第5話:血の気のひく花火大会

 花火大会が始まる前、俺と誠は二人で屋台周りを楽しんでいた。

 焼きそば、ベビーカステラ、かき氷など祭りの屋台の定番メニューを楽しみつつ、金魚すくい、射的、輪投げなどで遊んだ。


「それじゃあ、そろそろ行くとするかな」


 近くの公園で、屋台で買った商品を食べ終わると誠に一言かける。花火が始まる時間が迫っており、柊さんとの集合時間が近づいていた。


「柊さんとの花火楽しんできてね」

「ああ、色々と手間をかけて悪かったな。助かったよ」

「お安い御用だよ。でも、柃にそう言ってもらえるのは素直に嬉しいな」


 俺はプライベートレイヤーを開き、リープ機能を使う。移動場所として、誠がサーチしてくれたスポットを選択する。


 柊さんと別れてから誠がいくつかの隠れスポットを見繕ってくれた。去年以前の花火の始まりから終わりまでの周辺人口密集の度合いを計測し、度合いが低く、眺めの良いスポットを探し出してくれた。


 誠は両親がメタ・アース構築に携わるほどの凄腕エンジニアであるため、この手のサーチはお手の物みたいだ。彼が調べる様子を隣で見ていたが、俺にはどのように操作しているかさっぱり分からなかった。


 そうして、人気も全くなく、かつ絶景を楽しめるスポットを一箇所発見することができた。唯一の欠点は周辺に街灯が無いため、薄暗く足元が悪いと言うところだ。とはいえ、花火を見るだけが目的であれば、不自由はないだろう。


「柊さんからの返事教えてね」


 誠からの唐突な言葉に俺は思わず、鼓動を強く打った。


「知ってたのかよ」

「まあね。柊さんを誘った時に妙に辿々しかったから、花火を一緒に見るだけが目的じゃないなと思ったから」

「さすが長年一緒にいるだけはあるな。俺の情報は筒抜けだな。ああ、良い報告ができることを祈るぜ」


 そう言って、俺は目的のスポットをタッチして、リープ機能を発動させた。

 誠を含む目の前の景色が一瞬暗くなる。だが、すぐに視界が開ける。とはいえ、全体的な暗さはあまり変わらなかった。


 場所は山の中間地点にある小さな公園。公園の端にある木の柵から街の景色が見える。花火の打ち上げ場所もここから見ることができる。従って、花火を見るにはもってこいの場所だ。


 とはいえ、ここに人が来ないのは後ろを見渡した時の不気味な景色が理由だろう。公園を照らす一本の街灯の効力は薄く、今俺のいる木の柵の地点は視界が閉ざされている。木や遊具が発する微小な光だけが唯一の助けだ。


「ここに呼んだのは間違いだったかな」


 俺は一人でに微笑をこぼす。花火の光に照らされればまた見え方は変わるだろうと願うしかない。もしかすると、不気味が故に心臓が高鳴り、それが吊り橋効果を引き出す可能性だってある。


 物事をポジティブに捉えつつ、彼女が来るのを待つ。

 

 木の柵にもたれかかり、街の景色を見渡す。ここから見える景色は綺麗なものだ。暗い空間に幾らか灯る光は人間が住んでいる生活感を想起させる。仮想世界であるメタ・アースがリアル世界と錯覚しそうになる。多分、俺よりももっと上の世代の人はより一層これを強く感じているのではないだろうか。


 しばらくすると後ろから人が歩く音が聞こえてきた。

 近くなるその音と自分の鼓動の高鳴りが同調する。ようやく彼女と一緒に花火を見るという理想が現実味を帯びてきた。


 誠が言っていたように一緒に花火を見るだけが今日の目的ではない。花火が終焉を迎える時、俺は彼女に告白しようと思っている。これが本日における人生を揺るがす最大級のミッション。成功するも失敗するも俺の運命は激変することは間違いない。


 枯葉を踏みつける音で見なくとも居場所が何となく分かる。俺はそっと後ろを振り向く。

「柊さん」と言おうと思ったが、パッと見えた人影に思わず言葉を飲んだ。

 フードを被った人物がそこにはいた。顔を伏せており、かつ暗いため人物の特定はできない。


 フードを被った人物は俺よりも少し離れた位置で木の柵にもたれかかる。

 特定はできないものの柊さんでないことは確かだ。さすがに相手からは俺が見えているはずだ。もし彼女であれば、この距離を取るのはおかしい。


 まじか。

 俺は横にいるフードを被った人物にバレないように小さくため息をついた。

 まさか同じ隠れスポットを探し出したやつがいたとは。ここ数年、全く人が来ないのではなかったのだろうか。


 それにこの暑い夏の時期に長袖、長ズボン、厚手の上着にフードなんてよく着れたものだ。奇抜な人間だからこそ、このスポットを探し当てたと言ったところだろうか。

 横目にフードの人物を見ていると一件のメッセージが飛んできたことが通知される。


『ごめんなさい、少しだけ遅れる』


 柊さんからのメッセージだった。

 何か野暮用ができたのだろうか。誘いを受け入れてくれただけでありがたいのだ。少しの遅れなんてさほど気にならない。


『了解。送った場所で待ってる』

 

 返信を送信すると同時に大きな音が耳に響いた。

 前を見ると七色の光が散乱していた。それらは止まることなく次々と光り輝く。2時間で約2万発の花火が打ち上げられるのだ。休んでいる暇なんてない。


 夜闇を照らす光は溢れ落ち、俺の今いる場所をも照らし出す。後ろを向くと街灯一本の薄暗い空間は嘘のように晴れやかになっていた。局所的でしか見えなかったものが広範囲で見ることができる。


「すげっー」


 膨れ上がった気持ちが言葉となって外気へ漏れる。

 この輝かしい空間を時期に柊さんと見れるのだ。そう思うと、この後の結末がどうでも良いと思ってしまうほど高揚感に駆られた。


 心臓が弾けそうなほどの思いに駆られる。


 すると、光り輝く無数の色の目の前に鮮やかな赤色が灯る。

 俺は思わず目を剥いた。その赤色が血色であると分かるのに若干のラグがあった。流れる血の出どころは自分の体から。弾けそうになる心臓は現実となる。


 痛みが伴ったのは、血を認識した後だった。今までに経験したことのないほどの激痛が脳を苦しめる。出血場所を手で押さえる。それでも血は止まることを知らない。

 痛みに耐えきれなくなった俺はその場に倒れ込んだ。


 一体何が起こったのか理解ができない。なんでいきなり体を引き裂かれたのか。

 その答え合わせをするかのように足音が響き渡る。花火の轟音に混ざることができたのは地面を踏みつける振動がこちらに伝わったからだろう。


 俺は近寄る足音の出どころへと目を向けた。

 フード姿の人物が俺の目の前に佇む。この傷は彼がつけたもののようだ。

 ただ、彼女がどうやったかは全くわからない。俺には何も見えなかった。


 近づいてきたということは彼女と俺の距離は最初の状態から狭まっていなかったように思える。そんな状況で俺にこの傷をつけられる方法は何なのだろうか。

 それを考える前に俺の脳はシャットアウトした。


 自分が全く予想もしなかった展開に驚くまもなく、俺は仮想世界からログアウトした。

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