第10話

「騒ぎを起こした馬鹿どもはどいつ!?」


 耳をつんざくような高い怒声。

 高位の魔術師であることを示す、四つの宝石が杖を囲む紋章がローブに刻まれ、濃緑の髪につり上がった目をした女が足音荒く部屋に入ってくる。

 女はカルメルとリュフェスを見、一瞬きつく睨みつける。


 リュフェスは息を飲んだ。


「お前……!?」


 思わずそう声をあげると、女――ロレットは、苛立ちと嫌悪まじりの目を向けた。

 だが毒々しいまでに赤い唇が何かを吐き出そうとして開きかけて止まり、その目は大きく見開かれた。


「まさかあんた……リュフェス!? のお前なの!?」


 十年前とかわらぬ金属音のような叫びをあげ、ロレットは吐き捨てた。


「なんであんたがここに……!」

「そんなことはどうでもいい。ジャンヌに何があった」


 リュフェスは不快感に顔を歪めた。元《鋼の刃》など、いまもっとも目にしたくない類の人間だった。


「はっ! この役立たず! 誰に向かって口を聞いてるかわかってるの? 何のつもりでここに侵入したのか知らないけど――」


 踏み出しかけたリュフェスの腕を、再びカルメルがつかんだ。


「都地区統括長のロレットさん。旧知の間でのお話は後にしていただいて、いまは三八期探索班に何が起こったのか、教えていただけませんか」


 リュフェスの怒りを抑えるように、カルメルが穏やかな口調で言った。

 ロレットは一瞬カルメルにも憎悪の目を向けたが、すぐに驚きを露わにした。


「カルメル=ソルシエール副団長……!?」

「……いまはもう副団長でも何でもありませんよ。一民間人です」


 カルメルは曖昧に微笑した。

 リュフェスは束の間、黙り込む。


(副団長……?)


 カルメルが王都出身で、実力のある魔術師だということはわかっていたが、詳しい経歴までは知らなかった。

 だがいまはそれに思いを馳せている場合ではない。


 リュフェスが再びロレットを睨むと、元《鋼の刃》所属の魔術師はリュフェスなどいないかのようにカルメルだけを見つめ、言った。


「……三八期班。剣士ジャンヌ、剣士エド、魔法士ベルン、支援術士ウーゴは十日前未明、濃紺級迷宮クリーズの第一階層に出立しました。全員、体調は良好で装備等の不具合もなく、迷宮にも異変はありませんでした」


 感情をそぎ落としたような、淡々とした事務的な報告。

 もどかしく思いながら、リュフェスは自分を抑えてそれを聞く。


 迷宮の探索難度は色にたとえられて分類される。一般的に暗く濃い色ほど難度が高い。白がもっともたやすく、いまだ数えるほどしか生還者のいない最高難度の迷宮デゼスフォールだ。

 濃紺級は中級以上の難度になる。


「予定期間日は七日後でした。しかし予定日をすぎても帰還せず、また連絡もありませんでした。九日目に有志の捜索隊がクリーズに潜り、剣士ジャンヌ一人と、その他の班員のものと思われる所有物の一部を発見しました」

「――っなんで七日目に探しにいかなかった!!」


 リュフェスはかっと頭が熱くなるのを感じた。予定日を二日もすぎて、ようやく捜索隊が出たという。それではあまりに遅い。


 だがロレットは汚らわしいものを見るような一瞥をしただけで、答えなかった。

 つかみかかろうとしたリュフェスをカルメルが止める。


「……二次失踪の可能性も考えると、動きが重くなったのも仕方のないところはあるわ」


 リュフェスは悪態をついた。――頭ではカルメルの言葉はわかっている。

 本来、迷宮に潜り、探索者組合ギルドに報告して予定期間日まで戻らなかったとしても、捜索隊は出ない。予定をすぎても戻らず、一定の期間がすぎれば『失踪』扱いにされるだけだ。


 ジャンヌたちは組合に所属した新人で、特に才能を認められて期待されていた班の初陣でもあったから、捜索隊も出されたのだろう。

 怒鳴りつけたい気持ちを抑えながら、リュフェスはロレットを睨んだ。


「ジャンヌは黒染という呪いにかかった。発見された現場に、呪いをかけた元凶はいなかったのか。もしくはその痕跡は。他の三人はなんで死んだ」


 今度はロレットは目線を向けようともせず、リュフェスの問いを黙殺しようとした。

 だがふいに何かに気づいたように、侮蔑に満ちた目を向ける。そして、血に濡れたような唇がつりあがった。


「三八期班が壊滅した場所と、発見された場所は別。剣士ジャンヌが発見された地点と、他の三人の所有物が発見された地点は離れていた」


 やけにはっきりと、まるで言葉をリュフェスの耳に刻みつけようとするようにロレットは言った。


「……何が言いたい」

「剣士ジャンヌが発見されたのは、戦闘場所から離れて。つまり撤退する途中で倒れた。一人で撤退する途中で」


 赤い唇から吐き出される悪意が、唐突に鮮烈な形をなす。

 ロレットは声をあげて笑った。


「あの娘、のねえ! だから一人だけ助かったのよ!」

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