第18話 黙らせよう
日曜日。
客足が戻った。
ずーっと客が出入りしていたが。
「警告。警告」
店の中まで聞こえるほどの声が突然聞こえてきた。
「なんだ?」
「え?何今の」
「警告?!」
ザワザワっ。
店の中が騒がしくなる。
お客さんたちが動揺している。
「このお店のー店長はスライムを虐待しておりまーす。スラ虐人間のクズの店主です。皆さんそんなお店にお金を使ってはいけませーん」
この声を聞いて確信した。
また来やがったんだ、あいつ。
お客さんも店の外に目をやっていた。
「なにあれ?なんかの宗教?」
「メガホン持って騒いでるよ……やばそうな奴だな」
と、店の中がザワザワし始めた。
それで、当然のように昨日と同じように客が素早く会計を済ませて出ていってしまった。
店の外に出ると男に目をやった。
「出禁だって言ったよな?」
「店に出入りしませーん。発声練習してるだけでーす」
こいつ……。
「迷惑なの分かんないの?」
「スラ虐をしていないのなら迷惑だと思う必要はないのでは?迷惑だと感じるのはスラ虐をしているからでしょう?」
「お前が気味悪いからお客さん全員帰るんだよ?!分かんねぇの?!」
「ぶふーっ。お客さんが帰るのは店の料理が不味いからでしょ?私に罪を擦り付けないでくれますかー?」
はぁ……
「警察呼ぶわ」
「また警官に迷惑をかけるつもりですかー?スラ虐の次は警虐ですか?」
ダメだこいつ話しても無駄だ。
「スライム様は唯一神なのです。あなたのような人間のクズが飼育していい相手ではないのです」
そう言いながら抱えているスライムを天に掲げる。
「これこそが神!唯一神!」
わけのわからないことを言っている間にこの前の警官がまた来てくれた。
うんざりしている様子だ。
「警官さん!警官さん!この男がまたスラ虐を行っていますよ?」
「は、はぁ……」
もう我慢の限界だ。
「なぁ、この男をストーカー禁止なんとかでしょっぴけないか?ほんとに迷惑してるんだよ」
「ストーカーなんてしてませんよー?」
クソうぜぇ。
警官もついにキレ始めた。
「あのですね!言っておきます!仮にスライムを虐待しているのだとしてもそれを罰する法律も決まりも何も無いんです!頭おかしいのはあなたなんです!」
「ぷっ。モラルのない人たちですなー。怒ることしかできないのかなー?」
警官に話しかける。
「もう相手しなくていいですよ」
「し、しかし店長さん」
俺は首を横に振る。
こんなやつまともに相手するだけ無駄だ。
「他に仕事ありますよね?すいません呼び出して」
「これは仕事ですよ。ていうか仕事抜きしても対処しますよ!」
気持ちは嬉しいけど。
「いや、もういいよ。何言っても無駄だよ」
その後も男は店が閉まるまでメガホン片手に叫んでいた。
当然店に寄り付く人なんていなかった。
その日の夜俺は家に帰ってベッドに座って考えていた。
「また来るよなぁ、あいつ……」
2日連続だ。
飽きて来なくなるなんてことはないだろう。
対策を考えないと……。
そのとき。
ピロン。
田口さんからメッセージが届いていた。
田口:大変なことになってますね。スライム愛好家に目をつけられた、とか。
商品の方ももうそろそろ販売できそうなこのタイミングで……って。売上にも響くかもしれませんね。
本当にツイてませんね。
(近いうちに何とかしますんで、っと)
メッセージを送り返すと。
「ピィ……」
リーナが近寄ってきた。
自分のせいだと思ってるんだろうか?
「気にするなよ。頭がどうかしてるんだよ、あいつ」
今は全部上手くいってるのに……。
「はぁ……いなくなればいいのにな」
そう呟いてベッドに転んだ。
そのとき
「ピェ……」
今までにない鳴き声をリーナは出していた。
やっぱ気にしてるのだろうか。
◇
翌日。
月曜日だってのに、朝6時くらいに起きた。
その原因があれだ。
「また来たのか」
メガホン片手に今度は朝6時から叫び回ってる。
あいつヤバすぎだろ……。
気を紛らわせるためにヨンチューブを起動すると
(急上昇?)
とあるライブが急上昇していた。
タイトルは
『朝6時からメガホン片手に騒ぎまくるやべぇやつ』
だった。
タイトルで察した。あいつだ。
開いてみると、あいつがライブに映されていた。
んで、コメント欄も更新されていく。
"なんやこいつ、やば過ぎんか?"
"キメてるだろこいつ"
"スラ虐ってなんやねんw見てる側としては面白いけど近所にいたらいやだわ"
"これ、最近話題のスライムの店に来るやべぇやつだろ?"
"そうそう、怖すぎて店近寄れんわ。2日連続で来てたらしい、今日込で3日だな"
"なんとかできんの?これ"
"あんまりにもやべぇやつだから、誰も触りたがらないんだよな"
"あの店監修の冷食出るらしいから買おうかなぁって思ってたけど、こんなやべぇのいるなら冷食にもなんかされそうで怖いわ"
"前に毒混入とかあったもんな"
"それ、マジで怖いわ。俺も楽しみにしてたけど怖い"
みんな不安がってる。
これほんとにどうにかしないと田口さんにも迷惑をかけてしまうな。
今まではなぁなぁで済ませてきたけどさすがにどうにかしないと。
「ガルゥ!」
ガルも窓から見える男に向かって威嚇してる。
もう我慢の限界なのかもしれないけど、
「やめとけ。あんなやつでも怪我させたらガルが悪くなる」
ガルをなんとか落ち着かせることにする。
しかし、このまま放置する訳にもいかない。
「はぁ……」
あいつ話が通じないからどっかで勝手に死んでくれないかなぁまじで。
・
・
その後開店時間前まで観察してたけど喋るのをやめたりしゃべったりを繰り返してずーっと店の前にいた。
やべぇよこいつ。
店の扉に今日は休むことを書いた紙を貼り付けて外に出る。
世の中触れない方がいいことってあるもんだ。
無視してりゃそのうち辞めるだろ、と思って今日はギルドの方に向かうことにする、のだが。
「これからどこへ?また新たなスラ虐ですか?」
着いてくる。
無視して歩いているとギルドの中までついてきた。
どこまで着いてくるか試してみるか?
「スラ虐を行う者に裁きを。神は見ておられます」
俺の横でワケの分からないことをずーっと口にしている。
下田も気味の悪いものを見るような目をしていた。
「なんだ?そいつ」
「ストーカーだよ、ストーカー」
ぼさっと呟いてメラメラ火山行きのクエストの手続きを行う。
電車に乗って隣町に行こうとすると
「敬虔なスライム神様の私の目が黒いうちはスラ虐など行わせません」
わざわざ切符買ってついてくる。
誰かどうにかしてくれよ。
ブツブツブツブツ。
俺の横で呟いてくる。
電車から降りて火山へ行くがダンジョンの入口に来てもまだついてくる。
「ピィ……」
流石に気が滅入っているらしいリーナ。
「おぉ……かわいそうに私に飼われたいようだね?君も」
「ピッ!」
唾?のようなものを吐きかけられているけど
「おぉ、神の贈り物!」
無視してダンジョンに入ってもまだついてくる。
「こんなに暑いところにスライムを連れ込むなんて虐待だ!スラ虐をやめろ!」
耳元でキンキンうるせぇな。ほんと。
「はぁ、まさかこんなとこまで着いてくるなんて思わなかったよ」
ここでやっと相手してやることにした。
「当然だ。スラ虐など許される行為ではないからな」
同じことしか言わない男の言葉を聞き流しながら、周りを見るとモンスターがいるのが確認できた。
そのままモンスター共が反応する距離まで歩いていくと配信を開始した。
"今日はダンジョンか?"
"なに、この配信?"
「なぁ、ここで全部リーナに決めてもらうことにするよ俺は」
男に振り返ってそう口にした。
持っていた武器をリーナに渡した。
ガルは家に置いてきたから今ここにいるのはリーナだけ。
「俺は弱い存在さ」
そう言って俺は棒立ちになる。
"ちょ?店長?なにしてんの?"
"ダンジョンでは武器を手放すなって義務教育で習っただろ?!"
"ちょ、まじでなにしてんの?!この人!"
そんなチャットが流れていく中俺は野良のモンスター達に背を向けた。
そんでカメラは自分の背後が見えるように手に持った。
後ろのことは見えないけどモンスターが近付いてくるのはなんとなく分かる。
そいつら相手に無防備な背中を見せてる俺。
「今俺の生死はそこのスライムが握ってる。俺がほんとにスラ虐とやらをやってるなら、俺なんて助けないんじゃないか?」
ジリジリ背後からモンスターが近寄ってくるのを感じる。
視界にはチャットが映る。
"リーナちゃん信じてる!"
"店長さん、ここまで信頼してるんだ"
その瞬間。
「ピッ!」
リーナはすぐに駆け出して。
ザン!
俺に飛びかかってきていたモンスターを蹴散らす。
その様子を見て俺は林田に目をやった。
「まだ、虐待してると?」
その後もリーナは俺を守るためにどんどんとモンスターを蹴散らしていく。
その様子を見てワナワナと震える林田。
「こ、こんな馬鹿なことが……」
チャット欄が盛り上がりを見せ始めた。
"この店長が虐待するわけないよな!"
"ざまぁwwwwww"
"スライム愛好家は嫉妬してたんやろなぁ。そりゃ誰よりもスライムに詳しいと思ってたのに、ぽっと出の店長にベタ慣れしてるスライム見せられたらなw"
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