書籍化って、本当に私でいいわけ!?

篠騎シオン

ある妖精の書棚にて

――それは、ひと時の闘いを生き抜いた、作家に贈る物語。


KAC。

それは私にとって最も活発な執筆期間。

普段は投稿サイト、カクヨムで開店休業状態の私も、この時ばかりは腕まくりをしてエナドリを飲んで頭に冷却シートを貼りつけて参加する。

二日に一度お題が出題され執筆時間は次のお題が発表されるまで、というなかなかにハードな短編投稿イベントだけど、実は界隈ではみんな命を削りながらも結構盛り上がってたりする、楽しいイベント。

社会人作家の日常を大いに脅かしてくるKAC。

すごいペースでアウトプットインプットを続けている神のような恐ろしいお方たちもいるけれど、私の目標は完走して皆勤賞をもらうこと。


まあでも、読んでくれる読者様方には本当に感謝をしなければならない。

神様がたそして読者の皆様、私のような底辺作家の作品まで読みにきてくださってありがとうございます! 本当に!!


今回のKACはお題が多くて、とても大変だった。

けれど私は今年も無事、本当になんとか無事に完走した。


わくわくしながら皆勤賞の連絡を待っていた私に届く、運営から一通のメールが届く。


『書籍化についてのご連絡』


なになに、今度はどなたが書籍化するの、とメールを読み進めていった。

そうするごとに段々と理解が進み、それでいて私の意識はふわふわと現実感なく、浮遊していく。


『あなたの作品を書籍化したく――つきましては、3月31日までにご返答いただけますでしょうか』


「これ、私の作品ってこと?」


書籍化、それは作家にとって最大の夢。

けれども、納得できなかった。だって、私底辺作家だし。

もっともっと星がついている作品があるのになぜ……?


そんなときに思い出す一人のレビュワーさん。

素晴らしいセンスだ、そう言って最大評価をつけていってくれたあの人。

そしてそのレビューにはたくさんのいいねがついていた。

そのおかげか、その作品だけ私至上爆発的にPVが伸びた。

もしかして、それが運営の目に留まって……?

でもでも、私が書くのってほとんどKACの時だけだし、長編は全然評価もつかないし。

やっぱり何かの手違いだよね、そう否定して頭を振って。


そこで、自らの逃げ癖に気付く。

挑戦しないための言い訳ばかり並べてたってしょうがない。

作家なら、飛び込んでなんぼだ!!


そう心に決めて、私は運営にメールを返した。


「大変嬉しいお話です。ぜひお願いしたく思います、っと」





























そう、それがすこーし前のお話。

今、私は、たくさんの本に囲まれています。


……ここは”本屋”と呼ばれる空間。

この空間には、妖精たちをその身に宿す本がたくさん並んでいる。

不幸を背負った子供たちがここにやってきて自らに共鳴する本を選び出し、前世の肉体の苦しみから解放されて妖精とともに旅立っていくそんな始まりの場所。


うん、どうしてこうなった、ってみんな思ってるよね。

それはね、深くもないあさーく悲しい訳があって……


「ホーら、早く、書く! じゃないと、本が足りなくなってしまうホー」


机の上に突っ伏している私をくちばしでつつくものが一匹。

顔を上げてちらりと見ると、そこには昔は大好きだったマスコットの姿。


「トリ、さん」


彼のぬいぐるみを欲するために、私はどんな苦行だってやってのけた。

家に本当に届くまではドキドキして、何度もサイトを確認したりもした。

それはまるで恋する乙女のようで、実際届いてからはあちらへこちらへ連れ出して、一緒に写真を撮った。

でも、今はちっとも魅力を感じない。


私も……私だって、こんなファンタジー世界の住人になるなら、THE・妖精って感じのパートナーと楽しい旅がしたかった!!!

これが私の妖精。

本の名前は、”KAC”から始まる。


「トリさんのことは、好きだけど。好きだけどさ! でも書籍化って話で連れてこられたのは出版社の本社ビルじゃなくてこの本が立ち並ぶ謎の異世界で、子どもたちが旅立つため、妖精の本に短い祝福の物語を書け。それが君の書籍化だって、そんな暴論ある!? しかも私は死ぬまでここから出られず書き続けるしかないなんて、私の現実返してよ!!!」


「でも、実際ちゃんと本にはなるホ?」


「いやいやいやいや」


私は床に体を投げ出して転げまわる。

作家の憧れる書籍化ってそうじゃないでしょ。

ただ活字になればいいだけなら自費出版でもできるし。

書籍化されて本屋に並んで、全国から私の物語の感想が届いて、それからサイン会なんかもしちゃって……そういうのでしょ!!

そういうドキドキもセットで書籍化ってモンでしょ。


と、思いながらも、この妖精ドリに言っても何も始まらないので、私は黙ることにする。

ため息は口から出てっちゃうけど。


「はぁ……」


「そんなホーっと、ため息ついている暇ない! 早く書かないと、本がなくなっちゃうホー」


トリが再び催促してくる。

確かに、最近、”本屋”の棚は空きが目立ってきている。

それもこれも私がスランプなせいだ。


「まったく、KACで書くスピードがよかったから読んであげたのにとんだ期待外れだホー」


トリが呆れたように言う。

黙れ、妖精もどき。

お前も、ほかの妖精みたいな綺麗な姿になって出直してこい。


私は嫌な気持を吹き飛ばさんと、ごろごろと転がる。

仰向けで転がり止まったところへ、一つの顔が目に入る。


「ふぇっ!?」


それはとんでもない美少年だった。

どうしてこんなところに、こんなお美しいお人が。


「お姉さん、書く人なんでしょう? 床は冷えるから風邪ひいちゃうよ。気を付けてね」


そう言って、私の体を起こして、手近にあった毛布を掛けてくれる。


「じゃあ」


そう言って手を振って、彼はいなくなる。

彼の後ろにかすかに、妖精の姿が見えるような気がした。


いや、時季外れの来訪に驚いてそう見えただけだろう。

そしてあまりにも彼が美少年だったから、ドキドキして幻覚を見たに違いない。

だって、この部屋にまだいるってことは、彼は本との契約前なんだから。


でも、いいものを見たなぁ。

あんな美少年、ムフフ。

そこで、私の思考・妄想力は一気に爆発する。


「今なら、かける!」


私は毛布を巻き付け、ペンをとって物語を紡ぐ。

スランプなんて嘘だったように、言葉がするすると出てきて、祝福の物語を紡ぐことが出来た。

様々な妖精たちのための美しい物語。

私は7作ほど書き終えたのちに、疲労を覚えてついにペンを置く。

この世界は食べなくてもなんとかなるから気力が続く限り動き続けちゃっていけない。


「スランプ……脱出。見たかトリさん。私だってやればできる」


「それは、良かったホー」


「どこか気のない返事ね」


私がそういいながらトリさんの方を向くと、彼はなにやらスマホをいじっていた。

スマホってなかなか世界観ぶち壊しでは?

いや、それよりなんか嫌な予感が……。


「な、なにやってんの?」


「なにって、今年もKACの時期がやってきたホ。続々と皆勤賞を達成した人が出てきたからそれをチェックしてるんだホー」


私から血の気がさーっと引いていく。


「こ、今年のお題は?」


「”本屋”、”ぬいぐるみ”、”ぐちゃぐちゃ”、”深夜の散歩で起きた出来事”、”筋肉”、”アンラッキー7”、”いいわけ”だホー」


私は先ほど書いた作品を見返す。

これも、これも、ああ、なんてことだ。

すべて


「とんだKAC中毒者だホー、知らずにお題に沿ったものを書くなんて」


呆れ声のトリさん。

私は床に座り込む。


「ま、なんでもいいんだホー。もう少ししたらきっと来てくれるホ」


「ちょっと待ってよ。スランプ抜けたのは、あなたにとって嬉しいことでしょ。てか、来るって誰が?」


そう言って、私は気付いてしまう。

私がどんな手口に騙されて、ここにきてしまったのか。

ヤツらは皆勤賞のメンバーを狙っている。


これを読んでるみんな。

絶対に私と同じになっちゃ駄目だよ。


              ――KAC2022の本を持つ一作家より



追伸:みんな本当にKACお疲れさまでした!

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