第20話:依頼中の災厄

 俺と誇誉愛先輩はとあるブランド店が立ち並ぶ高層ビルの一階の階段付近に身を潜めていた。時刻は午後8時。ほとんどのお店は閉店し、閑散とした通路だけが残った状態だ。もう直ぐ、強制的に外へとリープさせられる。


 しかし、俺たち特別公務課は特許を持ち合わせており、どんな場所にもどんな時間帯でもいられるようになっている。一件、良的なものと思われる特許だが、その分、罪を犯した時の処罰は重くなってしまうのが難点だ。まあ、そんな悪いことはしないから心配いらないだろうが。


「ふー、やっぱ綺麗なものを見ると心まで綺麗になるね」


 ブランド店へと足を運んだ誇誉愛先輩はネックレスや指輪を眺めていた。眺めているだけで購入するつもりはないようで、店の人に声をかけられても断っていた。

 

「せっかく綺麗になったは良いものの、これから汚れてしまうのは嫌だな」

「ここで何が行われるんですか?」

「麻薬の取引。おそらく、再生者じゃないモノ同士での取引だから楽だとは思うわ」


 依頼は全部で三パターンに分けられる。

 一番楽なものは『再生者ではない者の集団の犯行』。

 次に『再生者と再生者でない者のが入り混じった集団の犯行』。

 そして、一番過酷なのが『再生者のみの集団の犯行』。

 今回は一番楽なパターンであるため誇誉愛先輩は気楽そうに構えていた。


「お、来たようだね」

 

 見るとスーツ姿の男たちが4人いた。1人に対して、3人が向かい合う形で立っている。3人組の男たちの1人は手に銀色のアタッシュケースを抱えている。

 麻薬。メタ・アースでも、それは存在する。リアル世界で使う麻薬とは異なり、ウイルスプログラムで作られたそれは、快感を得るとともに自身のアバターに害を及ぼすプログラムを埋め込む。


 メタ・アースでの活動が活発化している昨今では、アバターを損なう行為に関しては違反として法律化されている。そのため、メタ・アースの麻薬所持も立派な犯罪だ。


 早めに対処しないとまずいよな。そう思い、身を潜めている俺を誇誉愛先輩は手で牽制する。彼女を見ると、平然とした様子でウィンクしていた。

 驚いたのは彼女の周りを覆っていた白色の霊気が灰色に染まり、宙を漂っていたことだ。


 霊気は部屋に浸透していくとスーツの男たちの元へと近づいていく。

 彼らは浸透する霊気の存在に気づかずに、取引を進めている。やがて、灰色の霊気は彼らの周りを取り囲むように漂っていく。


 刹那、取引をしていた四人がその場に倒れ込む。人が倒れる音とともに、アタッシュケースがこぼれ落ちる音が大きく響いた。


「作戦大成功だねっ! 行きましょうか」

 

 倒れたところで誇誉愛先輩は彼らのいる方へと歩き出した。俺も彼女の後に続くように歩き始める。灰色の霊気は男たちを倒したところで綺麗さっぱりなくなっていた。


「霊気で倒したんですか?」

「そっ。予測通り、再生者じゃない者同士の取引だったからね。彼らに霊気は見えないから、わざわざ私たちが赴いて戦うよりもこっちの方が何倍も効率がいいの。おかげですぐ終わったでしょ」

「それはそうですけど、よく再生者じゃないってわかりましたね」


 再生者は自分が再生者とバレないように識力を使って、自分の霊気の色を白へと変換させている。だから、相手の霊気の色が白色だからと言って、再生者ではないと判断するのは早い気がしたが。


「能ある鷹は爪を隠す。でも、より優れた鷹は隠した爪をも見通せるのよ。私、目には自信があるの。識力をうまく使えば、相手が隠した霊気の色を見通せるのよ。再生者の用語としては識眼(しきがん)って呼んでたりする」


 誇誉愛先輩は自分の目を指差し、説明する。

 識力はそんな使い方もできるのか。もしかして、俺を再生者だと判別したのも識眼を使って見抜いていたからなのかもしれない。


「にしても、俺がいる必要全くなかったですね。誇誉愛先輩ひとりで事足りていた気がします」

「まあね。でも、たまに面倒くさい再生者がいたりするから、そういう時は誰かいてほしかったりするのよね」


 前の赤髪の男のような者だろうか。だとしても、誇誉愛先輩なら、余裕で倒せそうな気もするが。

 誇誉愛先輩はレイヤーを作成し、彼らの身体情報を分析、それを特別公務課へと送った。俺はその間、スーツの男たちの様子を見張っていた。彼らはピクリともせず、寝静まっている。殺したわけではなく、気絶させただけなので強制ログアウトすることはない。


「さて、依頼はこれで終わり。あとは分析結果から本人を特定。リアル世界で法的処置を取るっていう感じかな。そして、それが完了次第、私の元に依頼達成の報酬が手に入るって訳。せっかく柃くんも一緒にいてくれたから、報酬で焼肉でも行こっか」

「いいんですかっ! ありがとうございます!」

「お姉さんに任せなさい! っ!」


 すると、誇誉愛先輩は驚いた表情を俺に向けた。いや、俺ではない。俺の後ろにいる誰かだ。俺は反射的に後ろを向く。

 見えたのは赤い鬼の仮面を被った人物。マントで全体が覆われており、彼の姿はわからない。体格がいいため、男であろうと推測できる。先ほどまで余裕そうだった誇誉愛先輩が驚いていたのは、おそらく彼の周りを囲むドス黒い霊気のせいだろう。


 色の濃さからして、霊気質が高い。つまり、再生者であり、かなりの手練れであることは間違いない。


「誰かしら?」


 誇誉愛先輩は低い声で敵に話しかける。男を警戒してのことだろう。

 男は誇誉愛先輩の言葉に返事はしない。「ふっふっふ」とうっすら嘲笑うだけであった。


「柃くん、私の言っていたことが現実になってしまったみたいね。少し面倒なことになった。君の力を頼りにさせてもらうわ。報酬は焼肉ではなく、回らない寿司屋にしましょう」

「それはいいですね。俄然やる気が出ます」


 若緑色の霊気を発散させる。きっと、今まで出会った誰よりも強い。

 俺は両手を前に出し、戦闘態勢に入った。

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