第5話 ごゆっくり

「さぁ勇者様」長老は手を叩いて、「まだまだ、勇者様歓迎の宴は始まったばかりです。これから村一番の奇術師による――」

「ちょ、ちょっと待ってください」落ち着いて考える時間がほしい。「少し……疲れました。ちょっとだけでいいので……落ち着ける場所にいたいのですが……」

「おお……これは失礼を……勇者様にお会いできた喜びのあまり、我を忘れていました」本当にな。もうちょっと落ち着いてくれ。「とはいえ……今、村は祭りの準備の真っ最中……どこもかしこも大騒ぎで……」


 村全体がお祝いの準備してくれるの? どんだけ勇者を待ち望んでたの? そしてごめん。僕は偽物なのだ。期待には応えられない。


「ならば……」長老はなにか思いついたように、「ご案内いたしましょう。1つだけ静かな場所があります」

「ありがとうございます」


 これで、落ち着いて考える時間ができる。場合によっては逃げよう。他に誰もいない静かな場所だから逃げやすいはずだ。さっさと逃げないと死んでしまう。


 そうして、僕は長老に案内される。村を歩いている最中も村人に話しかけられ続け、移動にはそこそこの時間を要した。


 そして少しずつ、喧騒が収まっていく。人はいるのだが、その一角だけ皆が声を落としている。なにか静かにしないといけない理由があるのだろうか。


「こちらです」長老は小さな家の前に立って、「中に1人いますが……まだ起きていないと思います。ごゆっくり」

「中に人……?」


 僕の疑問は長老に届かなかったようで、そのまま長老は頭を下げて去っていった。


 ……家の中に人がいるらしい。起きていないということは、寝ているのだろうか。いったいだれが……


 疑問に思いつつ、僕は家の扉を開けた。ずっと家の前で立っていたら、誰かに声をかけられてしまいそうだった。


 家の中は外観通り狭かった。木で作られた無骨な家。小さい本棚とベッドが床においてあって、数本の武器が壁にかけられている。


 そして、そのベッドの上で寝ているのは――


「あ……」


 見たことがある女の子だった。


 改めて落ち着いてみると、相当な美少女。戦っているときはポニーテールにまとめていた髪型が、今は結ばれていない。美しい金髪と、こうして眠っていると童顔に見える幼い顔立ち。


 ドラゴンと戦っていた少女だ。名前は確か……シオン。彼女が、この家の主らしい。そして戦い疲れて治療されて、この場所に寝ているらしい。


 小さな寝息が聞こえてきた。どうやら生きているようだ。ちょっとホッとした。もしかしたら死んでしまっているのではないかと思っていた。


 とはいえ……あれ程の傷を負っているのだ。たしかに、しばらく目をさますことはないだろう。彼女がここで眠っているから、村の人達はこの場所でだけは静かにしていたらしい。


 ……久しぶりに喧騒から離れた気がする。この異世界に来て、僕はずっと騒動に巻き込まれていた。ドラゴンと対峙し、その後勇者と間違えられて宴に連れて行かれて……


「……これから、どうしよう……」


 現状を整理すると……僕は今、勇者と間違われている。僕自身はなんの力も権力もない。

 そしてこの世界は、魔王に苦しめられているらしい。魔王と四天王……その強大な悪を倒す存在が勇者として語り継がれているらしい。そしてその勇者こそが僕だと……村の人たちは本気で信じている。


 ……どうしよう……真実を告げるべきだろうか。僕は勇者じゃないというべきだろうか。しかし、今さらそんな事を言ってしまうと、殺されそうな気がする。よくも騙しやがってと、恨まれそうな気がする。


 じゃあ逃げるか? その場合、どうなる? 村の人たちは……勇者に逃げられたという絶望を感じることになる。勇者という希望が逃げたという事実は、やがて絶望に変わるだろう。


 なら戦うか? 魔王と? 四天王と? それこそ冗談じゃない。僕なんかが戦ったら、すぐに殺されてしまう。四天王の一人のドラゴンにも僕は、まったく敵わなかったのだ。残り3人と魔王になんて、勝てるわけもない。


 どうすればいい……? どうすれば……得意の言い訳でごまかす……なんてことができる状態じゃないよな……


 詰み……そんな言葉が浮かんだ。逃げて村人を絶望させるか。戦って僕が死ぬか……その2択。どちらにせよ村人が絶望することになるのなら、逃げたほうがいいかな……でも……


 悩んでいると……


「……ん……」


 小さな声が聞こえた。


 どうやら、少女――シオンさんが目を覚ましたらしい。

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