5.目覚めたら温かいベットのなかでした


 目を覚ますと、知らない部屋にいた。

 びっくりするほど大きな天蓋付きのベッドに、見覚えのないパジャマに着替えさせられたわたしがいる。死んだ? 天国? フカフカのベッドなんて母がまだ家にいて、子爵家がそこまで貧乏じゃなかった時以来だ。


「お、お嬢様が起きた……」

「え……?」

「スザクじいや! お嬢様がお目覚めになりました!」 


 メイドの恰好をしたふくよかな体型の女の人が、部屋に入って来るなり目を見開いて驚いていた。慌ただしく部屋から出て行ったと思えば、今度はスザク爺やという男性を連れてくる。思ったほどお爺さんではなくて、背筋がしっかり伸びた50代くらいの素敵な紳士。


「おお、お嬢様がお目覚めに! これは大変だ、ヴェルトお坊ちゃんに知らせないと」

「それがいいわ。きっと大喜びされます」


 スザクさん、と言うのだろうか。彼は外に飛び出していく。

 メイドの女性はわたしの顔を見るなり、涙をぽろぽろと流し始める。


「よくご無事で……一昨日、坊ちゃまの腕の中にいるフェリスお嬢様を見た時もうダメかと思いました。本当に、よく生きていてくださいました」

「生きて……?」

「覚えていらっしゃらないのですね。無理もありません、フェリスお嬢様は一昨日に滝から落ちたのです」


 それは……何となく覚えている。

 辛い事がたくさんありすぎて、自ら滝壺に身を投げたのだ。


「あの……ここは? あと、どうしてわたしの名前を知っているのですか?」

「驚かせてしまいましたね。私の名前はカルラと申します。ここは王城で、私がフェリスお嬢様を知っているのは、子どもの頃にお世話をしたことがあるからですよ」

「カルラ……さん……?」


 記憶の奥底から彼女の名前を掘り起こした。

 カルラさん。母の遠い親戚で、オーロット子爵家で働いてもらっていた。小さい時はよく抱っこしてもらって、優しかったのを覚える。でも確か、わたしが7歳くらいの時に別の職場に移ったはずだ。ここは……カルラさんの職場なのだろうか。


「主人が亡くなり、私は自ら前の職場を退職いたしました。貯蓄はありましたので、悠々自適な田舎暮らしをと思ったのですが、一人は案外寂しいと思ってしまいまして。そこで、今のご主人と縁があり、王城ここで働いております」

「ご主人……?」

「ヴェルトアーバイン殿下です。フェリスお嬢様はヴェル坊ちゃんによって、滝壺から救い出されたのですよ」

「殿下……?」


 さっき、ちょうどヴェルトアーバイン殿下のことを思い出していた。でも……信じられない。一年前にわたしを助けてくれた人が、また助けてくれた? しかも滝壺からわたしを救いあげたって、どれだけ大変だっただろう。溺れた人を助けるのはとんでもなく危険で、大変だ。あの時のわたしはドレスを着ていたはずだから、水を含んで重かったはず。


「ふふっ、坊ちゃんはたくさんのマナをお持ちですから、常人には出来ないような事も出来るのですよ」


 嬉しそうに話すカルラさんを見て、わたしも頬を緩ませる。


 マナは人間なら誰しも持つ力だ。

 その力を使って魔法を使ったり、目には見えない精霊と交信したりできる。ただ魔法を使えるほどマナの量が豊富な人間は稀で、ほとんどがわたしのように魔法一つ使えずに生涯を終えることが多い。


 ヴェルトアーバイン殿下はマナが多い。

 だから、あんな綺麗な赤い瞳を持っていたのかもしれない。


 もう一度会えるかな。

 綺麗なルビーの瞳をもう一度見たい。

 たかだか子爵家の娘だから、王子殿下にお会いしたいなんて不敬に思われるかもしれない。でも助けてもらったのだから、お礼は言いたい。


 自分から死のうとしておいて自分勝手かもしれないけれど、彼はまた助けてくれた。一年前のあの日も、今回も。


 とにかく感謝の気持ちを言いたい。


「フェリスが起きたのは本当か?」

「ええ、さようにございます」


 外で、男性の声とスザクさんの声がする。

 スザクさんはともかく、もう一人の男性の声は聞き覚えがある。


 そうだ、思い出した。


『死んだらダメだ』『生きろ』『自分から幸せを放棄するな』『絶対に俺が助けてやる』『幸せになる権利が君にはあるはずだ』


 混濁する意識のなかで、ずっと彼から励ましの言葉を貰っていた。

 部屋に入ってきたヴェルトアーバイン殿下の顔を見て、わたしの目から、涙がつぅ……と流れ落ちた。


「なっ!?」


 一年前とさほど容姿の変わっていない黒髪の彼。

 凛々しい顔立ちに焦りの色を浮かべて、スザクさんに詰め寄っている。


「おいどうなってるんだ、フェリスが泣いているぞ!? なにか変なことを言ったんじゃないだろうな?」

「坊ちゃん。異性の涙に戸惑う気持ちは分かりますが、殿下に出会えた感動のあまり涙を流しているのでございますよ」

「感動……?」


 戸惑うような視線を寄こされて、わたしは慌てて目の下を擦る。変な女だと思われたら嫌だな。また殿下に会えてすごく嬉しくて、涙を流したなんて子どもみたいだ。もっと子爵令嬢らしく、毅然とした態度をとらなきゃ。

 

「ぶ、無礼を働いてしまい申し訳ございません。ヴェルトアーバイン殿下」


 ヴェルトアーバイン殿下は、ベッドの近くにある椅子に腰をかけた。


「体は大丈夫か?」

「はい」

「そうか……」


 心底ほっとしたような表情だった。


「……カルラさんから聞きました。殿下がわたしを助けてくださったんですね」

「ああ」

「本当にありがとうございました」


 深く、長く、頭を下げる。

 もういいと言われて顔をあげ、ずっと抱いていた疑問をぶつけてみることにした。


「どうして、助けてくださったんですか?」


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