女装男子の言い訳

酸味

第1話

「なるほどね、確かにぼくは女装していてナンパ待ちをしていた。しかし変態というのは早計である。些かその言葉は短慮だとしか思えないし、遺憾である」

 街中、鮮やかできわどい服装を身にまとった女性と、一見してホストを思わせるちゃらちゃらとした軟派な男たちが行き交うその場所で、ぼくは一人の男に見つめられていた。

「ふむ、ではそのわけを話し給え。このおれが浅慮だということを納得させてみろ」

 その男はこのあたりには似合わないほど清潔でまともな格好で、見るからに硬派、いやカタブツといった様相。彼は些か大仰に、小柄で可愛らしい衣服に身を包んだその人を凝視している。

「ぼくは親愛なるきみにもちろんこれを包み隠そうとは思わない。そのような不義の心のなどぼくの中のどこを探してみても見つけ出すことは不可能である。しかし旧友よ、親友よ、果たしてその尊大な態度はいかがなものだろうか」

 デカブツであり、カタブツであるこの男は、ぼくと凄絶な腐臭を漂わせる絶望の黒い糸につながった幼馴染の関係にある。幼稚園の頃は単なる顔見知りというだけであったのに、小学校、中学校、高校と進むにつれて否応なしに関係性は深いものへとなっていった。今年から通っている大学も、学部が違うとはいえ同じ大学の同じキャンパス。もはや軽く粘着されているのではないかと思うほどに、彼とは数奇な運命を共有していた。

 だからこそ、ぼくの趣味が露呈するのはあまり好ましくなかったし、そしてまたこの男はぼくの性格の悪い趣味に憤慨している様子である。

「こんな不潔な場所に、そんな恰好をして、挙句にはナンパされて嬉しそうにしていただろう」

「だからそれが誤解だと言っているんだ」

 身長が高い彼はにらみを利かせるだけでかなりの威圧感がある。ぼくに比べればよほど筋肉のついた肉体を持つ彼が近寄り、じっと見つめてくるだけで若干恐怖を感じないでもない。しかし、結局はただの幼馴染でしかないこの男に上から、このように言われるのは不愉快だった。

「……言わせてもらうが、まずぼくはナンパをされて喜んでいたわけではない」

 しかしぼくは困っていた。ぺらぺらと口を動かしながら、必死に頭を回転させていた。

 なぜならば、彼の冷酷で一見すると差別的かとも思われるほどのひどいセリフは、大体八割は的を得た言葉であったからである。具体的に、彼の指摘のどこが正しいのかと言えば「女装している」「不潔な場所にいる」という部分は完全正答であり、「ナンパされて嬉しそうにしていた」というところは微妙に間違っており、正確には「ナンパをされて、事実嬉しくなっていた」のである。彼との長年の腐れ縁から、ぼくのことをよく理解できている。

「第一なぜ、野郎に言い迫られて喜ばなければならないのか」

 だが、ここで認めるほどぼくは恥知らずの人間ではなかった。ぼくには羞恥心というものが備わっており、ぼくの業を今ここで彼に口にすることなどできるはずもなかった。

 考えてみてほしい。ぼくと彼との関係ははや十数年というところであり、第二の家族と言えるべき存在である。それどころか下手すると本当の家族以上に一緒にいる時間が多いような関係性の相手である。そんな人間に対してどうして「ぼくは女装癖で、ちゃらちゃらした野郎に言い寄られると、ぼくがかわいいことが自覚されて承認欲求が刺激されて絶頂しかけてしまうんだ。最近はこういうことにはまっているんだよ」と言えるというのか。不可能に決まっている。

「寄りにもよって、あんな社会的地位の低い性病にかかってそうな野郎に言い寄られて、なぜぼくが喜ぶというんだ。きみはぼくを馬鹿にしているのか」

 どうやってこの男をごまかすか、それが大問題だった。

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