第8話

 カルメルと警備兵の間でわずかに会話がもたれると、警備兵は半信半疑といった様子ながらも、リュフェスとカルメルを別室に案内した。


「……あれはおそらく、黒染テクランね」


 別室に二人残されると、カルメルは見たこともない悲痛な表情で言った。


「黒染?」

「ええ。高位の迷宮生物が使う、古い呪いの一種」


 カルメルの言葉は禍々しく響き、リュフェスの腹を重く殴った。


「呪いなら、解くにはどうしたらいい? 何が必要だ?」

「リュフェス君、落ち着いて。原理としては、呪いをかけた迷宮生物を見つけて倒せばいいわ」

「わかった」


 すぐに出て行こうとするリュフェスの腕を、カルメルがつかんだ。


「だめよ! 焦る気持ちはわかるけど、クリーズに潜るには準備も相応の人手も必要なの! でなければリュフェス君まで帰ってこれなくなる!」


 カルメルの悲鳴のような訴えが、リュフェスの耳に響く。

 迷宮に潜るには複数人でパーティを組むのが普通だった。単身で潜れる範囲はごく限られている。難易度の低い、それも浅い階層。そうでなければただの自殺行為だ。


 ――四人パーティの一人、前衛をつとめる剣士としてジャンヌはクリーズに潜った。

 だがそのジャンヌはあんな姿になり、残りの三人は。


『……他に戻って来た者はいない。所有物の一部が戻って来ただけだ』


 つかみかからん勢いで詰め寄ったリュフェスに対し、警備の男たちはそう言った。


 つまり――

 迷宮探索者が失踪したというのは、死を意味する。どこかで命を落とし、迷宮のどこかで何者かわからない白骨になるか、あるいは迷宮生物に消化されて永遠に見つからないかのどちらかだ。


 ――ジャンヌのパーティに何があったのか。何がジャンヌをあんな姿にしたのか。


「……あいつ、謝ったんだ。あんな……」


 ――自分が一番、苦しいだろうに。

 嗚咽し、震えていた背中が目に焼き付いて離れない。


「クリーズなんかに、行かせるんじゃなかった……!!」


 頭をかきむしりたくなるような激しい後悔が、リュフェスの体に吹き荒れた。

 危険であることはわかっていたはずだった。いくらジャンヌに兄譲りの才能があったとしても、どれだけ喧嘩になっても、ジャンヌに今後ずっと嫌われることになろうとも、引き止めるべきだった。 


 カルメルが目元を震わせ、それからそっと伏せた。


「……私が言ってしまうのは、ジャンヌちゃんとの約束を破ることになる。でも……」


 リュフェスははっと息を飲んだ。――何が。カルメルは何を知っているのか。思わず詰めよろうとしたところで、カルメルは沈んだ表情のまま切り出した。


「今回ジャンヌちゃんが手柄を求めていたのはね、亡きお兄さんのためというより……リュフェス君、あなたのためだったの」


 リュフェスは目を瞠った。


「な……どういう……」


 腕をつかんでいたカルメルの手が、ゆっくりと落ちた。


「ジャンヌちゃん、ずっと気にしてたのよ。って」


 

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