7.フェリスという少女(ヴェルトアーバイン視点)
「フェリスは?」
「軽い食事を摂られたあと、カルラに体を拭かれてベッドでお眠りになりました。いやはや、フェリスお嬢様の華奢さは見ていても辛いものがございますね」
「ああ」
一年前に、俺はフェリスと偶然出会い、彼女の見た目を10歳くらいの子どもだと認識した。身長が低くあどけない雰囲気だったからそう思い込んだのだが、改めて明るいところで見ると改めて異質さがよく分かる。
18歳にしては痩せすぎだ。
身長の低さとか顔の幼さなんて関係なく、とにかく痩せている。一年前と比べても、今の方が明らかに痩せていたし、俺が触れただけで簡単に折れてしまいそうなほど腕も足も腰も細い。
本当にフェリスをあの時救い出せてよかった。
滝壺に落下するフェリスを見た時、心臓を鷲掴みにされた気分になったものだ。
と同時に、フェリスを自殺に追い込んだオーロット家の人間を一人残らず引きずり出して、王族権限の濫用だと言われようとも私刑を与えてやりたい気持ちになった。
「それで殿下、オーロット子爵についてですが」
スザクが見つめてくる。
俺は執務椅子にもたれかかりながら、「ああ」と呟いた。
「事前にフェリスについての調査結果は渡していた。是正勧告も行った。にも関わらず、フェリスはやせ細り、失意のうちに自殺しようとした。……子爵家の対応は俺への明らかな反抗とみなしていいだろう」
「同意です。そもそも娘をあそこまで追い詰めるなど、貴族以前に人として最低です」
「クズだな」
オーロット子爵家の、義妹のイサペンドラと子爵の娘フェリスとの姉妹格差。
かたや可愛らしいフリルのドレスを着て、普通の貴族令嬢らしく振る舞う義妹イサペンドラ。かたや色あせたピンク色のドレスを着て、パーティ会場から外に追い出された姉フェリス。己の可愛さを知ってるがゆえに胸を強調し、上位貴族の玉の輿をしたたかに狙うイサペンドラ。誰にも迷惑をかけないように隅っこで縮こまり、会場に戻れと言われても「義妹が困るから」という理由で会場入りを拒絶したフェリス。
オーロット子爵家について調べていくうちに、彼らの醜悪な姿をオーロット子爵家に仕えているメイドたちから知ることになった。彼女らは主人に不満を持っていて、とてもよく話してくれた。
まずはオーロット子爵だ。どうやら彼は、フェリスに対してことあるごとに「男児であれば」と不満を投げかけていたらしい。ことあるごとにフェリスに辛くあたり、折檻を繰り返していたという。
子爵と再婚した義母ザヘラは、貴族としては典型的な浪費家。高い買い物が至福の喜びで、毎週高級なエステサロンに通っているという。ザヘラが前の夫と離婚したのは浪費のせいで家が潰れそうになり、
フェリスに対しては無視の立場を決め込んでおり、娘可愛さのあまりフェリスを引き立て役として使うこともしばしば。オーロット子爵が脱税を行うようになったのは、ザヘラに離れてほしくないがためにお金を渡し続けているからという話だ。
義妹イサペンドラは
見目麗しい母の容姿を引き継ぎ、周りの男からは「美しい人」と持て
さらには、フェリスの婚約者と肉体関係を持っていた。反吐が出るような話だ。相手がお金持ちだからすり寄ったのだ。
「大きな問題にしないという話だったが、それはオーロット子爵が是正勧告にこたえてフェリスに愛情持って接することが条件だった。……人間はそう簡単に変わらないんだな、俺が甘かったようだ」
「悲しい事ですが、性根が腐っている人間は実在します」
「そのようだ。……まあ、おかげでオーロット子爵の爵位剥奪と、罪人として捕縛する大義名分が出来た」
「はい。勧告を行ったのに改善しなかったということは、そういうことになりますね」
「あとは婚約者か……」
オーロット子爵家の三人よりも、俺はフェリスの婚約者であるゴルドハイツという男が大嫌いだ。泣くフェリスを腕の中であやすうちに、彼女の口から何度もゴルドハイツという男の名前が飛び出た。
「ゴルドハイツ様は最初は優しかったんです」「前はすっごく好きだったんです、でも最近は恐怖しか感じなくて」「家のために耐えないとってずっと思ってました」
フェリスがゴルドハイツの名前を出すたびに、俺のなかで暗い感情がたまっていく。そんな男の事なんて忘れろと言ったが、過ごした時間が長かった分どうしても脳裏にちらつくだろう。
俺が傍にいてフェリスの記憶を上書きしたいところだが、正直女性への接し方が分からなかった。婚約者に対する嫌な記憶があるくらいだから、もしかしたら怖がられているかもしれないのだ。カルラに聞いたところによると、とにかく優しく接してあげてくださいとのこと。……頑張ってみようと思う。
「ゴルドハイツ・リグシュリー。リグシュリー家はオーロット子爵家の有力な取引相手であり、あのあたりでは有名な商家だな。婚約者への暴力行為と、婚約者の妹と不貞したことが明るみになるのは、あちらさんも避けたいだろう」
「では、その線で揺さぶりをかけます」
「ああ。オーロット子爵が爵位を剥奪されても、ゴルドハイツがフェリスを手放さない限り婚約解消にはならない。婚約解消にならないと、たとえフェリスがアルバンジャン侯爵の養女になっても、ゴルドハイツは婚約者としてフェリスに近づくことが許されてしまう。それだけは絶対に避けないとな」
「はい」
スザクは俺の執事だが、同時に優秀な側近でもある。
悪事を暴いたりするのはお手の物で、スザクに任せれば万事大丈夫だろう。
「坊ちゃん」
「なんだ?」
「フェリスお嬢様のこととなると、坊ちゃんは本当に真剣ですね」
「真剣……?」
真剣? 俺が?
今まで、俺にとって女という存在は害悪でしかなかった。
生まれながらにマナの多い俺は、赤い瞳を持って生まれた。赤い瞳は異性を虜にすると言われ、事実、子どもの頃から俺の周りにはたくさんの女がいた。俺の母親である第三王妃が絶世の美女だったということもあり、息子の俺もかなり容姿が整っているらしい。ことあるごとに女に体を触られ、12歳のときにはメイドに夜這いをかけられた。
異性を虜にする瞳の力を、俺は自力で封印した。
今は瞳を見ただけで虜になるということはなくなったが、それでも俺と結婚したい貴族令嬢はわんさかいて、鬱陶しいと思っていた。
俺が女嫌いなのはそういう理由だ。
いつも冷めた目で女を見ていた。
一年前、フェリスが婚約者に暴力を振るわれそうになっているのを見て、体が咄嗟に動いた。しかもそれだけじゃなく、体調を心配する声掛けまでしてしまった。俺自身、なんでそんな事をしたのか分からない。フェリスを助けるためにオーロット子爵家の調査を行ったことだってそうだ。
スザクから見れば、俺はとても「真剣」に見えるのだろう。
「フェリスお嬢様をあの家から救うために結婚を申し込もうとされたのも、お嬢様の心情面を考慮してあえて「契約結婚」と仰ったのも、坊ちゃんの優しさが溢れております。いやはや、愛とは人を変えますね」
「愛、だと……?」
「ええ、愛です。恋とも言いますね」
「何を言っている。今までずっと女が嫌いだった俺が、そんなことを……」
このときの俺は、フェリスへの愛を自覚していなかった。
だが彼女と過ごすうちに、俺はソレを自覚することになる──
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