偽物の

第9話 我こそが勇者

 勇者として生きる。勇者のフリをする。それが僕の今の目的。


 この村は……魔王に襲われている。伝承によって、魔王は勇者に討伐されるらしい。その伝説の勇者とやらが僕……だと勘違いされている。村の人々は僕に希望を見て、僕だけが最後の望みだと思っている。


 だから、僕は希望であり続ける。人違いだけれど……そのまま騙し続ける。それこそが僕の使命だ。


 できるかなぁ……幸い言い訳は得意なのだけれど、言い訳でどうにかなる状況ではない気もする。とはいえ、やらなければならない。シオンさんのためにも、村のためにも……


「さて……では行きましょう」


 シオンさんが外出用の服に着替えて言った。


「行くって……どこに?」

「村長に呼ばれているでしょう。なんの用なのか……それはわかりませんが……きっと勇者としての立ち振舞を求められます」

「……まずは、そこを乗り切らないといけないね」

「逆に言えば……最初が重要ですよ。最初に嘘を信じ込ませることができれば、それはなかなか揺るがない」


 最初のイメージを覆すことは難しい。だから最初こそが重要。僕もそう思う。


 というわけで、扉を開けて村に出る。


 改めて村を見回してみる。最初に来たときは覚悟が決まってなかったので、村の状態なんて見る余裕はなかった。


 改めて見ると、結構な惨状だった。家は壊れかけている家が多く、ツギハギに修理してある。地面にも何かしらの攻撃を受けた跡が多数存在している。通行人はどこかケガをしていたり、杖をついていたりする人もいる。


 ずっと、勇者を信じて戦っていたのだろう。その希望を絶やしてはならない。


「おお……」村長がこちらに気づいて、「勇者様……もう準備はできましたか?」

「準備……?」

「はい……これから勇者様歓迎のパーティが開かれます。その場で……あいさつをいただきたいのです」

「あいさつ……」

「そうです。我こそが勇者だと。自分が来たからには安心だと……そう村の人達に知らせてほしいのです」


 全力で嘘をつく事になりそうだ。まぁ覚悟の上だから良いけれど。


 しかしあいさつか……なんて言おう。ちょっとした短いあいさつでも良いけれど……最初はバッチリ決めたい。


 そして、村の人達が危機感をなくすことも問題だ。僕は勇者じゃない。本当に敵に襲われた場合、村の人達にはまだ戦ってもらう必要がある。


 勇者としての存在感を示しつつ、さらに村に危機感を継続させ、その上で安心させる必要がある。そんな無理難題。


 ここは……そうだな。


 よし。意味深なことを言ってごまかそう。


「安心……」なんとなく意味がありそうに笑っておく。「なにをもって、安心というのでしょうね」

「え……?」

「いえ……なんでもありません」


 そう言って、僕は歩く。聞き返されると面倒だ。とくに意味があっての発言じゃない。なんとなくそれっぽいことを言っただけだ。自分でも意味がわからない。


 そして、あいさつの内容を考えながら、しばらく歩く。


「さぁ……こちらです」


 案内された場所には……巨大な炎があった。組木が燃えてキャンプファイヤーのような状態。その周りには老若男女が集まって、各々が好きに踊っていた。さらに取り囲むように談笑する人たち、料理を用意する人たち、感極まって涙する人たち……いろいろな人がいた。


 この人たちは皆、勇者という希望を信じた人たち。耐え抜いた人たち。その人たちの前についに希望が現れた。だから、盛大に祝う。今まで耐えていたすべてが発散されて、盛大なパーティになっていた。

 熱気が伝わってくる。感情が伝わってくる。今までの苦しみと、未来への希望が伝わってくる。耐え忍んでいた苦労が報われると、全員が信じているようだった。


 心臓の鼓動が変になる。高揚しているのか、熱気に当てられたのか、恐怖しているのか……わからない。今から僕は、この熱狂の頂点に立つ。そして村の人々に向けてあいさつをする。


 失敗すれば殺されるかもしれない。勇者じゃないとバレたら、村は大騒ぎだろう。


 絶対に失敗できない。僕こそが勇者だと、信じ込ませないといけない。


 やってやる。それで希望になるのなら……できる限りやってやる。

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