第132話お乳で物々交換



 ちなみに、リアは気付いていなかったが、ナナのお乳を壷に搾り始めた頃から、そこに停留している商人などから熱い視線を受けていた。

 リアのように、搾乳できる生き物を連れて砂漠を渡るコトは難しい為、マジックバックやマジックポーチに、革袋にお乳をつめて、運ぶのが関の山だったりする。


 そういう意味では、商人達にとって、ナナはとても貴重な生き物として映るのだ。

 ただ、今のナナはリアに甘やかされまくったコトで、かなりふんわりと丸くフコフコな姿をしていて、到底あの狂暴で有名なウクダとは見えない姿をしていたりする。


 そう、ほぼ草食(子育て中は肉食よりの雑食)でシャープな肢体を持つ野獣のようなウクダとは似ても似つかないような姿をしているナナだった。

 ちなみに子育て中は、どうしてもボサボサで艶のない短毛になるのが野生のウクダだだった。

 ウサギのように長い耳も風が吹けば、ペラペラと風に流されるのが子育て中のウクダである。


 一方、同じ子育て中、しかも複数頭の子供が居るナナはといえば、全身フコフコ艶やかでサラサラの長毛に覆われ、長い耳にもラクダのコブにあるような脂肪分と水分がたっぷりとつまっている上で、やはり触り心地の良い長毛をそなえていた。

 どこをどう見ても、同じ種族とは思えない姿をしているので、誰もナナの種族を見極めるコトは出来なかった。


 それこそ、高い鑑定能力をもってしか、ナナの真の種族を看破するコトは叶わないだろう。

 その上で、ナナが欲しがったからと、かなり豪奢な首飾りを着けさせたままだったりするので、余計にソレが目立ってしまい、流石に誰もウクダだと気付く者はいなかった。

 フコフコで艶サラになった首元の被毛からのぞく豪奢な首輪は、見た目としてはもの凄く値の張った従魔の首輪のように見えるのだ。


 こんな砂漠で、馬車の側を走り、引きツナのひとつも付けずに、主人の側を自由気ままについて歩いているので、その場に居た者達からは、リアの従魔だと思われたコトは言うまでもない。

 そんな中、見た目からして商人とは思えない、鍛え上げられた体躯を持つ男が、リア達の方へと向かって来た。


 それに気付いたクインとアクアが、サッとリアの左右に立つ。

 ついでに、コンパクトな超大型犬サイズから、ズイッと軍馬に近い姿まで大きくして、無音で警戒を見せる。

 それでも、クインやアクアにとっては、マックスの姿では無かったのは確かな事実だった。


 グレンはグレンで、リアの前にスッ立って、これ以上は近付けさせないという意思表示をする。

 そして、何時の間にか剣の柄を握って、いつでも抜き放つコトが出来る態勢で、近寄る者を警戒して居た。


 ルリは、そんな様子を意に介するコトなく、一応なめし皮で出来たモノで壷に蓋をして皮ひもで縛って、お乳を入れた壷に時止めを掛けていた。

 リアはルリの様子から、そんなに警戒する必要がないとふんで、壷を馬車に入れるように指示する。

 勿論、普通の女性に見えるように、持つ壷の数はひとつだけである。


 「ごめんね、ルリ…できればマジックバックを増やしたいのよねぇ~…次の城塞都市で、売っているか探してみるわね」


 壷をひとつ馬車に乗せて戻って来たルリにそう言えば、ルリは何時もとは違う、柔らかい口調で答える。


 「そうですね、マジックバックがあると、この移動も更に快適になりますものね」


 と、まるで別人な口調と声音で、再び壷を持って、馬車の中へと消える。

 そこに、見事な体躯の男が声を掛けて来る。


 「すまないが、その搾りたてのお乳を分けてもらえないか?」


 見掛けに比した低めの声での問いかけに、グレンはリアをチラリと振り返る。


 「リア、ナナのお乳が欲しいらしいけど…どうする?」


 そう聞かれたリアは、小首を傾げて言う。


 「グレン、私、相場なんてわからないわよ……それに、どのくらい欲しいのかしら? 時間停止付きのマジックバックとかあるなら、それなりの日数は持つと思うけど……対価がわからないから、グレンが適当に交換してくれる? 塩と香辛料、それと食材ね、ナナに大麦や小麦の砕けたのあげたいし……飼料っぽいモノあったら交換してくれる……軍馬達にもあげたいからね」


 リアの言葉に、グレンは頷いて、体躯の良い男と交渉に入る。

 その間に、ナナはテテッと商人の方に勝手に移動するので、グレンに声を掛けてから、一度馬車の中へと戻った。


 そして、リアは腕輪型アイテムボックスに収納した姿見を出して、ユナを連れ出して言う。


 「ごめんね、ユナ……ナナが勝手にうろつきはじめちゃったから、一緒に来てくれる? あと、ルリもゴメン…人型で付いて来て………」


 そう言っている間に、姿見から出たユナは馬車に乗せられたナナのお乳入りの壷をマジックポーチへと収納し、フード付きマントを羽織る。


 あらやだ、ユナの隷属の首輪も外して、首飾りを着けてあげないとね

 本当に、私って余裕が無いのねぇ~…今まで、ソレに気付かないなんてね

 あとで、ついでにグレンの隷属の首輪も綺麗なチョーカーに変えましょう


 などと思いつつ、リアはユナの首筋へと指先を伸ばし、大量の魔力を送り込んで、強制的に隷属の首輪を外してしまう。


 「ユナはコレねぇ~……やっぱり、綺麗なのを身に付けさせたいものねぇ……」


 と言いながら、やはり魔石などを何種類も使った首飾りを何本か出す。

 その中には幅広のチョーカーも何本か混じっていた。


 「どれが良いかしら? ユナの好きなので良いわよ」


 そう言うと、ユナは地が銀色の幅広のチョーカーを選んだのだった。

 実は、リアが面白がってミスリル銀で作ったモノだったりする。


 「じゃぁ~…リアお姉ちゃんの色のコレ…銀色で紫の石が入ってるから…コレが良い」

 

 ユナの希望で、リアはそのチョーカーを着けて上げるのだった。

 なお、リアの作ったアクセサリーは、全部自動で大きさが変わるようになっていたりする。

 サイズ自動調整の付与を、無意識にちゃんとしているリアだったりする。


 「まっしょうがないね…あまりナナを勝手に歩かせておくわけにいかないからね…ほら、さっさとナナを追い駆けるわよ」


 ルリの言葉に、リアとユナはクスッと笑って頷く。


 「「はぁ~い」」


 そう言って、リアはルリとユナに、クインとアクアを連れて、自由なナナを迎えに行く為に馬車から降りた。

 そこには、商人らしき数人に詰め寄られて困り切ったグレンが居た。


 「グレン、どうしたの?」


 リアの言葉に、振り返ったグレンはホッとした表情になる。


 「いや、もうお乳無いって言ったんだけど、交換してくれって………」


 既に交換が終わっているらしいコトに、ナナのお乳を搾り入れた壷は空になっており、麦が入った布袋や、たぶん塩が入っているだろう革袋が側に置いてあった。


 「ルリ、どうしたら良いかな? もうひと壷、出しちゃう? まだ、ストックもあるし………」


 と、振り返って言えば、ルリは対外的な口調と声音で答える。


 「もう少し交換してもよろしいと思いますわ……特に、塩や香辛料などは、有っても困りませんし……まだ、あと十日ぐらいは、馬車旅をするようですしねぇ……」


 ルリの言葉に、ユナはマジックバックにしまったナナのお乳が入った壷を、テンッとひとつ置く。


 「はい、グレンお兄ちゃん……私達は、リアお姉ちゃんと、ナナを回収しに行って来るね……」


 そう言いながら、グレンが交渉で交換したらしいモノをひょいひょいとマジクポーチにしまい込んで、ユナはリアの手を握る。


 「リアお姉ちゃん、ナナが悪さする前に捕獲しないと、その辺で変なモノをつまみ食いするよ」


 そう言われて、リアは慌ててナナの姿を探す。

 一頭で、気楽にトテトテと歩くナナを、簡単に捕まえられるとふんで、少し離れたところから取り囲むようにしている集団が居るのを見て、リアは蒼褪める。


 あわわぁぁぁ~…不味いわ…ルリやグレンが警戒する程なのよ、ナナは

 私と居る時は、とてもおとなしい子だけど、その子は野生なのよっ

 これは、さっさと回収しないとね


 「取り敢えず、ナナを回収しに行くわよ」


 「うん」


 リアは、ちょっと溜め息を吐きながら、お気楽に商人が並べているモノを興味津々で覗いて歩いているナナの元へと向かうのだった。



 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る