6.契約結婚
「ヴェルトアーバイン殿下は、どうして、わたしを助けてくださったのですか? それに、まるでわたしの行動を読んだみたいにタイミングよく現れてくださいましたし……」
わたしが落ちた滝のある場所はオーロット子爵領ではあるものの、ヴェルトアーバイン殿下がわざわざ足を運ぶような場所ではない。
父を訪れたのだろうか? そんなわけない。父は王族と繋がりのある人ではない。一年前のパーティだって、彼が会場近くに来たのは本当に偶然だ。王族はたくさんの貴族からパーティに招待されるはずで、その中でどのパーティに出席して社交を深めるのかは王族自身が決める。
だから、殿下が近くにいたのは本当に不思議だった。
「説明する。まず俺があの日、君を助けることが出来たのは、あの日オーロット子爵に話があったからだ」
「父に?」
「ああ。だが家につく前に、君の気配を感じた。森は暗いし、様子がおかしかったからな。あとをつけた」
「気配って、もしかしてわたしのマナを……?」
離れた場所にいる人物のマナの気配を辿って、目的の人物まで辿り着ける。ただ、それが出来るのは訓練を積まないといけない。人間ごとに微妙なマナの違いを感知できるのは、才能がある証拠だ。
「そうだ。君に初めて会ったあの日に、俺は君のマナを覚えた。だから君の様子がおかしいことに気付いた」
そんなことも分かるんだ……。
「父に話って何でしょうか。正直、うちは殿下の目に留まるような大層な家柄でもありませんし、なにより貧乏ですし……。もしかして父が何か殿下に不敬なことを……?」
「一年前、俺はフェリスの状態が異常であると判断した。妹の……いや、血は繋がっていなんだったな。義妹のイサペンドラと明らかな格差、婚約者からは暴力を振るわれている。オーロット子爵には昔から嫌な噂もあったからな、これを機に徹底的に調査を行い、是正勧告を行うつもりだった」
父に関する黒い噂──もしかしたら、お金の事かな。
母に出ていかれて、義母と出会って以降の父はまともなお金の管理が出来ていない。貧乏なのにお金を使い過ぎるから、たくさんの借金もある。身内には大きな顔をするけど、基本的に小心者だから犯罪には手を染めてないと思っていたけれど、殿下が直々に言うって余程の事なのかな……。
「オーロット子爵には脱税の疑惑がかけられている」
「だつ、脱税……!?」
「ああ。きっちり期日までに納税を行う事と、とある条件を飲むことで大きな問題にしない、という話をするつもりだったんだ」
そんなにお金がなかったのかな。
それとも、義母とイサペンドラは浪費が激しいから、そっちに使うお金で税金を納められなかったのかも。
……十分にありえると思った。
「とある条件ってどういうことですか……?」
「それは…………」
「ここからは私が説明いたしましょう」
ごっほんっと大きな咳ばらいをしたのはスザクさんだった。
「一年前、ヴェル坊ちゃんはお父上──つまり国王陛下から妻を娶るように仰せつかりました。しかしヴェル坊ちゃんは王族でも選りすぐりの、素敵な美男子であらせられるのに異性が苦手で、結婚どころか婚約者すら一人もいない状態なのです」
「スザク、俺は苦手なんじゃなくて嫌いなんだ」
「嫌い……?」
「こら坊ちゃん、そんな言い方をしてはフェリスお嬢様の心が傷つくでしょう!」
怒られたヴェルトアーバイン殿下は、わたしに向かって頭をさげてきた。
どうやら殿下の女性嫌いは本当みたい。スザクさんはわたしの事を気遣って、謝らせようとしてくれた。王族ってもっと偉そうな人かと思っていたけれど、殿下はすごーく素直な人だ。
「まったく……。私からもお詫びいたしますね、フェリスお嬢様」
「いえいえ、むしろ謝らせてしまってわたしも申し訳ないです。気にしてないので、お二人も気にしないでください……」
「それはようございました」
スザクさんはにっこりと笑って続けた。
「この通り、ヴェル坊ちゃんは女性嫌いがゆえに、今まで女性を大切にしたいと思ったことがございません。しかしヴェル坊ちゃんは、一年前にフェリスお嬢様を見て以来ずっとフェリスお嬢様の事を気にかけていらっしゃいました。坊っちゃんにとっては初めて大切にしたいと思える女性を見つけたので、どうすればよいか分からずあたふたしている状態なのです」
「わたしを……ですか?」
少しだけ、……ほんのちょっとだけ、ヴェルトアーバイン殿下の頬が赤くなっているような気がする。
気にしてくれた?
わたしを?
しかも大切にしたいって……。
何だか信じられない気持ちだ。
「とある条件、というのはフェリスお嬢様とフェリスお嬢様の婚約者ゴルドハイツ様との婚約解消。そしてフェリスお嬢様を、ヴェル坊ちゃんの母君の生家、アルバンジャン侯爵家の養女として召し上げたいのです」
「え……?」
急すぎて頭がついていかない。
ゴルドハイツ様との婚約解消……そして、わたしが侯爵家の養女に? 殿下のお母様って、第三王妃様じゃない?
王子、王女は複数人存在する。
ヴェルトアーバイン殿下は、国王陛下と一番最後に結婚した第三王妃様の息子。おかげで殿下自身の王位継承権は低いものの、婚約者すら持たないという王族としては異例の状況が許されていた。
「ゆくゆくは、フェリスお嬢様にはヴェル坊ちゃんの妻にと────」
その瞬間、ヴェルトアーバイン殿下がスザクさんの口を塞いだ。
口に手を当てて、シーっと指をあてている。
「どうしたのです、坊ちゃん。もともとそういう方向だったのでは?」
「そのつもりだったが、彼女の状態を見て簡単に『俺の妻になれ』と言えると思うか? 婚約者に酷い目に遭わされた女の子だぞ?」
「なるほど、それは一理ありますね。お嬢様の心情面を考えると、時間の猶予が必要と……………さすが坊ちゃん、あっぱれです」
そうして、二人がわたしの方へ向き直る。
正直、さっきの会話はあんまり聞き取れなかったけれど、何か大事な話が決まったみたい。
「契約結婚しよう」
「けいやく……けっこん……?」
「君を庇護するためのものだ。君とゴルドハイツという男の婚約を解消させる。君を自殺に追い込むようなクソみたいな父とその他家族が、二度と君に会えないように侯爵家に養女として召し上げる。そして結婚だ。大丈夫、あくまで契約結婚だから難しいことは考えなくてもいいし、俺が怖ければ無理に妻として接する必要はない。俺もこれから厚顔無恥な女どもに縁談を迫られず、陛下に小言を言われる心配もない。まぁ一石二鳥の契約結婚だな」
「で、でもなんでわたしなんかを……?」
「俺が女嫌いなのは知っているだろう? たとえ契約でも、陛下に誰か妻を見繕ってこいと言われても、自分が好ましいと思った人物しか傍におきたくない。傍においてもいいと思えたのはフェリスだけだ」
彼は嘘をついていない。
片方は殿下自身のためで、もう片方はわたしのために、契約結婚を結ぼうとしてくれている。
婚約者がいるのに嬉しいと思ったらダメかな。
嫌な女に思われるかな?
「フェリスの容態が回復するまで誰にも会わせるつもりもない。もちろん君の家族にも。まあ、元気になったら陛下に挨拶をしないといけないが……まだまだ先の話だから今は気にしなくていい。ゆっくり休め」
優しい言葉。
今まで、優しいのはゴルドハイツ様だけだと思っていた。
でも、違った。彼の言葉は、ただわたしを支配したいだけのものだった。傲慢さを隠したいための嘘だ。
身を呈してわたしを助けてくれた彼の、その恩に報いていきたい。
「その申し出を受けます。契約結婚でも何でも、ヴェルトアーバイン殿下のために」
「ヴェルでいい」
「ヴェ、ヴェル……様」
ヴェル様は満足そうに頷く。
顔が赤くなるのを、抑えられそうにない。
「今まで辛かっただろう」
「そう……ですね……わたし、辛かったんでしょうか……?」
「無理するな。泣くなら……腕くらい貸してやる」
ヴェル様の言葉を皮切りに。
わたしはいつの間にか、すべて話していて。
優しく頭を撫でられながら、子どものように泣いた。
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