第12話 Rの話-6-1
その時の感情を、どう表現したら良いのか分からない。
とにかく、目の前が真っ暗になるのを感じた。
脳が、現実を受け止めまいとしていた。
──当然だ。
受け止めてしまったら、壊れてしまうから。
◆❖◇◇❖◆
高校への入学を果たしたばかりのある日。
偶然にも東雲さんと同じ高校になり、またクラスも同じで、中学時代と同じように放課後を過ごして帰ったある日。
僕は妹に呼ばれた。
「どうしたの、
部屋の中は電気がついておらず、真っ暗闇だった。
いや、机の上に置かれたノートパソコンのディスプレイの光が、ベッドに座る妹の姿をぼんやりと照らしている。
その表情までは、僕の位置からでは見えなかった。
「兄さんに見せたいものがあるの」
妹は、僕の言葉を無視して話を続ける。
普段なら何らかの反応を示してくれるものだが、今日はどうしたのだろう。
妹の声色にどこか寒気を覚えた、何となく嫌な予感がした。
僕に思い当たる節はない。
だから勘違いに違いない。僕は軽く頭を左右に振った。
僕は足下に気をつけながら妹の元へと向かった。
音もなく立ち上がった妹は机の方に歩いて、すっと手をそちらの方へと向けた。
座れ、ということなのだろう。
状況に戸惑いつつも、僕は指し示された通りに椅子へと座る。
ノートパソコンと向かい合わせになる形となった。
デスクトップには、ほとんど何も無かった。
プリインストールされているはずのものも一切見当たらず、左上にゴミ箱が、そして中央にフォルダが一つあるだけ。
そのフォルダには『兄さん』とだけタイトルが付けられていた。
背筋を、嫌な寒気が流れた気がした。
背後から伸びた手がマウスを操作する。
マウスポインタが中央に動き、ファイルが展開される。
そこには何かの動画ファイルが羅列されていた。1、2と簡素に名前がつけられただけのファイル。サムネイルは真っ暗で何も見えない。
悪寒が、更に強くなった。
猛烈に喉が渇くような感覚がした。
そんなことはお構い無しに、動画ファイルの1つ目が開かれる。
眠る僕が映る。
その脇に妹が経っていた。
一体、何の映像なのだろう
妹が、僕の体の上に跨る。
たおやかな黒髪を耳にかけ、上半身を屈めて徐々に僕の方へと顔を近づけていく。
そして、互いの唇が触れ合った。
『ファーストキス、私が奪っちゃいましたよ?兄さん。もちろん私もファーストキスです』
画面上の妹が、こちらを向いて語りかけてくる。
「そう、私が奪ったんです」
背後から、僕の耳元に囁きかけた。
その声は妙に艶やかで、僕は先程までとは別種のぞくぞくとした感覚が背中を走るのを感じた。
無言で妹が画面の一部を指差す。
そこには日付が記されており、それが三ヶ月も前に撮られたものだと分かった。
妹が再び背後からマウスを操作して、ウィンドウを閉じる。
フォルダの中には、一覧では表示しきれない数の動画があった。
状況が飲み込めなかった。
これが果たして現実なのかと疑問にも思った。
「夢じゃ、ありませんよ。これから兄さんが見る全てが、現実のものです。決して、目を背けないでくださいね?」
僕の思考を読んだかのように、妹は再び耳元に囁きかける。
声色こそ穏やかなものではあるが、そこには逃がさないという執着めいたものを感じた。
その言葉に支配されるかのように、僕の体は動かず、ただ画面に釘付けとなった。
──泥沼に、体が沈んでいくのを感じながら。
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