異世界転生した巫女ですが、祈ることしかできません 「アテにすんな!」

 異世界転生した巫女ですが、祈ることしかできません

「アテにすんな!」


    0


「あら、オベリコム。どうしたの? 気むずかしい顔して」

「ああ、ティターニア。死んでないんだよ」

「死んでない?」

「シナリオ通りなら、あと五~六十億ってところなのに、まだ、百億も残ってる。頑張って千億からここまで減らしたというのに、なぜだ? ドワーフ共がミスをしたのか?」

「報告書を見てないのね? 貴男が選んだ巫女のせいよ」

「巫女? なんだと? 巫女が何かしたところでエルフの命を救えるはずも無いだろう」

「まずは、報告書でも見たら? 不愉快な報告でしか無いでしょうけど」

「そうだな……」

 数秒後、妖精王の美しい顔が歪む。

「なんだ? なんなんだ、こいつは……」

「なに言ってるの? 貴男が選んだ巫女じゃない。わざわざ時空を歪めてまで召喚した」

「こいつのせいで、シナリオが、ゲームが、予定が全て狂ってしまうじゃ無いか……」

「貴男のことだから、リカバリーシナリオも用意してるんでしょう」

「あるには、あるが……」

「だったら、そのシナリオを……」

「悔しいんだよ……使うつもりの無かったシナリオをわざわざ使う。まるで、わたしが負けたみたいじゃないか……。分かるだろう? ティターニャ」

「ふふっ、どうかしら? ああっ、今の貴男の顔。とっても美しいわ。惚れ直しちゃう」

「心にも無いことを……」

「どうせなら、そのシナリオで、全部殺しちゃえば? それで気が晴れるでしょ」

「それだとつまらなくなる。せめて七十億ぐらいは残したいところだな」

「わがままね」

「そういうものだろう」

「じゃあ、決まりね」

「ああっ、悔しいがリカバリーしよう」

「やっぱり、貴男。素敵な顔してるわ」

 ティターニャは、うっとりとした声で囁いた。

 そして世界が、暗転する。



    1


「「巫女しゃま~!」」

 エルフの子供達が全力で駆け寄ってくる。

 もし彼女たちの声を視覚化できたなら、きっと語尾にハートマークがついていたことだろう。

 好意に充ち満ちた声。

 ほっこりする。

 当然、卑ノ女(ひのめ)も満面の笑み。

「ケルピーちゃん、イシュカちゃん、こんにちわ」

「「こんにちわ~!」わ~!」

 大きな木。

 小高い丘。

 力強い風が草原を吹き抜け、草や木々が揺れる。

 その傍らの木陰に腰を下ろしている巫女装束の少女。

 卑ノ女はその大木の下の木陰で涼んでいた。

 傍らには、彼女の愛用スクーターラビットS402が止まっている。

 ここは宇宙船アメノトリフネの中にある自然公園だ。

 卑ノ女は笑みを浮かべたまま、エルフの子供達が駆け寄ってくるのを待っていた。

 やがてエルフの子供達がたどり着くとクルクルと踊るように回りながら、卑ノ女の周りでぴょんぴょん跳ねている。

「巫女しゃま! 巫女しゃま! あやとりおせーてぇ!」

「あやとり~」

「はいはい、ちょっと待ってね」

 子供の声に、急かされるように卑ノ女は和綴じ本を畳む。

 そして、袖の中に手を入れた。

 紐を取り出すと、手際よく指にかける。

 子供達も、それに習う。少したどたどしい手つきでひもを通した。

「慌てないでゆっくりやってね。昨日教えた基本の構えからはじめましょうか」

「は~い!」い!」

 イシュカの言葉は、ワンテンポ遅れて響く。

 賑やかな言葉が耳に心地よく感じる。

「それじゃ、まずは昨日のおさらいからしましょうか」

「は~い!」い!」

 元気な子供の声に癒される。

 今日は、どこまで教えてあげよう? そんなことを考えながら卑ノ女は指を動かした。


    * * *


「イシュカ!」

「ケルピー!」

 父親と母親の声が聞こえて、エルフの子供達は、手を止めた。

 七段ばしご、東京タワーと覚えたところだった。

 一瞬で東京タワーに変わるあやとりは、まるで手品のようだとはしゃぐ子供達。

 卑ノ女は、久しぶりに無垢な笑顔をしていたように思う。

「あっ、おとうしゃんだ」

「おかーしゃん!」

「あら、お迎え?」

「「うん……」」

 どこか寂しそうにうつむく。

「良いのよ。じゃあ、また今度続きをしましょう」

 卑ノ女は、そう言うと、あやとりを紐解くと袖にしまい声のした方に視線を投げた。

 背の高い男女が、ゆっくりとこちらにむかってきている。

 にしても……今までここで、あやとりを教えていたのに、両親が迎えに来たのは今日が初めてだった。

「とりあえず、挨拶した方が良いよね」

 そうひとりごちながら腰を上げたら。

「「巫女しゃま」ま~」

 イシュカと、ケルピーに声をかけられて視線を合わせた。

「「また、あえるよね」よね?」

「なに言ってるの。あたしはここにいるよ」

「ほおんと?」

「ホントぉ?」

 寂しそうな顔。

 まるで、訳ありのようにも感じて、一瞬どきっとした。

「ええ、あたしが嘘ついたことあった?」

「「ない」い」

「ねっ? 約束」

 卑ノ女は、ゆっくり手を差し出すと小指を伸ばした。

「「????」???」

 ケルピーとイシュカは、不思議そうな顔をした。

「あたしの世界のおまじない。ケルピーちゃん、イシュカちゃん、あたしの小指に指を引っかけて」

「「指?」」

「うん、指」

 素直に指をかける子供達。

「じゃあ、あたしの言うとおり真似してね」

 ケルピーとイシュカはうなずいた。

「ゆびきりげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーますって、言ったら指を離すのよ。さん、はい!」

「「「ゆびきり~げ~ん~ま~ん、うそそついたらはりせんぼん、のぉ~ます!」す」指きった!」

 ケルピーとイシュカと卑ノ女の指が離れる。

「これはね、約束を守るおまじないよ。これでまた会えるわ」

 エルフの子供達は、興味津々で卑ノ女を見上げていた。

 寂しそうな顔が嘘だったみたいにキラキラした眼差しを浮かべ、卑ノ女をまっすぐ見つめている。

「「会える?」の?」

「ええ、約束。じゃあ、またね!」

「「約束だよ!」よ」

 ケルピーとイシュカは、そう言うと元気良く駆けだしてゆく。

 まるで、両親から卑ノ女を守るようにも見える。

「またね」

 卑ノ女は、エルフの子供達の笑顔を見送りながら手を振った。


    * * *


「子供を利用するなんて卑怯なやり方ね」と無邪気なケルピーとイシュカを迎えながら母であるアハは責めるようにオヒシュキに言った。

「仕方ないだろう。こうでもしなければ巫女に接触できなかった。これで糸つけもできた。どこに行っても追える」とオヒシュキ。

「……本当にやるの?」

「巫女が、また大量虐殺をするようならそのときは……」

「わたしは、貴男をアウトローにはしたくない。ねぇ、よく考えて! もし貴男が巫女を殺すようなことをしたら、あの子達はどうなるの? 父親が巫女殺しのテロリストになりでもしたら……」

「たのむ……黙ってくれ……」

「あの巫女は、命がけでドワーフからわたしたちを助けてくれた。貴男だって見たでしょう。エルフのために単独で戦艦に向かっていくなんて、目を疑ったわ。分かるでしょ? きっと彼女は今までの巫女と違って、悪い巫女じゃ無い」

 必死に説得を試みるアハ。

「言うな……。巫女の気まぐれで、あの子達が“また”殺されでもしたらどうする? おれはあの子達を、お前を守りたい……ただ、それだけだ……」

 その為に、自分が処刑されたとしても、家族を守れるのなら。

 オヒシュキは、拳を握りしめると、目を閉じる。

 覚悟の決まった表情に、アハは思わず黙り込んだ。

 オヒシュキは、やる気なんだと……止められないのだと、その表情から感じ取る。

 アハの瞳には、涙が浮かんでいた。


    * * *


 パタパタとエンジンが回転をする音を聞きながら、卑ノ女は、のんびり時速三十キロの速度で走る。

 耳に心地よい。

 思わず鼻歌を歌いそうになるぐらい機嫌が良かった。

 夕暮れ、日が落ちる前に自分の部屋に戻らないとシルフから怒られる。

 ラビットのアクセルをふかし、僅かに速度を上げた。

 それにしても、と卑ノ女は思う。

 自分が今乗っているアメノトリフネ。

 この宇宙船はどれだけ大きいのだろうか? と。

 今、卑ノ女が走っている自然公園。

 軽く見積もっても100平方キロメートルはある。

 気晴らしにラビットで走りたいと言ったら、アメノトリフネの自然公園の中を走るよう進められたのだが、余りに広すぎて未だに全てを把握できていないのである。

 ただ、最近は遠くに行くことは無く、ケルピーとイシュカに会うために、丘に行くに程度に留めているのだが……。

 卑ノ女の視界の先に朱い鳥居が見えてくる。

 時計が無いから時間が分からない。

 だが、シルフに言われている門限には充分間に合うだろう。

 ブレーキをかけゆっくり速度を落とすと、ギアを一速に入れ完全に停止。

 ギアをニュートラルに入れ、エンジンを切ってから降車。

 ラビットを押しながら鳥居を潜った。

 視界がぐにゃりと一瞬歪んでから、まばゆい人工的な明かりが卑ノ女を包み込む。

 部屋の中に転送されたのが、それで分かる。

「ただいま~」

 誰もいないと分かっていながら、卑ノ女はいつものように帰宅を告げる。

 ゆっくりラビットを押し、いつもの部屋の隅に止めると、センタースタンドを起こし止めた。

 ゴーグルを上げ、かぶっていたヘルメットを脱ぐとラビットの座席の上に置いた。

「うん、やっぱ誰もいないか……」

 基本的に、卑ノ女は一人。

 不相応な程に広い部屋。

 一人になれていたとしても、この無駄に広い部屋に一人。

 退屈であり、暇であり、寂しくもあり、孤独であった。

「籠の鳥だね、こりゃ……」

 改めて、考えるまでも無い。

 彼女は、自分から能動的に出来ることが何も無いのである。

「学校でもあるのなら、勉強ぐらいさせて欲しいわ……」

 エルフの世界の学問を学んで、それを地球に持ち帰りたいわけでは無い。

 ただの暇つぶしで勉強をしたいだけだ。

 だが、それは許可されないだろう。

 溜息を漏らす。

 シルフもいないし、門限も少し破っても良かったかな……。

 そんな思いが頭をよぎる。

 もう少しエルフの子供達にあやとりを教えてあげれば良かった……。

 そこまで考えて、あの子達に会えるのがうれしいのは、孤独を紛らわせる為なのだと……気付いて、僅かに自己嫌悪に陥った。


    * * *


 食事はトレーに盛られた謎の何か。

 赤、青、緑、黄色、茶色と五種類のペースト。見たら分かるただの栄養補給。

「まったく……味気も無い」

 ここのエルフ共は、食事を娯楽と捉えてないのだろうか……。

「ほんと、なんの為に異世界にいるんだか……」

 一人の時間が長くなると、自然と独り言も増える。

 自由に動けるでも無い、見聞も出来ない。

 異文化交流もろくに出来ない。

 男が言い寄ってきて、よりどりみどりイワタミドリになるでもない。

「異世界ってったら、普通ナーロッパに喚ばれて、何もしてないのに男に言い寄られて、くっだらないアホみたいな知識で無双して、逆ハーレム作るもんでしょうが……」

 卑ノ女、ぶつぶつぶつ。

 せめて、料理を作ろうと思っても、そもそも調味料も食材もない。

 娯楽もなく、ただ無為にここにいるだけ……。

「なんで、こんなとこに喚んだんだ~!」

 卑ノ女の口から本気で、文句が出た。

「それは、我々が巫女様の決断を求めてるからです」

 唐突に聞こえる声。

 久しぶりに聞いた声だ。

「あら、お早いお帰りで」

 卑ノ女は、冷めた声と共に振り向いた。

「なんか、言葉にトゲがありません?」

 ぴったりとボディラインが剥き出しになっている半透明のボディースーツ。

 腰の辺りには、申し訳程度のミニスカート。しかもそれは浮いている。

 そんな衣装を身につけた銀髪の少女、シルフが立っていた。

「そりゃ、三週間もほっとかれたら、だれだってイヤミの一つも言いたくなるわ」

 卑ノ女は、食事の載ったトレイをちゃぶ台の上に置いて、畳の上に座り込む。

「あれからまだ、1ブノンしか経ってませんよ。巫女様は、気が短すぎです」

「あんた達みたいな長命な種族と一緒にするな」

 エルフと人間とでは、寿命に格差があるせいか、時間の感覚に大きなずれがあった。

「1ブノンが、三週間だって分かったけどさ。人間にはとてつもなく長い時間なわけよ。せめて、退屈しのぎで良いからなんかさせてよ」

「1ブノンが三週間って認識は違うんですけどね。まぁ、それは置いておいて、退屈しのぎとは? 具体的にお願いします」

「勉強とかさ、エルフだって学校あるんでしょ? それがまずいなら、あたしに出来るレベルの仕事とかでもいいわよ」

「学校に行く必要はありません。それに巫女様は、仕事を既になさっております」

「義務教育放棄して学校行くなってか? って待て待て! 仕事って、いつものアレ?」

「はい」

 卑ノ女はうんざりした顔で、うなだれた。

 一瞬で全身が重くなる。

「あんなもんストレスすごいだけで、仕事なんて言うレベルにもならんわ……。数週間か数ヶ月に一度、適当に押しつけられた二択に返事するダケじゃん!」

 卑ノ女が地球からアメノトリフネに召喚されて、やったこと。

 それはアメノトリフネのコンピュータが適当に出した二択のどちらかを選び、アメノトリフネの運行を決めるというもの。

 その二択がとんでもなく偏っていて、しゃれにならないものばかりだった。

「それは巫女にしか出来ない仕事。神託、託宣です。わたしたちエルフには出来ません」

「おーけーふれんず。それは分かった。あたしにしか出来ないのはヨシとしよう。とにかく、それしてるとき以外の日常生活が暇なのよ。退屈なの。アニメもない、ゲームもない、持ってた本は千回は読み返した。せいぜいバイクで遠乗りするぐらいしかすることがない。ああっ、そうそう。バイクにガソリン入れといて」

「あれ、精製するのめんどくさいんですけど」

 シルフは、ぼやきつつ左手を挙げ人差し指を射立てると軽く円を描く。

 すると袖にしているブレスレットが軽く光った。

 同時に中空に琥珀色の液体が生まれ。

 指を振るとラビットS402のガソリンタンクに向かって飛ぶ。

 そして、吸い込まれるようにタンクの中に消えた。

「どうぞ、これでしばらくは持つでしょう」

「ありがと。正直、暇つぶしの仕事が無理なら、もう少しマメに来て欲しいわ」

「わたしの仕事は、巫女様のお相手ではありませんので」

 やや冷たく返す。

 そう言われて、理解した。

「そういうこと……。あんたが来たってことは」

 外れて欲しいと思いながら、シルフを見上げた。

「託宣のお時間です」

 卑ノ女は強い溜息を漏らした。

「また、やんの?」

「お待ちになっていた、お仕事です」

 卑ノ女とシルフの表情は見事なまでに、対照的だった。

 うんざりした顔。露骨にやりたくないと言うのが見て取れる。

 逆に、シルフのはやくしろと言わんばかりの冷たい目線。

 ここでごねたところで、なにも変わりはしない。

 彼女は、この託宣のためだけに、わざわざ異世界に喚ばれたのだから。

 卑ノ女は、あきらめがついた。

「はいはい。やりゃ、いいんでしょう。やりゃあ……」

「そう言っていただけると助かります」

 卑ノ女が言うやいなや、シルフが指を鳴らす。

 同時に、紙束が中空に現れ、ちゃぶ台の空いてる場所の上に落ちた。

「いつもの資料です。では、まずは説明からはじめます」

 こうして、船団の運命は卑ノ女に託されることになる。



    2


「バカじゃないの?」

 毎度毎度、あきれ果てた声。

「正直、今回は、たいした問題ではないと思うのですが」

「十分、大問題じゃ!」

 シルフの冷静な言葉と、卑ノ女の怒鳴り声。

 卑ノ女の託宣は、いつもこの状態から始まる。

「今回は、前回と比べて、さほど悩まれる必要はないでしょう」

 さらりと、言うシルフ。

「どこが!」

 全力で怒鳴る卑ノ女。

「この船団の中に老朽化が進んだ船が紛れてて、動力炉が爆発するかもしれないから、その船団を見捨ててタカマガハラへの行程を進めるか? 戦争覚悟で緊急停止して助けるか? なんて二択を悩まずに選べとかありえるか! この! スカタン!」

 怒鳴りつけてから、渡された資料に目を通す。

「その船だけ安全な場所に廃棄とかできないわけ? そんで乗船してるエルフ全員、他の船に分けて乗せるとかすれば解決じゃん? なんで、毎度毎度極端な結論しか出さないわけ?」

「それは出来ません。通常空間ならいざ知らず。今はワープ航行中で亜空間の中です」

「あ~! だから、わざわざ通常空間で停止する必要があるのか~!」

「まぁ、アメノトリフネを介せば、移動は可能ですが、五百万全ての移動はさすがに難しいです」

「だったら、その船だけ通常空間に出して後から来てもらうとか……」

「アメノトリフネと同期して飛んでるから、その船団だけ止めるとかできません。仮にそれをするなら」

「アメノトリフネごとするしかない」

「はい、その通りです。一度通常空間に出たら、タカマガハラへの行程が遅れます。それをしたら間に合わないかと」

「なんで、あんた達のスケジュールは、こうもカツカツなのよ!」

 シルフは、乾いた笑いを漏らす。

 過去いた歴代巫女共がやらかしたせいで、タカマガハラへ行く行程がギリギリになっているなどとは、口が裂けても言えない。

「だいたい、そんなやばい状態異常がなんで今まで見つからなかったわけ?」

「いえ、これから見つかるんです」

 シルフは、さらっと言ってのけた。

「はっ?」

「トコヨノオモイカネノカミのお告げです」

「まて? オモイカネ? 知恵の神じゃん。なんで日本の神様が……」

「アメノトリフネのメインコンピュータの名前です」

「ああっ、なるほどね……」

 卑ノ女が不思議に思うのは、アメノトリフネと言い、オモイカネと言い、なぜか日本の神話に出てくる名称が使われてると言うこと。

 もしかしたら、言語を翻訳するのに卑ノ女にわかりやすい単語をあてがわれてるだけで、本来は別の名前なのかもしれない。

 さらに疑問が湧く。

 どうして、日本語を彼女たちが訳せるのか?

 名称や単語は、どこから調べたの?

 過去に誰か日本人がいた?

「まてまて! 脱線するな!」

 無理矢理、思考を元に戻す為に頬を叩いた。

「どうしましま?」と、バグった言葉で不思議そうにシルフ。

 無理矢理自分の中に湧いた疑問を頭の片隅に追いやると、無理矢理最初の問題を自分の中心に据える。

「これから起きるとか、お告げとか、コンピュータが予測するわけ? おかしくない?」

「いえ、少しもおかしくありません。過去に起きた事象や、事故の事例から予測しますから、かなり高い可能性で起きます」

「じゃあ、原因も分かるんじゃないの? それ取り除けば助かると思うのは、あたしだけ?」

「いえ、事故が起きるのを予測するだけです。事例や事象から“このようなことが起きるのでは?”と予想は出来ますが、原因の究明までは難しいのです」

 シルフは、真顔で言う。

「起きないかもしれないって可能性は?」

「限りなくゼロに近いです」

 言い切る。

 それを見て不思議に思う。

 なぜ、ここまで信じ切れる? コンピュータのはじき出した提案を?

「不満そうですね?」

「不満じゃ無いわ。不思議なのよ」

「なにがです?」

「なんで、オモイカネの言葉に疑問を抱かないの?」

「わたしには巫女様がオモイカネの答えに疑問を抱く方が不思議です」

 真顔で言い切られて、強く瞳を見つめる。

 シルフは、少しも疑問を抱いてはいなかった。

 それで、気付く。

 多分、幼い頃からずっと“そう”だったんじゃないのか。

 だから、疑問を抱くとかそれこそ、初めから想いもしない……。

 怖い。

 卑ノ女の背筋が寒くなった。

 たぶん、オモイカネの予測は外れたことが無いのだろう。

 でも、それって、おかしくないか……。

 また、卑ノ女は頭を振った。

 髪の毛が乱れた。

「巫女様?」

 シルフは不安そうに一歩前に出る。

「大丈夫……大丈夫だから……」

 卑ノ女は思わず頭を押さえて、再び、思考を戻すべく努めた。

「今は……こっちにとらわれてる場合じゃ無い……」

 後で考え直せるほど、覚えていられるだろうか?

「こんな時に……」

 いや、違う。こんな時だからこそ、気付くのだ。

「まったく!」

「巫女様……遂に発狂しました?」

「するか!」

 まるで、何度か発狂した巫女がいたかのような言葉に、全力で反発していた。


    * * *


「とにかく、事故が起きると仮定して……どの船が爆発するか分かるわけ?」

「おそらく、チチブノクニミヤツコの船団の中で起きると予測されています」

「その怪しい船団の動力炉を停止するとか」

「亜空間航行中に? そんなことしたらチチブノクニミヤツコの船団まとめて亜空間を漂流します。結果的に爆発による死亡は避けられますが、一度、亜空間で迷子になったら回収は不可能です」

「そこがネックなのか……」

 卑ノ女は思わず頭を抱えた。

「動力炉に予兆が出たら、緊急停止するとか。その船には予備動力で航行してもらうとか……」

「可能は可能でしょうね。古い船団で構成されたミヤツコの主動力は反物質反応炉で、予備動力は相転移炉ですから……」

「まてまてまてまて? あんたたち反物質をメインに使ってんの?」

「いえ、ミヤツコの船団だけです。そんな低出力じゃアメノトリフネは動きませんし」

「低出力? 対消滅が?」

「ミヤツコに揃っている船は、巫女様の時間感覚で五千万年ほど前に作られた船ですから、メインがブラックホール炉に切り替わってくる頃ですね」

「五千万年前にブラックホールを動力源にしてるとか」

「……って、巫女様の文明レベルでよくブラックホール炉や、反物質反応炉のこと知ってましたね」

「アニオタなめんな。その程度、基礎知識にもならんわ」

 言い切る。

「アニオタ?」

「そこは突っ込むな……。話戻すけど、アメノトリフネはどんな動力炉使ってるのよ。まさか超新星爆発とか、ガンマ線バーストとか利用してんの」

「その程度のエネルギィ、アメノトリフネなら1ブセルで使い切りますよ。アメノトリフネの動力はマルチ……」

「まて! 言うな! それ以上言うな!」

 さらっととんでもないことを言ってのけるシルフ。

 卑ノ女その先の言葉が怖くなって必死に止めた。

「聞きたがったり、止めたり変なこと言いますねぇ。だったら最初から聞かなきゃ良いのに……」

「あんた達の文明ってカルダシェフスケール、タイプⅢを軽く超えてるじゃないの! なんなのよ! あんた達!」

「カルダシェフスケール?」

「この話題は無し! 話戻すわよ! 脱線しすぎてるわ……」

 カルダシェフスケールとは、旧ソ連の天文学者ニコライ・カルダシェフが考案した宇宙文明の発展度を示す三段階のスケールのことであるが、当然シルフ達にとって地球のそんなローカルなネタが通じるわけも無い。

 そして、卑ノ女はシルフ達の属するエルフの文明がどれほど地球と比べるべくもないハイレベルな文明であるかを思い知らされた。

 知ったら、帰れなくなる……。

 こんな知識、教えたら危険だとシルフは思っているのかもしれない。

 だから、エルフの学校に行くことを反対したのだと、今更ながらに理解した。


    * * *


「今日はやけに脱線する日だわ……」

 卑ノ女は、資料を読みながら、ずっと頭を抱えていた。

「とりあえず、どこが爆発するのかわかんない。それは必ず起きる」

「はい、35ブセル中には、必ず起きます」

「35ブセル。確か2時間だったわね。異常を発見次第、緊急停止したらなんとか爆発しないで済む? それを探すにはどうしたら良いの?」

「エンジニアに見張らせるぐらいしか手は無いでしょうね。なにせ、相手は対消滅ですから、異常が出たら一瞬でおしまいです」

「その為にこの船団のエンジニア総出で見張らせるとか出来ないの?」

「亜空間航行のために必死で働いてる一定のレベル以上のエンジニアの手を止めたら、どうなると思います?」

「そういうことかぁ……」

「そういうことです。つまり、前回のような手は使えないと言うことです」

「わざわざ、釘を刺すな!」

「刺しますよ。あの後、わたしがどれだけ怒られたと思ってるんですか?」

 イヤミっぽく告げるシルフ。

 卑ノ女は頭を抱えながら呟く。

「船団を止めてチチブノクニミヤツコを救ったら、タカマガハラに予定の時刻に間に合わずに惑星間戦争が始まる……」

 これは本星にいるエルフの命が危険にさらされると言うこと、当然、この船団にいる100億以上のエルフが死ぬことになる。

「かといって、このまま航行したらチチブノクニミヤツコの船団が大爆発して最低500万のエルフが死ぬ……」

 被害の大きさを考えると一択しかない。

 だが、だが……卑ノ女には、どちらも選べない。

 八方ふさがりだった。

 チチブノクニミヤツコを見捨てるしか無い?

 そんなこと出来ない。

 もう、あんな思いは嫌だ。命を見捨てるなんて、嫌だ……。

 届いた命を見捨てるなんて、あたしには出来ない……。

 どんな手を使ってでも、助けたい。守りたい。

 あの時と違って、今のあたしは、それが出来る立場にいる。

 でも、どうする?

 見捨てるわけにはいかない。その為には、エンジニアの数も足りない。

 この状況下で、今回の二択の結論は、既に出ている。

 卑ノ女の中に出ている。

 シルフの言うとおり、前回に比べるときわめて単純だと思う。

 だけど……。

 それをするには……。

「100億もいるのならエンジニアなんてゴロゴロいそうなモノなのに……」

「質を問わなければいますけど、低レベルのエンジニアなんて数がいても足手まといにしかなりません」

「当然、一定のレベルが必要なわけね。質の高くて手の開いてるエンジニアはいないの」

「口に出したくもないですけど……」

 シルフは表情を曇らせながら、続ける。

「思いつくアテがあるなら、言いなさいよ」

 思い切り、嫌そうな顔をしてから続ける。

「アウトローとか……」

「アウトロー? 異端児?」

「レベルは高いのですけど、言うことを聞かない忌々しい連中のことです」

 シルフの説明に違和感を感じる。

 シルフは、腕を組み、珍しく苛立った表情をしていた。

「忌々しい?」

「あれは、敵です」

「敵? 物騒な物言いね」

 ただ言うことを聞かないだけなら、こんな言葉はつけないし、こんな顔もしないだろう。 つまり、単語の意味以上の何かがあるってこと?

 卑ノ女が考えているとシルフが語気を強めた。

「とにかく、ご決断を!」

「やけに早く迫るわね……」

「この前のようなことを思いつかれては、こちらも困るので」

「しつこい」

「今回は、答えは一つしか無いでしょう。早く決断なさってください」

 シルフは、思い切り詰め寄った。


    * * *


「どうやら巫女は、おれ達を見捨てるつもりらしいな……」

 アウトローのリーダー。レッドキャップは覚悟を込めて言葉を吐き出した。

「早計すぎないか? まだ、巫女はなにも決めてないぞ」

「この状況下で、どっちの選択を選ぶのかなんて、返事を聞かなくても分かるだろう」

「チチブノクニミヤツコには、わたしのママがいるわ」

「娘が乗ってる……」

「決まりだな……」

「動くか……」

「糸はつけたんだな?」

「ああっ……確実につけた」

「わかった……」

「みんな、今ならまだ下りることは出来る……最後まで、おれにつきあう必要は無いぞ」

「ここまで来て今更?」

「巫女の託宣に振り回されるのは、もうこりごりなんで……」

「家族を守る。そう決めたから」

「そうか……オヒシュキ、巫女の部屋にアクセスしてくれ、全員飛ぶぞ。セキュリティを排除の後、巫女を確保する」

 アウトロー達は、腹をくくる。

「分かった……」

“アハ、ケルピー、イシュカ……すまない……”

 オヒシュキは、卑ノ女につけた糸をたぐる。

 アウトロー達のいる空間が歪む。



    3


「ご決断を」

 シルフが、改めて急かしたとき、室内が明滅した。

「アラート?」

 周囲を見ないままシルフは、卑ノ女の腕をとると、強引に引き寄せ、自分の背後に庇う。

「きゃっ!」

「巫女様の部屋のプロテクトをレベル5に! セキュリティスタッフはフル装備、1マホトで集結! アウトローは見つけ次第排除!」

「遅い!」

 シルフの指示を否定するように男性の声が響く。

 空間が歪むと同時に、銃撃の音。

 無数の光弾が卑ノ女とシルフを襲う。

 シルフは、右腕を大きく大げさにふる。

 彼女の腰の当たりに浮かんでいるスカートの布が、広がって卑ノ女を覆った。

 スカートにぶつかった光弾がはじかれ、室内が一瞬でボロボロになる。

 シルフは、卑ノ女が無事なのを一瞬で確認すると、その場で素早く一回転した。

 腕の動きに合わせて、スカートの布が奔る。

 斬撃の音。

 鮮血が中空に広がる。

 床には、エルフが二名。足と腕が切り離された状態で、転がっていた。

「全部で十……。あと八ですか……」

 シルフは、背中に卑ノ女を庇う形で、立っていた。

 部屋の中には、シルフと卑ノ女の二名しかいない。

「暴風シルフ……まさか……あんたが……巫女についてるのか……」

 聞こえるのは、声だけ。

 改めて姿は、見えない。

「多元迷彩ですか……。わたしには通じませんよ……」

 シルフは、この部屋、この空間のどこかにいるアウトロー達に向かって告げる。

「多次元迷彩……?」

 卑ノ女が問いかけようとするが――

「こっちを見ないでください。あなたには刺激が強すぎます。セキュリティ! まだか!」

「セキュリティはこれないよ……空間は完全に封鎖した……八対一だ。諦めろ暴風」

 声だけが響く。

 だが、シルフは少しも動じていない。

「あなた達のクラスなら十名程度、目をつぶっても殺せます。わたしと遊びたいなら最低でも百名は連れてきてください」

「巫女を守りながら、戦えるのか?」

「だから百名なんですよ。巫女様がいなかったら千名でも余裕です」

 空間を裂いて光弾がシルフを襲う。

 が、彼女は、余裕の笑みを浮かべながら、消えた。

 身を低くして、走り抜け。卑ノ女の前に再び立つ。

「撃たなければ良かったのに……」

 笑っていた。

 その頬は血で濡れている。

 うめき声が、さらに三つ増えた。

 合計5名の肉塊が転がっている。

 腕と足、上半身と下半身が別れたエルフの身体。

「もう半分しか残ってませんよ……。投降なさい」

「なぜだ! なぜ、暴風のお前が巫女を守る! お前もおれ達と同じだろう! 巫女に……」

「だまれ」

 冷たい声が、低く、弱く、なのに力強く空間に満ちた。

 アウトローの声が止まる。

「これ以上、わたしの過去を巫女に聞かせるな、次は貴様から殺すぞ」

「シルフ……?」僅かに顔を上げながら卑ノ女は問う。

 シルフは答えない。

 無言のまま立っている。

 なぜか、怖いとは思わなかった。

 まるで別の何かを見ているような気持ちになる。

 多分、シルフの持つ別の一面。

 シルフに、こんなことをさせているのは……自分なんだ……。

 そう、自分なんだ……。

 卑ノ女は身体が軽く震えているのを自覚する。

 止めないと……。

 みんな泣いてる。

 止めなきゃ……。

 目を、閉じた。

 そして、立ち上がった。

 身体は、ずっと震えていた。

「巫女様? ふせていてください! 邪魔です!」

 シルフが、慌てる。

 卑ノ女は、口を閉じる。

 そして、笑った。

 震えながら、笑った。

「アウトロー!

 あたしに用があるんでしょう!

 だったらコソコソしてないで、正々堂々姿を現しなさい! このスカポンタン!」

「巫女様!」

 シルフが、止めようとするのを無視してさらに続ける。

「死にたくなかったら、あたしの話を聞け!」

「巫女様、邪魔です!」

「シルフは、黙ってなさい! あたしは、アウトローに用があるのよ!」

 気圧される。

 シルフが黙ったのを見て、改めて柔らかい笑みを顔に浮かべ直すと、優しく続ける。

「シルフ。あたしはね……。あんたに同族を殺して欲しくないの。だから……お願い」

 空間を一通り見渡してから、続ける。

「聞こえてるんでしょう? あんたたち。

 あたしの声が聞こえるのならさっさと答えろ! ほっといたら、みんな死んじゃうんだよ? 早く空間のロックを解除。救護班を一秒でも早く部屋に入れろ! 仲間すら見殺しにするのか! このアンポンタン!」

 誰も答えない。

「無駄ですよ。巫女様……アウトローは巫女の託宣に家族を殺された集団です。だから、巫女の呼びかけには絶対答えない」

 シルフは、卑ノ女を見ないまま、告げる。

「なるほどね……じゃあ、単刀直入に言ってみますか」

「短刀を直輸入?」

 首をかしげるシルフ。

 どうやら、通じる慣用句と通じない慣用句があるらしい。等と卑ノ女は思いながらもう一度周囲を見渡した。

「あんたたち、エンジニアなんでしょう? チチブノクニミヤツコを助けたいなら、返事しろ! 反物質反応炉が爆発するまで30ブセル切ってるんだぞ! このままだと今回は、あたしのせいじゃない! あんた達、アウトローのせいで、ミヤツコが爆発して、みんな死ぬんだ! 仲間を死なせたくなかったらさっさと答えろ!」

 天井を思い切り睨み付けた。

 卑ノ女の後の空間が歪んだ。

 シルフは、卑ノ女を庇うようにしながら、ずっとそこを睨んでいた。

 五名のエルフが姿を現す。

「そこにいたの……」と卑ノ女は言いかけて、息を飲んだ。

 アウトロー達の中に見知った姿があった。

「……あなた、ケルピーとイシュカのお父さん?」

「見られてたのか……」

「良い子達よね。あたし彼女たちが大好きよ」

「このエルフを知ってるんですか?」とシルフ。

「そのことは後で話すわ……」

 卑ノ女はアウトローに向き直る。

「早くこの空間のプロテクトを解除しなさい。そこに倒れてるエルフを早く医務室に連れて行って! あと、もう一度聞くわよ。あんた達エンジニアなのね?」

「それがどうかしたのか、エルフ殺しの巫女が!」

 憤ったアウトロー達の言葉を全身で受け止めながら続ける。

「チチブノクニミヤツコを救うのに、あなた達エンジニアの力が必要なのよ! お願い! 力を貸して!」

 卑ノ女は、その場で土下座した。

「なっ! 巫女様!」

 シルフは、今まで無いぐらいに慌てふためいていた。

 そして、アウトロー達も卑ノ女の姿に言葉を失っている。

「あたしじゃなにも出来ない! あなた達エンジニアの力が必要なの!」

 悲しいまでの叫び。

 うわべを取り繕うための言葉じゃ無いのが、ひしひしと伝わる。

 その場にいる誰もが卑ノ女の言葉の奥にある涙を受け止めていた。

「エルフを、あなた達を助けたいの! どうかお願い!」

 土下座したまま、まるで微動だにしない。

 魂が叫んでいるかのようにすら聞こえる。

「なんなんだ……なんなんだよ……あんた……あんた、ホントに巫女なのか!」

 アウトローのエルフが思わず叫んだ。

 頭を下げる巫女。

 そんな存在をエルフ達は見たことが無い。

 アウトロー達が見た歴代の巫女は、どれも傲慢でわがままだった。

 誰かのために膝を折るような存在じゃ無かった。

「今回の託宣は、初めから答えは決まってた。でも、それをする為の力があたしにはないの! 悩んでたら、あなた達が来てくれた! お願い! 力を貸して!」

「巫女様! また、あんんんんんた! オモイカネの出した二択以外の選択肢を選ぶんですか!」

 シルフは、今までの冷静さをかなぐり捨てて、声を荒げる。

「巫女の言葉が信じられるか!」

 アウトローが、土下座をする卑ノ女を蹴り飛ばす。

 蹴られた頭が中を泳ぎ身体が浮き上がる。

 同時に額から鮮血が舞った。

「貴様!」

 シルフが動こうとするのを――

「殺すな!」と卑ノ女は、叫んで止めた。

「……あたしを殴って気が済むなら、いくらでもやりなさい! でも、そんなことをしてる暇があるなら、その力をみんなを救うために使って!」

 卑ノ女は再び頭を下げた。額を畳にこすりつけ必死にお願いしている。

 それでもアウトロー達は動かない。動けないでいた。

 シルフは、そんなアウトローを睨み付ける。強く、強く睨み付ける。

 思わず、言葉が口から漏れていた。

「貴様ら、ドワーフの戦艦にたった一人で立ち向かう勇気はあるのか? 砲門に身をさらして、丸腰で命をかける度胸はあるのか!」

 シルフの強く噛み締めた唇から血が流れている。

「この巫女は、この巫女様は……それをしたんだ! 貴様らアウトローを含めた、わたしたちエルフの命を救うために! 答えろ! 貴様らが単身でそれを出来るのか!」

 アウトロー達は、言葉を失っていた。

 誰も、答えられなかった。

 この前の託宣。一人で宇宙に飛び出し、ドワーフの攻撃からエルフ百億の命を救った。

 ともすれば、卑ノ女が殺されるところだった。

 だが、彼女は迷うこと無く自分の命を賭してそれをしたのだ。

 それを見ていた。エルフ達はその姿を見ていた。

 高らかに祝詞を唱え、ドワーフの戦艦の気を引き、自らが盾となった巫女の姿。

 アウトロー達はそれを思い出し顔を背ける。

 シルフの言葉に、誰も答えることは出来なかった。 

「出来ないのなら……わたしの問いに答えることすら出来ないのなら、貴様らに、この巫女を侮辱する資格は無い。エルフを見殺しにしてきた歴代の巫女を侮辱するのは良い! けど……この巫女……卑ノ女様を侮辱することだけは絶対に許さない!」

 シルフは全身を怒りで振るわせている。今にもこのアウトローを吹き飛ばしたい。それが出来る、だが、それを堪えていた。

 彼女の怒りの声の後、沈黙が場を支配する。

 アウトロー達は気付いていた。

 卑ノ女の気持ちに……。

 オヒシュキは、握りしめていた拳の力を解く……。

 そしてゆっくり歩み寄ると、膝を折って卑ノ女に言葉をかける。

「おれたちは……なにをすれば良い……教えてくれ……」

「オヒシュキ! 貴様、裏切るのか!」

「レッドキャップ……おれたちの負けだ……。この巫女は本気でおれ達を救う気でいる……たぶん、この中でそのことを一番強く願ってる。分かるだろう。まだ、彼女はおれ達に助けを求めてる。それはおれ達がしようとしたことじゃないのか? この気持ちに応えなかったら、おれ達は本当のはぐれものになっちまう。どうか顔を上げてくれ」

 卑ノ女に手をさしのべその身体を起こす。

「ありがとう……本当にありがとう……」と卑ノ女はうれしそうに告げた。

 全力で蹴られた頭から血が流れている。

 それでも、卑ノ女は笑う。

 血まみれの笑顔なのに綺麗だとオヒシュキは思った。


    * * *


 アウトローが卑ノ女の部屋に駆けられたプロテクトを解除。

 大量のセキュリティと救護班がなだれ込んでくる。

 畳の上に倒れているエルフ達の救護を開始する。

 卑ノ女は、邪魔にならないようオヒシュキやレッドキャップを初めとしたアウトローを部屋の隅にかため説明を開始した。

「まず、概要を説明するわ。チチブノカミノミヤツコを構成する船団の中のどれかの反物質反応炉があと……」

「27ブセルです」と時間を捕捉するシルフ。

「27ブセル以内に爆発する。トコヨノオモイカネノカミがそう言っているの」

 アウトロー達がざわついた。

「オモイカネが言っているのなら……間違いなく起きる……」

 誰もそのお告げに疑っている様子はなかった。

“アウトローでもオモイカネのお告げに疑問を抱かないの?”

 思わず卑ノ女は心の中で呟く。

「あなた達は、ミヤツコの船団の反物質反応炉を監視して欲しいの。少しでも怪しい挙動があったら強制停止。予備動力に切り替えて亜空間航行の継続をして」

「エンジニアだけじゃ無い、オペレーターもいるぞ! 何隻あると思ってるんだ!」

「だから、力を貸して欲しいって言ってるのよ。アウトローで手を貸してくれるエルフ達を急いでかき集めて! 動けるエンジニアは、今すぐミヤツコの監視をお願い」

 卑ノ女は、テキパキと指示を出し、最後にボソリと続けた。

「まぁ、正直言って、オモイカネの勘違いって線も否めないけどね」

「オモイカネの託宣が間違うわけが無いだろう」と卑ノ女の呟きに反応したアウトローの一名が言うと他のメンバーも、そうだそうだとうなずいていた。

“やっぱり、疑いもしないわけね。言ってもただの演算装置にすぎないのに……”

 改めて、オモイカネに対するエルフ達の信用を思い知らされる。思わず腕を組んだ。

 そんな彼女に向かって、アウトローの一名がおずおずと声をかける。

「出来なかったら……どうなる……」

「死んじゃうだけよ」

 卑ノ女、きっぱりと言い切る。

「テロリズムは、出来るのに仲間のエルフを救うのは、怖くて出来ない?」

 やや、冷たく言い放つ。

「バカにするな!」

「うん、その意気よ。お願いね。あなた達の肩に全部かかってるから……」

「もし、怪しい兆候が見えたら、お前に知らせれば良いのか?」とオヒシュキが尋ねる。

「その必要は無いわ。あなた達の判断で強制停止して」

「いいのか?」

「あたしに聞かれてもわかんないもの。エンジニアじゃ無いから」

 卑ノ女は、そこで言葉を止めると、力強い眼差しで、オヒシュキの瞳を射貫いた。

「あたしは、どんなことがあっても、あなた達を信じます」

 そう断言されて、心が動かされて、思わず照れたように顔を背ける。

「いっ、いや、その管理権限の問題だ」とオヒシュキは卑ノ女の瞳から逃れた。

「シルフ、お願い」と卑ノ女。

「こんな時だけ、わたしをアテにしないでください!」

「五百万もの同胞を救う為よ。少しぐらい無茶をして! 文句があるなら、全部の責任はあたしに押しつけなさい! どんな罰でも受けるわ」

 あっさりと言ってのける卑ノ女。

 彼女に迷いは無かった。

 時間が切迫しているのは明白で、シルフは思い切りうなってから――

「も~! 知りませんよ!」

 と大声を上げ指を振る。ブレスレットが光った。

「今から27ブセルだけ管理権限を……」

「オヒシュキだ、種別コードは……」

「いりません、オヒシュキに委任」

 すると、オヒシュキの身体が一瞬だけ光った。

 オヒシュキは、すぐさま連絡のつくアウトローに声をかけ始める。

 それを唖然とした顔で見つめるリーダーのレッドキャップ。

 巫女がここまでするのかと、驚きを隠せない。

 慌てて、頭を振ると自分の中に浮かんだ考えを必死に外に追いやって口を開く。 

「で、あんたはどうするんだ? 安全なところに逃げるのか」

 レッドキャップの声は冷たい。だが、無理して言っているようにも見える。

「大丈夫。もしもの時は、あなた達だけを死なせはしないから」

 卑ノ女は、どこかゾクリと背筋が凍るような笑みをレッドキャップに向けた。

「まっ、まさか! あんた、この上さらに、やらかすつもりじゃないでしょうね!」

 卑ノ女の言葉に全てを察したシルフが思わず割り込んでくる。

 間違いない、この巫女はまた、やらかす気だ。

「やらかす? なにを言ってるんだ」とレッドキャップ。

「さーて、なんのことかしら~」

 卑ノ女、白々しい。

「とりあえず、レッドキャップさん。チチブノカミノミヤツコの中で一番でっかい反物質反応炉の場所を教えなさい」

「やっぱり! あんた、少しは懲りろ! また、命を投げ出すつもりなんですか!」

「投げ出すつもりなんてさらさら無いわよ……だって、彼らが仕事すれば問題ないんだも~ん」

「ばかばかばかばか! 輪をかけて土星バカ! 絶対に行かせませんからね!」

「土星バカって、なんでそんなローカル星の名前があんたの口から出てくるわけ……」

 シルフと卑ノ女のやりとりを完全においていかれた立場で、眺めるしか無いアウトローのレッドキャップ。

「レッドキャップさん。あたしは今から、ミヤツコで一番大きな反物質反応炉の前であなた達の作業の成功を祈ります」

 卑ノ女は、シルフを無視して言い切る。

「万が一、あなた達が作業を仕損じたら、あたしが、いの一番に死ぬわ。これで満足?」

 レッドキャップは自分の背筋が凍った理由を理解した。

 この巫女は……もしかしたら、危険な存在なのでは無いのか?

 鬼気迫る迫力を卑ノ女から受けていた。



    4


「なんなんだ、こいつは……」

 巫女の行動を常若の国からモニタしていたオベリコム。

 言葉の通り、ずっと困惑しっぱなしだった。

『なんだもなにも、おみゃあさんが喚んだ巫女だがね? オベリコム』

「ノームか、アメノトリフネから、わざわざ強制通信で割り込んでくるな」

 アメノトリフネの形だけの責任者を詠うノーム博士。

 アメノトリフネのブリッジから常若の国にいるオベリコムの元に強制通信で会話をはじめた。

『しゃ~! しゃっ、しゃっ! まぁ、ええがね。一緒にショーをたのしもまい。わしゃ下手したら爆発に巻き込まれて死ぬかもしれん。こんくらいのわがままは許してちょ~』

「しらじらしい」

『なにを言うかね、おみゃあさんのせいで何遍死にかけたと思っとりゃあす』

 アメノトリフネの船橋からノームは大声でカラカラと笑う。

 オベリコムとノームが、通信とは言え直に話をするのは実に5億年ぶりのことだった。


    * * *


 アウトロー達は、そのまま卑ノ女の部屋で作業を開始する。

 と言っても、特殊な機材はない。

 電脳空間に潜って電脳に接触するだけで全ての作業が可能。

 卑ノ女はその様子を軽く見ると、ラビットを押して部屋の外にゆっくりと向かった。

 歩いて、シルフもついてくる。

 古風な神社の外。

 鳥居の前でシルフと卑ノ女だけになる。

 卑ノ女はヘルメットをかぶり、ゴーグルを下ろすとラビットS402のキーを回そうとする。そんな彼女を恨めしそうにシルフは眺めていた。

「どったの……そんな目をして?」

「するに決まってるでしょう……なんで、無意味なことをわざわざ危険な場所でするんですか……」

 そう、今から卑ノ女が動力炉の前でする祈りは、はっきりいって無駄だ。

 彼女には、それぐらい分かっているはずだ。だから解せなかった。

「そりゃ、あたしは、巫女だもん。神様にお仕えすることも神社のために働くことも出来ない。神主もいないしさぁ。あとに残された仕事って言ったら祈ることだけだからね」

「その祈りにどんな意味があるんですか」

「何も無いわね。強いて言うなら、アウトローのエンジニア達を奮起させるぐらい?」

「アウトローの大半は、巫女を恨んでいます。奮起するのでしょうか?」

 卑ノ女はキーを回す。

「すると思うよ。安全な場所で、偉そうにふんぞり返ってたら、そりゃあ反感もするでしょうけど、一番危険な場所に真っ先に向かうんだから。あたしを憎んでるヤツが、わざと見落とすって可能性も考えたけど」

「わざと見落としたらミヤツコの民が全滅してしまう」

「そいうこと……。卑怯なやり方よね。結局、ミヤツコに乗ってるエルフ達を盾にしてる……。皮肉なもんね。一番危険な場所が一番安全なんだから」

 セルスターターのスイッチを押した。

 モーターが動く。

「ついて来ちゃ駄目よ。万が一のことがあって、あなたまで巻き込みたくないから」

 シルフは、歯をかみ締めた。

 目を強く閉じて、声を上げる。

「おやめください! 意味の無いことに命をかけないでください!」

「意味はあるわ」

「ないです! 巫女様が命を賭ける意味なんて……そんなに死にたいんですか?」

「死にたくないわよ。あなた達を信じてるだけ」

 卑ノ女の顔を見て分かる。

 この人は……。

「それでも……あなたを死なせたくない……」

 シルフは、自分の感情が分からなかった。

 考える。考えた。考えていた。そして、危険な考えが脳裏に浮かぶ。

「こんなことになるなら、この前、無理矢理にでも止めれば良かった」

 あの時に、止めていればこんなことをしでかさなかった。

「この前って、ドワーフの?」

「過去に戻って、自分を殺してでも止めてやりたい気分です……」

「やめなさいよ」

 少し強く卑ノ女は言う。

「えっ?」

「どうせ、過去に戻ること出来るんでしょ?」

「……」

 見透かされた。絶句するシルフ。

「出来るんでしょ?」

 念を押す。

 観念したかのようにシルフは口を開いた。

「なぜ、分かったんです?」

「ワープって極論、時間跳躍と同じだもの。でもね、それをしたら、あたしはおろか貴女までいなくなるわ。バカなことは止めなさい」

「それでも! それでも……巫女様を……」

「まるで、あたしが死ぬみたいな言い方じゃない。大丈夫だって……」

「大丈夫じゃ無い。オモイカネのお告げを軽く考えないでください!」

 感情的に声を上げ続けるシルフ。

 卑ノ女は、ふっと笑う。

「あたしはね。この世界では道化なのよ」

 唐突に話題を変える。

「道化?」

「そっ、なにも出来ない、なんの能力も無い、ただのお飾り。異世界から来たのに、特殊な力も、チートな能力も、有益な知識を持ってるでも無い。あんな託宣だって、あたしが判断を下す必要が無い。あなた達がやれば良い。なのに、なぜかあたしにやらせてる。何世代も前からやってることだってあんた達は言ったけど、これになんの意味があるの?」

 シルフは、答えられない。

「だったら、せいぜいパフォーマンスしてあなた達の気を引くだけ。でも、ここで止められたら、あたしはその道化にすらなれない。だから、最後まで道化を演じたいのよ」

 卑ノ女はギアを一速に入れるとアクセルをふかす。

「お願い、せめて巫女らしく祈らせて」

 ラビットにまたがりエンジンを回した。

「巫女様!」

 シルフの声を聞きながら、鳥居を潜る。

 世界がぐにゃりと歪む。

 ミヤツコの反応炉に向かって卑ノ女は走り出す。


    * * *


「シルフって結構過保護だよね……」

 この光を抜けると目的の場所に行ける。

 ただ目的の場所の距離に応じて、僅かに光の中を走る。

 今回はいつもより長く走ってると卑ノ女は感じた。

 いつも一人なのに。こうして自分から一人になったのに少し寂しい。

 卑ノ女は、シルフにあえて言わないことがあった。

 自分はトコヨノオモイカネノカミの託宣を信じていないと言うことを。

「今回はなにもないでしょ。いくらアメノトリフネのメインコンピュータだっていっても、未来のことを予測するなんてさぁ……」

 ぶっちゃけ、あり得ない。

 正直言うと、シルフが信じるのは、まだ分かる。

 しかし、巫女のアンチであるアウトローのメンバーですら、オモイカネの託宣の内容を少しも疑っていないと言うことが、解せなかった。

 もしかしたら、ずっとそれを信じさせられてきた?

 洗脳?

 それとも……全部的中してきた?

 仮に今回の件が、誰かがお膳立てだとして、それになんのメリットがある?

 強いて言うなら敵対関係にあるドワーフ。

 でも、こんなことが初めからできるのなら、前みたいに戦艦で攻撃なんて直接的な方法を使う必要は無いはず。

 だとしたら、今回は本当にオモイカネが予測しただけ?

 しかし、いくらとんでもないコンピュータがあったとして、未来のことまで予測できるのだろうか?

「わっかんないなぁ……」

 卑ノ女が呟いたとき、光を抜けた。

 大きな、大きな広場だった。

 銀色をした金属に覆われた球体が目の前に浮かんでいる。

 当然中の様子は見えない。

 周囲には、作業員がいるでも無く、モニタするための部屋があるでも無い。

 ただ、これが反物質反応炉なのだと分かる。

 卑ノ女はブレーキをかけ速度を落とすと、ギアを二速から一速に落とし、ゆっくり停止した。サイドスタンドを立てラビットを下り、ゴーグルを上げて、ヘルメットを脱いだ。

「さて……今日は、なにでいきましょうかねぇっと」

 頬を叩くと気合いを入れ直した。

 祓い串を取り出すと、深呼吸。

 邪念を捨てる。

 今は、オモイカネのことはどうでも良い。

 考えることは、一つだけ……。

 ただ一つ……。

 エルフの無事を祈る。

 巫女として、エルフの無事を祈る。

 祓い串を掲げ、息を吐き出すと優しく、柔らかく、声を上げる。

『カケマクモカシコキ

 イザナギノオホカミ

 ツクシノヒムカノタチバナノヲドノアハギハラニ

 ミソギハラヘタマヒシトキニ

 ナリマセルハラヘドノオホカミタチ

 モロモロノマガゴトツミケガレ

 アラムヲバ

 ハラヘタマヒキヨメタマヘト

 マヲスコトヲキコシメセト

 カシコミカシコミマヲス~』

 卑ノ女の柔らかい祈りが、反応炉の中に満ちた。


    * * *


「ホントに、起きるのか……」

「オモイカネの託宣なら、間違いなく100%の確率で起きる。少しでもエラーの兆候が見えたら動いてくれ」

「おれ達が兆候を見誤っていたら」

「巫女が全部の責任をとると言ってる。見かけたのなら、片っ端から遠慮無く停止して予備動力に切り替えろ。予備動力でもワープアウトするまでなら動力は持つ。通常空間に出たのなら、全停止しても、アメノトリフネがなんとかしてくれるだろ……」

 オヒシュキが強引に呼び集めたアウトロー達は、全部で20もいない。

 全員ウイザード級のクラッカーだが、それでもチチブノカミノミヤツコの船団全ての反物質反応炉を見張るのには無理がある。

 それでもやるしか無かった。

 そんな時、静かに、なだらかに、まるで唄の様な卑ノ女の祝詞が響きはじめる。

 神社の外からシルフがアウトローに中継して聞かせていた。

『コノカムダナニマメマツリルカケマクモカシコキアマテラスホカミヲハジメアマツカミ・クニツカミノオホマヘニカシコミカシコミマヲサク』

 アウトロー達は、一瞬手を止める。

「なんだ、これは……」

「どうやら、巫女は反応炉についたらしいな」

 ドワーフからエルフを守ったときのことを思い返し、オヒシュキは呟いた。

 巫女が唱える、この謎の言葉。

 初めて聞いたときは、正直うっとうしいと思ったが、こうして自分たちのために捧げられているのだと思うと、なぜか心が落ち着いてきた。

 思考を動かす。

 指を動かすのでは無く、とにかく自分の中に流れてくる大量の情報を受け止め続ける。

 その中で、僅かでも異物を探す。

「必ず……必ず、何か兆候が見えるはずだ……」

 肉体の方では、額から汗が流れる。


    * * *


『オホカミタチノヒロキアツキオホミメグミヲイヤビマツリカタジケナミマツリテ

 ケフノヨキヒニミマツリツカヘマツルサマヲ』

 卑ノ女はゆるやかに祈る。

 彼女の中に、邪念は残っていなかった。

 ただ、全ての気持ちを祝詞にのせ、心からエルフ達の無事を祈る。


    * * *


『ミココロオダヒニキコシメシテ

 オノモオノモオヒモツワザノツトメニシマリ』

 オベリコムとノームの間にも卑ノ女の祝詞が響く。

「ノームよ」

『なんだがね』

「この茶番はなんだ?」

『わしが知るわけないがね。茶番と言っとらせるが、この託宣自体。おみゃあさんのこしらえた茶番だで』

 モニタを続けながら、オベリコムは頭を振る。

 自分の理解の外の行動に、思わずノームに問わずにはいられない。

「あれは愚か者なのか? こんなことで反応炉を止められるとでも思っているのか?」

『思っとらせんだろうよ。あの巫女がなにを思ってあんなことをしとるかなんて分かるはずも無いがね。そもそもあの巫女もおみゃあさんが喚んだ巫女だで。ちぃと気になっとたんだが、どんな基準であの巫女を選んだんだがね? わしの方が聞きたいがや』

 オベリコムが黙り込む。

 言えない。言えるわけが無い。まさか、酔った勢いでゲームを盛り上げるために適当に選んだなどと……。

『このまま反物質反応炉を起爆して、あの巫女を始末するきゃ? おみゃあさんにとって、その方が後腐れ無いと思うだで』

 それが良い……。

 この巫女は余りにイレギュラーすぎる。

 どうせなら、今、吹き飛ばしてしまうか?

 オベリコムは、ノームの誘惑に乗りそうになって反物質反応炉を誤作動させるプログラムを起動しかける。

『ただ、それしたら、おみゃあさん、困ったことになりゃあせんかね?』

 オベリコムの手が止まった。

 オベリコムとノームの間を高らかに、卑ノ女の祝詞が続く。

『ミスコヤカニイヘカドイヤタカニ

 イヤヒロニタチサカエシメタマヘト

 カシコミカシコミモマヲ~スぅ~』 


    * * *


「見つからない! あと、5ブセルだぞ!」

「手が開いたら、ダブルチェック、トリプルチェックでもやれ! ローラーで全部を見て回れ! アラートはすぐに対応しろ」

 オヒシュキは、必死に情報を飲み込む続けた。

 そして、頭の片隅に引っかかる違和感。

 機械に異常は無い。むしろ、異常なまでに正常。

 対消滅も滞りなく行われている。

 おかしい? 何かが引っかかる。

 機械も正常?

 完璧なまでのプログラム?

 ひずみが無い。そう、なさ過ぎるのだ。

 普通なら、多少のひずみや歪みがある。

 そこを修正しようとして、塵のように負荷が貯まり、やがては……。

 そう、それが無い。それがまったくと言って良いほど無いのだ。

 おれは、もしかしたら考えを改める必要があるのでは無いか?

 反物質反応炉は、全て正常なのでは無いのか?

 もしかしたら、どこにも異変は無い?

「いや、そんなばかな……」

『コノミタマヤニイハヒマツルヨヨノミオヤタチノミマエニツツシミイヤマヒモマヲサク』

 卑ノ女の祝詞が響く度に、気持ちがリセットされる。

 ここまで正常に機能しているものが、何の前触れも無く、いきなり暴走するとかありえるのか?

 異物を長い間、飲み込んで、負荷がかかったり、妖精のミスによるフェアリーエラーで事故が起こるとかならいざ知らず。それが完璧なまでに見当たらない。

 ここまで綺麗に整ったプログラムが乱れることがあるのか?

 芸術とも呼べるレベルで統制された情報。

 意図的に乱しでもしない限り壊れることは無い。

 意図的に、乱しでもしない限り……。

 意図的?

 まさか……。

 オヒシュキの脳裏をかすめた思考。

「まさか……前提条件が違う?」

 オヒシュキは、思わず手を止めた。

 自分がたどり着いた答えを改めて吟味する。

「まさか……これは……」

『トコモオヤガミタチノカガフレルカギリナキミメグミヲカタジケナミマツリテ

 イヤビマツルサマヲミココロオダヤカヒヤカニキシメシテ』

 オヒシュキの思考、その考えの背中を押すように卑ノ女の祝詞は響く。

 卑ノ女の声を聞き、自分の中で至った答えが形になる。

 あの時、彼女が言った言葉。


『まぁ、正直言って、オモイカネの勘違いって線も否めないけどね~』


 あの時、あり得ないと、自分は否定した。

 しかし……まさか……。

「オヒシュキ! 手を止めるな!」

 レッドキャップの声が響く。

「まさか……」

 ありえない……あり得るはずが無い。

 この答えは、エルフの常識からかけ離れている。

 違っているのは自分の考えなんだ! そう、自分がたどり着いた答えは間違っている。

 オヒシュキは、もう一度、自分の思考を疑いかけたとき――


『あたしは、どんなことがあっても、あなた達のことを信じます』


 命を狙ったというのに、曇りの無い眼で、自分の心をまっすぐに射貫いた卑ノ女の姿を思い出す。

 巫女は、おれ達を信じると言ってくれた。

 その結果自分の命が無くなるとしても、彼女は自分を信じると言った。

 信じると……言ってくれた……。

「オヒシュキ!」焦りを含んだレッドキャップの声。

 だから、おれは、自分を信じる!

 ここで信じなくて、どうする!


 オヒシュキは、この世界の常識を生まれて初めて、否定した。


 勇気と共に声を上げる。

「反応炉は、全て正常だ! トロイの木馬を! 起爆プログラムを探してくれ!」

 電脳空間がざわめく。

 エンジニア全員が言葉を失う。

「正気か? オヒシュキ!」

「正気だ。元々緊急停止と緊急時の起爆は可能なんだ。そうなんだよ! 場所が分かっているのなら、この残り時間でも、この数でかかれば、可能なはずだ! そこを重点的にアンチウイルスを使用して、洗ってくれ! 時間が無い! 急げ!」

 アウトロー達がこぞって動き出す。

『ウカラヤカラモロモロ

 ココロヲアハセテムツビナゴミテツカヘマツラシメタマヒ』

 そして、卑ノ女の祝詞はさらに朗々と響く。


    * * *


『オベリコム……』思わずノームが問いかける。『おみゃあさんの企みが、バレてもうたがや』

 オベロンは止めていた指を動かそうとする。

 当然、誰が仕込んだまではバレないだろう。だが、このままだと確実に存在が見つけられてしまう。

『おみゃあさん、それでもやるのきゃ? はぐれ者どもはアメノトリフネの中だぎゃ。常若の国からチチブノクニミヤツコを破壊しても生き残る。しかも反応炉のプログラムは、はぐれ者が洗っとるだで、そのまま証拠が残るがや』

「ノーム!」

『なんだぎゃ?』

「貴様、どっちの味方だ!」

『むろん、おみゃあさんの方だぎゃあ』

「だったら!」

『冷静になれオベリコム。ここで起爆を止めりゃあ、はぐれ者どもは、これ以上起爆プログラムの存在を洗うことはせんがね。わしが証拠を見つける前に止める事が出来るがや』

 オベリコムは、拳を握りしめる。

「なにも起きなかったら……」

『託宣が、たまたま外れた……。それだけで済む話だがね』

 オベリコムの爪が掌に食い込み、そこから血が流れた。

「忘れんぞ……この、この屈辱は、忘れんぞ……」

 オベリコムは、歯をバリバリと噛み鳴らしていた。

『ほいじゃ、わしゃあ、おみゃあさんの後始末をしてくるでな……。また、話をしよまい』

 ノームは、アメノトリフネの船橋から、ゆっくりときびすを返し、神社へと歩き出す。

「忘れんぞ、忘れんぞ……必ず、必ず!」

 オベリコムの口からは、延々と怨嗟の言葉が漏れ続けていた。 


    * * *


 時間が流れた。流れていた。

 オモイカネの指定した時間は、とうに過ぎている。

 反応炉の前で、祈り続ける卑ノ女。

『ウミノコノヤソツヅキニイタルマデタチサカエシメタマヘト

 ツツシミイヤマヒモマヲ~スぅ~』

 祝詞を唱え終わると、大きく息を漏らした。

 唱えきったという感情が、自分の内からあふれ出る。

 達成感から、思い切り倒れ込みたかった。

 だが、堪えて、顔を上げる。

 目の前には、反物質反応炉がどっしりとその姿を見せている。

「やっぱり、爆発しなかった……」

 オヒシュキ達がやってくれたのか、それともオモイカネの託宣がそもそも間違っていたのか、それは今の卑ノ女には分からない。

 この後、帰ったら、この件の後始末が待っているのだろう。

 とりあえず、今は全てをやりきった。

 終わったのだ……。

「まぁ、託宣だろうと、なんだろうと、すんなりアテにすんな! って事よね」

 卑ノ女は、満面の笑みを浮かべ、ひとりごちた。


         第二話

 異世界転生した巫女ですが、祈ることしか出来ません

「アテにすんな!」

            おわり



         第三話 予告


 卑ノ女への罰。

 それは一見たいしたことの無いような軽い罰に見えた。


「まぁ、強いて言うなら因果関係を求めた結果なんでしょうけども」

「因果関係って……ひょっとして、あたしの祝詞にチート能力がついたとか?」

「あるわけ無いでしょう、それこそバカの発想です」


 しかし、それは最悪の事態を呼ぶことになる。

 そして、再度襲撃してくるドワーフの軍艦。


「我々に無辜の民を撃てというのか? これでは、一方的な虐殺ではないか……」


 なにも出来ないまま見守るしか無い卑ノ女。


「「「ゆびきり~げ~ん~ま~ん、うそそついたらはりせんぼん、のぉ~ます!」す」指きった!」


 誰もが絶望に包まれたとき、巫女の祈りが宇宙に響く。



 

 異世界転生した巫女ですが、祈ることしか出来ません

「バカにすんな!」 次回 第一部完

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