第11話
高らかな――刺すような悪意の言葉が、リュフェスのこめかみを殴りつけた。
ぐらりと一瞬揺らいだ視界の向こうに、小さなジャンヌの姿が見えた。
ジャックを探して泣き、やがて剣を握るようになった小さな少女。
――あのジャックの妹なのだから、その名に恥じないようにと強がるようになった。
そして。
『初挑戦でクリーズを踏破できれば名があがる、財も手に入る……そうすれば、リューに少しでも恩返しできる。リュフェスに育てられたと、胸を張れるって……』
「あはは! 所詮は小娘だもの! 新人がいざ戦闘になってビビって逃げる、よくありふれた話じゃない? 腰抜けの臆病者は別にあの娘一人じゃないわ! でもねえ、もしかしてあんたがあの娘を育てでもした? それなら、余計に納得――」
悪意のみならず加虐の喜びすら滲ませた女の声が、唐突に途切れる。
後頭部から叩きつけられて小さく悲鳴をあげたロレットを、リュフェスは冷たく見据えた。
――腹が焼けそうなほどの激しい怒りは、かえって全身を凍てつかせるのだと知った。
リュフェスの腕に首を押さえつけられて壁に縫い止められているという状況を、ロレットはようやく理解したようだった。整った顔立ちを醜く歪める。だが喉を押さえつけられているせいで声が出ないようだった。
「リュフェス君……っ!!」
カルメルがリュフェスにすがりつく。
「だめよ! ジャンヌちゃんのためにも……!!」
ほとんど懇願するようにカルメルは叫んだ。
その言葉を、リュフェスはすべて受け入れたわけではない。だが確かに、こんなことをしている場合ではないと、凍えた頭で思った。
こんな女のことは、どうでもいい。
腕を退けると、ロレットは滑稽なほど咳き込んでみせた。憎悪すら滲ませてリュフェスを睨み、罵詈雑言を吐いたが、リュフェスはもはや意識からロレットの存在を締め出した。
カルメルの声さえ無視して、部屋を出た。
やるべきことは一つしかなかった。
「リュフェス君、待ちなさい! まさか一人で潜るつもり……!?」
クリーズ迷宮の入り口を目前にリュフェスの背に、カルメルの悲鳴が追いすがった。
――クリーズ迷宮は、見た目には古い坑道の入り口そのものだった。
入り口の前には立て看板がかけられ、その周りに立ち入りを制限する縄などがかかっている。少し離れたところには探索者用の屋台や武器職人が整備のために出張して敷物を広げて連なっていた。
「焦る気持ちはわかるけど、落ち着いて! ジャンヌちゃんを助けるためにも、最低あと二人は集めて来ないと……!!」
「そんなに待てない」
――ジャンヌはいまも苦しみ、命の危険にさらされている。
リュフェス君、とそれでも食い下がろうとするカルメルに、リュフェスは振り向かず、左の籠手に触れた。
「……それに一人じゃない」
ほとんど独白のように言うと、だがカルメルはそれを聞き逃さなかった。
「……リュフェス君が《獣使い》であったことは知ってるわ。でも、それならなおさら必要よ。リュフェス君が馴らす間、注意を引き付け、リュフェス君自身を守ってくれる護衛と囮の役が要る。そうでしょう」
低い声でカルメルは言った。
リュフェスは反論しなかった。カルメルの言葉はまったく正論だった。
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