我が幼馴染、お風呂に乱入す。その「いいわけ」

綾乃姫音真

我が幼馴染、お風呂に乱入す。その「いいわけ」

「ふぃ~~」


 1日の疲れを癒やすひとりっきりの時間が俺は好きだった。親子3人で好みの入浴剤が違うからどれを使うかは日替わりのローテーション。今日は乳白色のクリーミーミルクの香りだった。これは母親の趣味だ。親父なら森林の香りだし、俺は柚子の香りが好きだ。


「……」


 湯船の中で足を伸ばして、なにも考えずに天井を見上げる。運が悪いと水滴が顔面を直撃するけれど今日は、今のところ大丈夫そうだった。


 ガラガラッ!


「うわっと!?」


 不意にドアが開く。反射的に見ると、見慣れた人物がいた。正確には見慣れた人物が、年に数度見るか見ないかの水着姿で立っていた。


「お背中流しますよ~?」


 毎日聞いている女子にしては低めの声ではなく、クラス内で会話するときなんかに使ってるわざとらしい高めの声色に思わずため息が出そうになる。


「なにしてんだお前」


「わたし? たまには幼馴染の背中でも流してあげようかなと思っただけ」


 そう言って、浴室に侵入してきた姿を眺めてしまう。整った顔立ちに、愛嬌のある目元。してやったりと言いたげな表情を浮かべていた。普段は結っている黒髪も、こうして解いている状態を見ると綺麗だと思う。昔から伸ばしているけれど、最近は腰までをキープしている。そこまではまぁ良い。いや、風呂場に乱入してきている段階で大問題なんだが……その格好はツッコミ待ちなのか?

 この水着を見るのは、一緒に買いに行ったときの試着と、一緒にプールに行ったとき以来3度目。赤色に黄色のラインでフチ取りがされたビキニ姿だった。見られて困る身体はしてないとばかりに、両手を腰に当てている。実際、スタイルいいんだよな……男子の間で大きい方だよな、なんて話題になる胸。逆に女子の間で嫉妬されているらしい細いウエスト。それでいて安心感のある腰回りと。なにより、太もものムチムチ感がクラスどころか他学年の男連中から評判だ。


「普通さ、男が入ってるのわかってて乱入してくるか?」


 文句を言いつつも、幼馴染の身体に目を向けてしまう。悲しい男の性だった。特にたわわな双丘に視線が吸い寄せられていく。コイツはコイツで見せつけるためにやってるから照れるどころか得意げだ。


「別にいいでしょ? 昔は一緒に入ってたくらいなんだから」


 言葉を返しながら髪を頭の上でお団子にし始めた。わざとらしく俺を見ながら。その表情がニヤニヤしていた。ああ、女の子が髪を纏めてる仕草が好きだとも。こちとらお湯が白濁してて身体が隠れていることに心底安堵しながら、幼馴染に見惚れて顔が赤くなっているのまで自覚してるさ。それをわかっていてやってるのがムカついた。ムカついたからこっちも彼女のツルツルな腋を凝視してやる。

 何年幼馴染やってると? 当然、俺もコイツが恥ずかしがることを把握している。そのひとつが腋だった。意識的に見られると羞恥を感じるらしい。他には人よりも発汗量が多いのか、運動後とかに近づかれるのも必死に抵抗するな。


「――っ」


 余裕そうだった表情が一転、頬に朱が差す。それでも意地で腕を下げないんだもんなぁ……。


「――っ」


 なにを思ったかその場で身体を震わせて胸を揺らしてくる。反射的に見てしまう、これまた悲しい男の性……。同時に察した。俺が先に視線の目標を変えたから、腋をガードしても負けじゃないと言いたいんだろう……現に、速攻で腋をしめてシャワーを浴び始めた。……この負けず嫌いめ。

  

「お前なぁ……本気で一緒に入る気かよ」


「一応、水着だし。別にいいでしょ」


 その「一応」にはどんな意味が含まれているんですかね? 脱ぐなよ? 我慢できなくなるからな? 今も必死に耐えてるんだからな? 


「いいわけあるか」


「言い訳? あなたの部屋で見つけた漫画に幼馴染が水着で乱入してきてそのままエ――仲良く入ってるのがあったから、こういうの好きなのかなって」


 しかも言い訳かそれ?


「違うわ、良い訳あるかって意味だよっ! ていうか、今とんでもないこと言いかけたよな?」


「まだ夜は冷えるし、ビキニ姿とか風邪引いちゃうじゃないのよ。ほらほら、どっちかに詰めて」


 明らかに誤魔化されたのがわかるが、風邪を引くと言われると追い出せなくなってしまうのも事実。俺が渋々足を抱えると、なんの抵抗もなく浴槽を跨いで対面に座る幼馴染。自然と正面から見つめあう形になった。 


「……つか、そもそも俺の両親は止めなかったのか」


 ここは俺の家で、玄関からお風呂場の間にあるリビングにふたり揃ってるよな?


「『いってらっしゃい』『ごゆっくり~』って見送られたけど」


「……頭痛い」


「ちなみに、わたしの両親も同じこと言ってたわ」


「……尚更、頭痛い」


 俺たち別に付き合ってないんだけどな……もっとも、将来的には結婚してるだろう未来も視えてしまっているが……恐らくお互いに、その両親まで。じゃなきゃこんな状況にならんわな。


「今度はスクール水着にするね? 好きでしょ?」


 想像してしまった。そして確実にバレた。目の前の表情がそれを物語っている。


「………………またやる気か」


「もちろん」


「……………………」


「あ、期待してる」


 そっちがその気なら――。


「期待してるが?」


「――っ!?」


「自分から言い出したんだからやれよな? 高校の授業で使ってるセパレートタイプじゃなくて、前に趣味で買ったと見せてきたワンピースタイプを所望する」


「変態!」


「先に風呂に乱入してきたお前にだけは変態と言われたくないからな! そもそも学校指定じゃないのに買ったの誰だよ……」


「言い訳して良い訳?」


「やかましい!」


 なんて口では言いながら、足先は優しくつつきあって遊んでるのが……。まぁ、これはこれで癒されるかもな……なんて思う俺だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

我が幼馴染、お風呂に乱入す。その「いいわけ」 綾乃姫音真 @ayanohime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ