中編

 夜中の町は随分と静かで、空にはキラキラ星が瞬いている。

 クリスと待ち合わせをしたのは、この町、アンティキティラにある小さな泉。森の遊歩道を進んでいけば、泉にはすぐにたどり着いた。

 クリスはまだ来てない。まぁ、待ち合わせの時間は夜中の一時だから当然か。今は十二時半。来るには早すぎた。

 まるで、クリスとの約束を楽しみにしてるみたいじゃないか。妙に気恥ずかしくて、俺は足元の小石を蹴った。


 違う。クリスに会えるのが嬉しいとか、それは断じてない。

 授業を聞いてなかったせいで焦っているだけだ。

 クリスに会えるからって、気持ちが急いているわけじゃないんだ。

 そう思ったりなんかして。


 なんか、言い訳じみているよなと思う、冷静な自分もいたりして。


「早いねー。待った?」


 声が聞こえて振り返る。

 クリスがそこに立っていた。


 月の光が、葉と葉の隙間を縫って差し込む。その光に照らされた金の髪と、白い肌。

 綺麗だ、なんて思った。


「いや、別に」


 思わず顔を逸らせてしまった。そっけなさすぎたかと不安に思ったけど、クリスはさして気にしていないようで、「そっか」と一言洩らして泉に近付く。


 クリスは、その手に鍋を抱えていた。

 料理とかで使うような、何の変哲もない鍋。その中に、でかい星屑の結晶と、小さなハンマー、新聞紙が数枚とマッチ箱が入っていた。


「そんなでかい結晶、どこで手に入れたんだ?」


「ん-? ふふ、内緒」


 クリスは勿体ぶって話さない。

 ああ、そういやこいつは賢者の家系だったなと思い出した。この町ではちょっとした金持ちだから、おそらく行商人が来た時に買い付けたかどうかしたんだろう。


 でも、ハンマーなんて何に使うんだ?


「方法なんだけどね、けっこう簡単なんだよ」


 クリスは泉の縁に腰かける。

 星屑の結晶を新聞紙に包むと、それを岩の上に置く。そして、徐にハンマーを振り上げた。


 ガツンと音がして、結晶がわれる。

 俺はビビってクリスの手を掴んでいた。


「な、何してんだよ! そんなにでかい結晶、高いんじゃないのか?」


 急に手首を掴まれて、クリスはびっくりしていたんだろう。俺を見上げた目は真ん丸で、頬には赤みが差していた。


「何も、おかしなことをしてるんじゃないんだよ。こうやって、結晶を細かく砕いていくんだ」


 俺が手を離すと、クリスはまたハンマーを振り上げる。

 辺りには、星屑を砕く音が響く。それに合わせて、新聞紙の端から粉状になった星屑が、パラリ、パラリとこぼれている。

 風にさらわれる星屑は、銀河からこぼれた星みたいで。


「こんなものでいいかな」


 根気強く星屑を砕いていたクリスの頬に汗が流れる。ハンマーを握ったままの手で汗を拭うもんだから、頬に金色がくっついていた。

 金のチークを塗った頬に見とれていると、クリスは悪戯っぽく微笑むんだ。


「僕の顔、見とれるほど綺麗?」


 ってさ。

 なんか腹立ったから、星屑の粉がくっついてるのは言わないことにした。

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