その言い訳は夜のバスに響く
とは
彼女の言い訳
「いいわけ」
この言葉って、私としてはあまりいいイメージではないのです。
だって調べてみたらですよ。
『自分のした失敗・過失などを正当化するために、事情をなるべく客観的に説明すること』
だそうではないですか。
明らかにネガティブなご説明、ありがとうございます状態ですよ。
まずですね。
「いいわけになってしまうかもしれないけれど……」
なんて言葉で始まったら、身構えてしまうではないですか。
自分の経験から言っても、こういう場合のお話って大体がよくない話なのですから。
……えぇ、また思い出してまいりましたよ。
私の話にお付き合いいただけますか?
あれはそう、12月のこと。
中高の同級生達でこの時期に「クリスマス会」と称して年に一回の集まりを行っておりました。
それぞれが社会人、奥さん、あるいはお母さんの顔で、それぞれの生活を報告し、学生時代の話で大いに盛り上がります。
その中での思い出話として修学旅行の話題になり、私のやらかしの話で大いに盛り上がる中、次第に友人Bが静かになっていきます。
真剣な表情でこちらをちらちら見てくるB。
違和感を覚えながらも、楽しい食事会は終わり解散となりました。
Bと私は同じ市の人間ですので、一緒の電車、バスに乗り帰路につきます。
隣同士に並んだBは、私と会話をしながらもどうも心あらずといった様子。
思わず私はどうしたのかと尋ねます。
彼女は俯き、ポツリと呟きます。
「これって言い訳になるかもだけど……」
ぎゅっと拳を握り、Bは続けます。
「とはちゃん、ずっと黙っていたけど私……! 修学旅行のアトラクションで名前を書くやつでっ…!」
あぁ、ありましたね。
ローマ字表記で自分の名前を入口で書いておくとなにやら占いの結果が出口でもらえるっていうのがありました。
うんうん、そこで私が名前の一部である『なつ』という文字を『natsu』と書くのにどうしたわけか『nathu』って書いてしまったようでしてね。
うん、だから「なちゅ」、あるいは「なふ」ですよね、読み方。
もらった紙に出ている文字を見て皆で当時、大笑いしたものです。
だってそのアトラクションの並び時間が二時間だったのですよ。
二時間かけて得たものが「なちゅ」でしたからね。
食事会でもその話で盛り上がっていたことを思い出しながら、彼女に続きを促していきます。
「あれ……、あれ書いたのはとはちゃんじゃなくて私なのぉ! 紙を渡されたのが私だったから、『じゃあとはちゃんのも』って思ってかわりに書いてしまったの! ごめんねぇぇぇ!」
夜のバスでBの懺悔の声が響きます。
きっと長い間、彼女はこのことを後悔して過ごしてきたことでしょう。
生真面目だったこの子にとって、さぞ勇気が必要だった告白に違いありません。
ですが私サイドからしたら「すっかり忘れていた」といいますか。
てっきり自分で間違えて書いていたと思っていたのですよね。
だって彼女はとても頭がよくて、特に英語が得意で大学は英文科に進学したくらいの子なのですから。
才女である彼女がどうして私の名前を「なちゅ」なんて書くと思うでしょう。
そんなことを考える私にこみ上げてくるもの。
それは怒り、……ではなくもちろん笑い。
そう、この子はとっても頭がよくて生真面目で、そしてものすごい天然さんなのです。
そんな彼女が可愛くて面白くて。
でも笑うのはかわいそうだと思った私は、笑いをこらえるために俯きます。
そのつもりはなくても、肩を震わせながら。
そんな姿の私が、彼女に私が怒りに震えていると勘違いさせてしまいました。
「どはぢゃーん! ごべんねぇぇ!」
夜の客も少ないバスに、Bの泣き声が響き渡ります。
抱き着いて泣いている彼女の背中をなでながら、怒っていないことを私は伝えます。
しゃくりあげながらBは「とばぢゃんはやざじいね(訳:とはちゃんは優しいね)」と私に言ってくれていました。
ですが私は、彼女を許すなどということが言える立場ではないのです。
なぜならこうして彼女がずっと隠していたこの事実を、こうしてここに公表しちゃっているわけですから。
しばらく会っていないけれど、この話をきっかけに会いに行こうかなぁ。
……ってこれもまた、「言い訳」と呼ぶべきものなのかもしれませんね。
その言い訳は夜のバスに響く とは @toha108
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