【KAC20237応募作】いいわけのゲシュタルト崩壊

紫乃遼

今回の犠牲語「いいわけ」

「いいわけばかり言うな!」


 新屋が声を荒げる。いつも何かを言い出すのは新屋だ。儚げな美少年顔で、口調も性格も強い。


「いいわけって言われてるわよ? それでいいわけ?」


 中矢が問う。ショートカットとセーラー服の裾が男二人の間で揺れる。吹けば飛びそうな美少女なのに、春一番を屋上で浴びても動じない。


「いいわけに聞こえるならいいわけなのかも。いいわけでいいわけはないけど」


 古谷は呟くような小さな声で二人を否定する。凡庸な日本人顔だが、武士よろしく意思は強い。


「でもいいわけはいいわけだろ」


「新屋はいいわけだって言ってるけど?」


「だから僕にとってはいいわけじゃないんだって」


「って古谷がいいわけしてる」


「いいわけじゃないって」


 なぜかはわからないが、いつも中矢が中継する。これがまたややこしい。


「今のはいいわけじゃないにしても、さっきのはいいわけだ」


 新屋の理解を、


「って新屋がいいわけしてる」


 中矢も踏みにじり、


「いいわけじゃない」


「今のはいいわけじゃないでしょ」


 新屋と古谷の意見が揃う。しかし、


「でもさっきのはいいわけだ」


 せっかく同調したように見えたのに、新屋は古谷を否定する。


 三人が集まればいつも言い合いになり、味方になって敵になってを繰り返しながら、ひとつの言葉がボロボロに使い古される。今回犠牲になる言葉は「いいわけ」らしい。ちなみに前回の犠牲者――犠牲語は「という」だった。「古谷という人間は前時代的という側面が」「という人間ということにされてるよ」「ということにされるというのは心外だ」というふうに。


 春を告げるには冷たい風が吹き下ろすなか、学校の屋上で弁当を広げた三人は今回の議題に夢中で箸を動かすのを忘れていた。口だけはちゃっかり動かしている。咀嚼のためではないのに。


「いいわけにされていいわけないじゃん」


 いいわけがズタズタにされていいわけかは、誰も知らない。

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