第140話冒険者side 俺達は、聖女が奇跡を起こすのを見た(中)


 そう言えば、シャドウハウンドの群れに、見たこともない魔獣(注・ナナのコトです。冒険者の認識では魔獣です)が混じっていたな。

 うん…誰か降りて来たな…かなりふくよかな者と細身の者と一緒に、あの見たこともない魔獣(ナナ)が降りて来たな。


 暑さよけも兼ねて、フード付きマントをかぶっていたって、流石にその体型は隠せないよなぁ……。

 大店(おおだな)の大商人のような体型をしているが…中身は、どっちのタイプなんだろうか?


 利益重視で、使用人や奴隷を平気でこき使い虐げるタイプか?

 はたまた、その見掛け同様に、見事に太っ腹である程度の自由を与えているタイプか?


 奴隷に堕ちたら、買い主の有無によっては、生きているコトすらツライという目にあうからな。

 ただ、御者をしていた男は、わりと自由を与えられているタイプに見えたな。


 じゃなくて、もしかして、あの2人の側に居るのは、あのシャドウハウンドの群れの一部か?

 もしかして小型化するのか?もしそういうコトが出来るなら、それって変異体だぞ。

 変異体は、本来のモノよりも数倍から数十倍の能力を持つという。


 マジで、降りて来たどちらかは、とんでもないモノを従魔としているんだな。

 御者台に座っていた男は、どうやら奴隷のようだが、色々と任されているようだ。

 そんなコトを思っている間に、あの見たこともない魔獣(ナナ)が、軍馬達の桶に顔を突っ込んでいる。


 普通、軍馬ってヤツはもの凄く気が強い。

 だから、自分のモノに手を出しモノに容赦しないので、直ぐにケンカになる…って聞いたんだけどなぁ?


 そう思っていたら、あの魔獣(ナナ)を呼び寄せていた。

 俺の聞き間違いで無ければ、お乳を搾ると言っていた。

 欲しい、弱り切ったレイニーの為にも、搾りたての魔獣のお乳なら、飲めるかもしれない。


 そして、会話で聞こえた声から、ふくよかな方は女性であるコトが判った。

 その体型から出たとは思えない、意外と柔らかく若々しい声だった。

 なんだろう、そこはかとなく、おっとりした感じに聞こえたのだが………。


 ついでに、もう一人も女性だったらしい。

 聞こえて来る口調から、侍女あたりだろうと思った。

 そんな中、御者台で御者をしていた奴隷の男が、食料が無いコトを告げていた。


 なるほど、そういう者達が出ると見込んで、行商人達は店をひろげているのか。

 俺達も、行商人達を見習って、売ってもかまわないようなモノを並べるか。

 あんな従魔達を従えているんだ、何か身体に良いモノを持っているかもしれない。


 おれは、さっそくレイニーの様子を見ていたフォルカに声をかけて、採取して来たモノを並べておくように指示を出した。

 その間にも、ふくよかな女性は、見たこともない魔獣(ナナ)の乳房を水魔法を使って洗っていた。


 水魔法を、あんな風に使うのを初めて見た。

 そして、軍馬達が大街道を走ってきたわりに、うらぶれていない理由もわかった。

 充分に世話をされ、たっぷりの水や飼料をもらっているので、へたれていないんだな。

 もの凄く、羨ましいな。


 あのシャドウハウンドの二頭も、おこぼれで搾りたてのお乳をもらっている。

 めちゃくちゃ羨ましいんだが………はぁ~…喉が渇いたなぁ~………。

 その間に、大きな壷に新鮮な搾りたてのお乳が溜まっていく。


 それを見ていたら、アメトリン伯爵令嬢の侍従の使いとやらが来て、お金を押し付けて来て、お乳を購入して来いという、なかば命令の依頼を受け、俺は重い腰を上げた。

 その視線の先では、お乳を搾られ終わった魔獣(ナナ)が、何故か嬉し気にしていた。


 勿論、俺が注視していたお乳搾りを、そこにいた商人達は喉を鳴らして見ていた。

 当然、俺達のように護衛依頼で付いて来ていた冒険者達もだ。

 それを見て、俺は意を決して、いの一番に声を掛けに行く。


 が、不用意に近付いたセイが、小さくなっていたシャドウハウンドの二頭が、グワッと大きくなって威嚇してくる。

 やはり、ふくよかな方の女性を守っているようだ。


 御者をしていた奴隷の男も、スッとふくよかな女性の前に立ったコトで、誰が主か判った。

 もう一人の細い方は、搾ったお乳を入れた壷の口の蓋をしていた。

 会話から、細い侍女らしい女性はルリと言う名前らしい。

 ルリと呼ばれた侍女は、奴隷男とシャドウハウンドが護ると判断して、落ち着いて通常行動をしているところから、その信頼の深さが窺える。


 主従のやり取りを見ながら、俺は思い切って声を掛ける。

 アメトリン伯爵令嬢の侍従からの依頼(命令)もあるが、レイニーの為にも欲しいから。


 「すまないが、その搾りたてのお乳を分けてもらえないか?」


 そう問い掛ければ、奴隷男が振り返って主に声をかける。

 主は、リアと言う名前らしいが……敬称も無しで、名前呼びをさせているのか?

 俺の疑問を他所に、主殿は奴隷男、名をグレンと言うらしい、に丸投げしていた。


 そして、馬車に戻って行き、ユナという名前らしい小柄な女の子とルリという侍女を連れて出て来た。

 その頃には、最初の壷のお乳は終わっていた。


 おれは幸い、アメトリン伯爵令嬢の侍従から渡された金貨分と、俺の手持ち分で二つの小壷分買えたが、買えなかった冒険者などが詰め寄っていた。

 いや、気持ちはわかるぞ。


 疲れ切っている時に、新鮮なお乳……飲みたいよなぁ……うん、わかる。

 なかなか手に入らないモノが、手に届くところにあるのに……だよな。

 取り敢えず、買う分は買ったから、俺は、さっさと侍従に渡された(押し付けられた)金貨分のお乳の壷を手渡す為に、アメトリン伯爵令嬢が乗る馬車へと向かった。


 この時、どうして俺は、自分達の分を、フォルカに手渡すなり、馬車に置いて来るなりすれば良かったと、深く後悔するコトになった。

 が、この時は自分達の分も手に入ったと浮かれて、そのまま(自分達の分の小壷をもったまま)で、アメトリン伯爵令嬢の使用人達が居る馬車へときてしまった。


 そしたら、居なくていいのに、居ました、侍従殿が………。

 押し付けられた金貨の分だけ手渡そうとしたのに、何時の間にか下僕が俺の斜め後にいて、俺達の分が入った小壷を、あっという間に奪ってくれやがった。


 そして、俺が怒る前に、金貨の詰まった革袋を押し付けられ、さっさと侍従どころか使用人の果てまで姿をけしていた。

 俺は、金貨が入った革袋を手に、途方にくれてしまった。


 レイニーの為に、新鮮なお乳を手に入れて来ると言ったのに………。

 トボトボと馬車へと戻れば、フォルカがちょうどふくよかなリアと呼ばれる女性と会話しているところだった。


 戻って来た俺を見て、フォルカは何があったかを察して肩を竦める。

 そんな中、まだお乳が残っているので、それと物々交換しないかという話しへと流れていった。

 どんな幸運だっと思った……こんな時だけに、その交渉はとてもありがたかった。


 そして、病人がいると知ると、見たこともないような良い匂いで美味しそうなモノを次々と出してくれた。

 なんなら、味見をしてみる?という話しになったところで、ほとんど身動きが出来なくなっていたレイニーがヨロヨロと馬車から降りて来た。


 俺達の会話が聞こえて、好奇心で出て来たのだろうか?

 そう思っていると、ルリと呼ばれている侍女と、ユナと呼ばれている少女が、バッと振り返って突然同じ言葉を口にした。


 「「その人…毒に侵されているよ」」


 その言葉に、フォルカが愕然とする。勿論、俺もそうだ。ずっと一緒に居たんだ。

 まさか、レイニーが毒に侵されているなんて、気付かなかった。


 俺達が騒然としている中、グレンと呼ばれた奴隷男が、リアと呼ばれているふくよなか女性に何かを問い掛けていた。

 が、俺とフォルカは、前回の依頼の直後に入った、護衛依頼に飛びついて、ろくにポーション系を買い込むコトもなく出立してしまった。


 クソッ…こうなったら、いけ好かない侍従だけど、頭を下げてでも、解毒のポーションを分けてもらうしかないか。

 それじゃなければ、他の護衛依頼を受けている奴等と交渉して、買わせてもらうしかない。


 ただ、あるか?解毒のポーションを常備している冒険者パティーはいるだろうか?

 そうでなければ、神官や僧侶系の職業の者に頼むしかない。

 けど……そんな感じの者は、見掛けていない……クソッどうしたら………。





 

 

 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る