第11話 Hの話-5
兄さんが、知らない女と歩いていた。
何となく予兆は感じていた。
兄さんの部屋に、机の上にぽつんと置かれた熊のぬいぐるみ。
兄さんは自分のためにお金を使うことはほとんどない。
精々、たまに趣味のプラモデルを買っているくらいだ。それくらいは別に良い。今は。
私へのプレゼントだろうか?
そうであれば嬉しい、とも思う。
でも、私の第六感がそうではないと告げていた。
ぬいぐるみを持ち上げて細部まで観察する。
──やはり。
ぬいぐるみの中には、巧妙に小型カメラが仕込まれていた。
つまりこれは、第三者によるものだ。
気付いたのは今日。だから私の秘密の情事は見られていない。
もちろん、見せつけても良かったのだが。
しかし、兄さんの無防備な姿を何者かが観察しているのは気に食わなかった。
パキリ、と手の中で音がした。
抜きさったカメラをいつの間にか握りつぶしてしまったようだ。
女、だろう。
怒りが込み上げるが、深く深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
その女と兄さんとがどこまでの関係かは知らない。
でも、そんなことは関係ない。
兄さんを縛り付ける鎖は、もう準備しているのだから。
しかし、相手が気になる私は、放課後に尾行を始めた。
初日、兄さんは誰とも一緒に帰ることなく、何処か肩を落とすようにとぼとぼと歩いていた。
これは大変だ。早く私が癒してあげなければ。
それは、私にか出来ないことなのだから。
二日目、兄さんの隣に金髪の女がいた。
その相手は、東雲エレナ。学内で彼女の名を知らないものはいないだろう。
誰もが振り返るほどの日本人離れした美しい容姿。定期テストで常に一位を取る頭脳。体育祭でどの競技でもエース扱いをされる運動能力。
しかし、それを驕らない明るく人懐っこい性格。
──私が唯一、敗北感を抱いているといっていい相手。
それが、どういう訳か兄さんの隣を歩いている。
心の底から楽しそうな笑みを浮かべて兄さんと話している。
兄さんも表情こそ乏しいが、楽しさを感じているであろうことは伝わってきた。
衝動的な、殺意に襲われる。
けれど、殺意に身を任せた所で、その先にある未来は暗い。
それでは、兄さんを幸せには出来ない。
胸に手を当てて深呼吸を行う。
そして、思う。
──嗚呼、遂にこの日が来たのだと。
あの女は、私たちの間には入れない。
兄さんのことは私が支配するのだ。
二人は何処かに出かけるのだろうか。家路から外れていく。
その行先も気になったが、まぁ、あの雰囲気的にホテルに行くようなことはないだろう。
それなら、私は準備を進めるだけ。
早々に帰宅し、安物のパソコンの電源を入れる。
普段はあまり気にならない起動の遅さに、今日は無性に苛立ちを覚えた。
簡素なデックトップ画面、外付けのハードディスクにアクセスして『兄さん』というフォルダを開く。
あれからほんの三ヶ月程度で、動画は三十本を優に超えていた。
その一つを、開く。
私の『初めて』を捧げた日。とても我慢できずに三回目にやってしまった。
本当はもっとじっくりと、ねっとりと、兄さんに私を刻み込む予定だったのに。
但し、お陰でその先はスムーズだった。
残りの映像には私のあられもない姿が写っている。
どの動画でも、兄さんは変わらず無防備に寝顔を晒すばかり。
スカートの中に、染みが広がっていくのを感じた。兄さんが欲しい、と体が疼いている。
この動画を見せたら、兄さんはどんな反応をするだろう?
そう考えるだけで達しそうになり、自分の体をかき抱いて身震いする。
今日からは。そう、今日からは。
今日からは兄さんの反応も楽しめるんだ。
喜んでくれるだろうか?
それとも兄妹だから、と拒むだろうか?
兄さんの性格的には後者であるような気がする。
けれど、もはや兄さんに選択の余地はない。
後は私が兄さんを融かしていくだけ。
私が兄さんに依存しているように、兄さんを私に依存させるだけ。
文字通り、心も、体も。
夢中になって動画を漁っているうちに、結構な時間が経っていたようだ。
玄関のドアを開ける音が聞こえる。
兄さんの声が聞こえる。
自室に向かうために階段を上る足音が聞こえる。
もうすぐ。
もうすぐ。
もうすぐだ。
──もうすぐ、兄さんは私のモノになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます