第22話 ゴミ箱に消える家族写真
薄暮の中で家に着くと、私たちはお土産やスマホの残骸などを置いて、またすぐに買い出しに出ようと扉を開ける。するとそこには凛音の両親がいた。
「こんばんは」と頭を下げると、突然、お母さんが私を抱きしめてきた。
「……今日まで頑張ってくれてありがとうね」
きっと私の両親は取り繕うこともしなかったのだろう。私は笑顔で「もう、大丈夫です」とつげた。
「凛音さんが私のこと、何もかも受け入れてくれて励ましくてくれて。私の方こそ、お二人に感謝しないといけない立場ですよ。……本当にありがとうございます」
お母さんもお父さんも涙目で私をみつめている。
「美海さんは本当にいい人ね。凛音をもらってほしいくらいだわ。……でも女の子だもんね。残念で仕方ないわ」
「……そのことなんですけど」
私は凛音の手を堅く握った。視線を向けて、二人で頷き合う。
「凛音さんを、私にください。お願いします」
私は二人に頭を下げてつげた。
「美海さん……?」
お父さんもお母さんも困惑しているみたいだった。
パートナーは結婚以上に強固な関係だけれど、結婚ではない。愛し合っていなくてもパートナーにはなれる。でも私は凛音と愛し合いたのだ。後ろめたさとかそういうものを覚えることなく、ただただ一途に幸せだけを分け合いたい。
私は顔をあげて告げる。
「私は凛音さんに助けられてばかりです。相応しくないって思われるかもしれません。でもこれからは私も凛音さんと対等になれるように頑張ります。だから……、お願いしますっ!」
「私からもお願い。私、美海さんのことが好きなの。本当に心から大好きだから、結婚を認めてください……!」
凛音の声を聞いた二人はつげた。
「分かったわ」
「いいだろう。凛音や美海さんが望むのなら、俺たちも応援しよう」
その瞬間、私たちは手を取って喜び合った。そんな私たちをみてお母さんはにやにやしていた。
「今夜は楽しみね」
私と凛音は爆発しそうなほど顔を熱くした。でも否定するわけでもなく、二人一緒に黙り込んでしまう。もとよりそうするつもりだったから反論もできないし、なおさら恥ずかしかった。
「私たちはお邪魔みたいだから、そろそろ帰るわね。さようなら。二人とも」
そうして帰っていく二人の姿に私たちは辛うじて挨拶をする。
顔を赤くした凛音は色っぽくて、正直今すぐにでも襲いたいのだけど。
「か、買いもの行きましょう! え、えっちなことは、そのあとで……」
熱っぽい視線を向けているときっぱりと断られてしまった。確かにそういうことしてる間にお腹がなったらムード壊れちゃうもんね……。
「分かった。凛音の唐揚げ楽しみだね。もちろん私にも作り方教えてね?」
「はい!」
そうして私たちはスーパーに向かって、鳥のもも肉なんかを購入した。家に帰ってくるとすぐにキッチンに向かって、調理を始める。やっぱり凛音は料理になれていて、手際よく唐揚げを作っていく。
私はそれを観察しつつ、お米を洗ったり、キャベツを切ったりする。
その間も私たちから笑顔が絶えることはなかった。凛音のことをみているだけで、自然と笑顔になってしまうのだ。「嫌い」でしか世界を見ることができなかった私が、誰かを好きになれるはずなんてないと思っていたのに、今では凛音が好きで好きでたまらない。
本当に、幸せだ。
私は凛音と二人でお皿に唐揚げとキャベツを盛り付けて、茶碗にお米をよそった。
リビングのローテーブルで「いただきます」とつげてから、私たちは食事をとった。凛音の唐揚げは美味しくて、ついつい言葉数が少なくなってしまう。そのせいで凛音は私に不安そうな視線を向けてくるものだから、私は微笑んで見せる。
「おいしいよ。本当、凛音のこと、ますます好きになりそう」
「まずは胃袋からって言いますからね。満足してもらえたようで良かったです」
そうして食事を終えて、お皿を洗う。凛音と手が触れ合うたびに、顔が熱くなるのを感じた。どんどんえっちの時間が近づいてくるのだ。意識するのも仕方ないと思う。
お皿を洗い終わった私は、食器棚の上の写真たてから写真を取り出した。
私と兄さんと両親がみんな笑顔で映っている写真だ。凛音はそれをみつめる私へ不安そうに肩を寄せてくる。でも心配なんていらない。もう、この写真は必要ない。空いた写真たての中に私は、今日水族館で撮影した写真を入れる。
そこには笑顔の私と凛音が水槽を背景に映っていた。
「記憶っていうのは塗り替えられるものなんだよ。悪いことをいつまでも覚えておく必要はない。人も世界も変わるんだから、私も変わっていかないと」
「……そうですね」
私は自分の手のうちにある家族写真をみつめる。悲しくない、といえば嘘になる。それでもいつまでも囚われるわけにはいかない。私はそれをゴミ箱に手放した。
ひらりひらりと写真が吸い込まれていく。
不意に涙が流れそうになるのを堪えて、笑顔を浮かべた。
「大丈夫。大丈夫だから」
凛音は名残惜しそうにそれをみつめていたけれど、すぐにぎゅっと後ろから私を抱きしめてくれた。その優しさが有難くて、私はなおさら涙を流してしまいそうになる。
「最後に家族との思い出を私に聞かせてくれませんか? 楽しい日々だってあったんでしょう? それを全て無かったことにしてしまうのは、私としては耐えがたいことです。美海さんは忘れてもいいです。でもせめて、私だけは覚えておきたいんです」
家族を大切にする凛音らしい言葉だと思った。私が捨てたいと思っていた幸せな記憶も、本来その記憶単体でみれば、かけがえのないものなのだ。
私は頷いて口を開こうとした。でもそのとき、お風呂から声が聞こえてくる。
「お風呂、湧いたみたいですね。そこで聞かせてもらえますか?」
「……うん。脱衣所、いこっか」
私たちは恋人つなぎをして、脱衣所に向かった。
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