急募:聖剣が折れた時の言い訳
暁太郎
めんどくせぇから聖剣で薪木つくるか~~~
「言い訳をさ、ちょっと考えて欲しいんだけど」
旅の途中、キャンプ地の森から少し離れた川辺で魔術師は勇者に呼び出された。快活さに溢れた顔は今は神妙な面持ちに変わり、魔術師の心に動揺を沸き立たせた。
「言い訳ってなによ……?」
「これさ……見てくれ」
勇者は背中に担いだ鞘に収められた剣を逆さに取り出し、二、三度大きく振った。カラン、と乾いた音が二つ響く。まず甲高い金属音、次に少し鈍い音――。
「ゲ゛ッ゛」
魔術師はそれを見て、カエルが潰れたような喘ぎを漏らした。
目に飛び込んできたのは、勇者との旅で、彼の傍らに常にあった白銀の剣……
が、刀身と柄に分かれて根本から折れた姿だった。
「せっ……聖剣折れちゃった。折れるんだな、そうだよね剣だもんね。聖なる力だって折れあそばされる事もある……」
「オ゛ッ……ハァ~~~~!?!?!」
魔術師は顎が外れそうになるぐらい大口を開けて金切り声を上げた。
聖剣。邪神たる魔王とその眷属を滅する、それはもう霊験あらたかな、やんごとなき身分の剣である。勇者の勇者たる象徴であり、民たちの希望であった。
それが、なんと、ジジイの歯みたいにポッキリではないか。
「ちょっとォ!! どうしてこんな事になるのよ! どんな敵と戦ったらこんな」
「薪作るために流木を……」
「どんだけ邪悪な流木だったの!」
魔術師は頭を抱えてへたり込んだ。聖剣は王国に代々伝わる宝剣でもある。勇者が使い手に選ばれ、王から直々に賜ったものだ。王に知れ渡ったらどんな罰が与えられるかわからない。
「もしかして、斧代わりにして流木切ったから怒っちまったのかな」
「聖剣を気難しい食通みたいな扱いすんじゃないわよ……」
「どうしよォ~~~魔王城を目前にこれは流石にねぇ~~よ! 四天王一人も倒してないんですけど!!」
勇者がひっくり返ってゴロゴロと転がりまわった。聖剣は魔族を倒す要だ。これがなければ、恐らく勇者たちに勝ち目はない。
魔術師が納得したようにぽつりとつぶやく。
「……はぁ、確かにこれは王への釈明が必要ね。聖剣って代替品あるのかしら……」
「何とか誤魔化せないか? 折れたんじゃなくて、俺がビッグになったから聖剣が小さく見えるでひとつ」
「無理でしょ、見るからにアンバランスじゃん。ステーキナイフ並じゃん」
「邪悪なるステーキを切れるまで成長しましたって見方も……」
「どこで頼んだら提供されるんだよそんなモン!」
魔術師の怒号がこだました。まさか、こんなしょーもない理由で王都に帰るハメになるとは思わず、魔術師は他のパーティーの仲間への説明や王への言い訳、今後の事を考えて暗澹とした気持ちになり、いっそ魔王軍に寝返ろうかなと思ったりした。
「言い訳さ、ちょっと考えて欲しいんじゃけど」
王の私室。政務が終わり、庭に出て羽でも伸ばそうと思っていた矢先、宰相は王に呼び出された。王がわざわざ私室にまで足を運ばせる理由――ただならぬ気配を感じ、宰相の心に否が応でも緊張が走る。
「言い訳、とは……?」
「聖剣さ、あるじゃん。ワシが勇者に渡したやつ」
「ええ、持ち手である彼、そして勇者パーティの活躍はめざましく、破竹の勢いで魔王軍を追い詰めています。このままいけば、彼らのみで――」
「あの聖剣さ、偽物なんじゃよね」
二人の間の空気が固まった。宰相は王の言葉の意味が飲み込めず逡巡していたが、やがてその顔はみるみるうちに青ざめていった。
「ニ゛ッ…………ハァ~~~~!?!?!」
宰相は顎が外れそうになるぐらい大口を開けて金切り声を上げた。
勇者が本来持つはずだった聖剣は、魔王や四天王のような邪神の属性に消滅の効果をもたらす。唯一と言っていい対抗手段だった。
それが、なんと、バッタもんを渡したと言うではないか。
「何故、そのようなご乱心を!? では、本物はどこに……」
「財政がヤバい時があってぇ……その時に、ちょっと……売っちゃった」
「ちゃった、じゃないですよ! どうするんですか、もう勇者パーティーは魔王城目前ですよ!?」
「だっ、大丈夫……貴族たちとの賭けで『勇者パーティー魔王に勝つか負けるか』に負けるで大金賭けてたから……お金はガッポリと」
「聖剣売った金で出来レースしてんじゃないよ!」
とんでもない事態になった。
当初は宰相とて勇者パーティーを懐疑的に見ていた。どうせすぐ敗北するだろうと。しかし、ここまで成果を見せつけられて、認めないわけにもいかない。いや、宰相もすでに熱狂する民と同じように、彼らの虜になっていた。
しかし、いくらモンスターたちを蹴散らしたとて、聖剣のない勇者に魔王、いやそれどころか四天王すら倒せるか危うい。もはや別の手を考えねばならなかった。
「クッ……仕方ありません。魔王軍の勢力をかなり削いでいるのは事実。聖剣の事実がバレる前に、ここはいっそ魔王と講和してはいかがでしょう」
「講和か……いけるんじゃろうか」
「……何とも言いかねます。条件に聖剣を渡せ、と言う可能性も」
「ヤダヤダヤダ! そしたらわかっちゃうじゃん、聖剣パチもんだってわかっちゃうじゃん。賭けがパーになっちゃうじゃん!」
「この期に及んでいの一番に嘆くことが博打かよ!」
宰相は激怒した。とうとう王と取っ組み合いの喧嘩を始めた。
必ず、かの 無知蒙昧の王を除かなければならぬと決意した。王には政治がわからぬ。王は、アホである。ホラを吹き、博打と遊んで暮して来た。けれども保身に対しては、人一倍に敏感であった。
魔王に聖剣じゃなくてこいつの首差し出しゃいいかな、と宰相は思った。
「言い訳をな、ちょっと考えて欲しいのだが」
魔王の玉座、四天王最弱の男が、四天王で最強と謳われる魔王の右腕の男に呼び出された。玉座には魔王の姿はなく、不在であった。
言い訳、という魔王軍ナンバー2がおおよそ口にしないであろう言葉に最弱の男は訝しんだ。人間と魔物のハーフである右腕の男は、出自のハンデを背負いながらもここまで登り詰めてきた男だ。それが、見たことのない落ち着きのなさだ。
最弱の男はただならぬ気配を感じ、盟友におずおずと問いかける。
「言い訳って……なんだ、みーちゃん」
「弱っち……これを見てくれ」
右腕の男が包みを取り出し、広げる。中身は黒い煤のようなものがこんもりと盛ってあった。
「……? これは」
「これな、魔王様」
………………………………。
「マ゛ッ?」
「消し炭になってしもうたよ……」
「オ゛ッ…………ハ、アバババァ!?!?!?」
最弱の男は顎が外れそうになるぐらい大口を開けて金切り声を上げた。
魔王様。邪神である自らに連なる者を束ね、この大陸に覇を唱えんとする絶対者であり、魔王軍の、闇に住む者にとって文字通り神であり信仰そのものであった。
それが、なんと、優しく息を吹きかけただけで舞い散りそうなほどの粉々ではないか。
「なっ、何故このような事に……」
「この前、街を襲った時に家の物干し竿に使われていた剣を奪ったのだ。あまりに華麗な業物と見抜いたので、魔王様に献上しようと思ったのだが……」
「うん」
「どうも、それが聖剣だったらしく……魔王様が持った瞬間に、こう、ジュッと」
「ん、んん? 待って、ちょっと何それ何」
理解が追いつかず、最弱の男は話に静止をかけた。何度も内容を咀嚼して考えるが、何も納得ができない。
「何で勇者の聖剣がそんなところにあるんだよ!!」
「知らぬ〜〜!」
「だとしても気づけよ! 聖剣なんて持ったらダメージ食らうだろ俺ら!」
「そりゃ、なんか持ったら熱いな〜とは思ったんだが、焼肉すぐ焼けて便利だよなって……」
「魔王様がウェルダンどころじゃない焼き具合になってんじゃん!!」
よもや、我らが魔王が焼き肉の心遣いで逝去なさるとは及びもせず、さしもの四天王達もしどろもどろになった。
魔王軍は良くも悪くも魔王のワンマン、完全無欠なトップダウンの組織である。魔王が死んだと知れ渡っては、それイコール魔王軍の瓦解を意味する。
「マジでヤベェよ……。みーちゃん、他の四天王とか配下にどう説明すんべ!?」
「う……うむ、ひとまず、この事は秘すしかあるまい。だが、それも長くは保たないだろう」
「くっそ〜、いっそこの遺灰で商売とか始めよっかな……」
「不心得者がぁ! 忠義を忘れたか!!」
「殺した張本人に言われたくねーーよ!!」
喧喧諤諤と言い争う二人。話はまとまる気配がなかった。
「報告いたします!」
突然の声に二人が振り向くと、そこに配下の一人がやってきていた。
「勇者パーティーの魔術師が、こちらに話があると単身来たようで……」
「魔術師が? いったい何の」
「それだァァァァ!!」
最弱の男が絶叫する。右腕の男が驚いてビクッと飛び上がった。
「じゃ、弱っち、どうしたいきなり!?」
「こうなりゃ、いっそ和平だ和平! 戦争やめよ、うん!」
「えぇ!? 何を言っておる!」
その後、四天王の二人は魔術師を介して王国に和平を申し込んだ。
どういうわけか、王国側も待ってましたとばかりにそれに飛びつき、話はトントン拍子で進んでいった。
迅速で目まぐるしい政治劇により魔王の死は誤魔化され、準じて聖剣の在処も有耶無耶になっていった。
調停の場ではあり得ないぐらいの涙を流す勇者と王、そして何故か四天王の二人も感涙する姿が目撃され、人々は新たな歴史の幕開けを予感したという。
平和が訪れた後の元魔王城では、樹木の伐採に輝く業物の剣が使われているという。
急募:聖剣が折れた時の言い訳 暁太郎 @gyotaro
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