Pianissimo.
その2011年3月11日14時46分に起こった震災は、東北地方太平洋沖地震と命名された。その後では東日本大震災が通名となる。
そして、都市圏の地獄は心構えなしで始まる。
時の野党政権のお陰で、電力を安定供給しつつ工場施設を止めるべからずの趣旨から、週明けから関東圏の輪番停電が始まった。ただそれも、いつもの様に朝早く駅に着いたら、シャッターがロックさてれいたので、一体どうして。漸く大震災は進行形と気付く。
関東の停電で凍死はしないだろうが、関東圏の人流と物流は、マグロの様に動き続けなければ死に絶える。
アーバンがこの大震災で、何をのインフラ整備に役立つか未だ分かっていない。アグレッシブカスタマーセンターセンター長の大河慎一の個別メールの叱咤では、電車が止まっても、絶対死んででも幕張に来いとの言明が下る。この震災禍でブラック企業体質が程よく浮きでる。
車があれば。そう、幹線道路こそが生命線になり、ほぼ毎日渋滞を催すので、自家用車を持っていても役に立つか。バスもあるが、妙典から上手く乗り継ぐ事は困難に尽きる。
それならば徒歩、往復6時間もは本気なのか、でもそれのみだ。そう輪番停電からいつ回復するのかのニュースは流れない。止む得ずその加算された往復6時間は、睡眠時間を削って迄も充てるしかない。
そして日々、地獄の沙汰の幕張通勤で定時に着くのは、1割もいない。同じ東アジア地域係で言えば、私百目木茜と、あの鳳拓実の千葉県内組のみになる。
それも事情がある。基本給が安いと言っても、東京の小文化地域に住んでいる見栄っ張りが多い為、幕張ではない、港南の東京本社になだれ込んでいる。いや、来なよ幕張にね。
その為、人手不足の幕張全てのフロアでは、FAXから受信用紙が溢れ帰り、何を最優先すべきになる。私達は緊急回線の電話を取りつつ、FAXを只管分類する。ここでの業務内容の最優先事項は、生命に関わるかどうか。それ以外は、申し訳有りませんがこの大震災ではと、丁重に先送りにする。
+
ただ、その意気込みも3日目に砕ける。鳳さんが定時なっても来ない。携帯に電話するが留守電になる。ここに来て徒歩通勤の大渋滞が始まったかで、私1人で淡々と作業を進める。
ただそれも、昼前に二次対応課課長の不知火克也が血相を変えて飛び込んで来る。鳳拓実さんが朝の通勤中に轢き逃げされて重体だと。
私達は狼狽し、使用されていない取締役用社用車に乗り込み、千葉のセントラルである月桂樹総合病院へと、渋滞の中2時間掛けて辿り着いた。
病院には警察がいた。鳳さんの近親者は。盟友の戻橋晟さんの話からすると、親と親類縁者はいないと話した。そして不知火さんが事情を全て聞く事になった。
入れ替わり立ち替わり関係者が来ては、あらましを話してくれる。一息ついてか、不知火さんの口元があるべき位置に戻る。
「あいつ拓実さ、市川の橋下がったところの横断歩道で、頭から血を流して倒れていたらしい。ほら、あれさ、震災の日に東京の交通機関が麻痺して、裏道抜けようとカーナビ大活躍したでしょう。それが輪番停電による交通渋滞でも、同様さ。警察の現場検証では、慌てて裏道突き抜けようと、それを逃げ切れず、拓実跳ねられたらしい。誰が跳ねたか、分からない。千葉地域だから、監視カメラも証言者もいなくて、壊れた時計から推定15分後に見つかって通報されたらしい。ここ微妙だよな」
あのダッキングの上手い鳳さんが逃げ切れないのだから、急な裏道抜けでも時速80kmは出ていただろうな、痛かっただろうな。心がギュッとする。
そしてERの手術ランプが消えると、ストレッチャーに乗った鳳さんが、看護師さん達によって素早く移動する。生きてる、良かった。
そしてご家族の方ですかと、緊急救命室の西條幹延外科部長が話し掛ける。ご家族が複雑事情ならばと、同じ会社の方で結構ですと話しを続ける。
「鳳拓実さん、何度もMRIに通しましたが、脳に直接損傷は有りませんでした。ただ、放置された時間が長く、軽度な脳挫傷からの血腫を取る為に、小さく穴を開け取り除きました。脳の何処かしらが出血しているのは確実ですが、もう塞がっているの認識です。この輪番停電が無ければ、手術時間も取れて、開頭して目視するのですが、ここはどうにか経過を見守りましょう」
「あのう、」
「それは俺が言う。鳳拓実は所謂ギフテッドなのですが、この手術を機に、脳外科手術を施してないでしょうね」
「ありがちな質問ですが、ここできちんと答えましょう。それは、脳外科手術でギフテッドを抹消出来るなんて不可能です。ギフテッドの集中力は、脳のシナプスを全力にして、脳全体をフル稼働させるので、何処かの部位を除去すれば、普通人に戻せる訳では有りません」
それは道理だ。ギフテッドを取り除けるならば、意図的にギフテッドも活性化出来る筈だ。そうなると、人知を超えた争いが無限に広がる。鳳さん戻橋さんのギフテッドは、際どい所にいる事を改めて知る。
その後鳳さんは、集中治療室に入り、急変を見守られ続ける。
そして聞き及んだ縁者、最楽寺院院長の西園寺汲子にご挨拶をされる。
拓実も良い方を見つけたわねと微笑まれるも、口元はきつく結ばれている。私の女性としての質を、これだけの瞬間で看破したかだ。そして幾分かの世間話に入る。
「正直、寺院の子供達の中で一番死なないと思っていたのが拓実なのですよ。人の心の在り方が見えるなら、どんな危険でも察知出来る筈と、特殊訓練を積極的に施さず、自然にさせてしまったのが仇ですね。私は、本当に甘いわ」
西園寺さんは忽ち泣き崩れた。私は、どう励まそうか。そう、先輩に一瀬美月さんと言う才色兼備さんがいまして。将来、成り行きなら結婚するでしょうから、拓実さんはきっと守られますよとの社交辞令を掛けた。
西園寺さんはぱたり泣き止むと、再審査しましょうと、私達より先に帰路に着いた。そして私達も、明日も続く震災禍に備えてお開きになった。
+
その後、鳳拓実が幕張のアーバンのアグレッシブカスタマーセンターに復帰したのは、5月の半ばだった。
その間、千葉のセントラルである月桂樹総合病院は浦安にり、妙典から近いので、お見舞いに行かない不義理は無かった。
ただ、そこにはいつも仲良く先輩の一瀬美月がおり、軽い推移そのままの脳挫傷でも、杖が無いと歩けない状況を、日々のリハビリで克服しては、自足歩行での復帰になる。
復帰から1週間、鳳さん良かった良かったの歓待雰囲気になるも、皆のどうしてもの気がかりは一点になる。鳳拓実のテレパシーが消滅した。
いや実際には消滅していない。何かの機微で、鳳さんの心の声がピアニッシモの強弱で、酷く小さく聞こえる。その発現に規則性はない。その小さな声でやっと察するのは、鳳拓実さん自身が、テレパシーが無くなったと、何処か安堵している。
私は、死んでも会社に来いのブラック企業体質発言で罷免された大河慎一センター長に代わり、三階級特進でセンター長になった不知火克也と肝胆相照らす。
「確かにな。受信が消えて、微弱な発信はある。会話から、拓実は轢き逃げ事故でテレパシー全部消失したと思っているのは事実だ。俺としては、拓実が知らない方が良いと思ってる。テレパシーが無くなった事で、今の拓実はより自分の色を出そうとしているし、積極的に声がけもしている。そもそもドアチャイムより小さい声を、都度聞こえるよなんて、全盛期でもそんな事してったけ。拓実の事だから、いつか気付くと思うけど、その間の積極期間が長らく続いて欲しいと願ってる」
ごもっともとしか言いようがなく。不知火センター長から、ああこれついでだからと、モジュラー型データベースのバッチコンテスト参加を促された。アーバンの業務改善と、鳳拓実を見守る様にとの業務命令は素直に従った。
+
モジュラー型データベースのバッチコンテストは、セミプロでもフローを書けるデータベースで、鳳拓実が一人者となる分野だった。社内でコンテストとなる以上、私起案の強烈な風通しか、鳳さん起案の最上級の改善案で、日々根を詰めた。
終いには、一瀬美月の目もあろうから、配慮して鳳さんの浦安のマンション1階のカフェ・サンダーバードで、私の起案のカスタマーセールスクローラーを以て、カスタマーセールスのオートメーション化によって、人員を半分に出来るプロセスを強く推した。強烈なオートメーションは会社のリストラを推進するのはどうなの。人手の足りない部署は山程有ります。鳳さんが素直に応じた。
そして、日々私と鳳さんとの衝立が無くなって行くので、一瀬美月さんには、カスタマーセールスクローラーの立ち上げ好調ですとは、仁義は切っておいた。
美月さんにいざ佳境を報告すると。そんなの敵多く作ってどうするのと、私がカチカチの盾になるからと、とても強い握手を求められ、結んだ。堪らず涙が出た。美月さんにやっと、やっと認められた。もっとも美月さんは、それは上手くラーニング出来てからにしなさいと、いつもの溜め息をつかれる。お世話かけます。
そして私達カスタマーセールスクローラーチーム、一瀬美月・鳳拓実・百目木茜の、プロセス採用不採用の悪戦苦闘は続き、絆も強くなった。
そう、美月さんと鳳さんとの距離が、まま30cmに満たなくなる事もあるので、一線を超えましたか。おめでとうございますの視線を送る。美月さんは不躾と、その都度手をぴしゃりとするものだから、鳳さんがまあまあと仲裁に入る。その純粋さ、私は逆に不安にもなる。
+
そして、カスタマーセールスクローラーの基幹システムが完成したその日。チームと見届け人が揃い、打ち上げ会を行った。
そこで美月さんが、アーバンインターナショナルが社会に投げかける希望とは饒舌に語る。そして私事ですが、年末迄に、一瀬美月と鳳拓実は婚約します。今後ともご指導ご鞭撻介助をよろしくお願いしますと、腰を直角に折り、鳳さんも続いた。
集った皆が泣いた。私は号泣だ。ごめんなさいとこれは最高の感情が往復する。こんな良いカップル見た事が無い。ただ不意に隣の見届け人の篠塚小夜子が囁く。
「茜、今もピアニッシモで聞こえる、あの生理的に受け付けられないの、心の声。あれ、男鳳拓実に相当なダメージよ。まあ美月はそれを見越して、手を打ち、年内婚約とぼんやりにしてるけど。まあ頑張りましょう」と一際強く握手をされる。
篠塚小夜子は、合コン時代の猛禽類仲間だ。シングルマザーの娘持ちで、市原市の実家に戻り、幕張は近くて良い仕事場ですと、自らアグレッシブカスタマーセンターへの異動が、抜群の実績を持って通った。
これで娘とより密の筈が、小夜子さんは未だ女性全盛期でも有り、合コンで進んでお持ち帰りをする。
私との盟友と言うのは、小夜子さんから一緒に4Pしようで、同じ部屋で共にするからだ。4Pと言っても組んず解れつではなく、ベッドを共に並べて、如何に男性を満足させているかのデッドヒートになる。
私の、純朴さからの手練へと相当な歓喜になる筈だが。小夜子さんの垂直に入る騎乗位の優雅さには、つい見とれてしまう。脳天迄突き抜ける体感を描きながら、男性も愉楽に導く。
ついコツはになるが、全身で搾り取ると、それが出来ないからいつも聞いていた。最近やっと合コンを再開して、ああこれね。そして小夜子さんにOKを貰う。
そして、小夜子さんの頑張りましょうが解かれる。鳳拓実の男振りを上げるべく、近日中一に瀬美月管理下でのバッチェラーパーティーが始まると。面子はと、小夜子さん自らも含めて指を下りながら、最後の小指を折ったのは、まさかの私百目木茜だった。
「いやいや、私は美月さんに、まだ嫌われてますし、それは無いかと」
「何を言ってるかな。拓実のトラウマ作ったの、あなた、茜でしょう。そこでベッドの上で、っんあ、いいですーって、いつものヤツ言ったら、俺凄いになってるでしょう」
「そもそも私、外国人サイズ嗜好ですから」
「そこ、男はストロークの安心さより、剛直さ。まあ、そのうち男鳳拓実を思い知るでしょう」
これ以上踏み込むと、与太話が漏れ聞こえるので、極上のエロス会話は止めた。
ただ小夜子さんには、4P中に凄いわこいつのアイコンタクトをされ、4Pの二回戦目は確実にヒット男性のおこぼれに預かるので、なくてはならない相方だ。そうか、拓実さんもそう言う口かと思うと、下半身がジワリ熱くなった。
+
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます