第12話 そーだっけ?

 若い女性の声……シオンさんと同い年くらいだろうか。


 目を向けると……なんだか露出の多い女性が立っていた。スタイルに自信がある感じだった。実際に出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいて……まぁプロポーションの良いこと。


 真面目そうなシオンさんと違って、かなり明るそうな性格に見える。


 そして目につくのが……やはり左腕。そう……彼女は左腕がなかった。戦いの最中に失われたのか、右腕だけが残されていた。


「楽しんでるかい?」その人は僕の肩を叩いて、「主役が楽しまなきゃ祭じゃないでしょ? ほらほら……呑んだ呑んだ」


 なんだこの人……酔っ払ってるのか? 未成年に見えるけれど……いや、この世界は日本じゃない。未成年飲酒という概念はないのかもしれない。


「おいミュール……」村人の1人が呆れ気味に、「お前……雰囲気で酔うのやめろよ……酒なんて飲んでないだろ……」

「そーだっけ?」

「勇者様も困ってるだろうが……」村人が女性を僕から引き剥がして、「いや、申し訳ない。こいつ祝いの場だと、雰囲気で酔っ払っちゃって……」

「酔ってないよー」

「たしかに酔ってないけどな」紛らわしい状態になっている。「とにかくミュール……あんまり勇者様に迷惑かけんなよ」

「おうよ」不安しかないが……ともあれその女性は僕に向き直って、「というわけで勇者様……私、ミュールっての。よろしくね」

「ミュールさん……」


 はて……どこかで聞いたことがある名前だ。どこで聞いたのだろう。


 ああ……そうだ。たしかシオンさんが村長と会話をしていたときに聞いたのだ。つまり、結構な重要人物……あるいはシオンさんの知り合いだろうか。かなりシオンさんとはタイプが異なりそうだが……


「勇者様ぁ……」甘ったるい声とともに、ミュールさんは僕に絡んでくる。「思ったよりかわいい顔してるんですね……私の好み」

「は、はぁ……」

「どう? 私と子作りしない?」この村の女性って、みんなこんな感じなのか? 人前なんですけど……「ねぇダメ? 勇者様と女神の末裔の血が混ざれば、未来永劫村を守れる戦士が生まれると思うんだけど……」

「女神の末裔……つまり、シオンさんと一緒?」

「そうだね。同じようにシオンからも迫られなかった? 受け入れた? 逃げてきた?」


 スッゲー喋るなこの人。マシンガントークって感じだ。


「まぁいいや」ミュールさんは僕を引っ張って、「2回戦と行こうぜ。大丈夫大丈夫。私も初めてだけど、勉強はしたから」

「……」


 まいった。この流れはマズい。シオンさんのときと同じだ。


 シオンさんのときは、僕の正体をバラすことで事なきを得た。しかし、それはシオンさんと2人きりの状態だったからだ。今は他の村人たちも見ている。

 というか、村人たちが止めてくれよ……って、無理な相談か。村人からしても、勇者と女神の末裔には結ばれてほしいのだ。血がほしいのだ。その血が村を守っていくと思っているのだ。だから、こうやって僕が子作りを迫られるのは宿命なのだ。


 とはいえ、受け入れるわけにはいかない。だって僕は勇者じゃないのだから。こんなことでミュールさんの純血は奪えない。


 だが……どうする? 村を守りたいのであれば、勇者の血を残すという提案は悪くない。むしろ、素晴らしい提案だ。受け入れるしかないとすらも思える。


「……?」歩き始めない僕に、ミュールさんが、「どうしたの? 私じゃ不満?」

「……そうじゃないんだけど……」ミュールさんが美女なのは認める。「悪いね……」

「おや……フラレちゃった?」ミュールさんは気にした様子もなく、「理由は聞かせてほしいな。勇者の末裔は、多い方がいいでしょ? なのに、なんで?」


 さてどうする。断る方向性としては……


「……ついさっき、僕はとある女性と永遠の愛を誓いあったからね」悪いシオンさん。嘘をつかせてくれ。事情を知っているのがキミしかいない。「他の女性を愛することは、勇者として許されないんだ」

「ふぅん……」ちょっと怪訝そうな表情のミュールさんだった。「……別に私を愛せとは言わないの。ただ、村を守る存在を生み出せる確率が高いのなら――」

「気に入らないな」会話の主導権を握るために、僕はミュールさんの話を遮る。「たしかに勇者の血と女神の血が交われば、強い力を持った子が生まれるだろうね」

「でしょ。それでその子は、この村を守るの。みんなの幸せのために……」

「そこが気に入らないな」


 本心からの言葉でもある。シオンさんの話を聞いていたときにも思ったことだ。


「キミたちは……子供を兵器かなにかだと思ってる?」

「え……?」

「僕たちの間に子供が生まれたら、そりゃあ強大な力を秘めてるだろう。村を守るかもしれない。だけれど……本人の幸せは無視するの? 勇者の子として生まれたら、命を犠牲にして村にために戦うの? 子供本人の幸せを考えたことがある?」

「それは……」

「さっき……子作りは勉強したと言ってたね。じゃあ、その次は? 生まれてきた子にどんな教育を施すの? そこまで勉強した? しっかりと子供を幸せにできると断言できる?」

「……」


 しばらく、僕はミュールさんと見つめ合った。ちょっと強く言い過ぎたかと思って心臓がドキドキしているが、必要な言葉だ。これくらい強く言わないと、この場はしのげない。


「……ごめん……」ミュールさんは表情を暗くして、「その通りだね……私、なんにも考えてなかった。子供が生まれて……その後のことなんて……いや違う。わかってたけど、無視してたんだね。血筋に頼って、なんの根拠もなく強い子が育つって思ってたのかな……」

「……わかればいいよ……」言葉で突き放してから、「でも……キミが村のことを思ってることは伝わってきたよ。少しばかり、若すぎたというだけ」


 彼女は純粋に村を守ろうとしている。それはわかる。おそらくその左腕も、村を守る戦いの最中に失ったのだろう。シオンさんの傷と、一緒だ。


「……そっか……」ミュールさんはなにか言いたげに口を開けたが、すぐに、「ごめん……ちょっと頭冷やしてくる。私も勇者様のご登場に……舞い上がってたみたいだ」

「……わかった」去っていくミュールさんの背中に、「帰ってきてよ。まだ、パーティやってるから」

「そうだね……」そこでミュールさんに笑顔が戻った。弱々しいけれど。「……私イチゴ好きだから……残しといて」

「了解」


 イチゴが好きなのか……なんともかわいらしい。見た目的には肉とか好きそうだけど……って、見た目で判断するのは良くないな。


 ともあれ……またなんとかしのいだ。ミュールさんの反応を見る限り、他の人に迫られても同じ言葉で回避できるかもしれない。

 

 ……ああ……勇者のフリも、結構疲れるな……

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