Pianissimo

判家悠久

Undo.

「ちょっと、生理的に受け付けられないの」


 それはていの良い、いいわけ。女性としては使って良い、交際の断り文句筈だった。ただそれは相手を選ばなくてはいけないが教訓になる。この良かれと思った言葉で、私は人生破滅かの大被害を被る。



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 私百目木茜は津軽出身で、関東の私立女子大を経て、東京本社のアーバンインターナショナル電材株式会社の東京本社に勤める。そしてアーバンは、2010年に10カ年計画として国際化を発表し、新設の部署を幕張の借り上げビルに大掛かりに発足させた。

 幕張は、幕張新都心と謳うも、ご覧の通り閑散化しており、幕張行きは即ち閑職と皆が溜め息を着く。


 私の新部署は、アーバンインターナショナル電材のアグレッシブカスタマーセンター:インシデント応対部一次対応課とやたら長い部署になる。製品の品質対応で、それを名乗ろうものなら、その間に通信が繋がったと、一体何の呪禁になるのが定説だ。

 アグレッシブカスタマーセンターと語る以上、全世界を網羅する、品質管理センターではあるので、要所に人材は置かれる。私は日本語英語ドイツ語中国語を行けるので、ただそれだけの理由でいらっしゃいになった。もっとも多言語話せたところで、システムが分からないと説明出来ないので極度のフラストレーションになる。

 フラストレーションの解消は、閑散となる幕張、いや足を伸ばしたららぽーとTOKYO-BAYの合コン三昧になる。そこで2人の恋人が出来るのは後述。


 生理的に受け付けられない男子とは、同じインシデント応対部一次対応課の東アジア地域係の鳳拓実になる。奥二重で癖っ毛で吊り目。多分男子アイドルグループにいたら2番手で、それなりの人気を得るとは思うが、オプションがまるで、いや女子として触れて欲しくないところを、無造作に触れて来る。


 ——茜さん、生理的に受け付けられないって、俺だもんな。

 ——茜さん、フリーの筈なんだけどな、迷ってるうちにか。

 ——茜さん、純朴過ぎて、ただ好きなのに。


 フロアセンターで、皆からコントロールタワーと崇められる、先輩一瀬美月さんにメンチを切られる。顔貸しなの雰囲気。

 そう。何故そうなるかは、この茜さんの心の声が、鳳拓実のテレパシーとしてこの全フロアに上下3階に軽く伝搬する。

 鳳拓実本人は、テレパシーそう言う人物いて何がどうしたのかのほんわかだが、朝8時から夕方18時迄間断なくこれが続くとなると、鳳を何故袖にするのか、私はど酷い奴扱いされる。



 +



 大フロアの東給湯室には、長身クールビューティーを軽く突き抜けた鬼の形相の美月さんがいた。私はまずごめんなさい。でも私は今は戻橋晟さんと付き合っているので、盟友である鳳拓実との仲を違いさせない様にのお断りでしたと、綺麗に添えたつもりだった。

 美月さんは真っ直ぐなワンレングスを大きく掻き揚げ、私をドンと給湯室のコンクリートに押し放つ。


「ちょっとね、今からでも鳳拓実へのそれ、今からでも詫びて撤回して貰えるわよね。鳳さんの、こんな悲痛な痛みなんて、まず私が許容出来ないわ。ねえ、普段からの私と鳳さんとの人間構築から分かるわよね。あなた阿保じゃ無いでしょう」

「仕来りに、厳しい、先輩、後輩、です」

「そっ、これなの、どうしても。この評価給と言う据え置きの制度で、クソ安い基本給の会社で、生きて行くにはカップリングされるしか無いのよ。そこで機関の配慮で、鳳さんにカップリングされたのが私、いい一瀬美月よ。こんなチャーミングな男性を、生理的に受け付けられないなんて、全てご破算よ。私の高尚且つ崇高な接触手順を無に帰すなんて。最悪よ、この雌ブタ、百目木、」

「すいません。私が察していれば、鈍感で本当すいません」

「謝れば済むって事で無いでしょう。ああ何で、こんなビッチに浸る娘に。まあそうよね、上から下迄、緩さがあなたですもの。ほらこれでしょう、」


 私の顔に押し付けられたのは、如何わしい投稿写真雑誌だった。開いたページには、そう覚えている。この幕張に来てから、合コンで知り合った2つ年上の恋人のエンジニアリング部の板橋龍樹から、記念写真とばかりに、はっちゃけた裸の写真の数々だ。

 私は酒が入ると、どうしても疼くらしい。そのプライベートの写真が何故投稿写真雑誌に、身体中の血の気が一気に引いた。


「うちのエンジニアリング部はマニアックな集まり、それさえも見抜けず、何が生理的に受け付けないよ。下半身、こんなにおっ広げて、ご丁寧に陰毛も刈り上げてるなんて、そんな時間あったらキャリアアップの勉強しなさいよ。なんて、ああ、腹の虫が収まらない、残り10冊あるから、明日の朝には、幕張駅にばらまいてみせるから。全く虫酸が走る」


 私は、やめて下さい、私は騙されました。と声を荒げ、美月さんに泣きすがった。

 それは、つい本気の力で美月さんに縋ったものだから、美月さんの濃紺のファッションスカートのスリットが更に切れて、チャイナドレスかに。

 怒りが収まらない美月さんは、私を蹴飛ばしては、給湯室の棚にある、ファッションコーヒースタンドのパッケージをバンと豪快に開き、入ったコーヒー粉を私の頭に頭へとぶちまけた。


「クソビッチ!ここを掃除して、泣き悟ったら、30分で戻って来なさい。それから、今後鳳さんへの、私語は一切禁止よ。皆には、あなた、頭どうかしてる娘扱いにしておくから、そこ戒めなさいよ」


 美月さんは、パンプスで私の足を蹴飛ばし、給湯室の道を開けて部署に戻って行った。


 私の男運の無さはどうしてもある。野暮ったさこそがキュートと、そういう看板を張っているからこうなるのだ。入り口に、不意に誰かの顔半分が見えた。


「大丈夫、百目木さん。あは、ドジだな、コーヒーの粉全部被るなんて、何か出来る事ある」


 えっつ、辛辣に泣けた。私は鳳さんに、女の言い訳を最大限に活用したと言うのに、まだ鳳さんは気を使ってくれる。私は辛うじて、口元の笑みを湛えながら、大丈夫です、着替えたら戻ります。鳳さんのその優しさに触れ、やっと応えた。



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 その給湯室の修羅場の夜に、いつもの場所で話があると、恋人で同じ部の三次対応課の係長戻橋晟さんに視線を逸らされながら誘われた。悪い予感はもう始まっていた。


 そして、アフェアの時に通う幕張の中規模ホテルのロビーに行くと、戻橋さんがそこにいて、いつもの様に5歩遅れて着いて行った。


 部屋に着くなり、戻橋さんは、何故か今日だけは自らビジネスカジュアルを脱ぎ始め、私も自ら脱ぎ始めた。

 キスをする事も何故か拒まれ、儀礼的に私の下半身を弄り潤させては、立ったまま背後からsexし、そのままベッドに倒れ込んだ。前戯も顔も見せず、ただ動物の様にまぐわいながら、戻橋さんの淡々としたペースで果てた。

 戻橋さんは、自ら装着したスキンをゴミ箱に打ち捨てながら、窓際のテーブルで寂しそうに外を見続ける。やはり、鳳さんの生理的に受け付けられないが、戻橋さんにも響いているらしい。

 戻橋さんは手持ち無沙汰に、ホテルに備え付けの折り紙で、鶴を3羽折り終えると。長い溜め息から、言葉を繰り出す。


「俺と拓実は、同じラボ出身で、細かく蔑まされがら、小さく固まって生きて来た。子供の感受性は、それはもう、豊かでね。何度も逃げようと拓実に嘆いたよ。でもその度、明日駄目だったら、俺も考えるからって、それが今日まで続いている。俺達は一生一緒なんだよ。そう、実に応えるね。まさか拓実が、まったく垢抜けない君、茜に夢中なんて、本気にもしてなかった。俺は今夜、拓実に素直に譲るべきと思って最後に致したが、こんな、抱いても感慨も無い君を、拓実に勧められない。君がどんなに性交渉が豊かでも、心が荒んでいたら、何の喜びももたらさない。君は寂しい娘だったんだね。君、もう全て終わりでいいね」


 あまりの言葉に、声も出ずに泣いた。愛してるのになんで。何かで拭おうも、果てた全裸のままでは、涙も鼻も、ぐしゃぐしゃの手で拭うしかなかった。

 そして、戻橋さんは椅子から立ち上がり、右手を差し出す。何かの手品か、青い鶴の折り紙が浮いていた。


「この社会に、超能力者は一定数いて、各社の受け入れ枠も都度都度決まっている。これは奇術かと思うだろうが、それは違う。これはPK、念動力。俺と拓実は同じ仲間だ。それを、君がこっ酷く生理的に受け付けられないなんて、これだから世界は。もう君とはこうして会えない。俺は酷い奴かもしれないが、全ては、君の身から出た錆だ。大いに反省してくれ」


 戻橋さんはシャワーを浴びて、ありがとうも置かず、永遠の別れとなった。

 ここでナイフがあったら衝動的に刺していたかもしれない。生理的に受け付けられないとは何かを、私のこの身に印された事で、女性の尊厳を奪われた。戻橋晟は、どうしても冷たい方。


 その日からの三日間。私はマンションのベッドから起きれず、心も虚ろなまま、会社を辞めようかどうしようかを逡巡していた。

 今のご時世で、一旦キャリアを手放したら、その位置には帰れない。ここでやり甲斐も無くなっては、私の長いであろうの人生は、虚無感だけで生きてゆく事になる。

 そうしよう。心を改めよう、全てやり直そう、そして再出発しようの選択肢を選んだ。



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 私の改心からの新たな出発が、1年を経た。怠惰な私生活を一切捨てた事で、本来の語学力のキャリアが肉付けされ、全社横断の対応マニュアルプロジェクトにも招聘された。


 そして、やや肌寒いもの、午後の麗らかな日差しを窺った時に、強烈な目眩が来た。いや、それは目眩ではなく、皆も同様に揺れていた。そして口々から、地震だの叫び声が聞こえた。

 東京で地震なんてのバイアスが働き、私の身体が忽ち固まった。そこに、背中から誰かが覆いかぶさり、その直後に何かの石膏の粉が舞った。

 私の背後にいたのは、鳳拓実さんだった。石膏の粉が舞ったのは、安普請の借り上げビルの白い天井が地震で抜け落ちて、選りに選って鳳拓実さんに当たっては粉々になったからだ。

 いの一番に、一瀬美月が歩み寄り、鳳さんの上半身を脱がしては触診した。裂傷は無し、打撲も無し。そして産業医織部宏太郎が巡回しては、このビル幾つかで落盤事故があったけど、資材が本気の安普請だから、軽傷にもならないと諭して帰って行った。


 そして、災害ラジオから、この地震は東日本は勿論西日本でも揺れたと聞いた。まず関東圏の地震関連からの火災状況が伝えられると、震源地東北の甚大な被害が入って来た。

 実家の青森にも電話したが、青森はなんもと無事ではあるらしい。

 ここでアーバンインターナショナル電材は、家族の事もあるだろうし、このまま宿泊しても備蓄材が僅かと、宿泊組と帰宅組を分類した。


 私は、帰宅組に加わった。正直このまま宿泊しても、女性と男性のプライベートが守られる保障は無いので帰宅を選んだ。

 ただ、このまま帰宅するとしても、電車は止まったまま、タクシー会社に電話もずっと話し中では、幕張から妙典迄は徒歩の一択となる。

 スマートフォンの想定距離では、軽く3時間掛かる。この時は、余裕で行けるとは踏んでいた。



 +



 大震災からの帰宅組は、他の方も同様で、国道をやや隙間なく隊列が続く。ここでの救いは、ほぼ郊外なので、地震が再び来ても、建物のガラス片を浴びる事がない事だ。

 ただ、同じ千葉への妙典ともなると、こんなに路線の駅が離れているものかと辟易した。こんなに歩いても、次の駅が見えず、何度も心が折れた。

 そんな時。声に出しての大丈夫、心の声の大丈夫と、同じ方向でやや近隣の浦安行きの鳳拓実さんが励ましてくれる。

 もう駄目と思った時は、鳳さんが察しては、アーバンの帰宅グループの休憩に入れてくれる。鳳さん、流石テレパシスト、心強い。なんて事だ、その有るべき存在を思い知る。


「鳳さん。私、謝らなくていけないことがあって。私、男性の好みが排他的で、つい生理的に受け付けられないと言ってしまって、いつかの事。本当ごめんさない」

「ああ、あれ、いや別に。俺基本マニアだから、垢抜けない、昔の百目木さんについ告白しちゃって、いや全然気にしてないから。だからもう終わったことだから、あはは」


 こいつ無礼。私の右ストレートが無造作に、鳳さんに飛んだ。ブン。これを躱わすのか。嘘つけ、散々ひきづってた癖に。しかも、私が皆に白い目で見られ、一瀬美月さんから折檻され、戻橋晟さんからはど酷い捨てられ方をした。

 身から出た錆は、戻橋さんの言葉。怒りを打ち消そうと、再び右ストレートを放ったが、容易く鳳さんにダッキングされた。

 そう、悪夢の行進ですっかり忘れていた。鳳さんはテレパシストで、私の勢いの乗ったパンチでも読み尽くせる。

 私の目の前で、元気があってよろしいと天真爛漫におどける鳳さんが小癪でしょうがない。そういうところが、生理的に受け付けられないのだが。小憎たらしい。それは日々学んだ心奥底へのプロテクト方法で、軽く去なした。

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