九重兄弟の一日入れ替わり生活
鳥路
入れ替わる一日の、二つの後悔
「なー、
「何かな、
「ちょっと頼み事あんだけど、聞いてくんね?」
とある冬の日
あれは、久々に学校の寮から実家へと戻っていた深参が持ちかけたのが始まりだったかな
読んでいた本を閉じて、深参の方を見上げる
「頼みって何?宿題の面倒なら見ないよ?」
「そんなチンケなものじゃなくてさ、お前も少しは楽しめるかもしれない話だよ」
「・・・聞こうか」
「俺さ、一馬が通っている沼田高校に興味があってさ」
「あの天下の不良高校にかい?モノ好きだね・・・」
「そこにわざわざ通っているお前もモノ好きじゃねえの?」
確かに、周囲からは他の道もあったのに、なんでわざわざそこに・・・とか言われたっけ
その裏には僕なりの反抗心があるけれど、それを知るのは家族の中でもただ一人
同じように反抗心を抱く、三つ子の片割れである深参だけなのだ
けれど、周りの期待を裏切ったまではいいけれど、僕が選んだのは不良高校
親は退学させようと画策してくるし、周囲からは「今からでも遅くないから転校しないか」なんて言われる始末
けれど、沼田での生活は想像以上に楽しいものだ
拓実がいて、虎徹がいて、真純がいて、玲がいて
授業時間という枠組みに縛られず過ごす青春は、今まで勉強漬けかベッドに寝たきりな入院生活しかしてこなかった僕にとって、とても新鮮
最近は、後輩で一浪仲間の夏彦を構い倒して過ごす毎日
親の期待を裏切るところから始めた、僕自身の手で手に入れた青春
・・・今では、とても捨てがたいものになっている
「まあ、否定はしないよ。それで、興味があるとは言え・・・兄弟でも流石に外部生を校内に入れることはできないよ?」
「・・・言うと思った。けど、俺達には他ができないことができるだろう?」
「入れ替わりか」
「そういうこと。明日一日だけでいいから、入れ替わってくんね?」
わざわざ実家に戻ってきたのはなぜか気になっていたが、まさかこの提案をする為にとは
僕としても、深参が通っている高校は興味があるし、入れ替わりには賛成なのだが
・・・一つ、気になることがある
「いいけど、深参。僕はヴァイオリンを弾けないよ?」
ピアノなら、深参に教えて貰ったおかげで童謡程度なら演奏できるけど・・・
流石に聖清川音楽院高等部・・・その程度では通用しないだろう
普通の進学校に進んだ三つ子の片割れである
授業は普通に受けられるし、体育は風邪を引いたとかで誤魔化して参加しなければ入れ替わりはバレない
けれど、流石に演奏技術のごまかしは素人ではどうにもならない
「そういうと思った。しかしそんな一馬に朗報だ。明日の授業は通常授業ばっかり。問題なく過ごせると思うぞ」
「なるほど。ちなみにどんな授業を?」
「通常授業に加えて、音楽系の座学だな。作曲家とか、演奏家の名前を答えるヤツ」
「それなら余裕だ」
「やってくれるか?」
「・・・一日だけだよ?」
「よっしゃ!明日、
ごきげんな深参の背を見送り、僕は読書へと戻る
明日は少し、早起きをしないといけないかもしれないな
・・
翌日
僕と深参は少しだけ早起きをして、隣の部屋で待ち構えていた一番上の妹である桜と二番目な妹の志夏が過ごしている部屋にお邪魔していた
「一馬兄さんと深参兄さんはパーツが基本的に一緒だから、意外と楽だよね」
「いい分け目を探して、一馬兄さんは右はね・・・深参兄さんは左はねにしてあげる」
「一馬兄さんはアホ毛を左側に作ってあげて、深参兄さんは右側に作る」
「最後に、一馬兄さんは目を少し細めて。逆に深参兄さんは目をぱっちり開けてね」
「これでよし。これでばれないと思うよ」
作業を終えたと同時に、僕らは互いの顔を見比べる
うわぁ・・・僕がいる
深参も同じ考えのようで、僕の顔を見て気まずそうにしていた
「ありがとう、二人共。朝から大変だったでしょう?」
「いいのいいの。これ、結構楽しいから」
後は互いに意識しながら、互いの癖を真似ればいい
幸いにして僕らは二人共両利き。聞き手の心配が無い
僕は体調面、深参は指の大事の為、体育の参加もできないので、そのあたりも誤魔化す
問題は、ただ一人
その懸念材料は、実際にあった時にバレたかバレなかったかで判断を決めよう
二人の部屋を出て、朝の準備を進めていく
「おはよう、一馬、深参」
「おはよう双馬。部活か?」
ちょうど一階に降りる前に、双馬と合流したので三人で一階へと降りていく
丁度いい。少し試してみようか
「いやいや。もう引退したから。早朝補習だよ」
「大変だなぁ」
「そういう深参こそ、大学進む予定なんだろう?勉強は?」
「内部進学なんで」
「羨ましいなぁ・・・一馬は?」
「僕はあの高校だし、まだ二年生だよ」
「そういえばそうだった。年下との生活はどうなんだ?」
「新鮮味があっていいよ」
「ふーん」
・・・よかった。双馬は僕と深参の入れ替わりに気がついていないらしい
これなら、そのまま入れ替わりを続けられるかも
一階に降りて、適当に朝食を取りに行く
「おはよー、お袋」
「おはよう、かずくん」
「え、は?あ、おはよう、母さん!」
「おはよう、そうくん」
「・・・お、おはよう、母さん」
「おはよう、かみくん」
僕はさり気なくスルーしたけれど、そのおかしさに双馬と深参は動揺していた
僕は今深参として母さんに朝の挨拶をした
それなのに、母さんは「深参」ではなく「一馬」に返事をしていた
もちろん、最後の「一馬」の挨拶も「深参」の挨拶として受け取っていた
「「なぜバレている・・・?」」
「・・・これでも、二人のお母さんだから」
母さんはぼんやりとした目で、僕らを見つめてくる
何もかも諦めきった目
けれど、あの人がいない時だけ、変化がある
その状況下でぼんやりと子供たちを見てくる時だけ・・・少しだけ光が戻るのだ
今の彼女は「母親役の傀儡」ではなく、
普段の僕と深参は、そんな彼女が大嫌いだ
あの人の言うことしか聞けない、あの人の考えたことしか実行できない人間
けれど、今の彼女は「僕らの母さん」なのだ
自分で考えて、どう子供たちに接するか考えることができる存在
僕らは、この母さんだけは嫌いになれなかった
「そうだよね。母さんにはわかっちゃうか。そうだよ。僕が一馬」
「俺が深参。大正解だぜ、お袋」
「やった」
嬉しそうに笑う母さんに、僕と深参もそれぞれらしく笑みを浮かべる
あの人がいない時間だけ成立している親子関係
本当に居心地がいいけれど・・・もう、戻ってこない
「「逆に双馬はなんでわかんないんだよ」」
「わからないものはわからない。二人共、分け目を変えたら同じだしさ・・・」
「「それはそうだけども」」
「でも、二人共なんでそんなことを?」
「互いの学校に興味があってさ」
「一日だけの入れ替わりだ」
「そう。じゃあお母さんは見なかったことにしようかな。お母さんは何も知りません。かずくんとそうくんが入れ替わって学校に行くなんて知りません」
「ありがと、母さん」
「サンキュ、お袋」
「でも、次はないからね」
「「わかってる」」
「それならいいの。じゃあ三人とも、早くご飯食べちゃいなさい」
「「「いただきます!」」」
三つ子で朝食を摂る姿を、母さんは穏やかに見守っていた
小さい頃から、母さんは僕らと一緒に食事をしなかった
いつも僕らが食べている様子をじっと眺めて、まるでたくさん食べていることに安心しているのか、笑い続ける
「そういえば、母さん。今日は父さんが帰ってくる日だろう?」
「ええ。今日帰国予定よ」
「もう帰ってくんのかよ・・・後十年は帰ってこなくていいんだけどな」
「それは同感だね。あの人がいると、家の空気がまずくなる」
「・・・ううん。今回は帰ってきてもらわないと。直接問い詰められないじゃない」
「「へ?」」
「なんでもないわ。ほら、時間無いわよ。特にかずくん。遠いんだからいつもの調子で食べていると、深参として遅刻しちゃうわ」
「そうだね。でも、僕には影響ないからなぁ」
「一馬、これでも俺今の所無遅刻無欠席なんだからそのあたりはちゃんとしてくれよ」
「わかってるよ、深参」
「二人共楽しそうだな。ごちそうさま」
一足早く、双馬が食事を終えて、食器を流しに持っていく
「もう行くの?」
「うん。
「相変わらずお熱いですなぁ、うちの次男様は・・・」
「これが彼女のいる男の生活だよ、深参・・・僕らには真似できないね」
「・・・うるさいぞ、二人共。じゃあ母さん。行ってくる」
「いってらっしゃい、そうくん。気をつけてね」
「ああ」
そのまま洗面台に葉を磨きに行き、身支度を整えたら家を出る
僕らがちょうど食事を終えた後、僕らも同じように葉を磨きに行こうとすると・・・誰かが玄関のドアを開ける音がした
「おはよう、結」
「おはようそうちゃん。今日の課題、終わった?」
「終わってる。結は?」
「わかんないところあったから、後で教えて」
「了解」
「後ね、そうちゃん。今日もお弁当たくさん作ってきたよ」
「いつもありがとう?」
「ううん。気にしないで。私、いっぱい食べるそうちゃんが大好きだから!」
玄関の外から、双馬と結ちゃんの話し声が聞こえる
僕らはけっしてバカではない。気遣いだってちゃんとできる
別の学校に進学した幼馴染と久々に話したい気持ちはあるけれど、彼女たちの楽しい時間を邪魔するほど、僕らは野暮ではないのだ
その声が聞こえなくなったタイミングで、僕らも靴を履き始める
僕は深参の、三年間履き続けてぼろぼろになった革靴を
深参は僕のかなり汚れた革靴をそれぞれ履く
「一馬の汚れすぎじゃね?」
「あの環境じゃむしろ可愛い方だよ。これでも手入れはしてる方。そうそう。深参、靴箱で靴脱がないでね?うち校内土足だから」
「沼田どうなってんだよ・・・」
「二人共、気をつけてね」
「おう。今日は一馬として頑張ってくる!」
先に深参が家を出る
早いなぁ、なんて思いつつ、僕はマイペースに靴を履いて、ゆっくりと立ち上がった
「それじゃあ僕は深参として過ごしてくるね」
「ええ。バレないようにね。かずくん」
「うん」
「後、かずくん」
「なに?」
「わかっていると思うから、何も説明しないで、これだけ言っておくね」
「うん?」
「・・・皆を、お願いね」
「う、うん。よくわからないけど、任された?」
「ありがとう」
「母さん、あのさ」
「一馬ぁ・・・お前、いつ出てくんだよ」
「ほら、深参が呼んでいるわ。早く行きなさい」
「う、うん。じゃあ、いってくるね」
「いってらっしゃい、かずくん」
それが、まさか母さんと交わした最期のまともな会話になるだなんて思っていなかった
僕は未だに、この日のことを後悔している
学校をサボってでも、母さんの言葉の意味を問いただしておけばと、今でも思うのだ
そうすることができたら・・・僕は、皆から父親という存在を引き剥がすことになっても、母さんだけは、失わせずに済んだのだ
深参が呼びに来たから、話の続きをすることができなかった
なんて、言い訳は通用しない
それにそれは深参に責任転嫁をすることだ。彼は何も悪くない
あの瞬間、母さんがおかしいことを感覚的に気がついていたのは僕だけだった
だから、声をかけて、手を差し伸べるべきだったんだ
・・
道中で打合せをして、互いの学校に僕らは忍び込む
僕は、周囲を見渡しながら「普通の学生生活」を味わっていた
少しだけ古びている木製の校舎
けれどどこか温かみがあるそれは、僕にとっては「普通の環境」
それに、深参としている教室は三年生の教室だ
僕は病気の関係で一年遅れて高校生になったから、まだ二年生
こうして同級生に囲まれるのは、久しぶりだ
けれど・・・
深参とやりとりをしているチャットに、思っていることを文章にして送ってみる
「深参、わかってはいたけれど・・・友達はあの二人しかいないんだね」
『学外にはいるし』
「言い訳をするなら、その学外の友達とやらの写真ぐらいちょうだい」
『そんなものはない。けど友達はちゃんといる』
深参から熱い抗議が流れてくる
この言い方だ。学外には本当に友達がいるのだろう。嘘なら、はぐらかしにかかるから
友達の正体が気になるが、この話はもう辞めにしておこう。これ以上は深参を怒らせそうだ
「なにニヤニヤしてるのよ」
「
「ええ。おはよう九重君。今日は珍しく早いじゃない」
僕に話しかけてきた亜麻色の髪を揺らした女の子はたしか・・・
深参にとって、結ちゃんを除いた唯一の女友達って扱いなのかな
まあ、彼女の目的は深参ではないらしい
深参からの指示通り、彼女が聞きたいことをストレートにぶつけていく
「
「なっ!言われなくてもわかっているわよ!志貴さんがいたら、わざわざ貴方に話しかける用事なんて無いんだから!」
「どうしたの、鳴瀬さん」
噂をしたら、今度は彼
薄金色の髪を持つ、穏やかな青年・・・
作曲家をしている深参の世界を、精巧に作り出すのがピアニストの彼の仕事
ピアノが専門らしいが、楽器であれば基本的に何でも扱えるらしい
「あ、あら志貴さん。おはよう。今日はゆっくりだったのね」
「朝練。コンクールも近いから」
「そ、そう!いい心がけね。でも、朝からレッスン室空いてるの?」
「先生にお願いしたら特別に開けてもらえたんだ。鳴瀬さんもお願いしてみたら?」
「そうね。貴重な情報をありがとう」
「いえいえ。そうそう・・・ふか、み・・・?」
「ん?」
「・・・ちょっと、これどういうこと?」
「どうしたの、志貴さん」
「ちょっと来て。ゆっくりでいいから!」
「うん?」
志貴から手を引かれて、僕は別の場所に移動させられる
鳴瀬さんも、普段とは異なる志貴に驚いたようで・・・そのまま何があったかついてきてくれる
しばらく歩いて、小さな練習室へと案内された
おそらくここが、先程まで志貴が朝練をしていた場所なのだろう
朝日がキラキラと照らすこの場所の真ん中にはグランドピアノがあるのだから
鍵を持っていたのは、彼がこの鍵を返却する前に教室へやってきたからかな
荷物をおいて、その後に鍵を返しに行く予定だったのかもしれない
「・・・どうして、一馬君がここにいるんだい?」
「志貴さん、何を言っているの?目の前にいるのはあの憎たらしい顔面を浮かべた九重深参じゃない」
「彼は深参じゃないよ。よく見て。髪は少し固められた形跡があるし、肌だって深参も不健康そうだけど、もう少し血色が良い」
・・・志貴、君は深参のことをよく知っているね
違いを並べられても、そんなところに気がつく?というものばかりだ
「まあ、明確に追い詰める証拠は僕には用意できないけど・・・鞄の中を改めさせてもらったら、喘息の薬が出てくるかも」
「っ・・・!」
「もう一度聞くよ、一馬君。なんでこんなところにいるんだい?」
「・・・深参に提案されてたんだ。僕の学校に興味があるから、今日だけ入れ替わりを」
「本当?」
「神に誓っていいよ。事実だから。なんなら深参に連絡を取ればいい」
「・・・わかったよ。でも僕は君がこんな愚策を受け入れたことが以外だったな」
「志貴さん、これはどういう・・・」
事情がよく飲み込めていない鳴瀬さんに、志貴はきちんと事情を説明してくれる
「響子さん、目の前にいる深参は、深参のお兄さんの一馬君なんだよ」
「久しぶりだね、鳴瀬さん」
「ああ・・・確か、三つ子の兄弟と言っていましたもんね。お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
口調が凄く柔らかくなってくれる
深参、君は普段鳴瀬さんと口論を繰り広げているようだけれど、一体なぜなんだい
話せば事情を受け入れてくれるし
バラそうともしない、いい子じゃないか
「ありがとう、鳴瀬さん。驚かせてごめんね」
「いえいえ。深参君ならやりかねません。特段驚きはしませんよ」
「・・・深参はどういう印象を?」
「お兄さんに言うのはなんですが、個人的には消え失せろとは思っています」
そこまでだったんだ・・・
そうとう嫌われている男の兄なのに、ここまで気を遣ってくれるなんて・・・
「けれど、志貴。どうして僕だってわかったんだい?」
「そ、それは・・・さっき話したことが」
「それだけじゃ、一瞬で気がついた理由にはならないよ。どうして?」
「・・・深参のことなら、僕が一番に理解しているからだよ。一馬君」
その言葉が何を意味するのか、当時の僕には理解できていなかった
ただ、ここもまた僕の後悔として未だに残り続けている
その言葉の意味を、自分が理解できるまで聞いておけばなんて思うのだ
たとえそれが鳴瀬さんが抱く、志貴への恋心に終止符を打つ行動であろうとも
それから二人は事情を受け入れた上で、学校を案内してくれたり、授業の手助けをしてくれた
いい友達に恵まれた弟の生活を一日堪能し、僕は家に帰る
しかし朝とは違って、下のきょうだい達は普段どおりに過ごしている時間だ
誤解を与えないよう、先に変装は解いておこうということで、帰り道で深参と合流し、制服を交換する
どうやら深参も登校した瞬間に「なんかいつもと匂いが違う」っていうことで、夏彦にバレたらしい。あの子もあの子でどんな野生児をしているんだい
「「ただいま」」
「おかえり、一馬兄さん!深参兄さん」
「ただいま、音羽」
「おかえり!今日はね、お父さんが帰ってきてるんだよ!皆で」
「「ごめん音羽。やることがあるから、一緒に御飯は食べられなさそう」」
「そう・・・?じゃあ、そう伝えておくね!」
何も知らない音羽の背を見送り、僕らは自室へと向かっていく
ふと見えたリビングの様子
そこにはあの人と、あれに甲斐甲斐しく尽くす母さんの姿をした人形の姿があって
・・・吐き気を覚えながら、目を反らした
・・
あれから数年がたった今も、僕はあの入れ替わり生活のことをふとした瞬間に思い出す
「あの時ほど、上手くやれなかった日はなかったな」
深参と共有した、あの人・・・父さんの浮気に関する調査資料に手を触れながらふと呟く
これが全ての原因
浮気に気がついた母さんは、あの人と共に事故死という形で自殺した
それから、志貴が最後に書いた楽譜のコピー
あの後、彼はとある誘拐事件に巻き込まれて凄惨な目にあった
尊厳は奪われ、ピアニストとしての人生を壊された
「後悔しても、母さんは取り戻せないし、志貴の人生は元に戻らない」
それらをすべてダンボールの中に入れ込んで、他の兄弟たちが見ないように封をする
以前は深参が管理していたけれど、父親の浮気証拠を国外に持っていかせるほど僕も鬼ではない
楽譜は、原本は未だに深参が持っているはずだ
コピーはもしもの時、無くした時の為にあるだけ。大事に保管しないといけないのは変わりない
「・・・ん?拓実?」
高校時代の親友でもある
「夏彦の周囲にいる、謎の女の子のことを聞き出して欲しい・・・?」
変な依頼だけど、大事な親友の頼みで、大事な後輩に関わる話だ
受けないといけないだろう
それに僕はもう後悔をしたくない
何もせずに、何も気づかずに過ごした先はすべて最悪の未来だった
もう、後悔をしたくない
何もしないでいるよりは、何かをしていたい
「わかった。早速約束を取り付けるよ」
拓実にそう返信した後、僕は夏彦に連絡を取り付ける
急なお願いだったけれども、すんなり時間を設けてくれた彼に感謝しながらその時間を待った
そうして僕は、夏彦の周辺で起きている問題へと介入していく
もう二度と、後悔をしないために
僕にできることを、するために
九重兄弟の一日入れ替わり生活 鳥路 @samemc
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