第2話 大好きな兄の夢

「今日は教授からこんなことを言われてね」


「おっ、さすが愛衣は凄いなぁ」


 学校から帰る度、兄に話しかけるのが日課になっていた。

 兄を蘇らせることに成功した私は、兄に話しかけることで日常を取り戻したのだ。


「それに、ナディからこんな話を聞いてね」


「へぇ」


 日本では受け入れられなかった私も国をまたいだ結果友達も作ることができた。

 これも、兄を蘇らせたおかげ。

 充実した毎日を送っていたそんなある日。


「なぁ、愛衣。俺物語を書きたいんだ」


「えっ!本当!」


 それは私にとっても願ってもないことだった。

 兄が作った物語をまた聞くことができる、それは私の夢のひとつでもあったから。


「ああ、できたらそれを、もっと沢山の人にに届けたいんだ」


 それはかつての兄が言っていたこと、そのままだった。


「うん!頑張ってね!」


 私は応援した。

 死んでしまった兄が残した夢を彼が叶えてくれることを本気で期待していた。

 ……この時、彼は本当の兄になってしまったのだと気がついたのは、ずっと後になってからだった。



 兄は作った物語をWebに投稿し始めた。

 私はそういうサイトにあまり詳しくはないけど、有名なサイトらしい。

 完全に再現したバーチャル世界のパソコンで小説を書きながら兄が言う。


「ここで有名になれば書籍化することもあるんだって」


「そうなんだ、頑張ってね!」


 ちょうどその頃、私は兄を作り上げた件から教授にいろいろなところを連れ回されて、忙しくなっていた。

 教授には手伝ってもらった恩がある、それに私のように亡くなった人に会いたいと思う人の力になれることはいいことだと思えた。

 両親とも連絡を再開した。今度兄と会うことを約束をしている。


 そんなある日、


「ただいまお兄ちゃん」


 今日もまた、VRHMDを被って兄に会いに行く。


「……お兄ちゃん?」


 いつもならばすぐに帰ってくる返事が帰ってこない。

 兄の部屋に向かう。

 扉を開けて入ると兄は自分の机に座っていた。

 パソコンに向かっている。


「お兄ちゃん?」


 話しかけるが返事がない。

 慌てて駆け寄って、兄を揺さぶるがなんの反応もなく、ただ眠るように目をつぶっている。

 おかしい!

 急いで、開発者モードを起動して彼の状況を確かめる。

 すると、


「嘘……、信じられない」


 彼の精神データがまっさらになっていた。

 それはつまり、彼の中から全てが消えてしまったということ。

 データである彼に取って、それは死を意味している。


「なんで!どうして!?」


 理由が全くわからない。混乱する私の視界に入ってきたのは、兄のパソコンとそれが映す画面だった。

 そこには、


「なにこれ……酷い」


 兄が書いたとされる小説に書かれた感想。

 そこは、言葉にするのも憚れるほどの誹謗中傷で溢れていた。

 それで私は理解した。

 兄は、再び自ら死を選んだのだということ。



 泣きながら電話した私に両親はこう言った。


「そんなところまであの子と一緒だったのね……」


 現実世界に生きていた兄も同じように、誹謗中傷された結果、絶望して命を絶ったのだということを両親から聞かされた。

 図らずもそれは、全く同じWeb投稿サイトだったという。


 また兄を失った。

 その事実を私は、また受け入れることはできなかった。


 再び兄を蘇らせることに抵抗は一切なかった。

 思えばこの頃から私は完全に壊れてしまったのだと思う。


 再びバーチャル空間に蘇った兄は前回を同じように暖かく私を迎えてくれた。

 もちろん、これが2回目であることは言わないし、言いたくない。

 以前と全く同じように見える兄だが、実はそのデータには改変を加えている。

 それは、


「えっと、それで……なんだっけ?」


「もう、また忘れちゃったのお兄ちゃん」


「ごめんごめん、どうも最近忘れっぽくてな」


 兄の記憶力を弱めに設定した。

 兄が自死した理由は、誹謗中傷も全て溜め込んでしまい、思い悩んだ結果ではないかというのを両親が医者から聞いたらしい。

 だから、悪いことを忘れやすくなるように記憶力を前よりも格段に弱く設定した。

 その結果、


「あれ?異世界転生したのは、王子様だけって神様が最初に言ってなかった?」


「えっ、えっと……、それは……」


 物語を考える能力が著しく低下した。

 幼い頃に戻ったみたいだ。

 本当は自死の直接の原因である、物語を奪うことも考えたのだけど、どうしてもそれはできなかった。

 ……兄からそれを奪ってしまったらそれはもう兄じゃない別のナニカになってしまう気がしたから。

 だから……、


「なぁ、愛衣。俺物語を書きたいんだ」


 兄からまたそのセリフが飛び出してきたのはしょうがないことだっただろう。

 多くの人に、自分の作った物語を届けたい。

 それこそが兄の夢であり、生きる目標なのだから。

 だから、私は兄がWeb小説を投稿することを止めることはできなかった。


 しかし、万が一また同じ道を辿ってしまっては困る。

 そこで、私は2つの条件をつけた。

 1つ、


「投稿するならこっちのサイトにして」


 前回と同じサイトではなく、別のサイトに投稿させることにした。

 理由は単純に、人の多さの問題と、前のサイトは縁起が悪いという理由だ。

 もちろん、それは言わずに、


「ほら、ちょうど今月にアニバーサリーを迎えるってことでイベントもやってるから。試しにやってみたら」


 お題について、投稿していくというイベントをやっていたのをいい事に、うまいこと誘導した。


 そして、もう一つが。


「アシスタントもつけるからね」


「アシスタント?」


「そう、私が作ったAIを積んだロボットなんだ」


「AIに物語なんか書けるのか?」


「まぁまぁ、それのテストも兼ねてるからね」


 兄を監視するために、作った存在。

 メイド服を着たロボット、その名前は、


「この子の名前はアイザックって言うんだ。二人で頑張ってね」


 私の名前から名付けたアイザックは私の分身と言ってもいい存在だ。


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