二つの言い訳

双瀬桔梗

二つの言い訳

「なぁ、ほんとに帰れないのか?」

 この部屋の住人であるゆきしろはやは、白いソファでくつろぐ男性にいぶかしげな視線を向けている。誰が見ても、イケメンだと言うであろうその男性の名はリベアティといい、自称・異世界人だ。

 約一週間程前、リベアティは人通りの少ない夜道で倒れていたところを、仕事終わりの隼大に助けられた。そして、二つの世界を行き来できる装置のエネルギーが切れ、他に帰る方法もないため現在、隼大の家に居候している。

 得体の知れない人間ではあるが、面倒見のいい隼大はあまり深くは考えずに、リベアティを置いておく事にした。その一方で、彼の性格を知れば知る程、本当に元いた世界に帰れないのかと、疑いたくなってきたのだ。

 リベアティは聡明で落ち着きがあり、帰りの燃料を忘れてくるようなタイプには見えない。更には、元いた世界に帰れない状況であるにも関わらず、他の帰り方を模索する気もなさそうだ。その証拠に今も、長い脚を組んでソファに座り、フルーツティーを飲みながら、優雅に本を読んでいる。

 隼大の言葉を受け、本から顔を上げたリベアティはうれいを帯びた表情で頬杖をつく。

「まさか、この私を疑っているのか?」

「うん、ちょっとだけ疑ってる。帰れないってのはただの言い訳で、本当は他になんらかの理由があって、帰りたくないだけだと思ってるんだけど……違った?」

 正直過ぎる隼大の台詞に、リベアティは黒と銀色のオッドアイを見開き、紫の髪をかき上げる。

「ほう、そこまで見抜いているとは……流石だな」

「はぁ……そりゃどうも。そんで? リベさんはどうして帰りたくないの?」

「理由を聞きたければ、隣に座りたまえ」

 リベアティは自分が座っているソファの隣をポンポンと叩いた。

 キッチンの前に立っていた隼大は、ホットミルクが入った狼のマグカップを手に、言われた通り、リベアティの隣に座る。それを確認すると、リベアティは僅かに口角を上げた。

「私が元いた世界に帰りたくない理由。それは……こうやって、君とずっと一緒にいたいからだ」

 隼大の琥珀色の瞳を真っすぐ見つめ、リベアティはそんな事を口にした。

 当然、隼大はポカーンとしている。彼のその反応に、リベアティは愉快そうに笑う。

「……なに? もしかして、からかったのか?」

「いや? 本心だが?」

 ムスッとする隼大の肩を抱き、リベアティはふわりと微笑む。その行動と表情に、ますます彼の真意が分からなくなった隼大は、ゆっくりと首を傾げる。

「あのさぁ……出会って間もないオレと、どうしてずっと一緒にいたいなんて思うワケ?」

「それは秘密だ」

「えー……まぁ、別にいいけどさ」

「その“いい”は、何に対する“いい”なのかな?」

「……オレと一緒にいたいと思ってる理由は言わなくて“いい”し、リベさんの気が済むまでここにいても“いい”って意味だけど?」

 どこか素っ気ない隼大の言葉に、リベアティは目を輝かせた。年齢は隼大より遥かに年上なのだが、彼は時々、幼子のような無邪気な顔をする。

「ではお言葉に甘えて、君の家の子になるとしよう」

「いや、こんなデカい子どもは……って……え?! なに、その姿……狼?」

「あぁ、そういえばの君には、まだこの姿は見せていなかったかな? 私はこのような姿にもなれるのだぞ?」

「へぇ……ほんとに異世界人だったんだな」

 紫色の、狼のような動物に変化したリベアティを見て、隼大は目を大きく見開いた。あまりの衝撃に、狼リベアティが言った妙な台詞は完全にスルーである。

「まさか、そこも疑っていたのか?」

「まぁ……少しだけ?」

 リベアティが異世界人である事も若干、疑っていた隼大は少しだけ気まずそうに頬をかく。狼リベアティはその事にムッとしつつも、隼大の膝に頭を乗せる。

「勘違いするな。これは甘えているのではなく、寛ぐために、頭を乗せただけだ。別に撫でてほしいとか、全く思っていないぞ?」

 言葉とは裏腹に、狼リベアティは隼大の顔をチラチラと見ている。

 狼リベアティと目が合った隼大は、思わず口元が緩んだ。その瞬間、前にもこんな事があった気がする……と、隼大は不意に思った。


 ――アンタって狼の時だけツンデレなんだな。

 なんて言いながら頭を撫でたら、リベさんがうれしそうに尻尾を振って……


 いつのものか分からない記憶を辿るように隼大が行動すれば、狼リベアティからもそのまんまの反応が返ってくる。その事に戸惑い、頭を撫でる手を止めれば、狼リベアティに「隼大君?」と名前を呼ばれた。

「あのさ……変な事、聞いてもいい?」

「うむ。私は今とても機嫌がいい。決して君が頭を撫でてくれたからではないが……なんでも答えてあげよう」

「じゃあ聞くけど……リベさんとオレって、どこかで会った事ある?」

の君と私は、あの日が初対面だ」

 あの日とは、行き倒れているリベアティを隼大が拾った時の事だろう。

 今度はに引っかかったものの一旦、置いておく事にした隼大は、別の質問を投げかける。

「リベさんって普段から落ち着きあって、テンション低い感じなの? じゃなくて、人間の姿の時も」

「あぁ、それは君のが……いや、この話は黙秘する」

「はぁ?! そこまで言っといて? てか、オレのセンパイっていつの時代の?」

 隼大に頭を撫でてもらった事で、狼リベアティは内心、テンションが上がっていた。ゆえに、明かす気のなかった話まで言いかけてしまい、彼にしては珍しく慌てて口を閉ざす。しかし、身内が関わっているとなると、簡単には引き下がれない隼大は狼リベアティの瞳を覗き込み、彼を問い詰める。

「……大学と聞いたが……」

「誰に?」

「本人からだ……」

「え、なに? リベさんってセンパイと知り合いなのか?」

先輩と私は会った事すらない……」

「さっきからちょいちょい言ってるってなんだよ?」

「おや……突然、記憶ガ、曖昧二……」

「おい、なんだよその下手なウソは……」

 矢継ぎ早に質問をぶつけられ、追いつめられた狼リベアティは目を逸らし、わざとらしく誤魔化す。それでも彼を逃がす気がない隼大は、狼リベアティの体をグッと押さえつけている。

 上機嫌で口を滑らした己に内心、苛立ちながらも狼リベアティは真剣な瞳で、隼大を見上げた。

「君は今、幸せなんだろう? 大切な人達に囲まれて、幸せな日々を送っているのではないのか?」

 突然、狼リベアティから“幸せか”と問われ、隼大は困惑する。

「急になに……」

「どうなんだ?」

「そりゃあ、幸せだけど……今はそんな話してな――」

「幸せならそれでいいだろう。折角、笑って過ごせている君の顔を、曇らせたくはない。ゆえに、私はこの件に関しては黙秘を貫く」

「なんだよその謎の言い訳……」

 ここからは本気で、何も答えない。そんな狼リベアティの強い意志と、分かりにくい優しさを感じ取った隼大は小さなため息をつく。

 全く気にならないと言えばウソだけど、これ以上、リベさんを問い詰める気にはなれない。そう思った隼大は、潔く諦める事にした。

「まぁでも、言いたくないなら無理には聞かない。オレの為を想ってくれてるなら尚更な」

「うむ。そうしてくれたまえ」

「その代わり、今後はあんま意味深な事、言わないでくれよ? 気になっちゃうからさ」

「ふむ……なんの事かは分からないが、君がそう言うなら努力はしよう」

 どうやらリベアティは意味深な台詞を無意識に言っているようで、キョトンとした顔をしている。そんな彼の表情を見た隼大は、苦笑いを浮かべながら狼リベアティの頭を撫でた。

 狼リベアティはといえば、隼大の撫で方が心地いいのか、満足そうな顔で呑気に尻尾を振っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

二つの言い訳 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ