳴を上げ、モーザの身体はシートに押さえつけられる。

 卑ノ女は、まっすぐ前を見つめていた。

 この先に敵がいる。

 後は、ドワーフの軍艦の主砲が障壁を貫くほどの威力があることを願うだけ――

 

 シルフは言っていた。


『もしくは空間をねじ曲げるほどの高出力のエネルギィで貫くか、空間そのものをに穴を開けて直接攻撃するしかありません。どれをとっても正確な座標を的確につかないと難しいでしょうね』


 卑ノ女は確信していた。

 ずっと攻撃を見ていたから解る。

 敵は、最初に索敵したポイントから移動していない。

 ずっと同じ場所にいて攻撃を続けてきたのだと。

 最初は、騙されてた。

 だけど、最初に違和感を覚えたのは、追いかけてる気配がまるで無かったこと。

 そう、センサに反応が無いのは、偶然かと思っていた。

 攻撃は常にあった。

 だけど……主砲は一度も使っていない。

 姿を見せなかったのは、離れた場所にいるから。


 正確な座標さえ、捕らえていれば……。


 5―3―1 最初にボーリンが亜空間アクティブソナーで敵を捉えた四次元座標を正確に惑星を砕くほどの主砲の一撃が炸裂する。


    * * *


「なにがおきたぁあああああ!」

 不意を突いた一撃に襲われたコダカヒコ。

 その船体を覆っていた空間をねじ曲げる防御障壁が一撃で消し飛ぶ。

 コダカヒコの船体をエネルギィの本流が襲い高熱が船体を包み込む。

 航行不能、船体の機能が著しく低下する。

「うごけ! 動けって!」

 コダカヒコを包む防御障壁が消し飛んだ今、襲われでもしたらひとたまりも無い。

「動けない?」

 男は、思わず叫ばずにはいられなかった。


    * * *


 遙か前方で、激しい、激しい、とても激しい爆発が生じる。

 そして、エネルギィ衝撃波が全方位に広がってくる。

 当然、それはユミルも襲う。

 諤々と激しく船体が揺れるが、気にする暇も無く爆心地に向かう。

 爆心地。主砲のエネルギイが熱となり空間を燃やしている。

 今のユミルには防御障壁は無い。そのただ中に飛び込むと言うことは、危険を意味する。

 しかし、今を逃したら、次は無い。

「ヘーデル!」

 卑ノ女は思わず叫んでいた。

「このまま、つっこめぇえええええええ!」

 ヘーデルの叫びと共に、オーバーブースで加速を続けるユミルは爆発の中心へと迷うことなく突き進んで行く。

 ユミルのセンサは、今まで捕らえることが出来なかった敵を明確に捕らえている。

 主砲の一撃、そのエネルギィの本流の中心に敵がいる。

 惑星を砕くほどのエネルギィを持つ戦艦ボーリンの主砲。

 その直撃を受け、確実に動けない。

 

    * * *


「ドワーフのやつめぇ!」

 男は叫んでいた。

 爆心地のまっただ中にいるコダカヒコ。

 意識が完全に、巫女の乗るユミルに向いていた。

 今更、ドワーフの戦艦から攻撃を受けるとは予想だにしていなかった。

 ユミルとの戦闘を開始して、ボーリンは一切行動してこなかった。

 だから完全に頭の中から抜け落ちていた。

 初めから、二対一で戦っていたのだ。

 だが、攻撃をしてくるとは思っていなかった。

 なぜなら、この広い宇宙の中で迷彩障壁で船体を覆ったコダカヒコのいるポイントを特定することは無理だ。

 ましてや、ピンポイントで本体を攻撃するなど不可能に近い。

 そんな奇跡に近い砲撃をドワーフはやってのけた。

「くそがぁあ!」

 思わず叫んでいると男の耳元に、アラームが響く。

「なにか来る?」


    * * *


「爆雷をぶち込むぞ、衝撃に備えろ!」

 爆心地に、飛び込むユミル。

 センサもレーダーも高エネルギィの本流に揉まれており、正確な船体を捉えることが出来ない。

 だが、座標だけは捉えて放さなかった。

 コダカヒコを襲った高熱の渦巻いているエネルギィがユミルの船体を焼く。

 中心地まで行く必要は無い、射程に入ったら爆雷投下、そのままオーバーブースを利用して一瞬で駆け抜ければいい。

 ユミルがコダカヒコを捉える。

「爆雷、とう……」

 ヘーデルがスイッチに指を乗せる。

 そのとき、モーザの前のモニタに緊急警報。

 それを見て、モーザが慌てて声を上げる。

「待って! 前方四次元空間に亀裂!」

「なんじゃと!」

 ヘーデルは思わず手を止める。

 コダカヒコを守るように四次元空間を引き裂く影。

「新手だと?」

 ヘーデルの声。

 卑ノ女は、思わず身体を起こすと声を上げた。

「攻撃中止! モーザ! そのまま最大速度で駆け抜けて!」

 モーザは、無言で従っていた。

 従うと言うより、オーバーブースの加速で、操舵が効かない状態だから、それしか出来なかった。

 ユミルが、光の矢のようにその宙域を駆け抜けると同時に爆心地からコダカヒコの姿が消える。

 おそらく、今現れた船が回収して、この宇宙から逃げ出したに違いない。

 センサは、ワープで飛び去る二隻の船影を明確に捉えていた。

「ええい! 逃したかぁ!」

 ヘーデルの悔しそうな声が艦橋に響く。

 卑ノ女は目の前のモニタを眺めながら、ゆっくりと腰を落とした。

 大きく、強く、溜息を漏らす。

 とにかく、生き残った。

 今は、敵の襲撃を切り抜けたことに、満足していた。


    4


 卑ノ女は再び独房の住人となった。

 ゆっくりと、壁に背中を預ける。

「もう、こんなこと二度としたくないわ……」

 流れるように、ぐったりとベッドに倒れ込む。

 これからしばらくは、暇な時間が続くのだろう。

 戦艦の被害も、尋常では無く、妖精達もボロボロに違いない。

 そして新造艦であるユミルも見る影の無い状態になっている。

 この先、どうなるのか卑ノ女にはまるで予想もつかない。

 だが、正体不明の敵は倒したわけで無く、逃がしてしまった。

 この現状を考えると、敵が体制を整えたら、再度襲ってくるのは目に見えていた。

「戦うにしても……」

 解らないことだらけ……。

 自分に出来ること……。

 エルフの船に乗っていたときは、単純で簡単だった。

 だが、ドワーフの船では、ただの虜囚であり、立場も複雑なままだ。

「この先、どうしたら良いのよ……」

 思わずぼやいていたとき。 

 チャイムが、狭い部屋の中に響く。

「えっ?」

 卑ノ女は思わず身体を起こすと、ドアに視線を向ける。

「入るぞ」

 そう告げ、ヘーデルが単身でやってきた。

「閣下……なんで?」

「ヘーデルで構わん」

「そうはまいりません」

「散々、わしのことを呼び捨てにしといて、それは無いじゃろ」

「あれは非常事態です。今は平常時です」

 卑ノ女は、そう言うと身を正す。

「今更、取り繕っても無駄だとは思わんか?」

 ヘーデルは、腕を組み、ふっと、笑う。

 その眼差しは、冷静な光をたたえている。少しも揺らいだ様子が無い。

「そうね、今更って感じよね。で、どうしたの?」

「いくつか、今後の参考に教えて欲しいことがあってな」

「教えてほしいって、“わたし”になにを聞きたいのよ」

 二人の視線は重なる。

「なんで、敵の座標が解った? 座標が解ったとして、どうして主砲を直撃させる事が出来た?」

 言われて、納得した。

「やっぱり、あなたは有能だわ」

「ちゃかすな」

「素直な感想よ。普通ならプライドが邪魔して聞きに来れないわよ」

 ヘーデルは、大声を上げて笑う。

「プライド? そんなもん戦場でなんの役に立つ? 生き残るためならなんだってするのが軍人というものじゃ。正直、お前が敵の座標を当てたことが解らん」

 生き残る……か。

「って、その言い方だと、座標を当てたことしか解らないみたいじゃない。どうやって当てたのかは解ったんでしょ? ならどうして聞くわけ」

「答え合わせってところじゃな」

 ヘーデルの顔を読む限り、本気で聞いている。

「座標が解ったのは重力よ」

 こいつは妖精じゃ無いのに侮れん、と改めて感じる。

「お前さん、電測員の席でなにか操作したか?」

「まさか、ナノマシンも入れてないし、コンソールの文字が読めないわよ。操作ログでも見たら? 下手に触ってなにかしたらしゃれにもならないから、一切いじってないわよ」

「まぁ、そうじゃろうなぁ」

「エルフに聞いて知識だけはあった。あなた、何度も何度もソナー打って座標を見てたでしょ? でも、ソナーの反応はいつもユミルの背面。だからそこを攻撃していた。そこに敵はいなかった」

「しかし反応はあったぞ」

「あれはエコーよ。ユミルの船体を利用して敵が攪乱してたんじゃないのかな? 当てずっぽうだけど」

「どうしてそう思った?」

「追ってきてるのがユミルとほぼ同じサイズってのが不自然だったのよね」

「なるほどな……」

 どう攪乱したのか、そのからくりは解らないが、思いつく限りの知識で適当に答えたらヘーデルは納得して、それ以上この話題に触れない。

「で、座標が解ったのは、この宇宙にいる以上、重力からは逃げられない。わたしたちみたいな小さなサイズが動き回る程度でも、重力の影響を受けるんだから、宇宙船サイズなら確実に空間に何らかの影響を及ぼすはずよね」

「ああ、その通りじゃ。宇宙は、無重量空間などと呼ばれておるが、物質には密度、重量があって、それは大なり小なり重力に影響を与えるし、影響を受ける。当然、空間にも影響を及ぼす」

「わたしたちを追いかけてるのに、それが無いってことは極力影響を与えないように船を隠したまま、どこかに止まっていたんじゃ無いかって考えたわけ。エルフの使う多次元迷彩は亜空間ソナーの影響を極力抑える効果があるって聞いてたしね」

「ふむ、よく知っておるな」

「一度、それを使ったエルフ達に命を狙われたからね。そのとき根掘り葉掘り聞いたわ」

 卑ノ女は、そう言うと面倒くさそうに質問に答えるシルフの顔を思い出して、思わず笑みを浮かべていた。

「座標は、最初のソナー反応のあったポイント。動いてないと判断できたら、そこを狙うだけで良い」

「なんで、二度目の9―3―2は無視した?」

「最初の出現ポイントから移動する印象をつけたかったのよ。そのあとはユミルを追っているように見せてたわけだしね。移動してる可能性も考えたけど、ソナーにその痕跡は無かった。だとしたら最初のポイントが一番怪しいわ」

「お前さん、本当に戦闘の素人か? 情報軍の中でもそこまで知恵が回るヤツは少ないぞ……」

 ヘーデルは、ほとほと、呆れたように言う。

 卑ノ女は、そう言われて軽く顔を背け乾いた笑いを口から漏らした。

“言えない、アニメや漫画、SF小説の影響だなんて……アニオタだからこその機転だなんて、言えない……”

「どうした?」

「なっ、なんでもないわ」

「なにか、隠し事でもしとるのか?」

「違うって……」

 妖精にアニオタのことを説明して理解を求めるのは無理だろう。卑ノ女は、とにかく話題をそらすために口を開く。

「どうやって、主砲を直撃させたか、説明しなくて良いわけ?」

「ああっ、そっちは分かるからな」

「あら、そう」

「しかし、お前さんの作戦の恐ろしいところは、自分の命すら天秤にのせたことじゃ。やり過ぎじゃ」

「仕方ないでしょ。ただ戦艦の主砲を撃つだけだったら、間違いなく逃げられてたわ」

「まぁ、そうじゃな」

 ただボーリンの主砲で敵のいる座標を捉えて撃つだけなら、間違いなく逃げられていたか、攻撃を反射されていたに違いない。

「エルフは“わたし”を狙っている。あの時確実にとどめを刺しに来たわ。その瞬間なら逃げたくても逃げられない」

「ああ、いくらエルフの技術でも主砲でエネルギィを放出している最中に、強制転移をするのは無理じゃ」

「それをさせないために、わざとユミルを的にしたの。敵もボーリンの事は意識してたと思うけど“わたし”を殺すことが目的で、とどめの一撃を撃つためなら多少の無茶はすると判断したのよ」

 そうは言ったが卑ノ女は、敵を買いかぶっていた。

 自分は絶対安全であるという油断から、完全にボーリンの存在が頭の中から抜け落ちていたと言う事実を知らない。

 一通りの説明を聞き終えたヘーデルは、腕を組むとドアにもたれかかった。

 重々しく口を開く。

「お前さんは、あれで終わったと思うか?」

「まさか……。あの時、もう一隻、無傷の船が現れたわ」

「バックアップじゃろうなぁ」

 困ったように溜息を漏らす。

 だが、その瞳の光は、ついた溜息ほど困っているようには見えなかった。

「また、襲ってくるのも時間の問題でしょうね」

「お前さんもそう思うか?」

「バカでも無ければ、そう考えるのが普通よ」

 互いに沈黙。

 ヘーデルの態度に卑ノ女は、全てを悟る。

 これからどうするべきなのか、迷っているのはお互い様と言うこと……。

 だったら……。

 とことん開き直ったほうが話は早いかもしれない。

 卑ノ女は、その口元に笑みを浮かべると続けた。

「ねぇ、ヘーデル」

「なんじゃ?」

「情報交換しない? お互いが生き残るために」




 異世界転生した巫女ですが祈ることしか出来ません

 第二部 ドワーフ編 

 第二話「情報交換しない?」 了



 異世界転生した巫女ですが、祈ることしか出来ません

 ドワーフ編 第三話 「それで、どうしたの?」へ続く

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