第16話 いつもと違う客

15時くらい。

俺は呟いていた。


「暇だなぁ」

「ピィ」

「ガルゥ」


前から思ってたけどこの暇な時間を有効活用できないんだろうか?

とか思う。


今までなら次の日の準備とか、やってたりしてたけど人手(?)が増えた今じゃすぐ終わるからなぁ。


そんな時だった。

カランカラン。


スーツ姿の女が入ってくる。

お。


「いらっしゃいませー」


予想してなかった客の出現に少しウキウキしながら対応を始めようとしたのだが、


「今よろしかったでしょうか?」


なんか凄い丁寧な客が入ってきたな。


「もちろんですよ」


なんて話をしていたら男は席に座らず俺の近くに来ると。


「私、木原食品の田口というものですけど」


スッ。

名刺を差し出された。


「え、えーっと」


なんの話だ?これ、と思っていたら。


「本来であれば先に約束が必要かと思いますが……」


っとベラベラ謝罪したり、前置きしてから本題を切り出してきた。


「っというわけで、冷凍食品の共同開発、というものに興味はないでしょうか?」



「えぇぇぇっ?!!ほんとですか?!」

「はい。もちろん」


田口は笑顔でそう答えた。


「このお店今すっごい有名じゃないですか?料理が絶品だって。そのためぜひとも共同開発できないか、というお話でして」


すっげぇ。

今されてる話が急すぎて正直びっくりしている。


だって、木原食品ってすっごい有名な企業だもん。


今までに〇〇監修のラーメン!とか〇〇監修のつけ麺!

とか色々な商品出てるし、自社からもいろいろ出してる。

そんな誰もが知る超大企業から冷食の共同開発を持ちかけられたのだから!


「本来であれば手順を踏むのですが、こういうものはスピード勝負、どうしても我が社と共同開発して欲しい、と思い失礼を承知ながらこうして来たのですが」


と、どれだけ商品化したいのかを話していた。


でもいろいろ思う。


「えーっと、俺の店で大丈夫なんですかね?」

「はい、もちろん。あのヨンチューバー佐野さんが絶賛した。それだけで大ヒットは間違いないと思います」


と前置きしてから


「が、念の為。私も試食したいと思うのですが」


ゴクリ。

緊張で唾が出てくる。


「えーっと。ちなみになんの商品を?」

「チャーハンを考えていますっ」


スッ。

千円渡された。


お釣りを返そうと思ったけど。


「お釣りはいりません」

「わ、分かりました」


初めてのことでカチコチになりながらも俺は千円を受け取ってから厨房に向かう。

大変なことになってきたな。


ここでマズイものなんて出せない。

これまで、何度も作ってきたチャーハン。


だというのに、すっごい緊張する。

フライパンを握る手の震えが止まらない。


「ピッ?」


ブルブルーっ。

俺の手に巻きついてきて震え始めるリーナ。


「ははっ、緊張ほぐそうとしてくれてる?」


そんな気遣いを感じた。

よしっ。


気合を入れて俺はいつもの手順で調理に取り掛かる。

そして、できた。


「お待たせしました」


自分で田口の座る席まで運ぶ。


「おっ!これが噂の!絶品チャーハン!」


そんなこと言われるほどかな?とか思いながら俺は田口が食べるのを見守っていると。


ハムっ。


「ど、どうですか?」


ドキドキ。

どうなんだろう?こんなちゃんとした人に食べてもらうのは初めてだ。


10秒経った。


「……」


つーっ。


田口が涙を流した。

やばっ!


涙流すほど不味かった?!


いつもより緊張したから調味料の量を間違えてしまったのかもしれない。


「ごめんなさい。あ、あのもしかしてコショウ多すぎちゃいました?」

「……」


無言で涙を流し始める田口。

やばい!怒らせた?!


このまま話は流れるんだろうか?


「……こんなに美味いものを食べたのは初めてだ……」

「えっ?」


突然の言葉にびっくりした。


「あまりのおいしさに言葉が出てきません。どう表現したらいいのか言葉を選べない……」

「そ、そんなにおいしです?」

「もちろんですよ。今までどうして無名だったのがほんとに分かりません」


そう言ってきた後。

すぐにパクパクとチャーハンを食べた。


「試食で、軽く食べるつもりだったんですけど、全部食べちゃいました。いつもは食べないんですけどね。ほんとにそれだけ美味しかったです」


ペロリときっちり全て食べきっていた。

これはお世辞なのだろうか?


とりあえず皿を下げながらお世話なのかどうかを考えながら俺は田口のところまで戻った。


すると本題に入っていく。


「本部からは私の判断に委ねられています。ぜひとも商品展開していこうと思っています。お願い出来ないでしょうか?」

「ほ、本当ですか?!ぜひともお願いします」


思わず聞き返してしまってからお願いした。


まさか、こんな大手からそんな話が来るとは思っていなかった!


「最初にお話しますが、正直お店の味を完全再現というのは難しいです。原材料、とかありますからね」


正直その辺は知ってる。

他の店の〇〇監修!みたいなの食べたことあるけど店と違うし。


「はい。分かっています」


そう言うといろいろ話した後に田口は


「こちら、必要な書類です」


スッ。

持っていたカバンから紙の入ったファイルを取りだした。


「契約書とか、いろいろ入ってます。お時間ある時にでもこちらに記入して本社に送っていただければ」


時計を見る。

問題なさそうだな。


「今、書いてもいいですか?」

「はい。もちろん」


書いてると田口が質問してきた。


「ここ、すごいアクセスが悪いですよね」

「それはそうですねー」


俺だって本当はもっと客が入るところとかを店にしたかったけど金がなかった。


「だからですかね?今まで名前が知られてなかったのは」

「うーん。やっぱ味とかじゃないですかね?」


正直お世話言われてると思ったから謙遜したんだけど。


「味はほんとに美味しかったです。プライベートでも来たいなと思うくらいでした!」


そう言ってから顔を赤くする。


「あうっ……ごめんなさい。その……」


なんだか知らないが照れてるらしい。

軽く笑って俺は書き上がった書類を渡しながら口を開いた。


「やっぱあの子のおかげなのかなぁ」


暇そうにカウンターで丸まっていたリーナを見た。


どう考えても全部あの子のおかげだった。

店の名前が広まったのも、俺がまた冒険を再開したのも、ガルと出会ったのも全部全部あの子と出会ってからだった。


こうして田口が来たのもリーナのおかげだと思ってる。


「スライムちゃんには感謝ですね」


彼女もそう言って立ち上がった。


「商品化した時店長さんの写真をパッケージに印刷したいと思うのですが、今撮ってもよろしいですか?」


おっ。

あの某激辛ラーメン屋がしてるような指立てたみたいなポーズでもすればいいんだろうか?


「でも、どんなポーズをすれば?」


というより、よく考えたらこの店の看板は俺じゃない。

首を横に振って思い出す。


「俺じゃなくて、あの子でもいいですか?」


リーナを見た。

この店の名前を思いっきり轟かせたスライムを。


「ピィっ?」


俺の視線に気付いたのかニュルーンと近付いてきた。


「スライムちゃんでももちろん。インパクトある写真が撮れる分そちらの方がいいかもしれませんね」


という訳らしいので俺はリーナに写真の被写体になってもらうことにした。

そうして、写真を撮ると


「これでいいですか?」

「もちろん」


聞いてきた田口に頷いた。


「じゃあ、最後になっちゃいましたが、作り方を教えてもらえますか?」


俺はいろいろと準備をしてから田口に作り方を教える。


「そんな、難しいことじゃないんだけど。こんな感じですね」


ひとつ仕上げると。


「えっ?!意外と簡単なんですね?!」


驚いているようだった。

俺も作り方はすげぇ簡単だと思ってる。


だから、こんなにおいしい、と言われるなんて思っていない。


「これならすぐに商品化まで行けそうですね!」

「そうですか?」

「はい!」


そう言う彼女はこう聞いてきた。


「ちなみに原価率とかお聞きしても?」

「んー、70%くらい?」

「えぇぇぇぇぇぇ?!!!」


驚く彼女。


「普通3割くらいみたいですけど7割?!!!!生活できるんですか?!それで!」

「お友達に恵まれてるようでしてね」


下田とかはたまに飯食わしてくれるし、全然生活は出来てるかなー?余裕は無いけど。


「このおいしさは店長さんの努力のたまものというわけですね」


そう言って彼女はそろそろ帰ると言っていた。


「じゃ、お気をつけて」

「はい。いくつか、サンプルとかお送りしますので、問題ないようでしたら。お返事いただければ」


と、彼女は出て言った。

ふぅ、なんとか終わったな。


それにしても今までで1番デカいイベントだったな。


冷凍食品かー。

俺の店のチャーハンがスーパーの冷凍食品コーナーに並ぶかもなのか。

そう思うと少しワクワクするのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る