第8話 最後の希望

 僕は勇者じゃない。それをシオンさんにバラして、


「……これから、僕はどうしよう……」そのまま彼女に相談する。というより、彼女にしか相談できない。「勇者のフリをしても、本当のことを告げても……助かる未来が見えないんだけど……」


 勇者のフリをして魔王たちと戦えば、魔王に殺される。そして本当のことを告げたら、村人たちに殺される。あるいは村人たちが絶望して自殺してしまうかもしれない。そう考えると、もう逃げ場がない。


「す、すいません……」謝りっぱなしのシオンさんだった。「私が勘違いしたばかりに……」

「いや……シオンさんは悪くないよ。シオンさんが村の人達に伝えたわけじゃないし……」言ってから、誤解を生む表現だと思って、「あ、いや……村に伝えた子どもたちが悪いって言ってるわけじゃなくて……強いて言うなら、訂正できなかった僕が悪くて……」


 僕が強引にでも『勇者じゃない』と言えば解決する話だったのだ。最初にそう言っておけばよかった。というより、言うなら最初しかなかった。その機会を逃した僕が悪いのだ。


「いえ……きっと、訂正する間もないくらいの出来事だったのでしょう」それはそうだけれど……「この村の人達は……勇者様だけが最後の希望でした。そしてその希望が現れたとなると……」


 訂正する間もないくらいの勢いで、物事が進んでいくわけだ。パーティの用意がされたり求婚されたり……それはもう雪崩のような勢いだった。これで僕が本物の勇者だったら、すべてが解決したんだけど……残念ながら僕は偽物だった。


 本当にこれからどうすればいいんだろう……僕の異世界生活……初日からお先真っ暗だ。


 と、その瞬間、


「勇者様」家のドアがノックされて、「お休みのところ申し訳ありませんが……お願いしたいことがあります」

「え……?」僕は家の中のシオンさんと目を合わせて、「ど、どうしよう……?」

「どうしましょう……」シオンさんも途方に暮れているようだった。しかし扉の外の人に向かって、「村長……申し訳ありませんが、少々お待ちください」

「その声は……シオン?」どうやら知り合いらしい。というより、僕が長老だと思っていた人は村長だったらしい。声でわかる。「傷は大丈夫かい?」

「ええ……まぁ……」強がりにも程がある。死にかけだろうに。「少し勇者様とお話がありまして……待っていただいてもいいですか?」

「そういうことなら……」

 

 とりあえず、村長は引き下がってくれるようだ。しかし時間の猶予はない。早いところ、次の行動を決めなければ。


 逃げるか……それとも……


「あの……」シオンさんが覚悟を決めた目で、「無理を承知で、お願いがあります」

「……なに?」

「このまま……勇者のフリをしていただきたい」

「……」言われると思った。「でも……僕は、戦えないよ? 伝説の剣なんて抜けないし……」

「……無理は承知です。私もできる限りのフォローをします。だから……少しの間でいいんです……少しだけ、私達の希望になってください」

「……希望……」

「はい……その……私たちは、勇者様の登場だけを夢見て生きてきました。どんな苦境でも、必ず勇者様が現れてくれると信じていました。だけれど……村はもう限界なんです」


 それはなんとなく伝わってくる。そうじゃないと、ここまで勇者が歓迎されたりしない。最後の希望である勇者が現れたと思うから、こんなにも歓迎ムードなのだ。


「少しの間だけでいいんです……その間に、もしかしたら本当に勇者様が現れるかもしれない……それまで、すがる希望が必要なんです」

「……」


 希望……村の最後の希望。


 僕に、できるだろうか。なんの取り柄もない……強いて言うなら言い訳が得意なだけの僕に、できるだろうか。希望なんて見せることができるだろうか。最期までごまかすことができるだろうか。


 自信はまったくない。だけれど……逃げようとすると思い出される。


 シオンさんの、ボロボロの体。生きているのが不思議なくらいの傷跡。あんなに傷だらけになってまで、彼女は村を守ろうとした。自分の身を犠牲にして、人々を守ろうとしていた。


 その決意と、強い想いに……僕の心は動かされ始めていた。

 いつもなら逃げていたと思う。村の希望なんて無視していたと思う。だけれど、彼女の決意を見せられて引き下がれるほど……僕は……


「……わかった……」覚悟を決めよう。「できる限り……勇者のフリをするよ。ボロが出ると思うから……フォローはお願い」

「……」シオンさんは一瞬顔を明るくしたが、すぐに気を引き締めて、「ありがとうございます……本当に、感謝いたします」

「……大丈夫……」


 シオンさんの頼みだから引き受けたのだ。彼女の強い意志に、応えたいと思ったのだ。


 こうして僕の、偽勇者としての生活が始まった。完全に人違いなのだけれど、騙してみせる。


 目的は『勇者のフリをすること』である。絶対に勇者じゃないとバレてはいけない。村の最後の希望として生き続けるのだ。


 ……


 できるかなぁ……不安だ。やっぱり逃げておけばよかっただろうか……って、なんて情けない。もうやると決めたのだ。せっかく異世界に来たのだ。少しくらいカッコつけさせてくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る