笑わない悪女~王子から婚約破棄と国外追放を言い渡されたので、いいわけを紡がせていただきます~
弥生ちえ
笑わない悪女
夜会で断罪とともに婚約破棄された、とある令嬢のいいわけ
笑わない「悪女」
殿下のお望み通り、いかにして私が悪女とやらに成り果てたのか、語らせていただきましょう。
とは言ったものの、正直なにが悪女の振る舞いであったのかすら分らぬ愚鈍な私に、いいわけなど有る筈が無いのです。笑顔も見せぬつまらぬ女ですから、気の利いた言葉は期待しないでくださいませ。淡々と事実を述べるだけとなることは、先に謝罪しておきますわね。
事実なんて全く面白味はありませんから。
私は物心ついたばかりのまだ幼い頃からピルギス殿下の婚約者となり、あなた様をお支えする様、お父様、お母様からよくよく言い聞かせられて参りました。
ええ、それはもう、あなた様のお心を癒せるよう愛らしく、お側に立つに相応しい美しき振る舞いを出来るようになるまで、朝も夜もなくずっとお稽古の日々でした。
兄姉が幼少期とやらの笑顔に包まれる時期を送っている間もですわ。殿下も頻繁に我が家にいらして、笑い声を響かせていらっしゃいましたからよくご存知でしたわね。失礼しました。
そして私が長じて10歳となる頃には、学びの場が我が家から殿下や王族の皆様がおわします、この王城へと変わりました。
更にそれから5年を経てデビュタントを迎える頃にも、変わらず王城での教育は続いておりました。一流の講師の方々に朝夕囲まれておりましたわ。素晴らし過ぎる環境に、世間では、同世代の令息令嬢が学園と呼ばれる施設に通っていることなど耳に入ることすらなかったのですよ。日の高いうちに次々持ち込まれて来る執務を滞りなく進められるようになり、殿下の婚約者としての学びも円熟の境に入ってきたかと自信を持ち始めた時だったので、まだ知らないことが有るのだと未熟さを思い知らされショックを受けましたわ。
ところがあるとき、その「学園」の2文字が予算配分の文面に記されているのを見付けたのです。知らないモノがあったことにショックを受けつつ、傍で執務を熟す官僚に尋ねたものです。
けれど、私はついぞその門を潜ることはありませんでした。
学園が学びの門を開いている日中は、執務にすべての時間を充てなければ、私はそれを熟すことができませんでしたから。同じように執務を熟していらっしゃるはずの殿下や、殿下の側近の皆様が恙無く学園生活を送っておられると伺った時には、私ほんとうに自分の力の無さに打ちひしがれましたわ。
それからほどなく、月に一度の婚約者同士の交流として定められていたお茶会に、学園で懇意になさっているという聖女様を連れて来てくださりましたね。お二人が学園でどのように過ごしておられるのか、学園を知らぬ私へのご配慮だったのでしょう。視野の狭い私には到底想像もつかないお話や振る舞いに、とても興味深く過ごさせていただきましたわ。
以降のお茶会の席には、必ず殿下とともにいらしてくださいました聖女様に、殿下の側近の宰相令息テディスペア様、伯爵家嫡男のミカロンデルス様のお陰で同世代の男女がどんなものの考え方をするのか、よく知ることができましたわ。その場で私の居ない学園での様子をそのまま演じてくださったんですものね。
私の侍女が、殿下は聖女様を妃の座に据えるつもりだなどと勘違いをしてしまった時には、不躾な発言をしてしまい大変失礼いたしました。確かにその後、殿下の仰る通り、聖女様が気心の知れた議論を交わせる学友だとの発言を実感する機会に恵まれましたもの。
私がお妃教育と執務を終えて、暗い廊下を小さな蝋燭の明かり一つで移動する時間になっても、殿下のお部屋からは聖女様の大きなお声が聞こえておりましたものね。
随分激しい議論を交わされていたのですね。
私を先導した侍女がいつもとは違うその廊下を通ったのは、殿下が遅くの時間まで聖女様と議論を交わしておられるのを知らせたかった親切心なのでしょうね。
そうそう、ちょうど殿下のお部屋から出てこられた側近のテディスペア様も、白熱した議論に参加しておられたのか、上着をはだけてとても熱そうなご様子でしたわね。にこやかな侍女とは対照的に難しいお顔をしておられたのは、やはり私には参加できないほどの大変な遣り取りをしておられたからなのでしょうね。
それからふた月ののち、殿下から婚約破棄を言い渡された訳ですが……。確かに私は殿下との遣り取りで、自身の視野の狭さを痛感せざるを得ない、こと男女の機微について物を知らない愚鈍だと実感させられておりました。ですから粛々とその意に従わせていただいたのです。
ただ、罪状として読み上げられた「聖女カオリの持ち物を汚損し、名を失墜させるべく学園内の女生徒に働きかけて悪評を流し、ついには命を害すべく危害を与えた為、聖女カオリは王国にて護られるべき聖なる力を失うに至った」とのお言葉だけは認めるわけには参りません。
『 聖女が唯一その正常なる力を喪うに至るのは、子を宿したときである 』
古きより書き綴られた王国史にはっきりとそう書かれておりますもの。代々国王様が忘れてはならぬ貴重な伝聞を連ね続けたその内容を、殿下の一存で書き換えるわけにも参りませんでしょう?
さて、今殿下がこの
こんな愚かで愚鈍な私が、永きに渉って殿下のお世話になりましたご恩を返すべく、念入りに準備させていただきました余興ですのよ。
婚約を破棄され、命を散らした取るに足りない一令嬢の生き様に、人々は喜劇を見るのでしょうね。そうして殿下の周りには笑いが満ちて行くのでしょう。
笑顔も見せぬつまらぬ女は、自身が笑むのは諦めて、市井の人々にその役割を託しました。ご満足されましたでしょうか?
悪女であった私からの償い
―――永遠に続く、笑顔の贈り物です。
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