二百万人殺人事件

てこ/ひかり

『第一の殺人』

 ついにやった!


 完成したタイム・マシンを前にして、ワシはガッツポーズした。気がつけば途方もない年月が過ぎていた。時空間移動の研究を始めた時は、まだ若く、それからというものワシの全てを研究に注いで来た。


 人類未踏の研究のためだと、友人からの誘いも断り、恋人を諦め、出世を断念し、家族を犠牲にして、文字通り人生を捧げ……いや。タイム・マシンさえあれば、それらもすぐ取り戻せるだろう。


 ワシは早速50年前に飛んだ。


 50年前に戻ると、四畳半の畳の上で、若かりし頃・中学生くらいのワシが寝っ転がってるのが見えた。相変わらず何にも考えていない顔で、漫画を読みながらボーッと生きている。何という体たらく。時折顔がニヤニヤするのが実に憎たらしく、ワシは思わずぶん殴りたくなった。


「いてぇ! 何すんだよ!?」

「ハッ……すまん。心の中で思っていたことが、つい行動に出てしまった」

「ジィさん、誰だ? どっから現れやがった!? 妖怪か??」


 突然壁に時空穴を開けて部屋を覗いているワシを見上げ、50年前のワシはポカンと口を開けた。


「夢か? これ?」

「そんなことはどうでもいい。時間がない、ワシの話を聞け」


 タイム・マシンを発明したのに時間がないとはこれ如何に。しかしとにかく、ワシは若い頃の自分を見て、説教せずにはいられなかった。


「まぁたぐうたらしおって、今すぐそんなもの捨てろ! 勉強を始めんか勉強を」

「何言ってんだこのジジイ。あのなぁ、俺は別に遊んでるんじゃねえんだよ。将来小説家になろうと思ってんだ。ほら、小説家って金稼げるしチヤホヤされるし、最高じゃん。だからこれは、その勉強なの」

「何故小説家になるために漫画を読んでるのか良く分からんが……どうせ遊ぶ金欲しさじゃろう」

「な……」


 当時のワシは、ワシに考えを見抜かれ、思わず顔を強張らせた。


「何故それを……」

「フン。ワシは未来のお前じゃからな。何でもお見通しよ。やめろやめろ、そんな犯行動機みたいな将来の決め方!」

「まさか……いやまさか」

「良いか、よく聞け。お前に小説の才能はない。今こっそり書いている処女作『二百万人殺人事件』も、半年後にはゴミ箱行きよ」

「え!? マジで!?」


 まだ誰にも見せていないはずの処女作のタイトルを当てられ、とうとう若い頃のワシも身を乗り出してきた。ワシはため息を漏らした。


「とにかく、良いか? 今のうちからしっかり勉強しておくのじゃぞ」

「あ……待て! 待ってくれ、まだトリックが全部できていないんだ! 教えてくれ未来の俺! 後199万9998通り……」

 

 中学生のワシが止めるのを待たずに、ワシは時空穴に戻った。50年前じゃ、ちょっと早過ぎたかも知れぬ。もっと歳を取って、ある程度社会を見聞し、分別がついてからの方が良いだろう。


 と、思っていたのだが……


「全然分別がついておらんじゃないか!」

「いきなり現れて何を言ってるんですか? お爺さん」

 大学を卒業した後、定職にもつかず、公園のベンチに寝そべって漫画を読んでいたワシを見つけ、ワシは叫んだ。


「何をやっておるんじゃ!?」

「何って……別に何も」

 何もやってない。むしろそれが問題だった。

「こんなとこでぐうたらしてないで、何か始めるべきじゃろう!?」

「何かって、何を?」

「そりゃあ……」

「あ、もしかして俺のファン?」


 40年前のワシが、少し照れたようにはにかんだ。


「ほら、俺ネットとかで自作の小説上げてるからさぁ〜、それ見たの? 参ったなあ。俺今度出版社に『犯人は田中』ってミステリー小説送ってみようと思うんだよね。驚くなよ? この作品は文学界の歴史を塗り替える……」

「お前はそのせいで、全国の田中さんを敵に回すことになる」

「え……嘘」

「本当だ」


 顔を青くしたワシに、ワシは真剣な顔で頷いた。


「大炎上し大バッシングされ、全国民がお前の敵になる。見ろ、この腕を。デジタル・タトゥーとして今でもその傷が残っておるのじゃ」

「そんな……」

「とにかく、もうそんな下らないものはやめろ。真面目になれ。勉強をするんじゃ勉強を」


 そう言い残し、ワシは時空穴に戻った。これでもう大丈夫……と思ったが、念のため寄り道していくことにした。30年前のワシは、相変わらず寝っ転がって漫画を読んでいた。


「何も変わってない!」

「あ……あの時のジイさん」

 向こうは覚えていた。30年前のワシが、相変わらずぐうたらしながらワシを出迎えてくれた。ワシは慄いた。人は、ここまで変われないものだろうか?


「何故分からん。何故お前はお前のままなのじゃ……」

「何だか哲学的だな」

「良い加減学習したらどうなんじゃ、と言っておる。良いか? お前に文才はない。どれだけ駄文を書き散らそうが、箸にも棒にも引っかからないし、大体ワシのいた未来じゃ、今よりもっと本屋はなくなっておる。小説なんか誰も読まないし、食っていくこと自体……」

「いつまでも言い訳してないで」


 30年前のワシは、ワシを見据えてため息をついた。


「さっさと書いたらどうなんだ? まさか、もう書いてないなんて言わないよな?」

「馬鹿につける薬はない……か」

 

 ワシはがっくりと肩を落とし、そのままヨロヨロと時空穴に戻った。結局何も変わらなかった。ワシは落胆した。タイム・マシンがあれば過去も未来も変わると思っていたのに。いや、正確には変わっていた。

「何だ……これは」

 ワシは驚いた。未来に戻ると、研究所が無くなっていて、代わりに白紙の原稿が二百万枚置かれていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二百万人殺人事件 てこ/ひかり @light317

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ