異世界勇者の初期装備

夏伐

王さま、しょぼくれる

「それにつきましてはこちら側にも事情があります」


 美しい調度品に囲まれた室内には≪防音≫の魔術がかけられている。

 言葉を発したのはこの国の宰相だ。


 彼の横には偉そうに、けれども視線を泳がせる国王がいた。


 彼らの前には不思議な黒い衣服をまとった少年がいる。黒髪黒目、見たこともない技術で作られた眼鏡をかけていて、この場では王様よりも偉そうな態度だ。


「事情? どんな事情があれば誘拐が正当化できるのか教えてもらおうか?」


「誘拐ではなく召喚です」


「それはお前らの理屈だ」


 魔王が世界を滅ぼさんとした時、いくつもの宝玉を神に捧げれば異界から勇者がやってきて世界を救うだろう。


 遥か昔から語り継がれるその伝説にすがった結果……現れたのがこの少年だった。

 魔王を倒すまで帰れず、途中で息絶えればそのまま死んでしまう。それを民衆の前で召喚の儀を行った神官に聞きだした少年は、そのまま国王を拉致誘拐犯として民衆の前で罵倒しはじめたのだ。


 しかも言っていることはド正論。


 民衆も「あれ? 俺たちの方が魔王よりも質が悪いのでは……?」と勇者歓迎の祭りを用意していた者たちでさえ、まるで葬式のような雰囲気になってしまった。そ


 宰相の機転のおかげで、どうにか穏便に少年をこの最重要機密を話し合う会議室へと案内できた。


 大人二人がかりであれば、少年一人くらい丸め込めると思ったが、彼はむしろ生き生きとしている。なんてことだ、宰相は焦りを隠すだけで精一杯だ。

 頼りの王はすっかり意気消沈している。


 勇者を召喚して万事解決すると思っていたのに、まさか民衆の前で拉致誘拐の極悪非道で卑劣な男だと罵られるとは思っていなかったのだろう。

 不幸にも、メンタルがスライムのように柔らかい王を支える王妃は隣国に里帰りしていた。


「魔王が異界へのゲートを開く鍵を持ってるので、どうにかあなたには魔王と戦っていただかなければなりません……」


「分かった。他に手段がないんだな?」


「はい」


「あったら、この大陸を破壊してやるからな」


 破壊、とんでもなく物騒な単語が出てきた。

 勇者は異界から来る時に、神から何か一つとても強大な能力と、言語翻訳やこの世界の常識などを与えられる。


「失礼ですが、どのような能力をお持ちなのか聞いても良いですか?」


「≪神の叡智≫――この世界のことなら何でも理解できる。この目で視さえすればな」


 少年の瞳は赤く光っている。スキルが発動しているのだろう。


「それにお前らが嘘をついていないことはナビゲーションシステムが識別した」


「なび?」

「しすてむ?」


 黙っていた王が不思議な単語にキョトンとした顔をする。思わず声がそろってしまい、王も私も顔を見合わせた。

 そんな言葉は今まで聞いたことがない。


「理解さえすれば使える魔法なんかも使える、そのために必要なものを用意してもらおうか」


「もちろん、そのつもりです」


「それじゃあ今から俺が言うものを用意してもらおう。魔王と相対するためには必要なものだ」


 宰相は少年に言われたものをリストにまとめた。

 侍女に少年を超超超VIP待遇で案内するように伝え、そして王と宰相は頭をかかえた。


「これは困ったことになりましたね……これはエルフから、こっちはドワーフから……」


「こっちは東大陸、果ては獣人族にまで頭を下げなければならん。宰相、これは国庫がもつだろうか?」


 心配性な王は、うるうると瞳に涙を浮かべた。


「もちはしますが……急に飢饉になったりすれば……どうでしょうね……」


「あい分かった。国所有の屋敷をいくつかと城にある調度品、わしの衣服のうちほとんど着ていないものをなるべく高く売ろう。それならばどうだ?」


「けれど、それは先代さまが集めてらした思い出の品……本当に良いのですか?」


「良い。思い出で人は救えんし、このリストの装備があれば確かに勇者の旅はずっと危険が少ないものになるだろう……」


 この人のこういうところが憎めないのだ、宰相は「はい」と応えてさっそく王と共に各所に連絡をし、勇者の求める装備を集め始めた。

 一か月ほどかかり、その間に勇者はこの世界に慣れ、そして研鑽を積んでいった。その時々で用意できる最上級装備を渡して、近場のダンジョンを次々と攻略していく勇者は性格に難があるものの民衆に好かれている。


 なんだかんだ魔王に対してはお互いにきちんと向き合っていることを理解してくれたのか、勇者は偉そうなものの、王とは仲が良さそうだ。


 そして王妃も協力し、国一丸となって他国と必死に交渉した結果、装備とともに送られてきた英雄たちとともに勇者は魔王の元へと旅立っていった。


 勇者の旅立ちの言葉は、「召喚だとかなんだとか、次のやつには言い訳するんじゃねぇ、まず謝れ」だった。

 宰相はこの言葉を何とか表に出さないように必死に立ち回ったが、一足先に吟遊詩人たちが歌にしてしまい、世界中に広がってしまった。

 勇者旅立ちの歌のタイトルは『言い訳するな』だ。


 そしてこの歌は、全てのヒューマン種の垣根をとっぱらった王の歌としても語られることになる。

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