不法投棄は許さない

やまおか

第1話

 雨上がりの雫が濡れた木々から落ちる中、山道を歩いていた。

 むせ返るような湿気と木々の匂いに包まれ、ときおり立ち止まっては首にかけたタオルで汗をぬぐいながら周囲に視線をめぐらす。


 祖父から受け継いだ山の管理のための週に一度の見回りだった。山なんて適当に放置していればいいと軽い気持ちで相続したことを後悔している。

 それでも家の裏に広がる山は子供のころの遊び場であり、いまでは山菜とりなどを楽しむ大切の場所であった。中年にさしかかった自分には運動になっていた。


 しかし、ここ数年、不法投棄に頭を悩ませていた。昔は空き缶のポイ捨て程度であったが、だんだんと歯止めがなくなり産業廃棄物から家庭ごみまで大小様々である。

 家の解体で出た廃材が土嚢につまれて2トントラック一台分まとめて捨てられていたのを見つけたときは驚いた。

 こういった悪質なものは業者による仕業であるが、中には回収拒否されたゴミの処理に困った一般人が思いついたように山に放り捨てることもあった。


 彼らには不法投棄をしているという自覚がないらしい。ゴミをつめたダンボールに宛名書きが張られたままのものもあった。ほかにも公共料金の領収書などを見つけたときには苦笑を浮かべた。

 おそらく捨てている本人は自身の行為が犯罪だという意識がないのだろう。だから、簡単に身元が分かるようなものをゴミにまぎれこませてしまう。

 

 ひきとりにこさせようと連絡をとると、大抵の相手はごにょごにょといいわけを並べる。できごころだったと謝ってくる場合はよかった。しかし、反省の色も見せずに開き直り、自分はやっていないとつっぱねる者もいた。そういった種類の人間には警察に連絡するのが一番であるが、それではこちらの腹立ちが収まらない。

 

 悪質な人間に対しては


『山は私有地です。不法な投棄は固くお断りします』


 と、張り紙をしてゴミを投棄者の家に送り返すことで腹いせとしていた。



 その日も見回りをしていると急に空模様が怪しくなってきた。これはまずいと早く山をおりようとしたが間に合わず一気に振り出した。

 激しい雨が世界を真っ黒に塗り替えて視界を奪う中、携帯していたレインコートを着込んだ。袖口と襟元をぴっちりと閉ざしてもわずかなすき間から侵入し服を湿らせていく。


 滑りやすくなった足元に気をつけながら山道を急いでいると、人影が見えた。 

 こんなときにわざわざ山に入るのは、物好きかやむにやまれぬ理由がある人間に限られる。この男は後者だろう。雨に濡れることを気にした様子もなく、山の奥を目指している。

 男の横顔は何か追い詰められたように引きつっていた。口を引き結び、額にはりつく前髪を気にすることなくただ前だけを見ていた。


「おい、あんた何してるんだ」


 声をかけるが、雨音にまぎれてしまい男には届かなかったようだ。暗がりに消えた男を追いかけるか考えるが、雨脚はまだ弱まりそうもない。男のことはいったん忘れて家への道を急いだ。



 次の日、いつもより念入りに見回りをしていた。

 厄介ごとは大抵雨あがりの後にやってくる。それが山の管理をはじめて3年の間に導き出された経験則の一つであった。雨が自分の姿を隠してくれると信じて、面倒ごとを放り捨てに来る不心得者が多いようである。


「……はぁ、たまらねえな。まったく」


 昨日男を見かけた場所の近くだった。新しい廃棄物の前で大きくため息を吐く。ご丁寧に地面を掘って土をかけて隠そうとしている。


 しかし、その仕事はずさんであった。掘り起こした廃棄物の中からすぐに身元がわかるものを見つかった。昨日見た男の顔はよく覚えている。すぐに突き返してやろうと黒のポリ袋につめた。

 土にまみれて雨を吸った廃棄物は重く、背負うとひんやりとした冷たさが背中から伝わってきた。


 わざわざ2つ隣の町から捨てに来たらしい。廃棄物を軽トラの荷台にのせると、男の住所を目指した。

 山を離れて住宅街に入ると、アクセルを踏む力を弱くする。並んだ家の表札を確認していき、5軒目で目的の家を見つけた。

 まだ建てたばかりの家のようで、表札には夫婦の名前が彫られていた。


 インターホンを押すが反応がない。いら立ちながらさらに押した。三度目のとき、スピーカーからはボソボソと陰気な男の声が聞こえてきた。

 

「あんた、山に捨てただろ。だめじゃないか」

 

 苛立ちをこめながら声をぶつけると、途端にスピーカーから騒がしいひび割れた声が響く。

 

『オレじゃない! オレはやってない!』

 

 悲鳴じみた声が聞こえたきり、ぶつりと一方的に切られる。見苦しいいいわけに舌打ちをして、廃棄物に張り紙をして玄関の前に置いて帰ることにした。

 

 荷台からおろした廃棄物をポリ袋から取り出す。廃棄物の背中を玄関にもたれさせて地面に座らせると、その額に張り紙をした。


『山は私有地です。不法な投棄は固くお断りします』


 まだ若い女だった。こんなものまで山に捨てないでほしい。 

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不法投棄は許さない やまおか @kawanta415

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