異世界転生した巫女ですが祈ることしか出来ません  「負けるもんですか!」

    1


「退屈だ~」

 静かに音も無く戦艦は動いていた。ドワーフが持つ星をも一撃で砕く主砲を持った戦艦ボーリン。

 その中にある堅牢な一室、いってしまえば独房だ。

 そこにある、ちょっと小さめのベッドの上に、巫女装束を着た少女が一人寝転がっている。日本からエルフの科学力によって異世界に喚ばれた巫女卑ノ女(ひのめ)である。

 卑ノ女は今日も、退屈だとぼやかずにはいられない。

 当然と言えば当然だ。

 彼女は、虜囚として扱われていた。

 なのに、尋問も行われること無く、独房に閉じ込められ、早一週間が過ぎたのである。

「なんで、ほっとくのよ~。外の情報がほしいのにぃ~!」

 正直、宇宙でドワーフに拾われたときは、この先どうなるのか見えなくて不安でもあった。しかし、結果はご覧の通り、長きにわたる放置プレイである。

「あたしゃ、Mじゃねーっての……」

 救いがあるとすれば、ドワーフの食事は、美味しい。とてつもなく美味しいと言うことである。

 エルフの巫女をしているときと比べたら、なんとまともな食事なことか。

 それが無ければもう完全に発狂していたことだろう。

 無機質な部屋の中。

 エルフの船にいたときに比べ、ドワーフの船は“いかにも”な感じ、卑ノ女がアニメでよく見てきた、本当に良くあるタイプの宇宙船の一室と言った体を整えている。

 それほど広くない。剥き出しのトイレとデスクとベッド。白色の壁。外の様子をうかがう術もなく、おそらく監視カメラが目を光らせているであろう空間。

 本当に必要最低限のものしか無い。

 そして、狭すぎてろくに運動することも出来ない。

 これからどうなるのか、その判断材料がきわめて少ない。

 退屈で人は殺せる。本当にそれが実感できる状況だった。

 ベッドに腰掛けて、大きく溜息を漏らす。

「せめてエルフ達が、どうなったのか……それだけでも知りたいのに……」

 そうひとりごちていた。


    * * *


「どうする?」

 戦艦ボーリンの副長ホッヘ。ドワーフである彼は渋い声で問いかける。

「どうすると言われましても、小官には権限が……」

 戦艦ボーリンの情報士官トレットは困っていた。

「そういうことでは無い。何でも良いから意見は無いかと聞いている」

「そう言われましても……」

「まったく、近頃の若いドワーフは……。まぁ、いい。話題を変えるか。あの小娘はなんなんじゃ。なにを言っとるのか、まったく! 分からん! 謎すぎるぞ、あの言語は」

 ホッヘは頭を抱えていた。

 中央の席には、艦長のヘーデル。戦艦ボーリンのトップが顔をつきあわせての会議。

 ヘーデルは、慎重な面持ちで、感情を表に顕さずに口を開く。

「トレット軍曹。とにかく翻訳器の調整を頼む。重ねて聞くが……」

「エルフの言葉じゃありませんよ。発音だけじゃ無い。我々ともエルフとの言葉とも違う、まったく独自の言語です。捕虜にした際、身体をスキャンしましたが、遺伝子情報もまるで出鱈目です。こんな遺伝子情報を持った生命体は、少なくとも妖精にはいません」

 トレットは、文字通り頭を抱えていた。捕虜にした卑ノ女の調査を頼まれたが、彼には荷が重すぎた。

「遺伝子をいじって作った新種の生物の可能性は?」

「遺伝子操作した痕跡は、全くないです。可能性として考えられるのは、どこかの星で拾った現地生物ではないかと。ただ、ドワーフノイドでもエルフノイドでもない。この宇宙にあんな遺伝子構造をした生命体が存在していることが不自然です。艦長。なぜあの生命体にこだわるのですか?」

 当然の疑問。

「あれはエルフにとって重要な存在だからだ。副長」

 ヘーデルは、きっぱりと言い切った。

「はっ!」

「救助したエルフ共の様子は?」

 アメノトリフネの船団が救助し損ねたエルフは、可能な限りドワーフは救助していた。

 それでも全てのエルフを救助することは不可能だったが……。

「おおむね、おとなしくしています。元々武装もしてませんし、逆らう気配もありません。ただ一部の連中が、変なことを聞いてくるんですよ」

「変なこととはなんでしょうか?」トレットは興味を持った顔で尋ねる。

「巫女様は無事か? 巫女様はどうした? と……」

「巫女?」

「なんじゃ、そりゃ?」

「さぁ? なんでしょう?」

 発言していない書記を含め三名のドワーフは、全員首をかしげる。

 その中で、ただ一名首をかしげていないドワーフがいる。

 腕を組んでいたヘーデルがどっしりとした仕草で、腕を解き口を開いた。

「あの小娘のことだ。間違いない」

 あれはエルフ共の精神的支柱なのか?

 せめて、意思の疎通を図ることが出来れば、なにか情報が得られるのだが……。

 この状況下で一番欲しいのは情報。

 ドワーフの首都星であるドゥリンへの報告もある。

 対エルフ戦略の要。

 ある意味、ここが最前線と言えた。

「とりあえず、別の話題を……」とトレット軍曹。

「何の話題だ?」副長のホッヘ。

「あの小娘と共に収容した機械の分析結果です」

「でたのか?」

「はい。正直驚きましたよ」

「ほう?」

 ホッヘとヘーデルは興味深く報告を待った。


    * * *


 遙か遠く離れた宇宙。

 エルフの和平使節団の旗艦アメノトリフネの船橋でエルフが向き合っていた。

 アメノトリフネを運用する四大妖精の内の二名。

 トップセキュリティのシルフとトップエンジニアのウンディーネ。

 二人とも、まじめな表情で顔をつきあわせている。

「どうしても助けたいわけ?」

「当然でしょう……。彼女は、わたしたちの為にドワーフにとらわれたんですよ」

「シルフ……あんたってさ……生真面目すぎるにょ」

 ウンディーネは、本気で飽きれながら言う。

「巫女なんて、変わりはいくらでも喚べるんだからほっときゃ良いじゃん。あれは巫女が勝手にやったこと。あんたが気に病むことは無いと思うけどにぇ~。正直さ、ウチらが助けに来る事なんて望んでないと思うにょ」

 ウンディーネに言われ言い返すことが出来ない自分がいる。

 あの時、卑ノ女は自ら身体を張って、自分たちの身代わりを務めた。

 それなのに助け出すために行動を起したら何のために彼女は捕まったのか……。

 そもそもアメノトリフネは、和平使節団。故に武装は無い。

 ドワーフの戦艦に挑んだとしてなにが出来る?

 そして、寄り道をしたら和平会談に間に合わなくなってしまう。

 彼女は、きっと怒るだろう。

 くだらないことに命をかけるんじゃ無い! と言って。

「そうで……しょうね……」

 それでも、諦めたくなかった。

「冷たいこと言ってると思う? そりゃ、できるなら自分も助けてあげたほうがいいかにゃって思う気持ちはある。あるけどさ。もしウチらに使えるとしてウツボブネだけじゃん。あれは航行距離に限界があるし、そもそも武装もにゃい」

「ムメカゴメがあるじゃないですか……」

「あれは無理無理無理んこ。緊急用の船だにゃ。まぁ、あれなら航続距離の問題は解決できるけど、武装は無いからドワーフの軍艦とやり合えるかって聞かれたら無理だにょ」

 ウンディーネは、そう言うと肩をすくめた。

 シルフが、黙り込んだとき。

「おみゃあさんら、そんなとこで、なぁにコソコソしとるだがね」

 不意に背後から声が聞こえ、妖精達は驚いて振り返った。

 右手で杖をつきながら歩く小柄な妖精。アメノトリフネの自称責任者ノーム。

「ん~っ? たいしたことじゃないにゅ」

「巫女様をドワーフからどうやって助け出そうかと話し合っていたところです」

 ごまかそうとするウンディーネと、きっぱり言い切るシルフ。

「ちょっ! あたしを巻き込むな! じゃなくて、なんでバラす!」

「ええて、ええて。どうせ、そんなこったろうと思っとったがね」

 左手を振りながら笑うノーム。

 近づいてくる。

「わしも同じ事考えとったでな」

「ほんとにぃ~?」

「そりゃそうだがね……。次の巫女を喚ぶには8ブセノン以上かかるだでな? せやったら穴蔵共から助けた方が早いだで、まぁ、問題があるとすれば……」

 ノームの言葉を遮るように、ウンディーネが言う。

「ドワーフは今どこにいるか? 今後のアメノトリフネの航路をどうするか? 救出作戦をどうするか? 山積みだにょ~」

「ああ、その問題の一つはすぐに解決できますよ。ドワーフと言うか巫女様の居場所なら分かってます」

「ほえ! なじょして?」

「巫女様の乗り物にちょっと仕込みを、ね。あれはウチのエンジニアでも簡単には気付かないでしょう。だからドワーフに見つかるなんてあり得ません」

 シルフが指を鳴らした。

 するとウンディーネとノームに情報が共有される。

「ほうかほうか、なるほど……こりゃあ、こりゃあ……まだ近くで良かったがね」

「この程度の距離なら、アメノトリフネなら一度のジャンプで飛べるにょ」

「問題は、船団まで連れて飛ぶことができゃ~せん、ちゅーことだがや」

「わざわざ敵のすぐ側に標的が来たら、撃ってくれと言ってるようなものでしね」

 三名の妖精は、腕を組んで考え込む。

 考えることは山積みだ。

 アメノトリフネを仮に飛ばして、ムメカゴメを使い卑ノ女救出に向かったとして、どう戦うのか?

 そもそも武装など無い。

 強制転移で、卑ノ女をさらうにしても確実にドワーフの軍艦の射程内に入らなければいけない。

 それでも助けたい。

 どうしても、助けたい。

 なぜ、こんな感情が自分の中に生まれてきたのか。

 わからない。

 ただ、卑ノ女を救い出す。

 それだけはなんとしてもやり遂げる。


 そう、救い出す……。


 シルフは、そう心に誓いかけて、一つ。

 自分の中にあるささくれを感じていた。


 相手は、あの巫女なのに。

 なぜ、憎い巫女なのに。

 巫女なのに……。

 こんなに……。


    * * *


 ざわざわと、聞こえる喧噪。

 エルフ達は、不安に駆られながらドワーフの軍艦の中にいた。

 ドワーフの軍艦に救助されたエルフの数はそれほど多くは無かった。

 かといって、全てのエルフに独房を宛がえるわけでも無いため、倉庫の一つを開けそこにまとめて集められていた。

 エルフのほとんどは、顔見知りや名族などの集まりで固まっている。

 最低限の衣食住はあてがわれているが、ほとんどのエルフ達は、この先どうなるのか分からず不安を抱えていた。

 その中で離れたところにいる少女のエルフが一名。誰とも話さず膝を抱えたまま座っている。

 名前はモーザと言う。

 時折気を遣って声をかけられるもモーザはそれを拒んだ。

 流れかける涙を飲み込み、ただ膝を抱く手に力を込める。

 あの時のことを思い出す。


 モーザの脳裏に響く声。

 宇宙に投げ出され、家族と離ればなれになり、絶望に包み込まれていたときに聞こえた声。

『良い! あなた達は生きるの! 何があっても、生きなさい! ウンディーネ! お願い!』

 巫女の叫び。

「なにが、生きろ、よ……」

 家族は、無事なの……。

 ドワーフに救助されたエルフの中には、いなかった。

 さんざん、過去の巫女は今までさんざんエルフを死なせておいて、新しい巫女がたった二回エルフを救っただけで、なにを偉そうに……。

 今回だって、助ける気があるのならなぜ、最初に動かなかったの?

 そうすれば、誰もこんな事にならなかったはずなのに……。

 モーザは、右手を胸元に当てる。

 母から最後に渡された古い古い名族を示す為のネックレス。

 先のとがったロケットを握りしめる。

「せめて、生きていて……お父さん……」

 絶望的な気持ちが、黒い気味の悪い生物のように鎌首をもたげ心を覆い隠す。

 

 モーザは、ゆっくりと顔を上げる。


 巫女が、憎い……。

 巫女さえ……。

 そう、巫女さえいなければ……。


 ロケットを強く握りしめた手。

 突起が刺さり、血が流れだす。

 それでも、モーザは手から力を抜かなかった。


    2


「なっ! なななななななななななな内燃機関じゃとぉお!」

「100億ゼノン前のロストテクノロジーじゃなかとね? そいは!」

「ほんまに内燃機関なんけ?」

 作戦会議室が、叫び声で満ちる。

 発言を許されない書記ですら叫んでいる始末。

 艦長のヘーデルでさえ、興奮気味に声を上げるほどだ。

 情報士官のトレットは思わず耳をふさいでいた。

 上官共の興奮した様子が収まったとみて、トレットは耳から手を離す。

「とりあえず、分析結果を伝えさせてください」

 目の前の上官共は、まだ興奮している

「特殊な装備も武装もありません、ただの二輪車です。エンジンは科学混合物のガス燃料を燃焼させ回転力を得ているようです。ただ、宇宙を走行するような力はないので、どうやって宇宙空間を航行していたのかは、不明です」

「安全なものであると考えて良いと?」

 艦長のヘーデルは、先ほどの興奮を内心に隠し、腕を組んで重々しく尋ねた。

「基本的に安全と考えて良いでしょう。ただし、ガス燃料の揮発性は異常です。常温で揮発しますので火種が近くにあれば一気に発火します」

「火炎放射器のような機器がついているのか?」

「いいえ、それは無いです。外部に向け攻撃手段として使う機構は一切ありません。あくまでエンジンを動かすことしかできません」

「なるほど……後は、せいぜいそれで体当たりするぐらいか?」

「いえ、それも問題ありません。艦長なら左手一本で止められると思われます。その程度の運動エネルギィしか産めませんから」

「武器にもならんか」

 副長のホッヘ。

「と言うことは、巫女とやらの移動手段と言うことか……。これはわたしが責任を持って管理する」

「いえ! これは情報士官である自分が詳しく調べる必要があると思います」

「なにをいうか! 艦長は多忙! トレットは翻訳機の調整があるはずだ。ならばわたしが涙をのんで内燃機関を管理させてもらう」

「こういうときだけ、上官の権利をかざさないでください!」

「わしがいじるのになにか不満でもあるのか!」

「公私混同禁止です!」

「だから、副長のわたしが分解すると!」

「こんな歴史的な機械を壊すな!」

 ギャーギャーとドワーフ達が声を上げて権利を主張しはじめる。

「お前ら単純に内燃機関いじりたいだけだろ……」

 それを見ていた書記がボソリと一言離れたところからツッコミを入れずにはいられなかった。

 喧噪が、ひとしきり収まった後。

 ドワーフ達は、まんじりともせずにらみ合っていた。

「結局、これでしか決着はつけられんようじゃな……」

「艦長が相手とは言え手加減しませんよ」

「まったく、大人げない。しかし、これならば誰しも納得がいきますな」

 ヘーデル、ホッヘ、トレット、三名のドワーフがゆっくりと腰を上げた。

「書記官、机を移動させろ」

 ヘーデルは、上着を脱ぎながら首をならす。

 その首には、薄い桜色の宝石がトップのペンダントが光を放つ。

 ヘーデルには、実に不似合いなアクセサリだ。

「あの、すみません……ここでおっぱじめるんですか?」

 不穏な空気を察したのか、書記官は不安そうに問いかけた。

「ドワーフの伝統に文句があるのか?」

 副長のホッヘはも肩を鳴らしながら、身体を温めはじめる。

 既に情報士官のトレットも上着を脱ぎだしていた。

「早くしろ。さもなければ、この状況で殴(や)るぞ」

「わかりました……」

 書記官は、深々と溜息を漏らすと、筆記道具をしまい込み、壁のボタンを押す。

 机が床に収納され、ブリーフィングルームが広くなる。

「ルールは五つ、急所は狙わない。投げ技は無し、関越技も無し、殺しは厳禁……」

 ヘーデルがそこまで言うと、最後の言葉を全員が口をそろえて叫ぶ。

「「「ドワーフらしく拳で勝負!!!」」」

 その言葉が合図となり、ゴングの変わりに肉を撃つ音が響いた。

「この脳筋どもが……」

 部屋の隅で書記官が悪態をつく。

「ぶべら!」

 次の瞬間、ヘーデルに吹っ飛ばされたトレットの身体が壁際の書記官にぶつかり二人とも壁に叩きつけられる。

 それはもう目も当てられないほどの殴り合いだった。

 ヘーデルとホッヘの二人は、まさに鬼神とも言うべき形相で、一切の手加減無く拳を振るい続ける。

 1プペル後。

「わしの勝ちじゃああああああ~!」

 動けなくなったホッヘを確認するとヘーデルが勝ち鬨を上げた。

 ドワーフの武官が昇格する際、実績も大事だが、一番重要視されるのは、その腕っ節であったりする。つまり、艦長=この艦で一番強い男、と言うことになる。

 まぁ、さすがに昨今では、この伝統は、多少緩和されてはいるが。

「ほんっとにアホか、この脳筋どもが……」

 書記官はヒビの入った眼鏡を押し上げながら、身体を起こす。。

「時間の無駄以外の何物でも無いな……」と情報士官のトレットが呟く。

「殴り合いに参加した貴官にその言葉を言う資格は無いと思います」

 そのツッコミにトレットは黙り込んだ。


    * * *


「さて……会議の続きじゃが……」

 ぼっこぼこに顔を腫らしたドワーフが二名と、眼鏡にヒビを入れた下士官と最初に殴られて気絶したため比較的顔が綺麗な情報士官の二名、計4名が一息つけ会議を再開した。

「この状態で再開しますか……」と情報士官のトレット。

「もう、こうなったら四の五の言ってる暇が無い……」

 ヘーデルは、聞き取りにくい言葉で言った。

「艦長は、なにか考えがおありで」

「翻訳機を使っても会話が出来ない可能性は高い。そこでだ、副長。我々はエルフと会話は出来る」

「ええ、当然可能です」

「おそらく、エルフはあの巫女と呼んでいる異星生物と会話は可能だと思う」

 そこまで言うとトレットは頷いた。

「なるほど、救助したエルフを通訳に使うおつもりですか」

「そりゃ、危険すぎんか?」と副長のホッヘ。「そうまでして、あの小娘と会話をする必要があるとは思えんのだが」

「有益な情報が得られないと分かれば、それは無駄では無い。些末なことでも良い情報を引き出すことが最優先だ」

「エルフが素直に我々に従うかどうか……」

「最悪の時は、多少手荒い真似をしても良い」

 ヘーデルは、軍人として瞳に冷たい光を宿らせた。

「ドワーフとしての誇りは!」

 情報士官のトレットは声を荒げる。それを制するように副長のホッヘが言う。

「落ち着け。つまりドゥリンから、そこまでしろと言われてるわけなのだな……」

「対エルフ戦略に関して、綺麗事を言っている暇は無いと言うことだ」

 会議室にいる全てのドワーフが神妙な面持ちになっていた。

 それもそうだろう。

 エルフがその気になればドワーフの首都星ドゥリンなど一瞬で宇宙の塵に出来る。

 ドワーフは当然手も足も出すことが出来ないままにだ。

 天と地ほどの技術差がエルフとドワーフにはある。

 まさに、死活問題なのである。

「翻訳機の調整を急ぎます」と、トレット。

「頼む」ヘーデルは表情を変えずに続けた。「副長」

「はっ!」

「エルフの通訳の選別を頼む。最悪使わなければそれに越したことは無い。とりあえず、救助したエルフの中から巫女と同年代で同性を選ぶように」

「了解しました」

 先ほどの空気はそこには残っていない。

 全てのドワーフ達は真剣だった。


    * * *


 救助されたエルフの中で、卑ノ女と同世代で同性。この条件を満たすエルフは、一名しかいなかった。

 ドワーフが救助したエルフは総勢五十三名。これを多いと取るか少ないと取るかで考えた場合。正直、かなり多いと考えて良い。

 宇宙に投げ出されたエルフ。 

 広域に張られたセンサに引っかかったとしてもボーリンに積まれた救助艇の数は限られており、宇宙に投げ出された漂流民は時間が過ぎれば過ぎるほどベクトルの方向に流されてしまう。

 その中でモーザが救助されたのは、運が良かったと考えるべきだろう。

 だが、そもそもドワーフがエルフの船団を撃たなければこんな事態に陥らなかったという事実があるのだが……。

 モーザが、ドワーフに呼び出されたとき、理由がまるで思い当たらなかった。

 目の前には、顔を腫らしたいかついドワーフ。鋭い眼差しで射貫くように、モーザを見つめている。

 モーザは、軽い緊張で肩をこわばらせながら、思わずドワーフをにらみ返してしまう。

 しばらくの沈黙の後、ゆっくりとドワーフは口を開いた。

「良い顔つきだな。わたしはこの艦の副艦長ホッヘという。お前の名前は?」

「……」

「わたしの言葉は通じているはずだぞ。まさか、エルフは、名乗った相手を無視するよう躾られているとは知らなかったな。一つ勉強になったよ」

 ホッヘは、表情一つ変えずに、うそぶく。

 一瞬の沈黙の後。

「……モーザ」

 喉の奥から絞り出すようにモーザは名を名乗る。緊張で拳を軽く握りしめる。しかしロケットを握りしめたときに出来た傷に触れ、痛みで思わず力を抜いた。

「モーザ、か。言葉は通じるようだ。お前に一つ仕事を頼みたい」

 モーザの表情が一気に硬くなる。

 ドワーフの要求の内容が分からない。

 様々な考えが脳裏を流れる。

 ホッヘは、モーザの表情を眺めながら、淡々と続けた。

「お前達エルフなら、あの謎の異星生物とコミュニケーションがとれるはずだ」

 予想とおよそかけ離れたドワーフの言葉に軽く逡巡する。

「お前に彼女の通訳を頼みたい」

「謎の異星生物? 誰それ? 通訳……」

 ホッヘは、デスクのコンソールを操作する。

 すると、卑ノ女の独房の様子が映し出された。

 退屈そうに寝転がる卑ノ女の姿。

「巫女……」

 モーザは、思わず呟く。思わず握りしめた拳に力がこもった。傷の痛みも気にならないぐらい強く。

 血が、にじみ出る。

「やはりあれが巫女なのか……。お前には、その巫女の通訳を任せたい」

「なぜ、自分に?」

「断るなら、他のエルフに頼むが」

「やるわ」

 異星生物との言語翻訳はアメノトリフネのコンピュータ、オモイカネが行っていた。

 オモイカネとのアクセスが途切れている現状、卑ノ女は誰とも会話できないし、エルフも卑ノ女との会話は不可能の状態にある。

 もし、会話をするならこの軍艦ボーリンの翻訳機に頼るしか無い。

 だから、通訳など不可能なのだ。

 それぐらいのことは、モーザにも分かっていた。

 分かっているのに、モーザは、出来もしないことを即答していた。

 巫女の側に行ける。

 これで彼女を殺すことが出来る。

 母の仇を討つ。


 ただ、それだけの為に……。


    * * *


「本当に約束は守ってくれるんだろうな?」

 男は、くどいぐらいに同じ言葉を繰り返していた。

 ゆったりとした空間。

 周りは、恐ろしいほどにクリアな空気が流れている。

 男の言葉に誰かが応えている。

「分かってるって、攻撃型無妖機のコマユミとコダカヒコを用意してある。巫女の座標はシルフのおかげで調べがついてる。すぐにでも飛ばせるぜ。この船のボンクラ共は、戦闘艦が積んであるなんて思いもよらないみたいだけどな」

 男の言葉に誰かが笑って応えている。

「抜かりは無い。相手は、軍艦とは言え、あんたが渡した旧型艦だ。ドワーフは、巫女ごと皆殺しで良いんだな?」

 表情を変え、驚く。

「おいおい、ドワーフが救助した53名のエルフも巻き添えにしろってか? ひでーことするな。まぁ、いいさ。好きにしていいのなら、コマユミとコダカヒコが負けるかよ。ああ、シルフとウンディーネをごまかす算段がつき次第、すぐに出す」

 男は、そう言いながらコマユミとコダカヒコの起動を開始していた。

 発進シークエンスは、スムーズに進んでいる。

「だから、分かってるって! 最優先は巫女を殺すこと。ドワーフとエルフの救助民を始末するのはついで。やれるならやれって事だろ。安心しな、巫女は必ず始末する。あいつが、帰ってこられたらたまったもんじゃ無いからな……。予定が、狂いすぎなんだろ。まさか二度もエルフを誰も殺さないなんてよ。まぁ、いいさ、大船に乗った気で任せてな」

 男は、自慢げに通話を終えた。

 室内のはずなのに、なぜか無機質で、生活感などかけらも無い。

 そう、ここは空間と呼ぶしか表現のしようが無い。

 男は、ゆっくりと指を振る。コマユミとコダカヒコ、その二隻の発進シークエンスをゆるやかに開始していた。そして、最後に、もう一度クドクドと呟く。

「本当におれの命だけは助けてくれるんだろうな……」


    3


「なぜ翻訳機を使う? お前が我々の言葉を伝えれば良いだろう」

 トレットの横で、モーザはコンソールを操作する。

「するのは簡単よ? でも、通訳するとき、わたしが意図的に嘘を伝えたら、あなた達が困るんじゃ無いの?」

 モーザの言葉をトレットは感心したように受け止めた。

「基本の会話は翻訳機でまかなうわ。で、もしも微妙なニュアンスとか、言葉が違ってるときは、わたしが側で補足するの。そうすればあなた達も安心でしょう?」

 モーザはそうごまかしながら内心で呟く。

 自分なりに良い考えだと思っていた。これなら自然に巫女の側に常にいられる。

 あとは、ドワーフの監視の目を盗んで、巫女をこの手で……。

 そのあと、どうなろうと知ったことか……。

“こんな古い機械……でも、なんで、ドワーフがエルフの技術を……”

 モーザがいた船団はチチブノクミヤツコ。

 そう、アメノトリフネ和平船団の中で最も古い船が集まった船団だ。

 故に、ギリギリいじることが出来た。

 エンジニアとしての経験や知識を補助脳にインストールしておいて良かった。とは思うが……。ライブラリにかろうじて掠るレベルのハード。内部のソリッドプログラムも下手にいじれば二度と使えなくなってしまう。

 問題は、巫女の言語だ。アメノトリフネからエンコード用のソリッドをダウンロードできれば会話は可能になるかもしれない。しかし、ドワーフの艦では、それもかなわない。

 モーザは、作業するフリをしながら、手を考えていた。

 巫女にしゃべらせて、言語の特性を学ばせる? それは長い目で見れば可能かもしれないが、どれだけの時間が必要か予想もつかなかった。それに、できると言った手前、怪しまれる。そのせいで他のエルフに変えられでもしたら、目的が果たせない。

 今は、ドワーフの信用を得ることが優先だ。

“どうすれば……どうすれば、この翻訳機が使えるようになる?”

 コンソールを操作しながら、時間を稼ぐ。

 正直、嘘をついたことを僅かに後悔しはじめていた。

 巫女を殺すためとは言え、出来もしないことをさも出来るように言う。

 バレたら……。

 チャンスは無くなってしまう。

 なんとか、なんとか……巫女の側へ……。

 モーザの額に汗がひとしずく。

「お母さん、必ず、仇はとるよ」

 そうだ、その為には……。補助脳にアクセス。必死に翻訳機の情報を探す。

 ライブラリを高速で検索する。僅かに、何でも良い、あの異星生命体の言語に近い言語を、メインコンピュータがエンコード出来る近い言語を、このドワーフ共に通じる様に。

 何でも良い、引っかかれ!

 めまぐるしい勢いで、コンソールの上を指が走り、画面が流れて行く。

 ドワーフの情報士官トレットは、破壊活動をするのでは無いかと監視をしていたが、それはもはやかなわない。モーザの技能に思わず舌を巻いていたからだ。

「早い……」

 エルフが本気を出すと、こんな速度で、まるでコンピュータそのものが高速演算しているかのようにも見える。

 これでは不正をされても確認をすることが出来ない。


 無い……。

 無い無い無い無い無い無い無い。


 当然あるわけが無い。


 卑ノ女の使う言葉は、エルフやドワーフにとっては、未知の言語。

 そもそも異世界の住人である卑ノ女とこの世界の住人である、エルフやドワーフを初めとした妖精達が会話を行えること自体、不自然きわまりない事なのだから。


 それでも、巫女を殺すんだ!

 絶対に殺すんだ!

 お母さん! わたしに巫女を殺すために力を!


 モーザが狂ったように祈りを捧げながら指を動かしていたとき……。

 手首のリングが光った。補助脳で無く、自分の中に直接割り込まれる情報。

“メッセージ? しかもソリッドつき?”

 思わず腕が止まる。

「どうした?」

 トレットは、急に腕を止めたモーザに思わず問いかける。

 モーザは、自分宛に送られたメッセージを知覚する。

 ただ一言。


【キミが欲しがっているものだ。さぁ、使いなさい】


 それだけ。

 ソリッドプログラムは、このドワーフが使っている古いシステムの翻訳機に、ご丁寧に会わせたソリッド……。

 怪しいなんてものじゃない。

 しかし……。

 今のこのドワーフの船の中で、アメノトリフネから何億光年もの距離が離れ、エルフのネットワークから切り離され、スタンドアロンの状態のモーザに誰がメールを送ることが出来る? しかもこんなとてつもなくデカい量のアップデートソリッドプログラム付きで……。

 トレットの監視もある。

「見つかったわ。エンコードするわよ」

 迷っている時間がないとばかりに行動を起こす。

「なんだと? 勝手なことをする……」

 モーザは、自分の脳の中にあったソリッドプログラムを落とし込んだ。

 同時に、それは自分の脳内、ひいてはメールの添付から消えてしまう。

 翻訳機の中に流れるアップデートファイル。

 翻訳機は、一度リセット、再起動、そして……。


    * * *


 卑ノ女の前に、どっしりとした厳ついドワーフが立っていた。

 三名のドワーフに一名のエルフ。

 見るからに、偉そうな一名のドワーフが前に出てきた。

「わたしの言葉が分かるか?」

 卑ノ女は姿勢を正し正座をしながら、まっすぐにドワーフの偉丈夫の眼差しを見つめている。

「“わたし”の名前は、卑ノ女。神咲卑ノ女と申します。このたびは、エルフの避難民を救助していただき、心から謝辞をのべさせていただきます」

 卑ノ女は深々と頭を下げる。

 一呼吸をおいてからゆっくりと頭を上げた。

「あなたさまのお名前をお伺いしてもよろしいか?」

 ホッヘとトレットは、黙って卑ノ女を見つめている。

 ヘーデルは、力強い眼差しで、卑ノ女の瞳をじっと射貫いていた。

「ロードレット独立星系、第四惑星ドゥリン、第一八駐留艦隊、独立情報軍所属、ヘーデル・グリンバッド少将だ」

「ヘーデル閣下とお呼びして、よろしいか?」

 お互い、一瞬も視線をそらさない。

 卑ノ女はホッヘやトレット、そしてモーザを一切見ていなかった。

 ただ、まっすぐにヘーデルだけを見つめている。

「好きにしろ。まず、貴殿は捕虜であり、妖精間で定められた惑星協定に従って我々の保護下に置かれている事を理解してもらいたい、と言いたいところだがな……貴殿は妖精では無いな、違うか?」

「はい、閣下。さようにございます。わたしは、天の川銀河、太陽系、第三惑星地球と言う惑星の原生生物。妖精では無く、人間と呼ばれる生命体です」

 ヘーデルは、大きな溜息を漏らした。

「やはりな……貴殿が、妖精で無いのならば、惑星協定に当てはまらん」

 それを端から聞いていた、トレットは、困ったことになったと思う。

 これがただの漂流民であったなら、できうる限り元の惑星系に送り返す必要があるが、天の川銀河? 太陽系? 地球? まるで聞いたことのない銀河。どこの星雲団にある? 正確な四次元空間座標でも判明しない限り、彼女を故郷に送り返すことは不可能だろう。

 エルフは、どこで彼女を拾ってきた?

 ヘーデルは、できる限り表情を変化させること無く思案を続ける。

 卑ノ女は、ふと柔らかく表情を崩した。

 ヘーデルが釣られるように軽く表情を崩してしまう。

 余りに突然で、自然な笑み。

「閣下」

「んっ?」

「まずは、そのような堅苦しい話は後になさいませんか?」

「堅苦しい、か……」

 ヘーデルは、卑ノ女の思考がまるで読めなかった。

 おそらく、この場にいるドワーフ、エルフ、全ての妖精達もそうであっただろう。

「単刀直入に申し上げます。わたくしになにを聞きたいのです? 帰郷を交渉の材料になさらずとも、わたしが知っていることなら全て、包み隠さずお話しいたします」

「はっ、ははははははっ! はーっ! はっはっはっはぁ~!」

 ヘーデルは、心の底から笑い出した。

 ホッヘとトレットが思わずドン引きするほどだ。

「ただし、わたしの持つ情報が閣下にとって、果たして有益であるかどうかの保証はいたしかねます。その点は、ご理解ください」

 ひとしきり笑った。感情を全て吐き出すかのように笑った。そして、怖い顔になって言う。

「こいつは、たいしたタマだ。自分で自分の武器を捨てるつもりか?」

 卑ノ女は少しも目を反らすこと無く、笑みを浮かべたまま応える。その笑みはあくまで柔らかい。不自然さを伴うほど。

「小出しにしたところで、役に立つことなどございますまい。閣下が、その気になりさえすれば、おそらくどのような力業も使うことがかないましょう? ならば、わたしが隠してどのような益があると? 有益か否かは、閣下が判断なさること。しかし重ねて申します。過度な期待はなさらぬ方がよろしいかと、存じます」

 ヘーデルと卑ノ女は、まっすぐに見つめ合っている。

 そして、大きな音を立て、ヘーデルは床に座り込んだ。

「なるほどな……貴様、何者だ? なぜエルフの船に乗っていた?」

 卑ノ女は、あたしが知りたいわ! と悪態をつきたくなるのを堪え。

「人間。妖精とは別の生き物でございます。二つ目の質問の答えは、わたしは、エルフに、おそらく妖精の棲まうこの宇宙と別の宇宙から強制的に召喚されたものと存じます」

 別の宇宙という言葉を、聞いた瞬間、後の二人のドワーフは一瞬笑うとも、あざけるとも、そんな少し複雑な顔をした。

 ヘーデルだけは、真剣な顔を崩さない。

「エルフは、貴様になにをさせていた? 犠牲にさせるために、乗せるとも思えん」

「託宣……。エルフは、あたしに託宣をさせておりました」

「託宣? なんだ? それは……」

「巫女とは、本来神をその身に宿し、神のお告げを伝えるための存在。即に言う憑坐(よりまし)に、ございます。されど、エルフの求める巫女は、わたしの世界の巫女とは、いささか扱いが違うようにございます」

 卑ノ女の言葉に、情報士官のトレットが思わず大声を上げる。

「よりまし? 待ってください、エルフは、神を信じてるのですか? そんな非科学的な!」

 卑ノ女は、トレットの言葉を受けながら、淡々と続ける。

「高速電子演算器、コンピューターと言う名の神でございます。エルフは大きな窮地に陥ると、コンピューターに問題の解決案を出させ、その最後の選択をわたしに任せておりました」

「エルフでは無く、部外者の貴女に?」とトレット。

「そりゃ、あまりに無責任すぎんか?」とホッヘ。

 ヘーデルとモーザは、ずっと黙ったままだ。

 卑ノ女は、モーザを直接見ることは無かったが、時折彼女から向けられる。余りに異質で刺すような眼差しを文字通り肌で受け止めていた。

 気になりはしたが、それを流していると。

「それが、託宣か?」ヘーデルは淡々と尋ねる。

「然様にございます」

「エルフは、なにを考えとるんだ?」とホッヘ。

 副長のホッヘだけは、感情を隠さず言葉に乗せてくる。

「さぁ? わたしに聞かれましても、エルフの思惑がどのようなものか分かりかねます」

「他にはなにをしておった?」

「なにも……」

 淡々と告げる。

「なにも?」とホッヘ。

「はい、なにもしておりませぬ」

「嘘はいかん。お前さん、二度も我々の前に立ちはだかったじゃないか」

「あれは託宣の後始末にほかなりません。託宣を任せられたからこその祈りにございます」

 ホッヘは、なにを言っているのか、理解できないと言う顔をした。

「なるほど……その妨害工作は託宣に含まれていたというわけか?」

 ヘーデルは、卑ノ女に問う。

 卑ノ女は表情を動かさない。ただ、柔らかい笑みを顔に浮かべたままだ。

「お粗末すぎるな……。だが、単身で立ちはだかった理由は分かった」

 ホッヘは、呆れたように大きな息をつくと、吐き出す。

「納得されてはおりますまい?」

 卑ノ女は核心を突く。

「にわかに信じられると思うか?」

「わたしが閣下の立場なら、まず否定から入りますね」

 初めて、卑ノ女は表情を崩し、クスクスと声を立てて笑う。

 ホッヘは僅かに動揺する。


 こいつは……。


 ヘーデルは、言葉も無く卑ノ女を見つめている。

「少し、休憩しよう……。なにか欲しいものはあるか?」

「喉が渇きました。なにか飲み物をいただけますか? あと、そこのエルフにも同じものを」

 このタイミングで、通訳のエルフを使うか……。

「分かった」

 ヘーデルは、そう言うと腰を上げた。


    * * *


「ありゃあ、とんでもない化けモンだぞ」

 ホッヘは、肺の中から深い溜息を漏らす。

「なにがです?」とトレットだけは平然と応えていた。

「情報軍におって、今の会話がいかに異常なのが、わからんのか!」

 ホッヘは、心の底から怒鳴りつけた。

 殴られるよりも恐ろしい気迫。思わず身がすくむほどだ。

「いや、だって、たいした情報なんて出てこなかったじゃ無いですか。彼女が嘘をついてるとは思いませんが」

「なんで、コイツが情報士官候補生で、エリートコースに乗っとるんじゃ……」

「だって、情報戦なんて、結局は深く考えるものじゃ無いんですよ。突き詰めたら裏の裏は表なんですよ? 彼女の持っているカードなんて、たいしたことが無いって底が知れたようなものじゃ無いですか……」

「だから、おかしいんじゃ! なにも持っていない丸裸の状態で、常に、わしらより優位に立っておる。現にイニシアティブは、全て、あの小娘が握っとったじゃろうが! 今の戦いの中で最初から最後まで、わしらはあの小娘の掌の上で踊らされておったことぐらい気付け!」 

「そんな事無いと思うんだけどなぁ……」

 トレットは、ボヤいた。

「トレットの言うとおりじゃ、そんな事は無い。そして、あの小娘は、嘘を何一つついておらん。それも間違いない。間違いないが……なぜ、あそこまで余裕を持てる?」

 ヘーデルは、溜息をもう一度漏らす。

「エルフは、あの巫女に託宣なんぞ求めとらんかったのかもしれんな。内燃機関なんぞ使うぐらいに文明レベルが低い。そんな下位文明の世界から、わざわざ強制で喚び出すのにはなにか理由があるはずだ」

 ホッヘは頷いた。

「エルフは、彼女そのものが持つ知性、思考、それを欲したと言うことか……」

「それで間違いなかろう」

「にしても、かわいかったなぁ……」

 トレットが、のんきに呟いたとき、二人のドワーフが殺意と共に若いドワーフを睨み付ける。慌てて目を反らした。


 ドワーフ達は、とんでもない誤解をしていた。はっきり言って、とんでもない買いかぶりである。


    * * *


 巧く勘違いしてくれるといいけど……。

 卑ノ女は、そう考えながら、軽く足を崩して座り直す。

 どうせ、モニタされているだろうから、うかつな言葉も言えない。

 ただ、少し芝居が大げさすぎたか、とは思っている。

 

 正直、多少大げさにでもドワーフに自分の価値を売り込めば、生き残る可能性は高くなると計算してのことだ。

 利用価値があると判断されれば、無下にされることはないのではないか?

 エルフは、巫女としての役目を果たしたら、元に世界に還すと言ってくれてはいる。

 だが、ドワーフが還してくれる保証は無い。と言うよりも、卑ノ女は既に気付いていた。

 ドワーフの科学技術では、無理だ。


 もし、本気で帰りたいと願うのなら、なんとしてもアメノトリフネに戻らなければいけないと言うことに。

 仮に戻れないとしたら、どうにかして生きるための術を身につけなければいけない。

 なんで、こんなところで、人生設計を深く考えなければいけないのか……。

 自分でも呆れてくる。

 とにかく、ドワーフが自分を買いかぶってくれているウチに、なんとか……。

 どうにもならんか……。

 どうしたもんか……。

 溜息をつきたくなって堪えた。


 早く、第二ランドはじめましょうよ……。時間が分からないって、ほんと面倒ね。


 再び、身を正して、正座し直す。

 ドワーフが、いつ来るか分からないからだ。

 そして、どうせモニタされてるだろうと言うことを考えていた。

 捕虜に、プライバシーは無いだろうしね。

 いい加減、お風呂入りたいわ。

 アメノトリフネにいたときは、洗濯も風呂も巫女装束を着たまま、シルフが指を鳴らすだけで、されてしまう。いないときは、指定された場所に立てば、そこで勝手に出来た。

 一応、巫女装束や下着は、スキャンして、まったく同じ分子構造で、寸分違わぬ複製を何十枚も用意してくれはしたが……。

 デザインは全て同じというのに文句を言うのはさすがに贅沢だろう。

 だが、ドワーフにはそういったケアが無い。

 そりゃ、捕虜相手にそこまで気を遣う必要が無いのだろうが……。

 あー、お風呂に入りたい、身体洗いたい。

 着の身着のままと言うのは、正直、衛生観念的にも良くない。

 卑ノ女が目を閉じたとき、ドアが開いた。

 メンバーは、先ほどと変わらないドワーフ三名、エルフ1名のままだった。


    * * *


「さて、ところでヒノメ」

 ヘーデルは、卑ノ女を名前で呼ぶ。

「なんでございましょう?」

「そろそろ、その堅苦しい言葉遣いやめにせんか? 面倒じゃ無いか?」

 顔は笑っている。が、目は笑っていない。

 卑ノ女はヘーデルの眼差しと向き合っている。

「なんのためにそんな堅苦しい言葉を使う?」

「これは、わたしの世界、わたしの国で使われます敬語と言うもの。目上の者に対して使う言葉でございます」

「そんな理屈は良い。とにかく、普通にしゃべってくれ」

「然様にございますか?」

「はっきり言って、やりづらい。それにな、なにかを隠そうとしている風にもとれる」

 そう言われて、一瞬で表情を崩す。

 だが、笑みは浮かべたままだ。

「タメ口で良いわけ?」

 豹変したように、言葉を崩す。

 だが、正座はしたままだ。

「タメ?」とトレット。

「なんじゃ、それは?」思わず、ホッヘはエルフのモーザに視線を投げた。

「巫女の世界の言葉なんだから、エルフの自分に分かるか! こんなもん通訳しようも無いわ!」

 モーザは、小声でだが思わず反論して返す。

「じゃあ、第二ラウンド開始ね。他に、なにを聞きたいわけ?」

 まーだ、本性を隠しとるな……。と、ヘーデルは感じる。

 不思議なのは、自分を繕いはしても、情報は隠す気配が無い。

 そっちには価値が無い? 分からんことが多すぎる。

 まぁ、良い。少しでも主導権が握れれば、得られるものも増える。

「こざかしい腹の探り合いは、無しにするべきだな。エルフは、なにをしておる?」

「さすがに、それは大雑把すぎない? “わたし”にそんなの分かるわけ無いじゃん」

 卑ノ女は、本気で呆れたとばかりに溜息もついでについた。

「ああ、すまん。あの船団のエルフと言うべきだった。お前さんの分かる範囲で答えてくれ」

 卑ノ女は、軽く口元を歪める。

「まず、もう一度言うわよ。あたしが知らされてる範囲でしか答えられないし、それがあなた達にとって、有益が否かは」

「わかっとる」

 ヘーデルは、即座に卑ノ女の言葉の続きを封じた。

「あたしは、あの船団は、戦争を止めるための和平使節団と聞かされてるわ。目的地は高天原。そこに約束の時間にたどり着かなかったら、恒星間の戦争が始まるって」

 この宇宙でエルフとまともに殴り合える勢力があるというのか?

 それとも、ドワーフが知らないだけで、存在するのか?

 そして、タカマガハラと言う星の名前も聞いたことが無い。

「戦争? 相手は誰だ?」

 卑ノ女の目を強く射貫く。

 とんでもない重圧がその双眸から放たれる。

 しかし、卑ノ女はまるで動じた様子が無かった。

「あんた達じゃ無いの? 現に、あんた達は、なんの武器も持たない無抵抗のエルフを何十億という単位で虐殺したわ」

「それはエルフのめいれ……!」

 トレットが声を上げるのを、隣にいたホッヘが制する。

 しかし卑ノ女は、ヘーデルから目を離さなかった。

「正直言わせてもらうとね。わたしも知りたいことが多すぎる。知らないことの方が多すぎるのよ。この世界に強引に喚ばれて、なにも知らされずに、託宣だけ迫られて、ここまで来たわけでさ……正直、うんざり」

 ジッと、見つめ合う。

 ヘーデルは、自分のうかつさを知った。

「なるほど、それがタメ口というヤツか……」

 対等に、わしらから情報を得ようとしておる。

 だが、これならやりようがある。

 まだ、この小娘から情報は得られる。

 そうヘーデルが思ったときだ……。


 軍艦ボーリンの艦内にイオンの揺らめきが生じる。

「!」

 その兆候に気付いたのは、ヘーデル、ホッヘを初めとした、百戦錬磨のドワーフ数名だけだったに違いない。

「ブリッジ! 対ショックバリアを最大出力! 総員戦闘配置につけ!」

 ヘーデルが、大声で叫んだときだ。


 ボーリンの艦内、ありとあらゆるスペースにプラズマが走った。


 ばちぃん!


 中空を鞭で打ったような、激しい空裂音が響く。

 そして、ホッヘ、トレット、モーザの三名がドサドサと音を立て床に崩れ落ちる。


 同時に、ぱぁりぃん! と言う破裂音が卑ノ女の周囲で生じ、なにかが粉々に割れた。

 キラキラと、光の破片が卑ノ女の周りにだけ飛ぶ。

 まるで暖かな日差しに触れ溶ける雪のように、静寂の中に散って行く。

 卑ノ女は、思わず、その光の破片を目で追っていた。

「まだ、守ってくれてたんだ……」

 多分、これは自分の身を守るためのバリア。

 アメノトリフネから飛び出した自分を包んでいてくれたそれ。

 その残り香に違いなかった。


 ドサッ!


 一瞬遅れて、響く音。

 倒れ込むヘーデル。

 ヘーデルは、かろうじて片膝をついて、意識を保っていた。

「ヘーデルさん!」

 他の三名は、動けない事を即座に悟った卑ノ女は、とにかくヘーデルの側に駆け寄る。

「大丈夫? 立てる?」

「なんで、お前さんは、無事なんじゃ?」

「多分、アメノトリフネが守ってくれたのよ。でも、次は無いわ……」

 卑ノ女は肩を貸しながら、必死にヘーデルの身体を起こしにかかる。

「パラライザーか。くっそ……どこのどいつだ……ふざけた攻撃をしかけおって……」

 うめくように呟くヘーデル。

 同時に、艦内に警報がけたたましく鳴り出した。 

『方位5―3―1に敵影を確認。アンノウンと呼称します。距離5000ベノム。アンノウンの戦闘出力を確認』

 オペレーターの声が艦内に響く。

「ブリッジ! 無事な人員は?」

『ブリッジの非常障壁が作動したおかげでかろうじて二名だけ。後は……』

「なぁんてこった……」

 ヘーデルが忌々しく叫ぶ。

『アンノウン、攻撃態勢に入ります!』

 卑ノ女は、思わず天井を見上げた。

 考えろ。

 考えて!

 とにかく、頭よ回れ!

 情報がなさ過ぎる!

 それでも、今わかる事だけで、

 どうすればいい?

 なにが出来る?

 なにをすれば良い!

 どうすれば……。


 今、動けるのは、ヘーデルとブリッジのオペレーターと……。


 あたしだけ……。


 そう、満足に動けるのは、あたしだけなんだ……。


 どうして、いつも、いつも、いつも! やることは同じなのよ!


 卑ノ女は、いらだちを感じながら、声を上げる。

「ヘーデル! 二つ答えて!」

「なんじゃ、このクソ忙しいときに!」

「今まで、あなた達が第三者から攻撃を受けたことは?」

「なにを!」

「良いから答えろ!」

 思わず心の底から叫ぶ。その卑ノ女の勢いに歴戦の戦士であるヘーデルはひるむ。

「無いわ!」

「今、あたしたちがいる宙域に宇宙海賊とか、そういった類いのアウトローはいる?」

「さっきから、なにを聞いとるんんじゃ、貴様は!」

「だから、答えて! 大事なことなのよ!」

「居るわけあるか! だいたい、軍艦にちょっかいかけるアホがおるか!」


 だったら……。 

 やっぱり……。

 それしか……。


 深く長い思考の迷路を抜け、たどり着いた答え。

 卑ノ女は思わず歯を食いしばり、うつむく。


 たぶん、それが答え。

 それしか理由が無い。


 卑ノ女は、歯を食いしばったまま全身に力を込め、強引にヘーデルの身体を立たせた。

 ごつごつした身体。とても重い。それでも卑ノ女は持ち上げる。持ち上げた。

 そして、まっすぐ至近距離で、目を見て言う。

「小型艇があるなら、今すぐあたしを乗せて外に出して! あなたたちが生きるために!」

 ヘーデルは、呆然と卑ノ女を見返した。


    4


「なにをいっとるか! 貴様!」

 向き合う卑ノ女とヘーデル。

 その二名の背後で、軽く物音がして、うめき声が聞こえた。

 だが、卑ノ女はそれを無視する。今は目の前が全てだ。

「良いから! 今の攻撃は、あたしが標的なのよ! あたしを囮にしてる間に逃げて!」

「なにを……そう言ってエルフのところに逃げるつもりか!」

 ヘーデルは、怒りを込めて睨む。

 そう考えるのも当然だろう。

「そんな面倒くさいことするか!」

 時間が無い。

「貴男ならすぐ分かるでしょう! そもそも、今、逃げるつもりなら、あの時、アメノトリフネで有無を言わさず逃げてたわよ! あの船の力ならエルフを守ることをしなければそれは容易に出来た! もしかしたら、あなた達を倒すことも出来た……でも、わざとしなかったのよ!」

「なっ!」

 ヘーデルは、真顔になる。

「この船に乗って分かった。言いたくないけど、ドワーフは、エルフよりも遙かに科学技術で劣ってる」

 ヘーデルは、思わず言葉を失う。

「図星でしょう? 沈黙は、肯定ととるわよ」

「貴様……」

「いい? あいつらはどうしてか分からないけど、あたしを狙ってる。だから、少なくともあたしを外に出せば、あなた達が逃げる時間は稼げる。だから、早く出して!」

 ヘーデルは、卑ノ女を睨む。

 睨みながら、必死で考える。

「アメノトリフネは、和平使節団の船だから、攻撃の手段を持ってない。だから、この攻撃をしかけてきたのはアメノトリフネと関係が無いわ。もし、あなた達ドワーフが攻撃してきたとき、これと同じ攻撃手段を持っていたら、使ってたわよ! なんで、あなた達に反撃せず、ただ逃げ惑っていたと思うの……分かるでしょう!」

 ヘーデルは、唸る。

 卑ノ女は、目を反らさない。

「あなた達が、あの時、あたしを攻撃目標に切り替えたのは、無辜の民を、無抵抗の妖精を撃ちたくなかったからでしょう! だから、お願い! あたしを外に出して!」

「だれが!」

 ヘーデルが、天井を見上げ、思わず叫ぶ。

「誰が! 小娘の命を! そんな小さな命を犠牲にしてまで、生き残ろうとするか! 誇り高きドワーフをバカにするな! ブリッジ! 防御障壁最大出力! 第二波が来るぞ! 同時に、戦闘艇ユミルを起動しろ! 最優先だ!」

 ブリッジに指示を出すと同時に、力強く卑ノ女を見つめる。

「どこまでも、足掻くぞ、生き残るためにな!」

 応えるように卑ノ女は、今までの作り笑いと違う、心からの笑みで応えた。

「ええっ! 負けるもんですか!」



 異世界転生した巫女ですが祈ることしか出来ません

 第二部 ドワーフ編 

 第一話「負けるもんですか!」 了



  当てにならない次回予告(予定は未定確定に非ず)


 謎の船から攻撃を受けたドワーフの戦艦ボーリン。

 卑ノ女とドワーフは、共に反撃を開始する。

 徐々に明らかになる偽りの王の謀略。

 シルフ達の卑ノ女奪還作戦。

 そして、モーザの復讐劇。

 彼女を支援する謎の存在。

 様々な思いを乗せ宇宙を行く船。

 ゆるやかに、だが、確実に物語は加速する。



 異世界転生した巫女ですが、祈ることしか出来ません

 ドワーフ編 第二話 「情報交換しない?」へ続く

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