第22話:予期せぬ事件

 翌朝、いつもの時間に目覚めた俺はあくびをしながら部屋を出た。

 今日は特に何かあるわけではない。本当ならもう少し寝ていたい気持ちはある。だが、遅くまで寝ているとオラクルからのコールがうるさくなるため、定常の時間に起きる。

 睡眠時間が短いよりも寝覚が悪い方が俺としては嫌なのだ。


「柃、おはよう」

「兄さん、おはよう」


 リビングに入ると、椿と母が同じソファを共有しながら、テレビを見ていた。二人とも今日はオフなので、家で寛いでいるみたいだ。二人に挨拶を返し、テーブルの方へ歩み寄る。オラクルは別の部屋で何かをしているのか留守だった。とはいえ、朝食はしっかりと置かれている。


 小切れにされたバナナと牛乳。既視感のある朝食だなと思いつつも、爪楊枝の刺さったバナナを手に取り、口の中へと入れる。座るのが面倒だったため、立ちながら召し上がる。家内はあまり食事マナーに厳しくないため、特に何かを言われることはない。強いていえば、椿から冷たい視線を送られるだけである。


 二人が見ていたテレビを後ろ越しに見る。二人は昨夜配信されたドラマを夢中に見ていた。リビングに漂う静寂な空気は、物音を立てることを許してくれない感じがした。焼かれたパンのようなサクッという音が出る物ではなく、柔らかいバナナでよかったと思った。


「今日も良かったね。ラストシーンは感動したよ」

「そうね。私ももう一度、あんな感じの青春を送ってみたいな」

「へー、お母さんもあんな感じの頃があったの。やっぱりお相手はお父さん? 二人はどんな感じの学校生活を送ったの?」

「そうだな……」


 母親は長時間の腰掛けで疲れたのかストレッチをしながら、椿の話に応じる。椿は先ほどのドラマの余韻が残っているからか母の話を目を輝かせながら聞こうとした。

 朝から元気だなと思いながら、牛乳を口へと含んでいった。


 配信ドラマが終わったことで、自動的にチャンネルが切り替わる。朝のニュース番組が放送されることになった。


『続いてのニュースです。昨夜、メタ・アースから帰ってこないと警察に通報がありました。被害にあった女子生徒は現在もなお、ログアウトされていない状態だそうです』


 ニュースの内容を聞き、俺は番組の方へと目を向ける。通り魔事件のことといい、メタ・アースで起こった不吉な事件に関して敏感になっていた。

 映像は局内から事件のあった家へと切り替わる。


『被害にあったのは、柊 刹那さん。17歳』


 その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず、手に持った牛乳瓶を地面へと落とした。地面へと落ちた瓶は大きな音を立てて、割れる。ソファーに座る二人は音に感化され、こちらを覗いた。地面に落ちた牛乳は地面を侵食し、足元は冷んやりとした感覚に見舞われる。


「兄さん?」


 椿が心配そうな声を俺に漏らす。多分、今の俺の表情は呆気に取られ、ひどく怯えてしまっている状態であろう。

 だが、俺は心配する椿に反応することはできなかった。今は彼女に気を使うほどの余裕はなかったのだ。


 顔はテレビへと向く。映像には、先ほど呼ばれた少女の写真が記されていた。

 間違いない。写真の少女は俺の知っている柊さんだった。

 昨日の話から推察するに、法的措置を取る前に何かの事件に巻き込まれたのか。おそらく、意図的な物だろう。


 俺は居ても立っても居られず、転移室の方へと走っていった。


「お兄ちゃん、どこ行くの?」


 椿の声が聞こえたが、俺は聞こえないふりをしてリビングを出た。牛乳をほったらかしにしてしまったのは申し訳なかったが、今は一大事なので許して欲しい。

 俺は転移室へ行くと、行く当てもなく、適当な場所へとログインした。


 ****


 薄暗い部屋の一室。柊 刹那は、身動きが取れない状態だった。

 部屋の端から端まで伝わる棒に掛けられた手錠に拘束され、腕を挙げた状態で体ごと吊らされていた。服は所々破られ、露出した肌には赤い跡がついている。


 朦朧とする意識の中、彼女は目の前の男たちに目を凝らしていた。

 13人組のグループ。それぞれが色の違う鬼の仮面をかぶっている。

 

 柊 刹那は柃と別れた後、警察へ行き、柃の死に関しての取調べの続きを行う予定だった。彼を殺した次の日には、警察からの取調べを受けており、その際に自分が秘密裏に結成された再生者による団体の一員であることを打ち明けた。


 そこで、警察から1日かけて自身のメタ・アースでの記録を収集してもらい、その結果をもとに更なる取調べを行うつもりでいた。

 だが、警察の元へと行く前に彼らに捕まってしまったのだ。警察の前に彼らがいるとは思いもしなかった。誰にもわからないように霊気で脅され、やむなく彼らに付き添うことになった。


 そして、彼らから拳や武器で拷問を受け、今に至る。


「作戦は昼頃、結構する。入念な準備はできなかったが、ある程度の損害を与えることはできるだろう。平和なメタ・アースも今日で終わりだ。では、各々準備を」


 黄色の仮面をかぶった男がテーブルに足をかけて言う。

 彼の号令に従い、彼らの中の7人はリープ機能でその場から去っていった。


「さて、君が悪いんだよ。僕たちの存在を公に明かそうとした罰だ」


 黄色の仮面の男はソファから立ち上がると刹那の元へと歩いていく。

 刹那は彼に向かって、威嚇するように鋭い目つきを浮かべる。

 

「反抗心の強いやつだ。お前みたいな女は嫌いじゃない。だが……」


 鞭を取り出すと彼女へ向けて放つ。鞭は元々できていた傷口に当たり、激痛が彼女を襲う。死なない程度に彼女を痛めつけることで自然的ログアウトを防いでいる。両手を縛りレイヤーを表示させないことで人為的ログアウトも防がれているため、彼女は現実世界に戻ることができず、1日この状態で過ごしていた。 


「この状況で行うのは、実に愚かだ」


 男が装置を操作すると、棒が下へと降りてきた。刹那は足がつくかつかないか程度のところまで降ろされる。男は降りてきた彼女に対し、顎を食いとあげ、自分の顔へと向けさせる。


「その強い顔ができるのも後どれくらいだろうか。すでに現実世界の君は衰弱状態に入っている。このまま仮想世界もろとも死んでしまうかもしれないよ。はっはっは」


 刹那は彼の言葉を聞いてもなお、憎んだ表情をやめなかった。ただ内心はひどく怯えていた。強がった自分の行動を後悔するほど、彼女の精神は限界まできていた。

 手を顎から離すと、最後にもう一度鞭を打つ。苦しむ刹那に対して、嘲笑いながら彼と残りの5人もリープをしていった。


 刹那一人の閑散とした空間。季節は夏なのに、部屋は肌寒く感じた。

 ひどく疲れた様子を見せる刹那は誰もいなくなった部屋でひとりごちる。憎しみの表情はなくなり、涙ぐみそうな儚い表情を見せていた。


「結城くん、助けて……」

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