第10話 冒険者は安泰
日曜日の経営も順調に終えた俺はソファに座ってスマホを取りだして、連絡帳を開くと。
「はぁ……」
憂鬱だ。
溜め息を吐きながらとある番号に電話をかける。
プルルルルルルルル。
ガチャっ。
「もしもし」
「母さん?」
「あぁ、あんたか」
俺の声を聞くなり少し声のトーンが下がった。
それだけ俺からの連絡は望んでいなかった、ということだろう。
「今から帰るよ」
「分かった」
この前、また今度帰るよといった約束を律儀に守りに行くことにする。
にゅるん。
隣で座って休んでいたリーナが俺の腕に巻きついてきた。
そこからにゅるにゅる上に上がって頭の上に乗った。
今日は巻き付く力も残っていないらしい。
そして
「ピィ……ピィ……」
静かに寝始めた。
お疲れ様だ。
昨日に続き今日もクソ忙しかったからな。
めちゃくちゃ負担をかけたと思う。
「電車ってスライム乗せていいのかな?」
とりあえず調べてみる。
スライム 電車。
すると検索結果が出てきた。
Q.スライムは電車に乗せても大丈夫ですか?
A.ペットのスライムのみ大丈夫です
なるほど。
大丈夫らしいな。
「はぁ……」
ガチャっ。
外に出て店の鍵を閉めると俺は駅に向かって歩き始める。
俺の実家は電車をひとつ乗ったところにある。
距離にしたらいつでも帰れる距離だが、ここに帰ってくるのは数年ぶりだ。
「はぁ……」
溜め息を吐きながらインターホンを押す。
するとガチャっ。
直ぐに鍵が開いたので中に入る。
玄関には母さんが立っていた。
「前に帰ってこいって言ってたけどなんの用?」
「それより頭になに載っけてるの?」
「スライム」
「ピィ……ピィ……」
リーナはまだ寝ていた。
起こさないようにゆっくりと靴を脱いで上がる。
そんな俺を軽蔑するような目で見てくる母さん。
「冒険者を蹴ってまでなった料理人はどう?」
なんでそんなにイヤミなんだろうなこの人は。
「今更になってやっと順調だよ」
居間に入ると早速座る。
母さんが俺の対面に座って切り出してきた。
「弟のタケルは今Aランク冒険者よ」
出た出た。
さっそくの説教、とかって思ってると
「こんばんは兄さん」
今度は弟のタケルが居間に入ってきた。
勝ち誇ったような顔をしていた。
「で、なんの用?」
「今度さ。僕の後輩がリーダーを務めるパーティがメンバーを募集するんだ。それにどう?って勧誘さ。もちろん、リーダーの言うことは聞いてもらうけどね。もちろん、店はやめなきゃだけど」
そのためにわざわざ呼び出したらしい。
対面でせずとも電話でいいじゃないか。
「悪いけどパスだな」
そう言うと弟は鼻で笑う。
「後悔しないでよ?兄さん。絶対に僕の言うこと聞いてた方がいいと思うけどなぁ」
「やだね」
そう答えて立ち上がる。
「今順調なところだ」
店から手を離す訳にはいかない。
「言いたいことはそれだけらしいし、じゃあな」
帰ってきて損だな。
俺は玄関まで戻ってきて靴を履いた。
「後悔すると思うけどなぁ」
「誰が」
そう言って母さんに目をやる。
「借りた金は返す目処が着いた。用意できたら返すよ」
「また妄想?いい加減変なプライド捨てて冒険者になればいいのに。子供の頃から言ってきたのに冒険者は安泰だって」
「妄想じゃない」
そう伝えて俺は家を出ようとしたがその前最後にタケルが小さく口を開いていた。
「冒険者になれなかった落ちこぼれが」
聞こえないふりをして外に出る。
これだから嫌いんだよ冒険者ってやつら。
自分たち冒険者をひたすら偉大なものだと思い込んでいる、そんな人種ばかりだからな。母さんも父さんも弟もそんな性格だった。
早い話選民思想というやつだろう。
まぁ、今となってはどうでもいいか。
借りた金返したらこの家に帰ってくることはないだろうし。
また電車に戻って自分の家に戻ってきた。
日付が変わっていた。
ガチャっ。
家に入ると直ぐに寝転がる。
んで、思う。
言ってることは間違ってない。
今の店なんて客がいなくなれば俺は稼げなくなるが、冒険者ならば次から次にダンジョンができて稼げなくなるというのはない。
だから現状は低ランクでも冒険者は安泰と言われているが、
「冒険者、ねぇ」
あの弟の下で冒険者になるつもりはないが。
メンバーが集まるならまた冒険してみてもいいかもしれない。
ガッツリやるつもりは無いけど。
だがひとつ。気になることがある。
「足動くかなぁ?」
俺は駆け出し冒険者の時事故って足を怪我した。
それで潰してしまって冒険者にはなれなかったのだ。
まぁ、今更冒険者になれるかどうかは試してみてもいいか。
◇
翌朝の月曜日。
昼で営業時間を終えて店を閉める。
平日は特にそうだがやはり客足は良くない。
みんな仕事とか学校あるからね。
俺はリーナを頭に乗っけてギルドに向かう。
腕に巻き付く時と頭に乗る時の違いってなんだろう?
気分屋なのかな?
ふと気になったがスライムが答えくれるわけもないしなぁ。
そんなことを考えながらギルドまで来た。
「おっ。店長。珍しいな」
カウンターに向かうなりすぐに下田が話しかけきた。
「平日は暇だからさ。平日は思い切って休みを多くすることにするかも。それでその時間にクエストとか出ようかなって思ってる。ダンジョンの素材はいいものが多いしな」
稼ぎだけで言うならクエスト>店。
これはもう変えようのないものだ。
当然の話だけどな。
クエストとか冒険って一応体張るからなぁ。
最悪命を落とすかもしれないし。
それとまぁまだ理由は色々とあるけど。
「なるほどな。まぁいいんじゃないか?」
「とりあえずさメラメラ火山に行きたいと思ってる」
「あそこか。ひとりでいくつもりか?」
「ん、ひとりといっぴき」
俺は人差し指で頭の上のスライムを指さした。
「戦力になるのか?」
「多分俺より強い」
「そ、そうか」
そんな会話をして俺は下田にそろそろ手続きを頼むことにした。
「おっけ。メラメラ火山だな。こっちで行ったという処理をしておくよ」
「頼むな」
そう言って俺は下田に任せてギルドを出ていくことにした。
クエストを通さずにダンジョンに行く場合もこうして話を通しておくともしものことがあった時対応してもらえるのだ。
メラメラ火山はこの近くには無い。
電車を少し乗って移動しなければならないので、電車に乗りこんだ。
んで、電車に揺られること数分。
現地のギルドにも出向いた。
ギルドは今はもうコンビニと同じくらい当たり前のものになっていた。
とにかく各地にギルドというものはある。
そして中に入るとカウンターに向かい現地に着いた、という報告。
これは後に万が一があった場合サポートを受けるのに必要な手順だ。
カウンターの女性が話しかけてくる。
「ではお気を付けて。それとメラメラ火山には近くの高校から演習に来ている高校生たちがいます。なにかあれば協力してあげてください」
「分かったよ」
ギルドを出ていく。
そしてメラメラ火山の入口までやってきた。
火山とは言え、火を噴いたりしてるわけじゃないけど。
普通の山だ。
そのふもとに穴がぽっこり開いてる。
「さてと、入りますか」
「ピィ!」
リーナもずいぶんと慣れてきたようで俺の頭から降りるとスグに人型に。
そうやって突っ立っていると
「何かお困りですか?」
声をかけられた。
後ろをむくと女の人が立っていた。
歳は20前後くらいの人。
その腕には【S】とだけ刻まれた腕章
(Sランク冒険者か)
高ランク冒険者にはパッと見で分かるように腕章とかを配られたりする。
理由としては低ランクの冒険者が誰かにアドバイスを求める時に誰に聞けばいいのかを分かりやすくするためだ。
そして逆もまた当然のようにある。
困っている人がいれば声をかけること、そうやってギルドから言われているはずだ。
だから声をかけたのだろうが
「別に困ってないけど」
「そうですか。失礼しました。では」
冒険者には珍しいタイプだな。
低ランク相手にも口調が丁寧だ。
通りがかっただけなのか女性はメラメラ火山からは外れて更に奥へと向かっていく。
俺の目はその腕章に釘付けになっていた。
「いいなぁ……」
俺も現代の人間だ。
小学生、中学生、高校生の学生時代、俺も含めてみんなあの腕章を、Sランクという階級を手に入れるために死にものぐるいで努力してきた。
そして今も努力している。
冒険者のほぼ全員があれを喉から手が出るほど欲しがる。
もちろん、それは俺だってそう。
だからあの腕章の価値を知ってる。
俺だって本当はさ。
「欲しかったなぁ、あれ」
呟くと
「ピィ」
俺の腕を引っ張るリーナ。
ダンジョンに入ろうということか。
「話が逸れたな。俺には無理だもんな。夢は夢ってわけさ」
まだ心のどこかで諦めてきれない自分がいたので諦めさせるように呟いたのだが。
「ピピン」
(初めて聞く鳴き声だな。今までずっと俺を肯定するような鳴き声ばっかだったのに……?)
フルフル。
首を横に振るリーナ。
ゴクリっ。
緊張を感じながら俺は聞いてみた。
「俺はSランクにはなれないよ」
「ピピン」
フルフル。
また首を横に振った。
まさか、言葉を理解してるのか?
「諦めるなって言ってるのか?」
「ピィ」
首を縦に振った。
ポカーンと口を開けることしかできない。
「……」
俺は首を横に振って内心で考える。
物覚えはいいし仕事はちゃんと覚えるし人間の言葉を理解してるような感じはしてたけどさ。
(本当に理解してるのか?この子は)
分からないけど。
とりあえずリーナを連れてメラメラ火山の中に入っていく。
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