第6話 女神の末裔

 少女……シオンさんはゆっくりと目を覚ます。そして苦しそうに体を起こして、僕の存在に気がついたようだった。


「あなたは……」


 まだ寝ぼけているようで、目がボーッとしていた。


 さて……なんて自己紹介したものか。勇者です、なんて言えるわけもないし……


 とりあえず話題を変えてごまかそう。


「傷は大丈夫?」

「はい……」シオンさんは軽く肩を回す。「……なんとか……」


 痛そうだな。そりゃドラゴンの炎の直撃を受けて、しっぽで何度も踏み潰されたのだ。普通の人間なら死んでいてもおかしくない。この少女は……どうやらまともじゃないらしい。


 そして、


「あ……」完全に覚醒したシオンさんが、「あなたは……勇者様……ですね?」

「えーっと……」どうする? なんて答える? 「……よくわかんない……」

「勇者様……」僕の言葉は耳に入ってないみたいだった。「ありがとうございます……」

「え……」シオンさんはベッドの上で泣き始めてしまった。「ど、どうしたの……?」

「も、申し訳ありません……」シオンさんは涙を拭うが、涙は止まらない。「ようやく……ようやく村に平和が訪れます……よかった……」


 感極まられても困る。この状態で勇者じゃないなんて伝えたら、彼女は自殺でもしてしまうんじゃないだろうか。


「女神の末裔」唐突にシオンさんは言った。「私たちはそう呼ばれています。私の他にも2人、女神の末裔がいて……勇者様が降臨するまで、その剣を守り抜くことが使命とされていました」

「……剣?」

「勇者様にしか抜けない……伝説の剣です」また不都合な単語を聞いてしまった。「勇者様はその剣を振るい、世界を救う……それまで剣を守るのが女神の末裔の使命……」


 だからシオンさんはドラゴンと戦っていたのか。剣を守るために。いつか現れる勇者の武器を守るために。


「しかし……」シオンさんは自分の体を抱きしめて、「いよいよ、限界が近づいていました。身体は傷ついていき、体力も気力も、もうみんな限界でした……勇者様が現れるという伝承のみを希望にして、今まで戦ってきました……」


 その希望が現れたから、こんなにも歓迎されたらしい。偽物なのが、本当に心苦しい。


「勇者様……」シオンさんは立ち上がる。なんだかうっとりとした危険な表情に見えた。「見てください……」

「え……そんな無理したら……」あんな傷で立ち上がってしまうのは避けたほうがいいだろう。「おとなしく寝てて――」


 そして次の瞬間、僕の目の前でシオンさんはとんでもない行動に出た。


「……!?」


 驚いた。本当に驚いた。人生で一番驚いた。ドラゴンを見たときより驚いた。


 シオンさんはいきなり、突然、僕の目の前で、唐突に……


 それも上着を1枚、というものではない。上も下もすべて脱ぎ捨てて床において、一糸まとわぬ……


「って……ちょっと……!」思わず視線をそらす。「な……なんで……服……」


 情けないことに、まともな言葉が出てこない。女性の裸体なんて見たことがない。みっともなくうろたえることしかできない。


「勇者様」声が近づいてくる。素足の足音が聞こえる。「ちゃんと、見てください」

「……そんなこと言われても……」

「……」シオンさんの両手が僕の顔に添えられて、「見てほしんです」


 痴女か……?なんて一瞬でも思った自分の浅はかな思考が恥ずかしい。


 恐る恐る、僕は彼女に視線を向けた。


 最初に目に入ったのは彼女の顔。キレイな目だと思った。透き通っていて、子供みたいに純粋そうだった。


 そして視線を下に移す。


「……っ……!」


 傷だらけだった。彼女の体は、傷ついていない場所を探すほうが難しい状態だった。


 火傷の痕、刺し傷、切り傷……変色してとても痛々しい。とくに上半身はバッサリと切り裂かれた跡があった。今にも血が溢れ出てきそうなくらい、痛々しい姿だった。

 下半身も多くの傷跡。特に右膝は痛めているのか、大きく紫色になっていた。骨に異常をきたしているのかもしれない。

 

「私たち女神の末裔は……勇者様が現れるのを待ち続けていました。勇者様だけを希望に、戦い続けました。でもご覧の通り……」シオンさんは自分の体を見て、「もう……限界でした。これ以上、戦うことは難しかった……肉体も精神も、朽ちる寸前でした」


 シオンさんは僕を抱きしめる。彼女の熱っぽい体が僕の鼓動をおかしくする。


 何も言えない僕に、彼女は続ける。


「でも、こうして勇者様が現れてくれた……我々の苦労は、報われた。長かった……」荒い息遣いが僕の耳に聞こえてくる。嗚咽と、涙。「本当に……本当にありがとうございます……」


 その声は震えていた。喜びと安堵に包まれた声だった。心が、傷んだ。


「ですが……まだ私の仕事は残っています」

「し……仕事……?」

「はい……」シオンさんは僕の目を見て、「あなたの血を、ください」


 そんな事を言いだしたのだった。

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