第3話 大好きな兄と紡ぐ物語

 設定を与えると、物語を出力してくれるAIはちょっと前から評判になっていた。

 当然、私も研究の一環として触れたことがある。


「……なんか変」


 やっぱりまだ時代が追いついてないんだろうね。

 AIに物語を書かせるなんてことはまだまだ早すぎたのだ。


 私が作った物書きAIを積んだロボット、アイザックはその辺りを改善したものだ。

 流暢な受け答えをするのは当然、状況に応じて判断する力だって持っている。

 まさに次世代のAI、と兄には伝えた。


 少し言い訳をすると、兄を蘇らせたのと同じ手法で再現できると思ったのだが、できなかったのだ。

 兄を蘇らせることができたのは、私が書き出した膨大なデータがあってこそのものであって。

 一から完全な受け答えをできるようなAIを作ることはできなかったのだ。


 それでも、兄のアシスタント役にするならば、生半可なAIでは駄目だ。

 だから、私はそのロボット、アイザックを演じることにした。

 友人に作ってもらった3Dモデルの動作を私の動作でエミュレートすることは比較的簡単にできた。

 難しかったのは、私と同時に存在できない、活動時間に制限をつけることで無事に入れ替わりで演じることができた。

 昼間、私が兄のそばにいない時間にはアイザックを、夜私が帰ってきてからは私自身が。

 そうして、メイド服を着た一風変わったロボットは兄と一緒に物語を書くことになったのだった。


 苦労したのは、私が物語を書くのが初めてだったこと。

 どうやら、私にはその方面の才能は全くなく、兄に、


「やっぱり、ずれてるな」


 と言われっぱなしになってしまった。

 けど、他の投稿小説とかを読んだりして研究もして、


「俺、こういう話好きなんだよ」


 なんて言葉を兄から聞いたときにはリアルの私がガッツポーズしてしまった。

 そして、今日、最後のお題が発表された。


「お題は、『いいわけ』か」


 これまでも6回こなしてきた流れだが。


「それじゃあ、アイザック。よろしく頼む」


 兄が、お題をアイザックに振り、それを元に自分でも考えるという流れが出来上がっていた。

 しかし、


「……今日は違う流れにしてみませんか?」


 それでは物足りないと私が思ってしまった。


「どういうこと?」


「たまには、マスターさんがお話を考えて私が感想を言うのはどうでしょう?」


「俺が?」


 アイザックが考えてしまうと、どうしてもそれはアイザックの物語になってしまう。

 私は兄が作った物語を求めていたのだ。


「ほら、最後ですし、これまでの結果を見せてくださいよ」


「うーん、大丈夫かなぁ」


 不安そうな兄をなんとか説得をする。


「それじゃあ、考えてみるよ」


 そうして自分なりに考え始めた兄。

 思えばアイザックを演じるようになって、今まで見えてこなかった兄の姿が見えるようになったと思う。

 こうやって悩む姿もそうだけど、物語を投稿する時に、


「これ、本当に大丈夫かなぁ。何か言われたりとか……」


 躊躇しながらも、投稿ボタンを押す姿など。

 妹の私からは完璧に見えた兄にもやはり悩むことが沢山あったのだという事を知ることができた。

 そういう意味でもアイザックという存在を作り出すのは間違っていなかったのだと思う。

 もっとも、私の前では、


「今日もお話をしよう」


 なんていつも通り振る舞っていたけど。



「できたぞ!」


 兄がアイザックにそう言ってきたのは時間ギリギリになってだった。


「もう、締切もギリギリなんですが?」


 締切の11時59分までは残り1時間を切っている。

 ここから、推敲して投稿してなどをすることを考える全く時間がない。


「ま、まぁ、その分面白いのできたからさ」


 聞いてくれよとせがむ兄にアイザックとして、ため息を返す。


「全く、つまらなかったら承知しませんからね」



 兄が作ってきた話は、どこかで聞いたことのある話だった。

 その上で、物語の筋がぐちゃぐちゃだったり、文章もおかしかったりする。

 端的に言って、面白くなかった。

 それでも、兄は、


「どうだ」


 と言わんばかりに、アイザックに感想を求める。

 だから、私は、


「ここの展開がおかしいです」


「えっ!?」


 はっきりと応える。


「ここの主人公のセリフと、後のヒロインのセリフも矛盾してます」


「そんな!まさか!」


「時間がありませんよ。早く推敲しますので、赤入れます」


 私も物語を考えることに慣れてきたこともあって、添削もできるようになった。

 展開がおかしなところに高速で赤いチェックを入れいていく。


「ちょ、ちょっと待って、赤が多い」


「それだけ直す箇所が多いってことです。早く直しますよ、急がないと投稿できなくなります」


「うっ、が、頑張る!」


 私が赤を入れた部分を確認し始める兄の姿を眺めつつ、私は笑顔を抑えることができなかった。



 時間ギリギリになって小説は無事に投稿することができた。


「……疲れたけど、やっぱり楽しいな」


 そんなふうにイベントの感想を語る兄はさっぱりとした顔をしていた。



 夜、訪れた私に、自分で考えた物語だと投稿した小説を見せてくれた。

 だから、私は、


「やっぱりお兄ちゃんが考える物語が好きだなぁ」


 私という素人が添削しただけでは拭いきれないくらいの稚拙さは残っているけれど、やっぱり私は兄が作る物語が好きだ。


 これからも兄は投稿小説を続けるつもりだと話してくれた。


 そうして、今日も私と兄は一緒に物語を考える。

 兄とAIが考える物語は今日もつまらない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20237】ブラコン妹は兄が書く物語を読みたい 猫月九日 @CatFall68

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ