第10話 僕は……勇者ではありません

「さぁ勇者様」村長は満面の笑みで、「こちらへどうぞ……」


 案内されたのは、広場に作られた簡易的な舞台。木を積み上げて、少し高くなっただけのステージ。


「皆の者!」村長はそこに立って、「勇者様のご挨拶……心して聞くように!」


 勇者、という言葉を聞いて、その場にいた全員が僕を見た。


 心臓が締め付けられるようだった。その視線の意図を一つ一つ考えてしまっていた。

 勇者じゃないとバレたのではないか。信じられないのではないか。逆に異常に尊敬されるのではないか。いろいろな感情が、僕の中に入り混じっていた。


 こんな大勢に見つめられることなんて、今までなかった。学校の発表会だって、もっと人は少ない。それに僕は主人公じゃなかった。僕だけに視線が集まるなんて、今まで経験したことがない。


「だ、大丈夫ですか?」シオンさんが耳打ちで、「代わりに私が……」

「いや……大丈夫」声は震えているけれど、やる気はある。「キミの努力は、ムダにしないから」


 逃げようとすると、シオンさんの体を思い出してしまう。傷だらけでボロボロのあの体。あの決意を見せられて、逃げるなんてできない。


 たぶん僕は、シオンさんに惚れているのだと思う。かわいい人の前でカッコつけたいだけなのかもしれない。


 なんでもいい。勇者としての演説……それが始まる。


 壇上に上がる。村の人の期待の視線が僕に突き刺さる。自分の足が消えたみたいだった。上半身と下半身がズレている気がした。呼吸の仕方がわからなかった。


 完全なる静寂。その場にいる全員が勇者の第一声を待ちわびていた。


「僕は……」ダメだ。これでは聞こえない。もっと声を出せ。「僕は……皆の希望になりたい」


 素直に行こう。


「村の状況は、見ました。聞きました。皆さんの苦しみ……そして勇者という希望の光……それが意味することを知りました」


 村はボロボロ。不確実な勇者という伝説にすがるしかない状況。勇者という希望。


「ここであえて……言わせてください」ツバを飲み込んでから、僕は言う。「僕は……勇者ではありません」


 誰かが息を呑んだ声が聞こえた。たぶんシオンさんだと思う。そりゃ驚くだろう。勇者のフリをすると言ったそばから、勇者じゃないなんて言い出すのだから。


 しかし、勇者を放棄するつもりはない。


 僕は続ける。


「本当の勇気とは、なんでしょうか。勇者とは、何者でしょうか。伝承? それとも血筋? 僕は違うと思う」重要な要素だとは思うけれど。「本当の勇気とは……覚悟だと思う。大切なもののために、傷つくことさえいとわない。誰かのために、誰かを守るために、全力を尽くす。それこそが勇気であり……勇気を持ち合わせる者は皆、勇者になれる」


 ここぞとばかりに、僕は声を張り上げる。といっても、そんなに声は出てないけれど。


「皆さんは……どうして今まで戦っていた? それは大切な存在を守るためだ。勇者という希望が現れるまで、その身を犠牲にしても戦った。ボロボロになっても決して諦めず、戦い続けた。そんな勇気を持った人のことを……こう呼ぶのです。と」両手を広げて、村の人々全員を示す。「僕は伝承に選ばれたと言われるだけの、ちっぽけな勇者だ。しかし僕は村の平和を守りたい。この力が皆さんの希望になるのなら、犠牲になることもいとわない」


 しかし!と僕は続ける。


「魔王の力は強大だ。必ず勝つとは言えない。僕一人では敵わないかもしれない。だけど……皆さんの力があれば、勇者が団結すれば、必ず道は開ける」みんなの力が必要だ、と僕は拳を振り上げる。「もう少しだけ、戦ってほしい。そうすれば……必ず平和が訪れる。その平和は、すぐそこにある。だから……僕に力を貸してほしい。勇者の力を、僕に貸してほしい!」


 語り終わって、一瞬の沈黙。


 やらかしたかと冷や汗をかいた瞬間だった。


 拍手が聞こえてきた。最初はまばらだった拍手が、しだいに大きくなっていく。最後にはその場にいた全員が手を叩いていた。


 ……村の人達の顔を見回してみる。


 泣いている人もいた。どうやら、なんとか彼ら彼女らの心をつなぎとめることには成功したようだ。


 これでいい。これしかない。極力嘘はついてないはずだ。僕は勇者じゃないともハッキリ言った。これでまだ、逃げ道がある。


 村の人達に危機感も戻っただろう。勇者が現れたからと言って、勝てるとは限らない。そのことがしっかりと思い出されただろう。


 そして一応、僕が勇者だと思ってもらえたようだ。反応を見ていればわかる。僕が偽物だと疑っている人は、まだいないようだった。


 ……


 とりあえず……第一関門突破かな。まずあいさつは済ませた。これからは……どうなるかまったくわからないけれど……まぁ、なんとかするしかない。

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