異世界転生した巫女ですが、祈ることしか出来ません    「バカにすんな!」

 異世界転生した巫女ですが、祈ることしか出来ません

   「バカにすんな!」



    1


「あれ、やばいっしょ?」

「やばいですね」

 丸めがね、ロングの金髪お団子頭のエルフ。

 彼女の名前はウンディーネ。アメノトリフネのトップランクエンジニアである。

 シルフは、彼女と恒星が見えるラウンジで、酒を酌み交わしていた。 

「多分さ、この先どんどんやばいことになると思うのよ。あたしゃ」

「冗談でもそんな予言はやめてください。あなたの予感はただでさえ当たるんですから……」

「予感じゃ無くて、予想だよ。あんな巫女今までいた? あれ……今すぐ還さないかぎり、事態は深刻化する一方だと思うんだよにぇ」

「還すって……エネルギィ足りないでしょう。それに還したら、変わりの巫女を喚ばないと」

「まぁにぇ」

 ボトルを一気に傾けて液体を飲み干す。

 そして、指を振って、おかわりを注いだ。

「巫女を交代させるのに、エネルギィが半分で済む方法あるよ~」

「どんな方法です?」

「殺すの」

 次の瞬間、ウンディーネは首筋に刃物を当てられたような気がして、身を引いていた。

 自分の首に手を当てる。

 ついてる……。

 目の前のシルフに視線を送る。

「そういう発言は、冗談でも、やめてください」

 表情を崩して笑う。

「変わったにぇ」

「誰がです?」

「あんただよ、あんた」

「わたしは、なにも変わってませんが?」

「そうかにゃ~? 最近のシルフは、昔と違って表情が動くようになったにゃ~。あと、巫女を擁護するなんて、変わったにょ」

「擁護なんて、してませんよ」

「嘘だにぇ」

「いいえ、あれは巫女と言うより、疫病神です。だから……」

 今度は、シルフがボトルの中の液体を飲み干した。

 感情を隠すような、そんな飲み方。

「にゃ~るほど。言い得て妙だにぇ~」

 笑いながら、真顔になって続ける。

「神様じゃ、殺せないか……。ところでさ。間違いなく次の託宣は、もっとやっかいなことになるよ」

「だから~」

 シルフの言葉を遮って続ける。

「あんな、派手なことやらかしたんだ。周りがハードル上げる」

 話題の中心にいるのは、託宣の巫女、卑ノ女。その彼女が先日“やらかした”託宣。

「まさかオモイカネの預言が外れるなんてさ。あれって巫女との因果関係あると思う?」

「思うことはありますけど、なんとも言えません。ただ……これは……」

「由々しき事態だにぇ~。初めてじゃ無い? 外れたの」

「ええ、外れるなんて誰も思ってなかったでしょう」

「一部のバカはさ。巫女がなんか唱えてるアレのせいで外れたんだとか、そんなアホなこと言い出してるにょ~」

「アホなんですか? そんなわけないに決まってるじゃないですか」

「まぁにぇ~、いくらオモイカネっても万能じゃ無いって~の! たまにはこんなこともあるさ~」

 そう言いながら、少し飲む。

 シルフは、手を止めていた。

「どったにょ?」

「いえ……なんでもないです」

「まさか、あんたも……」

「そんなわけないでしょう。あれは、ただの言葉ですよ……あれは……」

 と言いつつ、歴代の巫女の側にいたからこそ感じた違和感。

 しかしシルフは、それを口にすることが、出来なかった。


    * * *


「エルフって、バカじゃないのか~」

 あぐらを崩しながら、卑ノ女はぼやいた。

「そんなわけあるか~!」

 巫女の卑ノ女は、部屋の中で全力で、やさぐれていた。

 今のところ、蟄居させられている。蟄居とは部屋の中に幽閉される刑罰であるが、まぁ、元々籠の鳥であった彼女には余り意味が無い。

 正式な罰は、後日決まると言われてはいるが、後悔半分、開き直り半分と色々な気持ちが彼女の中でひしめき合っている。

 卑ノ女ははしたなく、ごろりと畳の上に身を投げ出すとそのまま天井を眺める。

 天井には天板は無く、どこからか謎の光源が室内を明るく照らしている。

 なにもすることが無い。

 バイクで自然公園に遠乗りすることも出来ない。

 時計も無いから、時間の経過も分からない。

 彼女が、一日という時間を判断しているのは、一日三食、決められた時間に食事が転送されてくるからだ。

 食事の回数と寝る時間になったら勝手に消える消灯で一日を数えていた。

 反物質反応炉の暴走(?)事件、エルフの船団がワープアウトしてから既に9日の日数が流れている。

 なにもすることが無くて、潰れてしまいそうになるが、なぜかシルフが比較的忠実な頻度で足を運んでくれたおかげで、気が狂わずに済んでいる。

 そして……彼女から聞かされたとんでもない事、それが卑ノ女をボヤきまくるほど不機嫌にさせていた。

「ほんとさぁ、勘弁してよ……マジで……」


    * * *


「もう一度言ってくんない?」

「巫女さまの祈りが反応炉の暴走を止めたと言う噂が巷で広がってます」

 卑ノ女は、女の子がしたらいけないようなひどい顔をする。

「なんだって?」

「だから、巫女様の祈りが反応炉の暴走を止めたと、エルフを初めアメノトリフネの妖精達が噂してるんですよ」

「あんだって……?」

「だから……」

「あんた達って、ばか?」

 卑ノ女は、ガチトーンで言っていた。

「どうして、あたしの祝詞が対消滅に効果でるわけ?」

「知りませんよ」

 シルフもマジレスしている。

「まぁ、強いて言うなら因果関係を求めた結果なんでしょうけども」

「因果関係って……ひょっとして、あたしの祝詞にチート能力がついたとか?」

 少しだけ、おどけて言ってみる。

「あるわけ無いでしょう、それこそバカの発想です」

 シルフ、にべもない。

「それだけオモイカネの託宣が外れたことが信じられないんでしょう。なにせ初めてのことですから」

「いくら知恵の神でも間違える事なんてあるでしょうに……」

 卑ノ女は思わず頭を抱える。

 エルフのオモイカネに対する考えは信仰に近いのでは無いか? 正直、怖くなってきた。「今まで一度も間違えたことが無いんですよ。だから信じられないのでしょうね。ただ、全てのエルフが言ってるのでは無く、そう言っている妖精が一定数いると言うことです」

「一定数……ねぇ……一定数でもそんな考えを抱く時点でバカだわ。アレはあたしがなにかしたんじゃ無くて……。そういえばさ」

 唐突に話題を変える。

「なんですか?」

「オヒシュキさん達……どうなってるの?」

 シルフは、一瞬だけ黙る。

 この巫女は、なぜ自分の事より、自分を襲撃したエルフ達のことを気遣えるのだろうか? と……。

「まさか、ひどいことしてないでしょうね」

「幽閉されてます。処罰は巫女様と同じく追って沙汰があります」

「そう……」

 今度は卑ノ女が黙り込んだ。

 

    * * *


「………」

 オヒシュキは、独房の中で考え込んでいた。

 他のアウトロー達はどうなっているのだろうか。

 皆は、無事なのだろうか?

 おそらく自分と同じように独房入りなのだろう。

 拳を握りしめる。

 あの時……プログラムの中に見つけたモノ。

 おそらく、他のアウトローは、あそこまでたどり着いていない。

 気付かれる前に自分の中に落とし込んだ爆弾。

 絶対に隠し通さなければいけない。

 時が来るまで……。

「死ねないな……なにがなんでも……」

 自分への罰がなんであれ、とにかく生き残る。 

 自分がするべき事は、決まった。

 そして、巫女に会う。再び。いや、最悪自分が会えなくてもいい。

 誰かに“これ”を託して、巫女に渡すことさえ出来れば……。

 この世界は変わるかもしれない。

 ただ、バレたら確実に殺される。

 存在だけじゃ無い、自分という情報ごと消される。

 待つんだ。

 必ず、動けるときが来る。

 そのときが来るまでは、焦るな。

 オヒシュキは、自分が思っている以上に落ち着いていることに気がついていた。


    * * *


 そして、卑ノ女がボヤく日々がさらに三日ほど続いてから。

 シルフが、四つん這いになり右足を浮かせ伸ばすストレッチをしている最中の卑ノ女の前に現れた。

「なになさってるんですか……」

「なにって……暇だから筋トレ……このままだとなまっちゃうし、太るからね」

 シルフは、深々と溜息をつく。

「それなら言っていただければ、食事の中に代謝能力を上げる……」

「やめて、人間は、自分の身体を自分で動かすことに意味があるの。薬とか、マイクロマシンとか、楽を覚えちゃうと元の世界に帰ったとき、なにも出来なくなるから」

「まぁ、巫女様がそう望むのでしたら、お奨めしませんが」

「それより、もう少しましな食事にしてくんない? 一日三食、毎日同じモノって本気でやめて。どうせなら、あんた達が食べてるのとか食べさせて欲しいわ」

「そうは言われましても、わたしたちの食事を巫女様がとったら、まず死にます。巫女様が食べられるのは、あれぐらいしか精製できないのですよ」

「毒でも食べてるのか、あんたたちは……」

 卑ノ女は、ストレッチをやめると、あぐらをかいて座り込む。

「まぁ、もしかしたらそうなのかもしれませんね」

「そう言う話を聞くと、異世界だと感じるわね。ほんで、今日は……」

 シルフは、姿勢を正すと真顔になって告げた。

「巫女様への処罰が決まりました」

「そっか……」

 ケルピーとイシュカの二人に会うのが、さらに遅くなりそう……ごめんね。

 卑ノ女は覚悟を決めると身を正し正座した。

「で、どんな罰?」



    2


「不機嫌そうね、オベリコム」とティターニャ。

 エルフ達の住む主星、常若の国。

 そこに妖精王オベリコムはいる。

 彼は、ビルなのか、地球で言う洋風の城なのかよく分からない建物のテラスから街下を見下ろしていた。

「あの巫女をどう苦しめてやろうか考えていた」

「あなた退屈だったんでしょう。良い暇つぶしが出来たじゃない」

 そう言われて、ティターニャをきつく睨み付ける。

「あらあら、自分で喚んでおいて、思い通りにならなかったら、不満を言うわけ?」

 クスクスと笑いながら反す。余裕のある笑み。

「あの時の自分はどうかしていたよ。このままではゲームに負けてしまう」

「ゲームの勝ち負けなんて正直どうでも良いんでしょ」

「まぁ、そうだな……だが、あの巫女だけは殺しても飽き足らない」

「苦しめたいんだ? あなたってエルフはホントわがままね」

「お前だって、わたしと同じ目に遭ったら、同じように思うだろうさ」

「どうかしらね」

 そう言うと、余裕の笑みを浮かべたまま、オベリコムと同じようにテラスの先まで行き、隣に並ぶ。

「それにしても変な巫女よね。巫女なのにエルフが死ぬのが嫌だとか、助けたいとか、なんなのあいつ。虫酸が走るわ」

「本当だよ。巫女は、ただ我々に従ってエルフを殺せばいいのに」

「また、次の託宣でも助けようとするのかしらね……」

 と、そこまで言って、ティターニャが考え込む。

「どうした、ティターニャ」

 そして、いやらしい笑みを浮かべ、顔を上げた。

「ねぇ……オベリコム。わたしに良い考えがあるんだけど……」

「ほう……」

 その顔を見て、分かる。

 とても、そう、とても良い考えであることを。

 ティターニャがこの顔をしたとき、いつもオベリコムの満足のいく結末を迎えている。

「聞かせてくれないか、ティターニャ」

「ええっ、とっても満足すると思うわよ」

 ティターニャ、うっとりするような笑顔のまま、口を開いた。

 

    * * *


 シルフは、慎重な面持ちで卑ノ女を眺めながら、口を開いた。

 少し悲しそうな顔をしていた。

「このまま蟄居。そして、次の託宣の権利の剥奪です」

「次の? それだけ?」

 びっくりするほど拍子抜け。

「なんか、拷問とか、強制労働とか、そういうの食らうかと思ってたんだけど……」

「されたいのですか?」

 卑ノ女、扇風機のブレードより早く左右に顔を振る。

「そういえば、これって欠席裁判じゃ無い?」

「出たかったですか?」

 卑ノ女、また顔を振る。

「こんなこと初めてなんです。巫女に処罰を与えるなんて。おそらくこれは巫女様にしてみたら想像以上に思い処罰ですよ」

 シルフは、真顔のまま告げる。

「ん~、あたしにしたらあんなストレスから解放されるだけで、うれしいわ。正直、めっちゃ、やらかしたから、それ相応に覚悟はしてたんだけどねぇ」

「少しもそうは見えませんけど」

「内心ひやひやモンだったんだってば、心配しすぎて夜しか眠れなかったわ」

「寝てるじゃ無いですか」

「そりゃ、寝るよ。やること無いんだもん。起きてても意味ないし、むしろ退屈すぎて本気で発狂するかと」

「だから運動を?」

「そっちの意味合いもあるわね。蟄居刑がとれたら健康になりすぎるかもね。地球にいるとき、もっとまじめにヨガとか筋トレの本読んで知識を仕入れとくべきだったわ」

 茶化しながら言うが、何かをしてないと不安で押しつぶされそうになってしまう。と言うのが本音だった。

 とにかく、罰の事を考えたくなかった。

 勢いでやったこととは言えかなりめちゃくちゃな事をしたのは、自覚していた。

 巫女という立場にどれだけの権限があるのか分からないが、前回やったこと。それは間違いなくやり過ぎと言うことに。

 しかもなにもすることが無い。暇をもてあますというのは想像以上に拷問に向いている。なにもしてなければ、頭の中が嫌なことで蔓延して行く。

 不安だった。

 とにかく怖かった。

 そう言う意味では、蟄居というのはキツいものである。

 暇なせいでとにかく無駄に考えてしまう

 だから、罰が決まり、気持ちが軽くなったのは、本音である。

「この世界で筋トレとかそういうの無いの?」

「トレーニング自体はありますが、本気で強化するエルフしかしてませんね。わたしみたいに。お奨めはしません」

 シルフは軽く腕を振った。

 華奢な身体に見えるが、とんでもない身体能力を持っているのは、嫌と言うほど理解したし、させられた。

「相当過酷なん?」

「おそらく巫女様の身体では1ブメンももちませんね。基本的に重力負荷を上げてのトレーニングですので。立ってるだけで骨ぐらい折れると思います」

「マージ、マジ、マジか……」

「マジです」

 シルフとケンカするのだけはやめよう。

 卑ノ女はそう心がけることにした。

 少し沈黙。

「話を変えますが、今後は自重なさってください。テロリストに協力を仰ぐわ。託宣を無視するわ。反物質反応炉に立ち入るわ。今回巫女様がやらかした項目って細かい規約違反を含めたら二十や三十じゃききませんからね」

「そんなにやらかした?」

 そりゃ、シルフが怒るのも仕方ないと思った。

「まぁ、でも、次はそんなことにならないわけだから、安心して良いんじゃ無いの?」

 卑ノ女がそう言うと、シルフは少し複雑そうな顔のまま、続けた。

「多分、巫女様は、結果心を痛めることになると思います」

「それって、どういうこと?」

 シルフは、黙り込む。

「あたしに言えないこと? 次の託宣がもうでたの? それとも何か知ってるの?」

「いえ、出てません。なにかを知ってるわけでも。ノーム博士なら色々知ってるかもしれませんけど」

「最近見かけなくなったあの自称最高責任者?」

「まぁ、自称では無く、アメノトリフネで一番偉い妖精ではありますが……」

 乾いた笑みと共にシルフ。

 その乾きっぷりから、色々あるのだろうと予測できた。

「ノーム博士の話は置いといて、話を元に戻します……。基本的に託宣は、エルフの命がかかっていることが多いのです」

「初めのうちって、ホントにどうでも良い選択ばっかりだったじゃん」

 航路はどちらに行けば良いのか? 公園を建てるならどこが良いか? 税率は上げるべきか下げるべきか?

 卑ノ女が喚ばれて最初にこなした託宣は、こんなレベルのものがほとんどだった。

「それは、巫女様の世界の言葉で言うと、ちゅーとりあるってヤツです」

「まずは練習。楽なので慣らせて、だんだんハードにするってか……前のあんたの口ぶりからして、発狂した巫女が過去にいたみたいだけど」

「はい、いました」

「だんだんハードル上げりゃ、そりゃそうなるわ。あたしみたいにハードルの下潜れば良いのにねぇ。最悪、開き直れれば良いけど、それも難しいっちゃ難しいわね。なんで巫女にさせるのよ。前々から言ってるけどあんたたちがやれば良いじゃん」

 本気であきれ果てたようにボヤく。

「巫女様にさせる一番主だった理由は、わたしたちエルフとのしがらみが無いことだそうです」

「あんたたちだと託宣に私情を挟んじゃうってこと?」

「はい。だから、しがらみが生まれてくるような期間まで託宣していただいたら入れ替わりで巫女を還して、新たな巫女を喚ぶわけです」

「そんで、あたしに白羽の矢が立ったと?」

「そういうことです」

 溜息。

「おーけーわかった。ほいでさ、なにを基準にして、あたしをえらんだわけ?」

「オモイカネが選ぶそうです。選考基準はわたしたちに教えてもらえません」

 再度、溜息。大きく床が沈み込みそうなほど重い重い溜息。

「テキトーってことじゃん!」

「そうでは無いと思います。たぶん」

「つくづくバカじゃ無いの? あんたたち」

 シルフ、複雑そうな笑みを浮かべて笑う。

「とどのつまり責任から逃げてるって事わけでしょ。だから、異世界から喚んだ種族を巫女にして託宣させてたってこと? さいってー!」

「つきつめるとそうなりますね」

「聞かなきゃ良かったわ」

 卑ノ女が、ほとほと疲れ果てていると、鈴を鳴らしたかのようなチャイムが鳴る。

「あっ、もう晩ご飯の時間? シルフも食べてく?」

「えっと……」

「良いからつきあえ。一人の食事ってホントに味気ないのよ。ここのご飯美味しくないけど、誰かと一緒してたら少しは味が変わるかもしれないでしょ」

 半ば強引に引き留める。

 正直、シルフは嫌な気持ちはしていなかった。

「味が変わるんですか?」

「変わるわよ。知らなかったの」

 卑ノ女は笑顔と一緒にそう言う。


    * * *


 アメノトリフネから遠く、遠く離れた宇宙。

 ドワーフの戦艦ボーリンの艦橋で、艦長のヘーデルは本国ドゥリンから新たに伝えられた伝令を受け、渋い顔をしていた。

「艦長……従うのですか?」

「我々は軍人だ」

 副長のホッヘも苦虫をかみつぶした顔をしたままうなずく。そのまま続けた。

「解せないのはエルフ共です。ボーリンを射撃ポイントに転送するから、ここを動くなとか、自分で自分の種族を虐殺するとか……頭がいかれてます」

「だろうな……エルフ共は、なにを考えている」

「分かりません。エルフに縁のある者にでも話を聞かない限り」

 ドワーフはその太い腕を組んだ。

「とりあえず、10プペル後にエルフがこの船を転移してくれるそうです」

「作戦行動は転移した3コング後に開始する。転移したら遮蔽行動を開始だ。今のうちにしっかり休んでおけ」

 軍人として、戦えというのならその命令に従うのはやぶさかでは無い。

 しかし、この命令はどんな意味がある?

 戦うでも無く一方的に無抵抗のエルフを撃つ。それだけだ。

 エルフは、なぜこんなことをさせる?

 星をも砕く戦艦をロハで渡し、それを使ってエルフを撃てと命令する。

 つまりは、エルフの国も一枚岩では無い?

「わからん、あそこの連中は気が狂ってるとしか思えん」

 腕を組んだまま、うなる。

 謀略の駒に使われている自分が、情けなくも感じつつ、それに逆らうことが出来ないことにジレンマを感じていた。


 そして10プペル後。


 ボーリンは信じられないことに、エルフのワープ船と合流すること無く、その停止していたポイントから一瞬で、アメノトリフネ射撃ポイントに次元跳躍していた。

 ドワーフでは不可能な技術。なにをどうしたのかまるで分からなかった。

「これほどまでに、科学技術で差がつけられているというのに、本国の連中は本気でエルフとケンカして勝てると思っているのか……」

 ヘーデルは、恐怖に近い感情を抱きながら、呟いていた。


    * * *


「おとーしゃん、帰ってこないね」

「どないね~」

「ねぇ、ねぇ、あれ、やっちゃう?」

「見つかったら、おかーしゃんに怒られるよ」

「でもさ~、おと~しゃんにあいたい」

 沈黙。

「あいたいね~」

 また沈黙。

「やっちゃう?」

「やっちゃおう」

「だね~」

「うん、だね~」

「じゃあ、ケーちゃんはおかーしゃんのマネしてね」

「おぺれーたーだねぇ~、イーちゃんはおとーしゃんのマネね」

「うん、えんじにあごっこ~」

 ケルピーとイシュカは同時に電脳世界に潜った。



    * * *


 シルフは、自分の食事を取り寄せる。

 卑ノ女と似たようなトレイに四種類のペーストとボウルに綺麗に盛り付けられたサラダに見えるなにかが即座に中空に現れた。

 ちゃぶ台を挟んで二人。

「それが違うだけで、後は、ほぼほぼあたしと同じなのね」

「まぁ、成分が大きく違いますが」

「そうなんだ……これって結構な高級品だったりするの?」

 緑色のペーストを口に運びながら、言う。

「まぁ、普通でしょうね。そうそう軽く掬って他のペーストを混ぜると美味しく感じるかもしれませんよ」

 黙々と食べはじめる。

「そうなの? 今まで試したこと無かったわ」

 卑ノ女は言われたとおり、緑のペーストを軽く掬い、赤と混ぜて口に運んだ。

「辛っ!」

 口から火が出るかと思うぐらい辛い。

 慌てて、ボトルを取り煽る。

 一色だけで食べていたときは無味無臭だったペーストが、突然化学反応を起こす。

「すっご……いきなり辛くなった……」

「巫女様には合いませんでしたか?」

 むせるほどでは無いが、強烈な辛みが卑ノ女を襲った。

「でも、色々組み合わせを試してみたくなるわね。少しは楽しめそうだわ」

 今まで、少しも刺激の無かったペースト。

「あんたたちにも、辛いとか甘いとかしょっぱいとか色々味覚感じるわけ?」

「味覚ですか……どうなんでしょうねぇ……巫女様との感覚の違いがありますから、巫女様の言う辛い、甘い、と言うのがどういうのなのか、わたしには分かりかねるんです」

「難しいところだねぇ……」

 たとえば、言葉で説明したとして、それが人間で無い生物に明確に伝えることが出来るだろうか?

 極論、人間の共有している情報そのものだって個体差や個人差はあるわけで。

 今、自分が食べてみた組み合わせをシルフがしたら辛いというのが伝わるのだろうか?

 いや、そもそもシルフが食べてるのが自分のと同じとは限らない。

 エルフの食事をあたしがしたら毒になるって言ってた……。

 つまりその逆もあり得るわけだ……。

「巫女様?」

「んっ? あっ、ごめんごめん」

「また、考え事ですか?」

「たいしたことじゃ無いわ。何でも無いこと」

「なら良いのですけど……そういえば」

 シルフは、サラダ? を口に運び、それを食べてから続ける。

「巫女様に一つ聞き忘れてたことがあるんですけど」

「なに?」

 今度は、緑と黄色のペーストを混ぜながら口に運ぶ。

 ほどよいしょっぱさを感じる。これはいける。

 あとは食感だな。と卑ノ女は思いながら食事を続けた。

「アウトローが襲撃してきたとき、エンジニアのオヒシュキの事を知っているご様子でしたが」

「あんたが暇つぶしにどうかって薦めてくれた自然公園あるでしょ?」

「ええ、巫女様専用のヤツですね」

「あそこでくつろいでたら、双子の子供のエルフがなついてきてね。あやとり教えてあげてたのよ」

 あやとり? 聞いたことのない単語。他にも色々ツッコミどころのある内容だが、まずは確認すべき事を最優先させる。

「子供のエルフ?」

「ええっ、ケルピーとイシュカって言うの。あの子達とまた会おうねって約束してたけど、しばらく無理かも……そういえば、アウトローの刑罰って決まったの」

「はい、時間凍結の上、幽閉です」

「どれぐらい幽閉されるの」

「24ブセノン。巫女様が還ったちょうど後ぐらいまでですね」

「そう……」

 卑ノ女の手が止まる。

「話を戻しますが、オヒシュキとは巫女様の自然公園で会ったのですか」

「そうよ~。まぁ、あれだけ広いんだからいろんなエルフが来てもおかしくないのに、会ったのはケルピーとイシュカだけってのもすごいわね」

「いえ、あそこは巫女様専用のプライベート公園です。ほかのエルフは一切立ち入れません」

「まて……」

 思わず突っ込んだ。

 呆れも多分に含まれているが、それ以上に突っ込まざるを得なかった。

 あんなに無駄に広い空間が自分一人の物?

「歴代の巫女の生存生活環境に合わせてカスタマイズされる特殊空間です」

「それはないわ~」

「そうでもありません。わたしたちと運良く同じサイズのフェアリーノイドが選ばれるとも限りませんので。巫女様はたまたまわたしたちとのサイズに近かっただけです」

「あ~そう言う理由もあるのか……」

「はい。しかしあそこのプロテクトはかなり厳重なのに……」

「やっと他のエルフとお友達になれると思ってたのにねぇ……」

 二人の感想がまるで逆だった。

 シルフは、少し呆れた感じで卑ノ女を見る。

「どったの?」

「巫女様が関係者以外のエルフと接触するのは厳禁ですから」

「私情を挟ませないためにねぇ……」

「しかし、そこからここまでたどられたワケですか……オヒシュキはかなりの腕を持ったエンジニアですね」

「ここに侵入するってすごいことなの?」

「並の腕では無理です。最低でもウンディーネと同じ腕はありますね。まぁ、それも無理になったとは思いますけど」

「なんで?」

「プロテクトのレベルをさらに上げました。現状で出来る最高レベルのプロテクトです。ウンディーネでも無理と言ってましたから、さすがにオヒシュキでも不可能でしょう」

「まぁ、当然か……」

 テロリストが派手に侵入してきたともあればプロテクトはかなり厳しくなる。

 自分は、どうやら重要人物らしい。その自覚は全くないが。

 卑ノ女は一抹のさみしさを覚えはしたが仕方ないかと再びトレーを手にした。

「オヒシュキとは、どうやって会ったのですか?」

「ケルピーとイシュカを迎えに来たのよ。でも、直接会って話はしてないわ。離れたところにいて顔を見ただけ」

「なるほど……」

 そこまで話をしたとき。シルフは、おもむろに険しい顔をして腰を上げた。

「どうしたの?」

 卑ノ女を見ること無く、誰かと交信しているようだ。

 表情は動いていない。端から見る分には、意識があるのか無いのかわからない感じだ。

「巫女様は、ここを動かないでください。オモイカネが動き出しました。急ぎの予言があるそうです」

 シルフは、耳に手を当てる。

「わかった。すぐ行く」

 シルフは、それだけ誰かに言うと卑ノ女に視線を合わせた。

「巫女様は“くれぐれも”ここを動かないでください。良いですね? それからあたしの食事には、手をつけないようお願いします」

「二度も言うな!」

 そう言うとシルフの身体は消える。

 部屋に残され、少し悲しげに呟いた。

「動くなって、どこにも行きようが無いでしょうが……」



    3


 ドワーフの戦艦ボーリンの戦闘艦橋。

 ヘーデルは、渋い顔をしたままモニタを睨み付けていた。

「艦長、作戦行動開始時間です」と副長のホッヘ。

「艦長! エルフ船団の射撃ポイントにつきます」と電測員のフンバルト。

 ドワーフ達の言葉を受け、ヘーデルはゆっくり口を開いた。

「向こうは、こちらに気がついているか」

「船団の反応を見るに、気がついた気配はありません」

「そうか……主砲、エネルギィ充填。半分の出力で発射」

「艦長?」

「発射後、着弾を確認するためエルフの船団に最大戦速で近づけ」

「命令と違います!」ホッヘは驚いて声を上げる。

「この艦の主砲の威力を甘く見るな。最大出力で撃ったら、全滅させかねん。命令では、エルフの全滅までは望んでいない。“ほどよく”被害を出せ。では無かったか?」

「分かりました」

 ホッヘは頷いた。

 ヘーデルは、そう言いつつも「いくらエルフとは言え、無抵抗の一般市民を虐殺できるものか……」と軍人にあるまじき言葉を小さく誰にも聞こえないよう呟く。

 最初の出撃した時と作戦内容が変わりすぎている。

 エルフの反乱分子の船団だと聞かされていた。

 ところが、新たな命令はどうだ?

 エルフの和平使節の船団だと言う。

 あれは同じ船団だ。どういうことだ?

「…………」

 最悪、老朽艦だから出力が上がらなかったとでも言えば良い。

 これがヘーデルにとって、謀略の駒なりの精一杯の抵抗だった。


    * * *


 あれから僅かに時間が過ぎた。

 卑ノ女は、どうすることも出来ず一人自室であぐらをかいている。

 すると目の前にいきなり黒い楕円がボンヤリと浮かび上がった。

「なにこれ?」

 腰を上げると、背面に回り込む。

 後ろ側から見ても同じ楕円。

 薄さは1ミリもいや、0.1ミクロンも無いかもしれない。

 空間のそこを切り取ったようなそんな黒さだった。

 するとそこに多数の光点が浮かぶ。

 それはめまぐるしい早さで闇の中を走っていた。

 宇宙をラビットで走った卑ノ女は、この光点の集まりを何度か見たことがある。

 中心に大きな光点、周囲を一定の距離を開け、規則正しく光点が集っている様。

「アメノトリフネの船団?」

 そう呟いたとき、船団の一部がはじけ飛んだ。

「!」

 その数秒後に、エネルギィ衝撃波。

 アメノトリフネが揺れる。

 目の前のビジョンを見るために立ち上がっていた卑ノ女の身体が軽く宙を浮き、畳の上に叩きつけられる。

 部屋の片隅に停めてあるラビットが音を立てて倒れた。

 ヘルメットが転がる。

 立ち上がって、目の前のビジョンを見る。

 右翼当たりに並んでいた光点が大量に消えているのが分かる。

 衝撃波が通り過ぎたのか、それともアメノトリフネが立て直したのか、もう揺れは無かった。

「これって……」

 オモイカネの予言と関係がある?

 たぶんタイミング的に間違いない。

 攻撃?

 誰から?

 誘爆している様子は無い。

 アニメとかで宇宙で爆発する描写とかを見たけど。現実ではあんな派手に爆発しないのね。などとやけに冷静な自分がいるのが少しおかしかった。

 深呼吸して、気持ちを落ち着ける。

 自分になにが出来る?

 考える。

 なにも出来ない。

 どうすることも出来ない。

 異世界に飛ばされた人間なんて本来そんなものだ。

 とにかく、少しでも状況が知りたい。

「シルフ! 被害状況を教えて!」

 虚空に向かって叫ぶ。

 だが、返事は無い。

「っ……」

 時間だけが過ぎて行くのが分かる。

 ビジョンは、消えない。

 そして、光点が移動しながら、攻撃があった宙域に集まっているのが見て取れる。

 救助をしているのだろうか?

 分からない。

 分からないことだらけだ。

 おそらく、アレで、たくさん死んだ。

「…………」

 見えない。

 目の前にリアルタイムの様子が写されて、見えないのに、分からないのに。

 だからこそ、頭の中でたくさん考えてしまう。

 不吉なことをたくさん考えてしまう。

 あたしが託宣を任されていたら、この状況を救えた?

 分からない。

 状況が分かったところで手を下せるわけでも無い。

 それでも、とにかく、情報が欲しい。

 気持ちばかりが焦っていた。


    * * *


「これは最高だよ、ティターニャ。とても悔しそうだ。いい顔をしている」

 オベリコムは、常若の国で満面の笑みを浮かべ卑ノ女の顔を見ていた。

 その手には、酒の入ったグラス。

「よかったわ。気に入ってもらえて」

「巫女への罰はなにもさせない。そのアイデアを聞いたとき、正気かと思ったが、なるほど……こうやって苦しめるのか……本人に直接手を下さず周囲から攻める。良いね」

「ああいう手合いは、搦め手で苦しめるのが一番効くのよ」

 グラスを傾けるティターニャ。

 卑ノ女の苦悶の表情はオベリコムとティターニャにとって最高のショーだった。

「そう、巫女はこれからもっと苦しむわよ。ドワーフの第二射を見たときが楽しみね」

 クスクスと笑う。

 まさに愉悦を浮かべている。

 オベリコムとティターニャはグラスを軽くぶつけ乾杯する。


    * * *


 卑ノ女は食い入るようにビジョンを眺めていた。

 宇宙船は本来ならば宇宙空間で急停止出来るようなものでは無い。

 アメノトリフネには関係ないのだろうか……。

 加速がついた船が破壊されれば、内容物も当然ベクトルの方向に流される。

 時間が経てば救助も大変になるだろう。

「お願い、無事でいて……」

 卑ノ女は祈ることしか出来なかった。

 とにかく、心から祈ることしか出来なかった。

 そして……今までエルフを救った気持ちでいた自分が情けなく感じる。

「なにが巫女よ……なにが……託宣の巫女よ……」

 自分の無力さを改めて実感する。

 目の前で、たくさんのエルフが死んだ。

 そして、なにも出来ない。

 ただ、選ばせてもらってるだけだ。

 エルフの命を救ったのは、エルフ自身だ。

 全てシルフや、オヒシュキがやってくれた。

「あたしは……なにもしてない……」

 ただ、祝詞を唱えただけ……。

 そう、祝詞を唱えただけだ……。

 ビジョンに映る船団は、間違いなく救助活動に明け暮れているのに違いない。

 シルフが応えないのも、たぶん指揮に関わっているからだ。

 手を組んで、強く握りしめる。

 祈るしか、出来ない。

 祈るしか出来なかった。

 時間だけが、過ぎて行く。

「自分になにが出来る?」

 考える。

 自分が潰されないように考えるしか無かった。

 とにかく、この部屋を出てシルフの元に行きたかった。

 だが、それもかなうわけも無く。

 せめて、状況が分かれば、なにか出来ることがあるかもしれない。

 なのになにも出来ない。

 なにも出来ない。

 無力にも程がある。

 そんなときだった。

「「巫女しゃま~」ま~!」

「えっ?」

 聞き慣れた声。

 思わず顔を上げる。

 部屋の中に満ちる声。

 音のベクトルが定まってないからどこから聞こえているのかは分からない。

「こんなところにいた~」

「いたの~」

「ケルピーちゃん? イシュカちゃん?」

「「は~い」い!」

 元気良くお返事。

 間違いない。あの子供の妖精達だ。 

「なんで? どうして?」

 卑ノ女は周囲を見渡してケルピーとイシュカの姿を探す。

「「遊びにきたよ~」の~」


    * * *


 アメノトリフネの船橋ではノーム、シルフ、サラマンダー、ウンディーネ。アメノトリフネを代表する四大精霊全てが揃っている。

「やっぱり、オモイカネの予言は当たった」

「問題は、この後だ。第二射が来るぞ!」

「生存者の救助を最優先です」

「アホか! 命あっての物種だ! 逃げるの最優先だろうが!」

 ブリッジの中は、混乱であふれていた。

 決定権は、ノームにある。

 だが、堅く口を閉ざしたままだ。

「ドワーフの戦艦が射撃位置に向かっています。被害状況予測。そこで撃たれると、全体の三分の一が壊滅します!」

 オペレーターの声。

 シルフは、腕を組むと口を開いた。

「ドワーフの主砲の発射状況をチェック。アメノトリフネを盾に出来る位置まで移動。障壁で守れ」

「バカか! それで障壁を打ち破られたらどうする! 今すぐ緊急ジャンプだ! それかドワーフなんか吹き飛ばしちまえよ! ウンディーネ」

 サラマンダーは叫ぶ。

「無理だにょ~。そもそもアメノトリフネは和平使節団の船だにょ。攻撃手段なんかあるもんかい。どうでも良いけど早く決めてよ。ボクはその指示に従うだけだにょ」

 ウンディーネは、シートに深々と腰をかけ、頭で手を組んでモニタを見ている。

「もうっ……」

 シルフは、息を飲み込む。

 自分に決定権が無い。

「とにかく、救助状況を報告。最悪の事態を想定してください」

「最悪の事態って何だよ? おれ達が撃たれるってか?」

 サラマンダーはエルフの神経を逆なでするような口調で言う。

「最悪の時は……」

 見捨てるしか無い。

 シルフは、顔を背けると口を開く。

「ノーム博士!」

 意見を言っても、結論を決定する気配を見せないノームに対して、シルフは怒りを覚える。おそらく、他の妖精達も同様に感じているはずだろう。

 シルフにしてもサラマンダーにしても最終的な決定権は無い。

 あるとすれば最高責任者であるノームだけだ。

 なぜか、そのノームは口を閉ざしたまま、動こうとしなかった。

 まるで、誰かに指示でもされたかのように、貝のように堅く口を閉ざしている。

「ノーム博士! いつものような軽口はどうしたよ!」

 サラマンダーが肩を強く揺さぶる。

 その額には汗が流れている。

(オベリコム。オベリコムよ……さすがに……そろそろ限界だがね……)

 険しい顔をしたまま、杖を強く握りしめている。

 同時に、船橋にいるオペレーターが叫び声を上げた。

「ドワーフの船艦が射撃位置につきました! エネルギィを主砲に充填しています」

 船橋のエルフ達の間に衝撃が走る。

「アメノトリフネだけでも障壁をはれ! 他の船はどうなっても構わねぇ!」

 サラマンダーが絶叫を上げる。

「巫女様……」

 シルフは、なぜか卑ノ女のことを思い浮かべていた。



    4


「「遊びにきたよ~」の~」

 妖精達の声。同時にケルピーとイシュカは中空に姿を現した。

 ゆっくりと落ちてくる。

「ケルピーちゃん! イシュカちゃん! どうして!」

 愛くるしい子供のエルフ達。

「あのね」うんとね」おとーしゃんにあいにいったの」の~」

 卑ノ女は子供達を両の腕でキャッチしながら抱きしめる。

 軽い。

 羽よりも軽い。

 まるで実体が無いみたいだ。

「そしたら、おとーしゃん、固まったまま動かないの」不思議ね~」

 シルフが、時間凍結すると言っていたのを思い出す。そのことを双子には言うことは出来なかった。

「そうなんだ……」

「でね」「でね」おとーしゃんのとこにもいけるのなら、巫女しゃまにも会いにいけるんじゃない? って、ケーちゃんがいうから」

「イーちゃんがやってくれたの」

「イシュカちゃんが?」

「ケーちゃんも手伝ってくれたよ~」

 待ってよ。ここって今最高のプロテクトでガードされてるんじゃないの?

 それを易々と突破したってこと?

 いや、よく考えたらオヒシュキって今独房にいる。そこにも行けたって……。

 この子達……。

 卑ノ女は、驚きつつも声に出さずにいた。

「すっ、すごいね。どうやったの?」

「おとーしゃんがよくやってるのみてたからマネっこ~」

「イーちゃん、おとーしゃんのマネぜんぶ出来るの。すごいね~」

「ケーちゃん、おかーしゃんのマネすごいよ。イーちゃんには出来ないの~」

 思わずつばを飲み込む。

 おそらくオヒシュキの奥さんとは会ったことが無いけど、なにかのスペシャリストなのだろう。そしてイシュカだけで無くケルピーの力が合わさったから、こうなったと……。

 相乗効果ってか……。

 子供の学習能力や吸収力はすごいと話に聞いたことがあるけど、エルフのそれは人間とは比べものにならないのかもしれない。

「ケルピーちゃん、イシュカちゃん。会いに来てくれたのはうれしいけど、ここに来たことがバレたら怒られるから、すぐに帰って……」

「だいじょうぶ~」なの~」

「えっ、どうして大丈夫なの?」

「だみー」走ってる~」監視の目を盗んだ~」警報もとめた~」

 この子達は、オヒシュキさん以上のクラッカーかもしれない。

 とんでもない子を育てたわね……。

 この子達の力を借りることが出来れば、もしかしたらこの状況を打開でき……。

 そこまで考えて、卑ノ女は自分の考えの愚かさに気付く。

 駄目だ……この子達に罪を犯させるワケにはいかない……。

 シルフならまだ良い。自分を異世界から喚んだ張本人達だから。

 少しぐらい自分が悪さしてもフォロー出来る立場にいる。

 でも、この子達にはなんの罪も無い。 

「巫女しゃま~」?」

 心配そうに顔を覗き込むケルピーとイシュカ。

 腕に力を込める。

「巫女しゃま~」?」どしたの~」ポンポンいたいの~」

 子供ながらに、卑ノ女の苦悩が分かる。

「大丈夫……ありがとう……」

 もう、それしか言うことが出来なかった。

 泣きたくなる気持ちを堪える。

 自分との再会を心から喜んでくれているエルフの子供達。

 自分の苦悩を悲しんでくれてくれているのが分かる。

 なのに自分は、この子達の力を使おうとしている。

 そのとき、アメノトリフネが揺れた。

 あからさまなエネルギィ衝撃波を身体で感じる。

 卑ノ女は思わず顔を上げビジョンを見る。

 船団の一部が爆発したみたいだった。

 何が起きたのかは分からない。

 まさか、また攻撃?

 だとしたら時間が無い。

 このまま放置したらもっと被害が広がる。

 もう、四の五の言っていられない。

「ごめん……。あたし……卑怯者だ……」

 卑ノ女はそっとケルピーとイシュカを畳の上に下ろした。

 そしてしゃがみ込むと目線を会わせる。

「ケルピーちゃん、イシュカちゃん。お願いがあるの」

「なに」に~」

「ブリッジと会話させて欲しいの。後、この部屋の壁も壊せる?」

「できるよ~」とっても、かんたんなの~」

 サラリと言ってのける。それがどれだけすごいことで危険なことなのか、きっと理解してないだろう。

「それをしたらあなたたちは、すぐにここから逃げて、お願い」

「いいよ~」

「わかった~」

 天真爛漫な笑顔を卑ノ女に向ける子供達。

「でも、ぶりっじってどこ~」

「はいっ! ケーちゃん知ってる!」

 右手を挙げて元気良く。

「どこ~」

「えらそうなエルフがいっぱいいるとこ。このお部屋をみはってるとこ~」

「じゃあ、案内してね~」

「まかせて~」

 ケルピーとイシュカは目を閉じた。

「できた~」

「壁壊したよ~」

「はやっ!」

 一分もかからず、ケルピーとイシュカは帰ってくる。

 卑ノ女は、驚きつつも、もう一度抱きしめた。

「ありがとう……本当に、ありがとう。さぁ、速く逃げて」

「え~! 巫女しゃまと遊ぶぅ~」

 ケルピーは、そう言うとイヤイヤと顔を振った。

「あそぶのぉ~!」

 イシュカも続いて声を上げる。

 エルフの子供達の言葉に、卑ノ女はなんと言って答えるべきか、迷った。

 目を閉じて、開けて、エルフの子供達の眼をまっすぐに見つめながら口を開く。

「御免ね……巫女様は、今は遊べないの……」

「えぇ~!」なんでぇ?」

「巫女様はね、これからみんなを守るの。ケルピーちゃんも、イシュカちゃんも、二人のお父さんもお母さんも……だから、一緒に遊べないの」

 ん~っとばかりに顔をうつむけるイシュカ。

「守るって……」なにぃ~」

 ケルピーは不思議そうに卑ノ女に問いかけてくる。

「ケーちゃんとイーちゃんは痛いの嫌い?」

「痛いの?」なに?」

「ポカってされたり、転んだりしたら、頭とか、お膝はどうかな?」

「ズキズキする~」ジンジンする~」

「それって、嫌だよね?」

「うん!」!」

 ケルピーとイシュカはうんうん! と力強く頷いた。

「みんな、ケーちゃんとイーちゃんの様に痛いのは嫌なんだよ。ドワーフがね、みんなをポカポカしにきてるから、今から巫女様が止めてくるの」

 卑ノ女は、そう言うと微笑んで見せた。

 上手く笑えただろうか? 自分でも分からない。

 じっと見つめ返してくる。

「それって、巫女しゃまはどうなるの?」

「巫女しゃま、痛くないの?」

「大丈夫! 巫女様は強いんだから」

 自分は強くなんかない。それは自覚している。

 本当に強ければ、あの時戦えたはずだ。

 自分はきっとこんなところにいないはずだ。

 悟らせまいと、強がっているだけにすぎない。

 そう卑ノ女が考えていると……。

「ん~でも、遊びたい」

 イシュカは、少しぐずる。

 それを見ていたケルピーは、迷ったように口を開いた。

「ねぇ、巫女しゃま……」

「なに? ケーちゃん」

「おとーしゃんとおかーしゃん……ドワーフからイタイイタイされるの守ってくれる?」

「ええ、守るわ。必ず」

 卑ノ女はきっぱりと言い切った。

 これだけは、嘘じゃ無い。だから、自信を持って言い切れる言葉。

「なら……ケーちゃん、がまん、しゅる……」

「ケーちゃん……」

 イシュカが卑ノ女から眼を反らし、ケルピーに顔を向けた。

「ん~! ケーちゃんが、がまんしゅるなら……イーちゃんも……がまん、する」

 きゅっと唇を一文字に結ぶと、イシュカもうつむきながらゆっくりとそう言った。

「ありがとう……」

 卑ノ女は、改めてケルピーとイシュカを抱きしめる。

 ぬくもりが、伝わる。

 少し腕の力がこもった。

「巫女しゃま~」いたいよ~」

 目を閉ざすと瞳から涙が一筋流れ落ちて。

 ケルピーとイシュカは、それに気付いて。

「巫女しゃま~」泣いてるの?」

 心配そうに口を開く。

 卑ノ女は、これ以上悟らせまいと、口を開いた。

「今度会うとき、あやとりしましょう」

 卑ノ女は顔を見せないまま、子供達の耳元で優しく囁く。

 ケルピーとイシュカは、顔を見合わせると笑う。

「巫女しゃま」巫女しゃま」

「どうしたの?」

 卑ノ女から離れると同時にケルピーとイシュカは小指を差し出してくる。

「?」

「「指切り~」約束~」

 笑顔のエルフ達。卑ノ女も釣られて笑った。

「うん、約束……」

 全員が指を搦め、声を上げる。

「「「ゆびきり~げ~ん~ま~ん、うそそついたらはりせんぼん、のぉ~ます!」す」指きった!」

 指が離れると同時にケルピーとイシュカの姿は笑顔のまま消えた。

 卑ノ女は、少しだけ子供達が消えた空間を眺めている。

「ごめんね!」

 自分は、嘘つきだ。果たせない約束を重ね、嘘を重ねて、それでも、その先に……。

「ありがとう……」

 卑ノ女は、一人になると袖で涙をぬぐう。

「さてと……やったろうじゃん……」

 なにが出来るか分からない。

 それでもなにかをしなければ、ここにいる意味が無い。

 自分に出来ること。

 自分だけに出来ること。

 必ずある。

 あるはずだから……。

 仮に攻撃したのがこの前のドワーフなら……。

 最後の手段がある。

 そう、最後の手段が……。

 腹は括っていた。


    * * *


「チチブノクニミヤツコで反物質反応炉が爆発しました!」

「この前オモイカネが予言したとところか」

 ざわつく船橋。

「防壁が作動して周囲の船団への被害は最小限に抑えている様子です」

「避難民の救助を」

「やってます! しかしドワーフの砲撃を受けた方だけで手一杯です!」

「だから、逃げれば良かったんだ!」

 オペレーター達の声が響き渡る。

 さらなる混乱が広がる。

「ノームよぉ! あんた責任者なんだろうが! 指示出せや!」

 サラマンダーがさらに詰め寄ったとき。

『シルフ! 現在の状況を教えなさい! 今すぐ!』

 卑ノ女の声が船橋に満ちた。

「巫女様?」

「なんで? どして?」

『どーでも良いから、さっさとしろ!』

 卑ノ女は、怒鳴る。

「巫女様は下がっていてください。今回ばかりは……」

『バカにすんな!』

「巫女様?」

『あたしのことをバカにすんな! 今まで、さんざんあたしをアテにしといて、ここに来て蚊帳の外? ふざけるにも程があるわ! 今、動かないでなにが巫女よ!』

 シルフが頑なに口を閉ざしていると。

「穴蔵どもの攻撃だぎゃ……被害は、ざっくりで全体の五分の一と言ったところだがや」

「ノーム博士?」

「なに、今更口開いてんだよ、このクソじじぃ!」

「穴蔵共は、第二射の準備をしとるがね」

『いましがたの爆発は?』

「チチブノクニミヤツコで反物質反応炉が爆発したがや」

『ドワーフはあと、どれぐらいで攻撃してくるの? 正確な時間じゃ無くて良い。予想時刻で良いから教えて!』

「ウンディーネ」

「ほいほいっと、だいたい10ブセルってとこだにぇ~。これより早くなることはあっても遅くなることはないにょ~」


    * * *


「ノーム! 貴様、なにを考えている!」

 常若の国で余興を楽しんでいたオベリコムが思わず声を上げる。

「さすがに黙ってるのに限界が来たってとこでしょ、巫女が着たのを渡りに船と動いたのよ。相変わらず保身のうまい妖精ね」

「しかし、わたしの命令を無視しているのだぞ」

「よく考えなさい、オベリコム。あそこでノームの立ち位置に不信が生まれたら」

「下手すると我々までたどられる……」

「そういうことよ。それにしてもあのタイミングで反応炉を起爆するなんて、さすがじゃない」

「ふっ、はは。良い余興だっただろう」

「ええっ、でも、そろそろ潮時ね。さすがにこれ以上死んだら」

「そうだな、これからのゲームが楽しめなくなる」

 オベリコムとティターニャは、クスクスと笑いながら再びグラスを合わせた。

 澄んだ音がテラスに広がる。


    * * *


 卑ノ女は、倒れているラビットS402にまで走り寄ると必死になりながら車体を起こす。

「ウンディーネさん!」

『はいよ~』

「今残ってる船団だけで良いから、緊急ジャンプの準備! 同期を急いで」

『もうやってるにょ~』

 ウンディーネは隙を見つけて作業だけはしていた。

 シルフの意見にしろサラマンダーの意見にしろ、二人の意見でも緊急ジャンプだけは同じだった。ならば、用意しておくに超したことは無い。

 ウンディーネも緊急ジャンプには賛成だったからだ。

『おいおい、テメ~。避難民とか漂流してるヤツは無視かよ!』

 サラマンダーが声を上げる。

『お前が言うにゃっ!』

「仕方ないでしょう! この状況で攻撃を食らったら、あなた達全員が死ぬわ! 少しでも助かる命が多い方を選ぶだけよ」

 卑ノ女は非常な決断でも下せる。だが、それをしたくなかった。ただ、それだけだ。

 卑ノ女は、宇宙の方に向いている襖を開けた。

 小気味よい音と共に左右に開かれる。

 目の前には星の海が広がっている。

「それに……彼らだけを死なせない……」

 卑ノ女の言葉。

『巫女様!』

 その声色に全てを察したのはシルフだけだった。

『いけません! 巫女様! それだけはやめて!』

『どったにょ? シルフ』

「あっ、やっぱ、バレた?」

『分かるに決まってるでしょう! あなたがさんざんやらかして、あなたが、あなたが……わたしは、あなたを見てきたんですから!』

 シルフは、両の目にあふれんばかりの涙を溜めて叫ぶ。

「ごめんね。これしか思いつかなかったのよ。時間があれば別の手を思いついたかもしれないけど。時間が無くてさ』

『なんで、あなたはいつも、いつも……』

「アメノトリフネが撃たれる前に、あたしが出て囮になれば、砲撃を迷う可能性があるじゃん。この前、あたしは、さんざんドワーフ煽ったわけだし、あたしが出たらもしかしたら、ドワーフ達はワンチャンあたしを選ぶ可能性があるわけよ」

『どうして……どうして! あなたはエルフを救うために命をかけるんですか! わたしたちなんて、無視して良いのに!』

「無視していいわけないでしょ? シルフ、あたしはエルフだけじゃ無い。あんたも含めて守りたい。ただ、それだけ」

『なんで、なんで……あなたはそうなんですか……そうするんですか……なにがあなたをそうさせるんですか……』

 今にも泣き崩れそうなシルフの声。

「たいした理由じゃ無いわ。教えてあげてもいいけど、あっ、悲しい過去とかそんなんじゃないわよ。ひどくくだらなくて、どうでも良い理由。今は時間が無いからまた今度ね」

 卑ノ女そういうと交信を止めようとして、ハタと気付いた。

「シルフ、シルフ! 大事なこと忘れてた。またこの前みたいにドワーフの艦橋にあたしの祝詞届けるのよ? 良いわね」

 卑ノ女はラビットS402にまたがると、キーを回した。

 フルアクセルで宇宙に飛び出す。

 アメノトリフネを包むエネルギィの幕が卑ノ女とラビットS402の車体を包み込む。

 実は、これは 緊急時に宇宙に投げ出されたエルフを守る為の保護膜なのだが、そのことを卑ノ女は知るよしも無い。

『あっ、あのヤロウ逃げやがった!』

『そんなわけあるか!』

 サラマンダーとウンディーネの声が背後から聞こえてくる。

 卑ノ女は、気にせずギアを上げた。

『卑ノ女様!』

 最後に聞こえたシルフの声は、涙で正確な音にはなっていなかった。


    * * *


 本来なら同じ手は使えないし、通じないだろう。

「この前さんざん煽ったから、まぁ、煽ったつもりは無いんだけど……。ドワーフはあたしのこと目の敵にするんじゃ無いかなぁ。と言うかして欲しいわ。皮肉なモンよね。それが鍵になるかもしれないんだからさ……」

 卑ノ女は、とにかく走った。

 エンジンを回し走った。

 少しでも、遠くに。

 もう、覚悟は出来ている。

「ごめんね、シルフ。ケルピー。イシュカ」

 運が良ければ、また会える。だが、今度ばかりは厳しいだろう。

「あたし、いつも嘘ついてばっかりだね」

 卑ノ女は、ラビットを止めた。そして、下りる。

 死にたいわけなんて、あるもんか。

 出来るなら生きてたいよ。

 笑っていたいよ。

 でも……でも……今は、これしか出来ない。

 巫女として、出来ることをするだけ。

 祓い串を取り出した。

 深呼吸。

 祈りに邪心は無用。

 エルフ達が、無事にここから生きて帰ることを願う。

 それだけ……。

「さぁて、今回は、時間が無いから短めのヤツでいきますか」

 シルフ、ちゃんと届けてよ。

 エルフにもドワーフにも。


 祈りよ、この宇宙に満ちて!


 卑ノ女は声高に祈りを捧げる。

 そして、ゆるやかに祓い串を左右に振る。

「トホカミ ヱミタメ

 カンゴンシンソン リコンダケン

 ハライヒタマヒ キヨメイタマヒ

 ハライタマヘ キヨメタマヘ

 ハライタマヘ キヨメタマヘ

 ハライタマヘ キヨメタマヘ 

 ハライタマヘ キヨメタマヘ

 ハライタマヘ キヨメタマヘ

 ハライタマヘ キヨメタマヘ

 ハラエイタマヘ キヨメイタマヘ」


    * * *


「エルフ共に動きは? 反撃してくる様子はあるか?」

 艦長のヘーデル。

「ありません! フラグシップが攻撃を受けた船を守るよう覆い被さっているだけです」

 我々の攻撃を受けた船の救助活動をしているのか……。

 我々に無辜の民を撃てというのか?

 ヘーデルは、組んだ拳を強く握りしめる。

 この前は、一人のエルフが戦闘艦橋に謎の介入をしてきた。

 それを敵対行為と捉えはしたが、あれにはなんの意味は無かった。

 後で分かる。ただの囮。

 そう、攻撃では無い。戦術的に囮になっただけ。

 戦う術を持たないエルフが取った命がけの愚行に過ぎない。

「これは、一方的な虐殺ではないか……」

 誇りあるドワーフが行っていい行為では無い。

 せめて、敵であって欲しかった。

 新しい作戦を聞いたとき、標的は無抵抗の市民だと知らされ、信じたくなかった。

 実は間違いであると思いたかった。

 しかし、結果はどうだ?

 紛れもない無辜の民ではないか。

 この期に及んでも、一切の敵対行動を取ってこない。

 そのときだった。

 爆音がドワーフの戦闘艦橋に響く。

 卑ノ女の祝詞。

 三種の祓。

「また、これか!」と困惑気味のホッヘ。

「電測員!」

 ヘーデルはフンバルトに指示を出す。

「方位2-5-1。この前のヤツです」

「撃ち損ねとったか……」

 ヘーデルは、なぜかうれしそうに口を開いた。

「艦長?」

「電測員! 急ぎ、あの声のする方位を捉えろ」

 ヘーデルは、即座に命令を下す。

「艦長! しかし、それではエルフの船団を主砲で狙えません」

「かまわん。これは我々に対する敵対行為である! エルフのフラグシップでは無く、あのエルフのところまで最大戦速」

 ヘーデルは、船団を撃たなくて良い理由を見つけ、内心悦びながら命令を下した。


    * * *


 アメノトリフネの艦橋のみならず、エルフの船団全てに卑ノ女の祝詞が響く。

 力強く、そして、柔らかく。

 一瞬、アメノトリフネの中に限らず、全てのエルフの手が止まった。

 三種の祓を唱え追えた卑ノ女は、声を上げる。

「良い! あなた達は生きるの!

 何があっても、生きなさい! ウンディーネ! お願い!」

 あたしは、祈る。

 ここから、巫女として、祈る。

 さらに深呼吸。

 できる限り息を吸い込むとさらに声高に続けた。

「カケマクモカシコキ

 イザナギノオホカミ

 ツクシノヒムカノタチバナノヲドノアハギハラニ

 ミソギハラヘタマヒシトキニ

 ナリマセルハラヘドノオホカミタチ

 モロモロノマガゴトツミケガレ

 アラムヲバ

 ハラヘタマヒキヨメタマヘト

 マヲスコトヲキコシメセト

 カシコミカシコミマヲス~」

 唱え追えたとき、卑ノ女の背後で大量の質量が跳ぶ。

 空間が歪む。

 音は聞こえない。

 ただ、なんとなく分かる。

 それだけだ。

 目を開ける。

 大きく、息を吐き出した。

 そして、後ろを見る。

 そこにはアメノトリフネの船団はいなかった。

 ぽっかりと、広い空間が広がっている。

「救助は、どうなったんだろう……」

 分からない。

 分からないけど、できる限りの事はやった。

 これしか出来なかった。

 そして、正面を向く。

「あたしを撃たなかったのね。てっきり撃つと思ってたのに……」

 ゆっくりと迫ってくるドワーフの戦艦を眺めながらそう呟いていた。

 ドワーフの船が近づいてくる理由。

 攻撃はしなかった。だとしたら、そんなものは一つしか無い。

「次に乗るのは、ドワーフの船? 宇宙まで来て渡りの巫女になるなんて、しゃれにもならんわ。ドワーフ相手に春でもひさいで生きろってか? 時代錯誤も良いとこね」

 ゆっくり、祓い串を片手で上げるとグルグルと回しながら振った。

「宇宙で白旗なんて通じるのかしらね」

 これからどうなるのか、まるで予想も出来ない。

 しかし不思議と悲観はしていなかった。

 卑ノ女は、溜息と共に呟く。

「まっ、こんなもんでしょ」




 異世界転生した巫女ですが、祈ることしか出来ません

「バカにすんな」 

     第一部  おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る