第4話:柊さんへの告白・返答

 授業後、担任の先生への挨拶が終わるとクラスの生徒は各々行動を取り始める。

 授業で疲れた体をほぐすようにストレッチをする生徒。複数人で集まり、なんのゲームをするかを話し合っている生徒。事前に授業後の予定を立てて、すぐにリープを行う生徒と行動パターンは様々だ。


「柃、今日はどうする? やっぱり、花火大会に行くの?」


 前にいた誠がいつものように椅子を半回転させて、俺と向き合う形になる。誠は授業中以外は基本的にこの形態を貫いている。


「ああ」


 俺は誠に雑な返事をする。俺の心は誠にかまっていられるほどの余裕はなかった。

 今日は花火大会が開催される。日本でも有名な花火大会で、打ち上げ数2万発と言う圧倒的な量の花火が打ち上げられる。真っ暗な夜空を煌びやかに照らす光景は目に焼き付き、去年の花火は一年たった今もすぐに思い出せるほど印象的だ。


 その花火大会に柊さんを誘うこと。授業後の重要ミッションが今、俺に課されている。

 授業中に何度もシミュレーションを行い、心の準備をしてきたつもりだったが、いざ本番が来ると先ほどまでの練習が無意味になるかのように頭が真っ白になっていた。緊張からか手汗が止まらない。


 だが、躊躇っている暇はない。


「柊さんっ!」


 パッと席を立ち上がり、彼女の方を向いて立つ。彼女は自分のみが閲覧できるプライベートレイヤーを展開して、操作していた。おそらく、リープの地点を決めているところなのだろう。あるいはログアウトしようとしていたのかもしれない。


「何かしら?」


 彼女は操作していた手を止めると俺の方へと顔を向けた。

 ひとまず、彼女を引き止めることには成功した。あとは彼女を花火大会に誘うだけ。


『一緒に花火大会に行かない?』

 たった一言の簡単な言葉。だが、それを発するハードルが高すぎる。この言葉を発した自分を想像する。


 もし断られた場合、俺はそのあとどう言うリアクションを取ればいいのか。さらに言えば、次の日以降の対応はどうすれば良いのか。これから一生、柊さんに声をかけることができなくなってしまうかもしれない。挨拶すらもできないならば、今の状況の方がマシだ。


 逆に、もし承諾された場合、俺は彼女と花火大会に行くことになるのだが、うまく会話ができるだろうか。下手な会話をして、彼女に嫌われてしまう可能性がある。終始うざい目で見られた暁には、翌日から不登校になる自信がある。


 イメージ的にはどっちにしろ地獄だ。

 だが、声をかけてしまった以上言うしかない。何も言わないこの状況は彼女の気を悪くしてしまっている可能性だってある。


「その、い、」


 行けっ! 俺、行けっ!


「一緒に花火大会に行かない」

「えっ……私、結城くんと花火大会に行く約束してないけど?」


 最悪だ。言葉を意識しすぎてイントネーションを間違えた。なぜか否定文に捉えられてしまったんだが。


「その、柃は柊さんと一緒に花火大会に行きたいんだって。『一緒に花火大会に行かない』じゃなくて『一緒に花火大会に行かない?』だね」


 パニックに陥っていた俺を、誠が言葉を補足することで救出してくれる。やっぱり持つべきものは友達だ。ありがとう、誠。


「私と一緒に花火大会……」


 柊さんは俺を見つめる。水色の瞳が俺の瞳と交差する。彼女に見つめられるとなんだかむず痒い。思わず、視線を外してしまった。


「いや、やめておくわ」


 すると柊さんは俺の誘いに断りを入れた。俺は呆気に取られ、顔面が蒼白になる。視線を逸らしてしまったのが、敗北の原因だろうか。


「人混みは嫌いなの。屋台周りとかはそんなに好きじゃない」


 柊さんは断った理由を淡々と述べる。俺は彼女の言葉を一言一句聞き逃さなかった。


「それってつまり、俺と一緒に見ることには抵抗しないってことでいい?」

「っ……ええ、結城くんと見ることは嫌じゃないけど」

 

 なるほど。なら、もう一押しすればいけそうな気がする。緊張はとけ、饒舌に話し始めた。


「なら、人気のないスポットを探すよ。だから、花火だけは一緒に見てもらっていい?」

「……わかった。もし、そんな場所を見つけたら教えて。行くから」


 彼女は誘いに乗った。俺は思わず頬を緩ませた。まさかの大逆転、これは興奮せずにはいられない。


「うんっ! わかった。見つかったら、連絡する」


 柊さんは目を大きくした。心なしか頬を赤く染めている。


「お願い。それじゃ」


 それを悟られないようにか、一言挨拶するとプライベートレイヤーを操作し、リープして行った。彼女が見えなくなったところで拳を握り、ガッツポーズを取る。


「柃、良かったね」

「ああ、ありがとな、誠。それともう一つお願いしたいんだけど、人気がなさそうなスポット見つけるの手伝ってくんない?」

「柃の頼みとあれば、承諾しないわけにはいかないね。その代わり、屋台は僕と回ってね」

「了解。どのみち一人でいたら、緊張でもどかしくなりそうだからな。誠がいてくれると助かる」


 こうして、俺は柊さんと一緒に花火を見ることを約束することができた。

 これで第一段階はクリアだ。問題はここから。今夜、第二段階であり、最重要ミッションが俺に課される。


 おそらく先ほどよりももっと緊張するだろうが、彼女の物言いから、手応えはありだ。

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