第7話 世界の誰よりも美しい
いったいこの状況は何だろう。この異世界に来てから、僕の常識では考えられないことばかりが起きている。
ドラゴンに出会って、そして村の人達に勇者と間違えられて……そして今度は、
「勇者様との子を授かりたいのです」謎の美少女に、子作りをせがまれている。「お願い致します……」
「そ、その……」
「あなたとの永遠の愛を誓います。私の人生の伴侶になってください……そしてあなたの血を、この村に分け与えてください」
「え……それは、どういう?」
「勇者と女神の末裔の血を引いた子供……きっと強くなる。心も体も強くなって、これからの世を守ってくれます。そんな存在を、私は作りたいのです」
「は、はぁ……なるほど」
勇者の血族を残したいわけだ。一代だけの勇者ではなくて、未来永劫勇者の血筋を残すつもりなのだ。その勇者の血が、未来の世界を守っていくのだ。
その考えはわかる。勇者の血と女神の末裔とやらの血が混じり合えば、きっととんでもない傑物が生まれるのだろう。ファンタジーではよくある話だ。未来の平和を考えるなら、勇者の血は残したほうがいい。
問題なのは、僕が勇者じゃないということ。このまま彼女と子をもうけても、その子に力はないだろう。勇者の血なんて、入っていないのだから。
「勇者様……」僕が勇者じゃないなんて知らないシオンさんは、「ダメですか? こんな傷だらけの女とは交われませんか?」
「え……その……」
「今だけの辛抱ですよ。お望みとあらば、傷のない女性もあてがいます。それに他の女神の末裔は、美女ばかりです。最初が私で申し訳ないですが……しばしの我慢を」
そうじゃない。シオンさんだってとんでもない美少女……って、容姿が問題なんじゃない。僕が勇者じゃないことが問題なのだ。
「そ、その……」頭が火照って、うまく言葉が出てこない。彼女の言葉と体が僕を狂わせる。このまま身を委ねてしまえと、誰かがつぶやく。「そうじゃなくて……」
「ふふ……案外、勇者様も奥手なんですね。でも大丈夫ですよ……」シオンさんは僕の衣服に手をかけて、「すべて私にお任せください。醜い私ですが……ちゃんと仕事は――」
「違うんだよ……!」もう泣きそうだった。パニックになって、「醜くなんかないよ。村のために頑張ってたんでしょ? キミはキレイだ……世界の誰よりも美しい……!」
村を守るために戦った体を醜いなんて言わない。思わない。
「……」突然の僕の言葉に、シオンさんは、「あ……その……ありがとう、ございます……」
照れさせたらしい。というか、僕は何を言っているんだ。言うべきことはそれじゃないだろう。
「と、とにかく……」シオンさんは顔を赤くして、「あなたの血を、いただきますね。これで未来は――」
「違うんだって……」
「……なにが、違うのでしょうか……」
「僕は……違うんだ……」怒られるのが怖くて、僕は顔を手で隠しながら、「勇者じゃ……ないんです……」
つい、そう口走ってしまったのだった。
☆
僕は勇者じゃない。その言葉を理解するのに、彼女はしばらくの時間を要した。
「……勇者では……ない……?」
「ごめんなさい……!」涙が出そうだ。なんて情けない。「僕は勇者じゃないんです……村を救う力なんて、ないんです……」
「ご、ご謙遜を……あなたはアヴァールを……」
「それも違う……アヴァールって、あのドラゴンだよね?」
「はい……あなたが真っ二つにした……」
「だから違うの……」それが、そもそもの誤解の始まりだ。「あのドラゴンは……僕がやったんじゃないんだ。勝手に切られて……僕じゃない誰かが、倒したんだ……僕は偶然、その場に居合わせただけで……」
「……だ、誰が……」
「わかんないよ……」自分でも情けないと思う声が出た。「とにかく……僕は勇者じゃないんだ……強くないし伝説でもないし、未来の平和も守れない……」
全部、吐露してしまった。隠し通すつもりだったのだが、彼女の熱意が怖かった。偽物の勇者として彼女と交わるのは、あまりにも失礼な気がした。
目の前の男が勇者じゃない。その事実を受け入れるのは、彼女にとってはかなり難しいことだったようだ。しばらく僕を無言で見つめ続けて、ようやく……
「も……」顔を真っ青にして、彼女は僕に土下座した。「も、申し訳ございません……! 私は……! 私はとんだ早とちり、勘違いを……!」
「こっちこそ……ごめん……騙してたつもりはなくて……」
「勇者様が謝る必要はありません……!」僕は勇者じゃないけれど。「考えてみれば……あなたは自分で勇者だとは一言も……完全に私の思い込みで……! 申し訳ありません……!」
「と、とと……とりあえず服を着て……」
全裸の美少女の土下座を見続けて、理性を保てる自信がない。
「も、申し訳ありません……」もう謝ることしかできないようだった。シオンさんは服をゆっくりと着ながら、「……本当に、その……申し訳ない……」
「いや……その……」
「誤解だということは、私から村の人々に伝えさせていただきます……」
そう言って彼女は立ち上がった。どうやら村に僕が勇者じゃないということを伝えに行くらしい。
「ちょ……ちょっと待って!」
「……なんでしょう……」
「あの……」僕はカーテンを開けて、村の状態を彼女に見せる。「これ、見える?」
「……パーティの準備が、進んでいますね」
「そう……」自分の顔が青いのがわかる。「これね……勇者様歓迎のパーティなんだって」
「……」
「キミが気絶したあとにね、子供たちがやってきてね……勇者様が来てくれたって村の人たちに伝えて……」
「……」
「それでね……僕が村についたらね……大歓迎でね……」本当に涙が出てきた。「勇者じゃないって言い出せなくてね……でもね、僕が勇者だって思ってもらって解決するならいいかなって思ってね……」
お互いの顔が青くなっていく。僕の口は止まらない。
「そしたらね……四天王とか魔王とか、伝説の剣とか言われてね……倒せないし、抜けないの……」
「……」
「しかも僕の血を残してもね……誰も救えないし……」
自分で言っていて、どうしようもない状況だと思う。なんの希望もない。絶望しか見えない。村の人達は勇者の後輪に希望を見ているというのに……
「……どうしよう……」僕は勇者歓迎のパーティを指さしながら、「今、この状況で僕が勇者じゃないって知ったら……どうなると思う?」
「……」八つ裂きで済むだろうか。未来永劫まで呪われそうだ。「あ……ご、ごめんなさい……」
顔面蒼白、という言葉が似合う状態のシオンさんだった。たぶん僕も似たような顔をしているのだろうけど。
ああ……本当にどうしよう。
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