第21話 運命の赤い糸
雨の降る中、私たちは座席で電車に揺られていた。みんなお出かけの帰りなのか、車内は行きよりもずっと静まり返っていた。疲れてしまったのか隣では、凛音が私に寄りかかってきている。
気持ちよさそうに私の肩で眠っている凛音は、本当にどうして私に恋してくれたんだってくらい可愛い。私は凛音の頭をそっと撫でた。
「……みうさん。好き……」
どうやら凛音の頭の中は私でいっぱいみたいだ。微笑みながら私は考える。
今では、親への執着は消えたし、幸せへの恐怖も少しはあるけれど、凛音と一緒にいればやがては消えてくれるだろう。今、私の心を満たしているのは未来への期待だけなのだから。
「……好きだよ。凛音」
ささやくと、凛音は私の体にすり寄ってきた。猫みたいにすりすりしてくる。
「もしかしてだけど、凛音、起きてる?」
「……バレちゃいましたか」
凛音は照れくさそうに、微笑んでいた。
本当なら今すぐにでもいちゃいちゃしたいくらいだけど、ここは電車の中だ。私たちは手をとりあって、肩をよせあって、じっと電車が目的地にたどり着くのを待った。
アナウンスが聞こえてきて、電車から降りる。湿度も温度も高い夏のホームはあっという間に汗をかいてしまうほど、むしむししていた。空はぼやけたオレンジ色になっていて、なんだか幻想的だ。
私たちは手を繋いだまま、階段を下る。
凛音にペアリングをもらったアクセサリーショップを通り過ぎて、駅の構内を出る。雨の降りしきる夕暮れの街に、凛音は折り畳み傘を開いた。体が触れあってしまうほど、寄り添い、歩く。
「美海さん。今晩は何を食べたいですか?」
「んー。唐揚げかなぁ。ずっと嫌いだったけど、実は好きだったんだ。唐揚げ」
「分かりました。それなら家に荷物を置いてから、買い物に行きましょう」
「うん」
「嫌い」が「好き」に変わっていく。私はかつて世界を「嫌い」でしか見ることができなかった。でも今は違う。凛音にカレーに唐揚げに凛音とのデート。たくさん「好き」が増えている。
もちろん「嫌い」になってしまったものある。でもそれも含めて私なのだ。
凛音が「好き」になってくれた私なのだ。
だからもう私は過去を憎んだりなんてしない。未来だって恐れない。
でも、と思う。私と凛音の関係を凛音の両親は認めてくれるだろうか? ずっと隠したままにするわけにはいかないから、いつかは伝えなければならないのだろう。もちろん、表面上は当たり前のように認めてくれると思う。でもそれは私が凛音の命を質に取っているようにみえるから。
本心ではどう思うのだろう?
考えていると、凛音が不安そうに私をみつめてくる。
「考えごとですか? だったら話してください。私、美海さんのことなら何でも知りたいんです」
私はその言葉に微笑みながら、口を開く。
「凛音のご両親のことなんだけど、私たちが付き合ってるってこと。どう思うのかなって。いつまでも隠すわけにはいかないでしょ?」
すると凛音は笑顔を浮かべた。
「きっと大丈夫ですよ。戸惑いはするかもしれないですけど、お父さんもお母さんも本気で私の幸せを願ってくれています。私が本当に美海さんのことを好きだって伝わったなら、絶対に認めてくれますよ」
「……うん。そうだよね」
私は普通の親ってものを知らない。でも凛音がそういうのならそうなのだろう。
「心配しなくていいです。もしも仮に認めてもらえなかったとしても、私は美海さんを絶対に手放しませんから。……死ぬまでずっとそばにいますから」
そう告げて、凛音は私の頬にキスをした。
もとはといえば、私が凛音と共に過ごすことを決意したのは生贄病のおかげだった。もしも凛音が生贄病でなく健康に生まれていたのなら、凛音はきっと私に恋をすることはなかっただろうし、私自身も凛音と出会うことはなく、ずっと一人で生きていたのだろう。
「不謹慎かもしれない。でも私、凛音が生贄病で良かった、って思ってる。だってそのおかげで私たちは出会えたんだから」
「もしも私が生贄病じゃなかったとしても、私はきっと美海さんに恋をしてますよ」
「えっ?」
胸を張って微笑む凛音に私は困惑の視線をむける。
「……小さなころの記憶です。私、一度美海さんと出会ってるんですよ?」
本当だろうか? 私にはそんな記憶は全くない。そもそも私の実家は県外だ。大学に進学した結果、凛音の家の近くに引っ越してきただけで、出会うきっかけなんてあるはずがない。
「遊園地で、私たちは会ってるんです」
遊園地。そういえば家にあった写真も遊園地でとられたものだった。
「凛音さんの家にあった写真、あれも遊園地ですよね。私の家に飾ってある写真も同じ遊園地の写真なんですよ? あの頃の私は幼稚園児くらいでしょうか。でもはっきりと美海さんのことは覚えてたんです」
私は必死で思いだそうとする。凛音が覚えているのだから、私も覚えていたい。でも全然思い出せなくて、悲しくなってくる。
「私、遊園地で迷子になってたんです。一人で寂しくて、悲しくて。行きかう人はみんな笑顔なのに、私だけが泣いてた記憶が強く心に残ってます。そんなときに現れたのが、美海さんでした」
「……そういえば、私も迷子になってた記憶があるような」
「ふふっ。そうなんですよ。美海さんも迷子だったんです。でも美海さんは必死で強がってましたよね。「私は迷子じゃない!」って。私はその姿がなんだかおかしくて、泣いてたのに笑顔になれたんです。……あの日の夜だって、そうでした」
凛音は優しい瞳で、私をみつめてくる。
「あの日、私はお医者さんに余命宣告をされたんです。そのせいで私、何もかもが嫌になって、家を飛び出しました。泣いても走っても誰も私を助けてくれないって分かってるのに、我慢できなくて。でもそんなときに、美海さんがまた現れて私を助けてくれたんです」
凛音は涙を流していた。でも表情は明るく、私へ愛おしそうに微笑んでくる。
「大きくなって顔も声も性格だって変わってるのに、私はあなたがあの時の美海さんだってこと、すぐに分かりました。運命だって、思ったんです。だからきっと、私が生贄病でなくとも私たちは何かしらのつながりを持って、そして恋に落ちてたはずですよ」
凛音の言葉は力強かった。本当にそうかもしれないと思えてくる。私と凛音は運命の赤い糸で結ばれていて、どれだけ遠回りしてもやがては出会い、そして愛し合うことになったのかもしれない、と。
「……そうかもしれないね。でもどうしてそのこと、教えてくれなかったの?」
もしも教えてくれていたら、少しは凛音への態度も変わっていたかもしれないのに。
「だって恥ずかしいじゃないですか。そんなちっさな頃の記憶を覚えてるって、ずっと美海さんのことばかり考えてたみたいで」
「私はもう凛音のことしか考えてないよ」
傘の下でささやくと、凛音は顔を真っ赤にした。
「だ、だから。なんでそういうこと平気で言えちゃうんですかっ?」
「凛音だってそうでしょ。運命だとか平気で口にするしさ。私だって恥ずかしいんだよ? 顔に出ないだけで、内心はもう、嬉しくて嬉しくて仕方ないんだから」
私と凛音はしばらく顔を見合わせてから、ほとんど同時に表情を崩した。
「……ふふっ。本当に、今も昔も変わりませんよね」
「ね。本当に凛音に出会えてよかったって思ってる」
「……私もです」
私たちはみつめあう。凛音の瞳には私しか映って無くて、きっと私の瞳にも凛音しか映っていない。まるで世界にたった二人になったような気分で、私たちは唇を重ね合わせた。すっかり慣れてしまったキスだけれど、幸せに慣れることはない。
甘くて温かくて優しくて。人がお互いを求めあうって、こんなにも幸せなことなんだなって、改めて実感する。行き交う人たちのことも忘れて、舌を入れてしまいそうになるけれど、通りすがりの人が咳ばらいをしたことで、なんとか正気に戻る。
私たちは顔を赤くしながら、帰路につくのだった。
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