第13話 僕もキミとなら

 ミュールさんをなんとかしのいで、それから祭に参加する。僕の歓迎パーティだ。正確には勇者の歓迎パーティだから僕が歓迎されているわけじゃないだろうけど……まぁ勇者のフリをするからには参加しないといけない。


 よくよく見ると、食料の類は少なかった。真ん中で巨大な炎が燃えていて豪華に見えたが、なんのことはない。基本的にはその場その場で踊ったり喋ったりして盛り上がっているだけ。

 

 それくらい、蓄えが厳しいのだろう。いくら勇者歓迎のパーティとは言え、そこまでの量の食料は出せないのだろう。


 パーティ参加者の中には、泣いている人もいた。抱き合って喜んでいる人もいた。それほどまでに、勇者という存在が待ち望まれていたのだろう。


 改めて、自分の使命の大きさを知る。それは勇者としての使命ではないけれど、僕にしかできないことだ。それが村の希望になるのなら、やるしかない。


 どんちゃん騒ぎを、少し微笑ましく眺める。僕は笑っている場合じゃないのだが……嬉しそうな顔が見られるというのはここまで心が暖かくなるのか。それをはじめて知った。同時に、騙しているという罪悪感も大きくなった。


 それから祭は、自然な流れで解散になった。誰が解散と言い出したわけでもなく、皆が騒ぎ疲れて、1人また1人と離脱していった。おそらく体力的にはまだ余裕があるのだけれど、浮かれすぎてはいけないという僕の言葉を忠実に守ってくれているのだろう。


 時間的には完全に深夜。僕のいた世界より星がキレイに見える空だった。


 そんなわけで僕も家に帰……ろうとして、


「あれ……」そういえば僕は、どこに帰ればいいんだ? 疑問に思って、村長に聞いてみる。「あの……」

「なんでしょうか勇者様」

「簡素なものでいいんですが……寝床を用意してもらえるとありがたいです」

「寝床?」なぜか驚かれた。虫が良い話だっただろうか。野宿しろということだろうか。「なにをおっしゃいます……勇者様には、愛を誓いあった人がいるでしょう」

「あ……」


 なるほど、そういうことか。だから寝床に案内されなかったのか。


 ……しまった……成り行きとは言え、シオンさんと永遠の愛を誓いあったことにしてしまった。しかし、ミュールさんをかわすにはそれしかなかったし……まぁ事情を説明すれば納得してもらえるだろう。


 というわけで、シオンさんの家に戻る。途中で道に迷って人に聞いて、なんとかシオンさんの家にたどり着いた。


 一応扉をノックする。着替えの最中だったら申し訳ないし、シオンさんにだって見られたくない姿はあるだろう。


「はい」


 どうやら起きていたらしい。今は深夜なのだけれど……

 

「あ……えっと……」

「勇者様ですか?」

「……答えづらい質問だね……」

「失礼しました」その言葉とともに、家の扉が開かれる。「おかえりなさい」

「……」おかえり、と言われたのが意外だったが、「その……ちょっと説明しないといけないことができて……」

「なんでしょうか」シオンさんは僕を家の中に招き入れて、「なにか問題が起こりましたか?」

「えーっとね……単刀直入に言うと……」言葉にすると恥ずかしいが……「僕とキミは……永遠の愛を誓いあったことになった」

「……え……?」さすがに想定外だったらしい。「それは……断られたのでは?」

「えっと……」最初にシオンさんに迫られたとき、断った形になっているかもしれない。「あの……ミュールさんって知ってる?」

「はい……私と同じ、女神の末裔ですよね。雰囲気で酔っ払う……明るい性格の」

「そう。その人」ほぼ確定だと思う。「その人が――」


 ということなので、事情を説明する。祭の最中にミュールさんに絡まれて、子作りをせがまれた。しかし僕は勇者じゃないから受ける訳にはいかない。

 断るための言い訳として、シオンさんと永遠の愛を近いあったことにした……というもの。


「……それだけで、ミュールは引き下がってくれましたか?」


 さすがにミュールさんと知り合いなだけあって鋭い。ミュールさんが今の言葉で引き下がらないことはわかっていたのだろう。


 ということなので説明を付け加える。


 勇者と女神の末裔……その間に生まれた子は強い力を持つ。しかし、その子ども本人の幸せを考えていない。そういったことをシオンさんに伝える。


「なるほど……」シオンさんにも思うところあったようで、「……たしかに……私も同じです。心のどこかで、子供を、血筋を兵器扱いしていたのかもしれません……よくありませんね」

「いや……仕方がないよ」子供を兵器扱いするのは気に入らないが、状況を考えると……「キミたちは……ずっと平和のために戦ってきたんだもの。その平和を維持する方法を見つけたら、飛びついてしまう気持ちもわかる」


 彼女たちにとって村の平和は、自分の命よりも重いのだ。なによりも優先すべき事柄なのだ。どんな手段を使ってでも成し遂げたいのだ。


 僕の言っていることはキレイ事だ。勇者の子供を兵器として扱ったほうが、平和には近くなるのだろう。僕が本当の勇者なら、同じ結論に至っていたと思う。


 結局、僕が偽物なのが悪いのだ。僕が本物の勇者なら、さっさと魔王を倒して世界を平和にすればよかった。


「とにかく……状況は把握しました」シオンさんはうなずいて、「つまり私とあなたは……夫婦のような関係になったと、言うことでしょうか」

「……まぁ事実上、そうだね」なんだか突然、申し訳なくなってきた。「ごめん……成り行きとは言え、キミのことを利用してしまった」

「問題ありません。そもそも、勇者のフリを依頼したのは私ですから……今度も、私のことを利用できる場面があれば、遠慮なく利用してください」ありがたいことだった。「それに、あなたとなら悪い気はしません」

「……え?」

「あなたは魅力的な人物、ということですよ」そんなストレートに褒められたのははじめてだった。「見ず知らずの私たちのために、自らの命を危険にさらしてくれている。なかなかできることではありません。その勇気……勇者と呼ぶにふさわしいかもしれません」

「そ、え……?」褒められなれてないので、変なことを言ってしまった。「僕もキミとなら……」


 僕は何を言っているのだ。こんなもん、告白してるようなもんじゃないか。勇者でもないのに調子に乗るな。シオンさんの言葉は社交辞令なのだ。お世辞なのだ。そんなものを真に受けるな。


「……」シオンさんも褒められなれていないのかもしれない。「あ、ありがとう……ございます……」


 それから気まずい沈黙。そしてシオンさんは話題を変えるように、


「そ、そうだ……少し聞きたいことがありまして……」

「なんでも聞いて」


 話題が変わるのはありがたい。


 しかし……聞きたいこととはなんだろうか?

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